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2013年6月

2013年6月26日 (水)

シュウカツ



昨日の夕方、ガチャピンが「胡瓜のマリネ」を届けてくれました。
彼女の十八番です。

「夕方に遊びに来ないで!」って言ってあるのに・・
「だってテレビ欄みたら‘相棒’(再)が無かったから・・いいかな~と思って」とのこと。読まれてる

ヒロシ(ガチャピンの夫)に「おたまちゃんちに行って来る」言うと「どうせどっかに遊びに行ってるよ」と必ず言われるらしい。
ヒロシ、心得違いだよ。それは。
あたしゃね、6月はおとなしくする月なんだ・・

「明日(今日のこと)は朝から一日中雨(出た!天気予報大好き)だから辺整理をする予定なの」だそうです。

退職後着なくなったヒロシのスーツやらネクタイはこの前どっさり廃品回収に出し、明日は二階の天袋にあるものに取り掛かるとのこと。

そろそろ、整理しておかなきゃね。とおっしゃる。

あと、10年も生きないと思うのよ・・・
って、ガチャピン、10年前もそんなこと言ってた。
ちなみに、ヒロシ「あと半年かな・・」っていつも言ってる
どないやねん。この夫婦。

 

子どもさんが居ないので近くに住む姪夫婦が「後片付け」をしてくれるはずだけど、できるだけ煩わせたくない。という思いらしい。

死んだ後のことまで、わしゃ知るかい。という誰か(おたま)と心掛けが違うな。

終活とかエンディングノートとかお墓のこととか、よく見聞きするけど、立派な人はそんなこと考えてるんやろね。
あたくし、無理!

「死後、笑われたくないから」ってかめへん、かめへん。
「こんな鉛筆のちびたの集めてたんや・・・」と笑われても人ってすぐに忘れるもんやわ

どうぞ、笑ってちょうだい!
というか、笑わせてやる!

 

ウチの姑さんは着道楽で、部屋中、服に埋もれてはった。
バーバリーの箱がタンスの上に重ねてあった。

だいぶ弱ってきはったとき「整理したい」と一度は言ったくせに、イザ手伝い始めると
「おたまちゃん。私がアップアップしだしたら、ぜ~~んぶ、ほかして(捨てて)」と言いました。
それまではお気に入りに囲まれていたいとのことでした。

それで、エエんと違うかな。
物に思い入れがあるのはその、持ち主だけだもん。
思い入れの無い人がサクサク処分してくれるわ。

生きてるうちに、死んだ後のこと気にして時間つかわんでもエエやん。
あたし、周りに迷惑かけ倒して死んでやろうと思っています。

といふことで

なんでも、やりっぱなしの中途半端で・・・イェイ


 


 

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2013年6月23日 (日)

好きなもの



自分でもその理由がわからないのだけど
何故か好き。なぜか惹かれる。
というものがあります。

それはもう、DNAに組み込まれていたのではないかと思うくらい好き

ガチャピンの好きなのは「天気予報」
なぜだか、判らないけど子どものころから大好きなのだそうです。
自分の行ったことのない町。友達が住んでいる遠い町。自分が住んだことのある町・・・
ああ。あそこには雨が降るのか・・って思うんですって。
テレビ・ラジオ・新聞・・・天気予報は絶対に見逃しません。

グッ坊が好きなのは「動物」
とにかく好き。012
バギーで散歩中、はるか遠くに犬を見つけると「オー」と奇声を発し身を乗り出します。みると満面の笑顔。手足をバタバタさせて喜びます。
テレビに犬や猫や馬などが映ると、何処にいても画面の前に行きます。そして同じように四つんばいになっています。
雀も大好き。ぬいぐるみも好きです。

 

 

 

グッ坊の父、平凡氏は「星」が好きでした。
ねだる絵本は「星」関係ばかり、5歳で宇宙の絵を描いて市長賞をもらい、4年生で「星の博士になるにはどうしたらいいか」とプラネタリウムの先生にきいたら、「数学をしっかり勉強しなさい」と言われ路線変更。
博士の道はあきらめたけど、今でも星空を見るのが大好きです。

ひっちゃんは「刀」
なんでやねん。前世で人斬抜刀斎やったんと違う?
というほど、光物が好きでした。
そんなに上等ではないけどお気に入りの模擬刀を持っていて、いつも手入れを怠りませんでした。ことあるごとに、明星君(次男)に「コレ、お前にやるからな」と言ってました。
(明星氏、あまり興味がないのに)

