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2024年3月12日 (火)

自句自解285 納骨を・・



  

    納骨を済ませし母の朝寝かな
(のうこつをすませしははの あさねかな)2005・3月

 

季語・朝寝(三春)
春の眠りは心地よく、しばし、とろとろと眠ってしまう、柔らかな春の朝の光を感じながら・・

 


母のすぐ下の三歳違いの弟は詳しい事情は知らないが長らく身内とは音信不通でした。
祖父の葬儀の時、一度だけ会ったことがあります。私、13歳でした。
そして再び所在不明。

それから30年余りの月日が流れ叔父さんは突然親戚一同の前に姿を現します。
「親父(私の祖父)が夢枕にたって”これからはお前が当主だからしっかりまとめよ”」と言ったらしい。
まあ、おじいちゃんは明治の人やからね。家とか戸主とか一族とかにこだわりがあったのね。
それが何と母の長兄(昔でいう当主)が亡くなった直後であるから驚き桃の木です。

そのあと、突然「男の子は自分で頑張ればいい」と言って女の子・一番若い姪っ子(私と私の従姉)に車を買ってくれた。
「車」でっせ。ビックリするでしょ。
1歳違いの従姉は広島に住んでいるので「Mazdaのチョットエエやつ」
「たまさんは何に乗ってるん?」と聞くので「ランボルギーニ」と言っておけば良かったのに正直に我が家のセカンドカー〇〇というと
「軽か軽でええな」と言ってそれに決定。丁度、買い替え時だったのです。
棚から牡丹餅のお餅に大きさの違いはあったけど有難く頂戴しました。

それから数年後に叔父は亡くなります。(当時広島の伯母(母の姉)の近くに住んでいた)
亡くなる10日前に私に初めて電話があり
「誰かわかりますか?」「貴女に一度会ったことがあるよ」「寒いからねえ」「貴女もお元気でね」
とても言葉のきれいな人だった。

妻を早くに亡くし一人息子とも成人を待たずに死別していたそうだ。
長らく付き合いのあった女性が病弱で毎月の病院の支払いを叔父がしていたらしい(小説みたいでしょ)

結局、車を買ってもらった二人・・
従姉が住まいの後始末や葬儀の手続きを全てやり
私が母を伴い関西から広島へ出向き、お骨を所縁のあるお寺へ納めに行ったというわけです。

叔父さんにしたら、(自分の後始末をふたりに・・)そんなつもりは毛頭なかっただろうに、結局そうなった。
ふしぎだなあ・・とおもいます。

 

 

 

ほな。


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しばらくの間、俳句(自句自解)に特化して書きます
自分の覚え書きです。
2022秋

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コメント

言葉の丁寧な男性って素敵ですよね、叔父様もハンサムでしかも愛する人の病院代も払っていたなんて名実ともに素敵な方でしたね。車を買われたときはまさか姪御さんにお世話になるとは思っていなかったでしょうが縁などはきっとそういうものなのでしょうね。最近は四季を問わずに何時もウトウトしてます、もうじきしっかり眠るだろうと思いますが。

投稿: パコ | 2024年3月12日 (火) 23時09分

★パコちゃんへ
祖母は{ウチは男の子は男前に、女の子は別嬪さんに産んであるねん」とよく言っていました。(親馬鹿。身びいきです)
叔父さん男前でしたよ。
戦争から帰って変わった。と母が言っていました。何があったのでしょうね。
最後は母のように慕った長姉の傍で暮らし交流もあったようですから良かったです。

朝寝の続きで極楽へ行きたいと私も思っています。


投稿: おたま | 2024年3月13日 (水) 09時30分

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