自句自解63 あくがれは・・
さあてっと。
今月もこれくらいにしとくわ。
突然にあっち(のブログ)からこっち(のブログ)に移ったのに
ついて来て下さって本当にありがとうございます
思わず小林旭の歌が口をついてでますわ。
ついてくるかい 過去のある俺に~
だは。
あと25本くらいでこちらの記事が1,000件になります
で、自句自解俳句も今日で63やからあと37本で100です(計算あってる?)
そうしたらアチラに帰ろうかなと思っています
(あ。こんな話興味ないよね)
だって、やっぱりこちらは「広告」が嫌です。
アタクシの美的感覚(なんてね)から乖離してる。
皆さんの所にはどんな広告が表示されるのかしら・・
こちらは「私の寝室にいっらっしゃい」とエロイ女性がのたまうゲームやら
「あの噂の大人気スマホゲーム」という、いかにもぱっぱらぱーの口半開きの「放置少女」などの広告です。
わけわかんないでしょ。
女性をそういう視点で描く。物語るのがすご~く不愉快
だからあっちに帰ろうかな。広告が嫌であっちをつくったんだものな。
無料サービスで遊ばせてもらっているのにすみません。ココログさん。
などと、わ~わ~言うておりますうちに今年も終わりますね。
へば。今年の締めです。
あくがれは「フーテンの寅」五月来る
(あくがれはふーてんのとらごがつくる)2022・6月
(子・学生・勤め人・妻・ヨメ・母・・)役割で生きていた頃
それは世を忍ぶ仮の姿で、ほんとうは「その人」は本当の自分ではないと思っていた。
でも「その人」も人生の本番を生きていたんだって
今頃気付く。
その時どうしてそう思っていたのか
きっと「不本意」に生きていたのだと思う。
不本意と言っても、他人や環境やのせいじゃない
自分のことが好きじゃなくて認めたくなかったんだろうな。
で、今なんだけど今は自分で自分を諾えている。
これが自分なんだと居直る。肯定できる
だから自分の人生を生きていると思っている。
寅さんはそんな小難しい七面倒くさいことは言わずにいつも100%の自分を生きていたんだろうな。
だから「あくがれ」憧れの人なんです。
お正月とGWの五月には「寅さん」の映画が上映されてたな。
そう言えば今年は「寅年」だったし・・
年明けはえべっさん(十日えびす)の頃開店しようかと思うております
よかったらまた読んでやってください。
どうぞよいお年をお迎えくださいませ。
メインブログはhttp://nurebumi-2.cocolog-nifty.com/です。ただいま休止中やけど
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