ひっちゃんが亡くなって半年位経ったころ
友人のお姉ちゃんのところに遊びに行きました。

お姉ちゃんはひっちゃんに会ったことがありませんが
「見える」人でした。

「貴女のご主人、いつもいつも、自分の身近に置いて大事にしていたものがないか?」と聞かれました。
「あります」
「それ、ものすごく、気にしてはるで・・」

「え~~!私のことは・・?」
「奥さんのことよりそのこと気にしてはるわ」

あ・あんまりや・・ひっちゃん

模擬刀と言えども刀なのでお寺にでも預けようかとも思いましたが
あんなに「オマエにやるからな」と言っていたので、「守り刀」として明星氏に渡すことにしました。
明星氏、すごい軽いノリで「うん。貰うわ。でも預かっといて」といいました。

で、今我が家の床の間にあるのですが、
時々、仏壇の前でキラリと抜いて見せてあげます。

 

ひっちゃん!コッチの方が大事らしいな・・
と凄みながら・・・・

 


 


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2013年6月21日 (金)

絶望



十年毎に、たった一時間だけ雨が止む星がある。
その女の子の住む星は毎日毎日雨が降り続く。
だから、辺りはいつも暗く、昼間でも電灯をつけている。

このまえ、雨が止み太陽が顔を出したのは、
女の子が生まれた日だった。

だから、その子は「太陽」をみた記憶がない。
本当に「太陽」ってあるのかしら・・。目がつぶれてしまうくらいのまぶしさっていうけど想像もできない。

今日は女の子の10回目の誕生日。
人々は十年ぶりの太陽を待ちに待っている。

多くの子ども達は初めてみる「太陽」に心を浮き立たせている。
女の子ももちろん皆と同じきもちだ、そのうえ今日は誕生日。

なんて、素敵な日なのでしょう。

ところが、朝の教室で男の子達にいじわるをされた。
男の子達はふざけて女の子を掃除道具を入れる部屋に閉じ込めてしまう。
外から鍵をかけて・・・・

そのうち、雨音が止み、外の空気が暖かくなり、空が明るくなり始める。
「太陽」がでるのだ。

初めて見る太陽に子ども達は夢中になる
閉じ込めた女の子のことなどすっかり忘れて・・・

おたまが子どもの頃に読んだ本の中で主人公の女の子が読む「物語」が上のお話です。

梅雨の季節になると、この話を思い出します。

世界中で一番不幸な女の子。

この局面。

「絶望」という意味をなんとなく知った最初の経験だとおもいます。



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2013年6月19日 (水)

メランコリー



松尾和子さんといえばセクシーなハスキーボイスと囁くような歌い方が魅力的な歌手でした。
そう。「ニューヨークのタメ息」といわれたヘレン・メリルみたいに。

「誰よりも君を愛す」「再会」という歌がヒットしたのが1960年だそうですので、あたくしかろうじて(?)生まれており、しかも口ずさんでおりました。

元々ジャズ歌手を目指し、戦後、進駐軍のキャンプやナイトクラブで歌っておられたそうです。

以上はウィッキペディアで調べられる範囲の内容です。

あたくしが知りたいのは
戦後(ベースキャンプ時代)に歌っておられた
「メランコリー」という曲です。

この曲で彼女の名は世に知られ、熱狂的なファンが生まれたといいます。
当時ジャズを勉強していたのですが、この「メランコリー」はなんとシャンソンです。

もしかしたらレコードにはなっていないかもしれません。
どなたか、この曲(松尾和子版)をご存知ないでしょうか。

昔、ラジオからカセットテープに録音し、それを車で聴く。ということをやっていました。ひっちゃんの好きだった「メモリーズオブユー」というスタンダードジャズばかりかかる番組のテープが今も何本か残っています。

そんな感じで、なぜか松尾和子さんが出演された番組をたまたま録音していました。ラジオから流れる彼女のスキャットが素晴らしくてあわててスイッチをいれたようです。

そして「メランコリー」が流れました。

物憂く、けだるく・・・

この曲を聴くためだけに何人もの人がクラブに詰め掛けたそうです。

残念ながら、録音テープをなくしてしまいました。
紫陽花の季節になると、この曲をもういちど聴いてみたいとおもいます。

沢たまき・澤村美司子などと同時代にジャズシンガーを夢見た松尾和子がなぜ抜きん出てメジャーになったのか、それは歌謡曲路線に方向をかえたからなのですが、彼女のジャズ歌手としての才能・センス・適性を考えれば惜しいような気がします。
ジャズ修行時代の厳しい練習の話なども録音されていたと思います。

