C子さん
お三味線の姉弟子・C子さんは92歳で二年前に亡くなったんだけど、とっても色っぽい方でしたの。
戦前を上海で暮らし、戦後まもなくは映画女優。
俳優と結婚して家庭に入り、男児をもうけるも夫の浮気が原因で離婚。
大阪に戻ってきて「お水の花道」を歩き出します。
義父母の援助(本人はそう言ってる)で新地(東京でいえば銀座ね)に店を出し、ママとして君臨することウン十年。
今では若い人も散見する新地だけど高度成長期の新地はバリバリの社用族の駆け引き渦巻く舞台だった。
そこいらの話は散々聞かされて、
まるで、高峰秀子の「女が階段を上る時」か、
京マチコ。山本富士子の「夜の蝶」の世界!と思ったもんですわ。
1人息子のために再婚せずパトロンを持たずがご自慢でした。
でも
「そりゃ。いたずらはしたわよ」
この科白がまた、色っぽい
いたずら・・たって
ピンポンダッシュとか
廊下にバナナの皮を置いておくとか
麦茶の入れ物にめんつゆを入れておくとか
それは、おたまちゃんのレベルや・・
ポークチャップとステーキと鰻が好物だった肉食女子
いや。そういう意味じゃなくて・・肉食系女子。
お台所をケチンといい、べらんめいの東京弁で「冗談じゃないわよ!」が口癖だったC子さん。
ひっちゃんの49日が済む前から、「おたまちゃん。あなた若いんだから再婚しなさいよ」って言ってました。
「やだ~。また他人と一から始めるの・・」
と言ったら、
「何言ってるの。若いときの一から・・と、ある程度の年になってからの一から・・は全然ちがうのよ」って言いました。
C子さん。きっと再婚したいお相手がいたんだろうな。
息子さんが小学一年のときに「パパ要る?」と聞いたら「絶対に要らない」と言われたそうです。
今日はC子さんの命日です。
彼女を偲んで「これくらい(twoフィンガー)」ウィスキーを頂きませうかね。
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コメント
カッコイイですね


そういう姐さんは知り合いにいないから
話聴きたかったなぁ
いたずらの話もね
投稿: kimi | 2013年8月 2日 (金) 15時37分
ええ話やなぁ・・・
おたましゃんの交友関係の広い事広い事~
投稿: poo | 2013年8月 2日 (金) 21時10分
良い人だったですね。いい話です。
私のいたずら。おたまさんとほぼ一緒でちょっと安心しました。
投稿: ハリ | 2013年8月 3日 (土) 17時01分
「若いときの一から・・と、ある程度の年になってからの一から・・は全然ちがうのよ」
おお、なんと含蓄のあるお言葉…。
でも毒女のばあい、ある程度の年になってしまうと他人どころか親族との同居ですらツラい?
投稿: ヴェルデ | 2013年8月 4日 (日) 00時15分
その女性は以前にもブログ記事で取り上げられていたと思うのですが、差し支えなければヒントくらいおしえてもらえませんか?
1、「92歳で二年前」の数値は真実ですか?
2、女優としての知名度は、大スター、主演級、おもに脇役で活躍、ちょい役、その他おおぜいの部類、そのうちのいずれだったのでしょうか?
3、夫であった男優さんにも、2とおなじ質問。
その女性がどのような女優さんだったか、あれこれ想像。
戦前は上海や満州 → 戦後に映画女優 → 男優や金持ちの会社社長とかと結婚・離婚 → 銀座や新地で水商売はよくあるパターンだと思った。
といってもおたまさんのお友達をよくあるパターンと馬鹿にしているわけじゃないですよ。
映画の黄金時代に女優だったようなひとは、僕的には憧れの存在です。
投稿: ふぁらんくす | 2013年8月 4日 (日) 02時23分
「そりゃ~いたずらもしたわよ」
「やけども~チョットはしたわよ~」てなこと
、言ってみたかったわ!
今、言ったら
「なに呆けたこといってんの!」と脳ドックに連れて行かれそうです。
投稿: うばゆり | 2013年8月 4日 (日) 09時38分
ひとは自分に都合の悪いハナシは適当に脚色しますので・・
華やかな世界のことはよく聞きました。
一流ホステスになる要素とか、面接による採用基準とか・・・
おたまの人生の役にはたたないけどね。
こんだけ、長生きしてりゃね。
以前、「けったいな人」シリーズって書いてたのですが、また書こうかな。もっとけったいな人がいはりますねん。
私たち、お子チャマレベルなんですね。とほほ。
第一に「はずみ」
第二に「魔が差す」
これで、一回は他人と暮らし始めましたが、年食ってくればはずまないし、魔もささないもんです。(あ。一般論です)
すみません亡くなられたのはもう、3年前でした。お年はその通りです。
芸名は聞いていません。女優をされていた期間はそうながくないです。マキノ正博の「肉体の門」に出たと言っておられました。自分では「大部屋よ」と言っておられましたが、写真ではなかなかでしたよ。
結婚された方は松竹で活躍された俳優さんで、高橋貞二と仲が良く、よく家に麻雀をしに来られていたそうです。斜陽化した映画界からテレビに移りテレビ創成期のドラマなどによく出ておられました。
この方は名前を出したら知っている方もあると思います。
そんなところです。
そうめんのゆで汁でヤケドしかけたおたまです。
あぶねー。あぶねー。
投稿: おたま | 2013年8月 5日 (月) 00時19分