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2024年3月11日 (月)

自句自解284 病棟の中庭・・



 

      病棟の中庭に聞く初音かな
(びょうとうのなかにわにきく はつねかな)2007・3月

 

 

この年、実家の母がペースメーカーの埋め込み手術をするため
日本赤十字社京都支部病院に入院した。
通常「京都のニッセキ」と呼ぶが、京都には二つ「ニッセキ」があり、母が入院したのは「第一支部」で1936年(昭和9年)の開院である。
実は「第二支部」の方が開院が古く、明治の終わりと聞いている。

昭和9年と言えば軍部の台頭によりこれから正に日本が軍国主義に突き進むという先行き暗い時代であったわけで
この病院の設立もそういう社会背景を考えると興味深い。
最寄り駅周辺には一直線の「師団街道」。「ご大典記念」に架けられた橋。「軍人湯」という名の銭湯などが残り、歴史好きの私にはワクワクスポットなのだが、当時は病院の行き来で忙しくて「いつかゆっくり歩いてみたい」と思いながら未だ実現していない。

「もうアカン。死ぬわ」と言っていた母はペースメーカーをつけると
ゼンマイ仕掛けの人形のように嘘みたいに元気になった。
ここで私が疑問に思った国の制度は
体が弱り切ってよれよれなのに、自分でなんでもできるからと(80過ぎた独居の人ということで)「要支援1」しかもらえなかったのに

術後、ぴんぴん元気になって坂道もスイスイ歩けるようになったのに「ペースメーカーが入っている人」になったら介護認定はしてもらえるわ。ケアマネさんはつくわ。家事のお手伝いにヘルパーさんが来てくれるわ。
介護タクシーは使える(使ったことないけど)あともろもろ・・

いやいや、もう元気になったので結構です。と言ったけど、
なんか、おかしくない? 必要な人が必要な時に必要なサービスを受けられないって。

 

ああ。何か話が長くなってる。
ま。この病院は行って見て驚いたのだけど。
ここはどこ?☆いくつのホテルですか?というくらい立派できれいだった。
中庭は緑が一杯のすてきな空間で、( ̄∇ ̄;)ハッハッハ母は私が買ってあげたワコールのオサレなパジャマにかわゆいはおりものを着てご満悦でベンチに座った。
母、このとき82歳。それから亡くなるまでの年月を現代医療のおかげで楽しく元気に過ごさせてもらった。

 

季語・初音(三春)
春の訪れを告げる鶯。その年に初めて聞く「初音」

 

ほな。


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しばらくの間、俳句(自句自解)に特化して書きます
自分の覚え書きです。
2022秋

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