全く関係ないのですが、昨日NHKラジオのアーカイブスで平林たい子の「自作を読む」を聴いていました。

同時代を生き、好敵手といわれた林芙美子があれほど世に出ていったのに比べ、天才・平林が表に何故でなかったのか。それは彼女がずっとプロレタリア文学の陣営に属していたからだと思えます。

沢たまき・松尾和子の話と比較するのも変ですが
多くの人が求めるものにあわせることが世に出ることにつながるのだけど、ほんまに、歌謡曲でよかったの?と

それは、泉下の松尾さんに聞くしかないですけどね。


 


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2013年6月11日 (火)

飲み会再開

 



Nada

 

「酒蔵の階の軋みや走り梅雨」 おたま
  (サカグラノカイノキシミヤハシリツユ)

昨夜は久々の桜組の「飲み会」でした。

どんだけ久し振りかというと、母の入院でバタバタしてた頃からだから一年半振り位です。

他のメンバーで適当にやっててくれたらエエのに、なにか律義に休会してたらしいです。
それまでは、毎月10日の例会を欠かすことなく、遠征と称して灘・伊丹・西宮・伏見の酒どころ巡りはもちろん。マイナーな地元の蔵元の利き酒会などにも押しかけてましてんよ。
もう、5・6年続いてるかなあ。

根城としております居酒屋に集まったのは三人。
スミちゃんは「心の底からキライ」な夫がヘルニアの手術をして退院したばかりなので欠席しました。キライな夫の世話をいそいそとなさっているようです。

マイペースのアコさんと、落ち着きの無いトシちゃんときれいなだけのおたまの三人で「とりあえずナマチュー」で乾杯

会則「泣かない・歌わない・手酌」の誓いも新たに。お次は「秋鹿」やね。やっぱり

もう、はもの湯引きがでてますねんね。
(とっくに!との声あり)

今年って「春」があったのかしら・・・

休会の間に、親しみのあった某酒造会社が閉じられたらしいです。
酒は水がイノチですが、阪神大震災で湧き水が枯渇してたのです。
しばらく「水道水」で作ってはったんやけどね。

今はブランドを丹波のメーカーに譲って、一応作られているようですが、味はどうなのでしょうね。何か寂しいですわ。

それにしても、昨夜の秋鹿、なにか口当たりがスッキリしすぎて「え?こんなんやった?」と思わずのんべえの二人に聞いてしまいました。
味覚がかわったのか、好みが変ったのか・・・

しばらく、「菊水」一辺倒やったからなあ・・

何という話をするわけでもないけど、静かなお気に入りの店で気の合う人達と心地よい時間を過ごす・・・

ちょっと、おっさんぽいけど
じいさんかばあさんか見分けの付かない年寄りになると言うのがおたまの目標やから、これは、これでいいのです。

 


 


 

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2013年6月10日 (月)

笑って許して



「許す」という事について考察していると
固定電話のベルが鳴った

電話の相手は思いがけない人だった。
尊敬しているし、素敵な人だが若干緊張をともなう方です。
東京弁はお上品でいけない。

用件は、○○氏から手紙が来て、△△についてワタクシ(おたま)に電話を入れてくれということだがどういうことなのだろう。という内容だった。

いやいや、当の本人(おたま)要点が掴めん。内容がわからん。
そして△△はワタクシ、おたまにとって、全く重要事項ではない。

いたってストレートな人間なので、こんな回りくどいのは「面倒くせ!」と思うし、○○氏らしいやり方とも思う。

あくまでも、ご自分はオブザーバーのスタンスなのだ。

そういうのをおたまおためごかし」っていうんだよ
おたまの事をおもんぱかって先回りをしたという立場をとるおつもりなのだろう。

電話の相手、Aさんと少し会話して○○氏の意図とするものがみえてくる。

こちとら、大人だもん。善的解釈してあげませう。
でもね。人を動かすやり方としては巧いとは言えないぜ。

Aさんは賢い方なので、当方の困惑にすぐ気が付かれた様だ。

その件は、軽く結論付けて。
話題を変える。

 

話は途切れることなく続き、思いがけない長電話になってしまった。
最後に、「ああ、電話して良かった」と言われた。

Aさんとしても少し戸惑っておられたのがわかった。
「良かった」は本来の用件以外の会話の部分である。

さて、来週○○氏に会うことになっているのだが、
いかが致しませうかね。

若いころなら「どゆうこと!」と喰って掛かったかな。
今なら諍いは好まぬぞよ。
無駄なエネルギーは使いたくない

さきほどの「許し」についての考察を続ける。

「許す」の反義が「憎む」であるとしよう。
「許せない」ということは「憎しみの感情」をもつことであり、それは自分自身に「憎む」という罪を課することになる。

相手を許すということは、自分が「許せる」立場の人間であらねばならないわけで、(自分の人生においておおかたは)「許す」という傲慢さは許されてはいない。

恨み、憎むという罪を負い続けることから逃れるためには憎しみの感情を上手に昇華させること。(持つな!というのは人間である限り無理なのだから)
いかに瞬時に「気にかけない」ようにするか。それが大事マンブラザーズってものだ。
自分が罪を作り出さないために。苦しまないために。

てなことを、丁度考えていたときなので
A氏のとった行動など、「屁」でもない。

ただ、尻の穴のちっちゃい男はみっともないってことさ!

あかん。あかん。
こんなところで、ぼやいているのもケツの穴は知れてるぜ。

ただ、文にすると、頭の中がまとまって、スッとしましたわ。

 

ハイ。おしまい。


 


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2013年6月 7日 (金)

サインはピース



ハナビシが・・・アチャコじゃないよ^^

花火師が景気よく打ち上げてます。

どっかんどっかん。

そ。はしもっさん。

 

(このブログ、政治ネタは辞めたつもりやったけど、
これだけは「突っ込ませて」もらう)

 

ピース大阪改造計画

 

大阪府・市のトップの意向・方針を受け大きく展示内容がかわるようだ。

物事を一方向ばかりみていると真実はみえない。
これ自明の理。

間違いを隠すのは、これ間違い。
あった事は、無かったことにはできない。

間違いの上に社会を構築することは、結局はおおきな間違いを招く。

ピース大阪建設に尽力された関大名誉教授小山仁示氏が亡くなられたのが一年前。

今回の展示一新を、どう思っておられるだろう。

会館が建設されていたころ、たぶん元号が代わるころだったから、もう四分の一世紀まえだが、お目にかかったことがある。

戦争の悲惨な被害をコツコツとご自分の足で拾い起こしておられた。
自分の目で見、耳で聞き、体験した「大阪空襲」が、悲惨であればあるほど、「なぜ」という思いが強く、だからこそ「戦争」を一面的にとらえることを諾としなかった。

ピース大阪の「戦争を加害と被害の両面からとらえる」というコンセプトは目からうろこだった。

だれも教えてくれなかった・・

戦後民主教育を受けたとはいえ、被害国としての戦争しか教えてもらわなかった子どもである私は、成長にしたがい自分の無知ぶりにびっくらこくのであります。

ある日突然、大阪に焼夷弾の雨がふり、
ある日突然、ヒロシマ・ナガサキに原子爆弾が投下されたのではない。

今回の改装計画では「15年戦争」の展示の大半がなくなるそうだ。
ヒロシマ・ナガサキに到る「因」の部分だ。

歴史を検証して次代につなぐという科学的な作業を
今、たまたま(と思いたい)トップについている者の意向で止めてしまっていいのか。

ピース関係者に骨のある人はいないのかと思う。

失速・迷走の中にあっても。お得意の論点すり替えと、大好きな花火の打ち上げで意気軒昂やけど

べべちゃん(大阪府・市民)もいつまでもアホと違う。
最近、「おたまちゃん、兵庫県民やろ?ほっといてくれる?」って言わなくなってきましたで。



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2013年6月 4日 (火)

朝ドラ小事。



月が変ったので掛け軸変えました。
そんなこと、どうでもいいじゃない。
いつだって愛してるじゃない

 

そんなこと言われても動じない未亡人です。こんにちは。

「半人前でもいいじゃん」

・・・・・・・・・

もうね、一人前も・・・・・・
食べられませんねん。

 

半ちゃんラーメン

ラーメンの単品が\600。チャーハンが\500
そして、半ちゃんラーメン\650

しかもサイズはハーフではございません。
欲深な貴方様でなくとも、どんだけお得かわかります

でもね。単品にしますねん。
そんなに、いっぱい食べられない体になってしまったのね。
情けなや。

いやいや、胃袋の話ではなく、「掛け軸」ですわ。

これね、軽食&喫茶リアス(スナック梨明日)に掛かってますねん。
どなたか、気づいた方おられます?
掛け軸じゃなく「色紙」やけどね。

あたくしね、重箱の隅が大好きです。

それを、爪楊枝でほじくるの

 

テレビコマーシャルとか見ててもセンターの美女じゃなくて隅の小物とか見てます。
「ハエコナーズ」のCMみても、踊ってるマダムより奥の洗濯物チェックしますねん。しかも、そこはコインシューズじゃなくて「つっかけ履き」やろ!と突っ込みます。

この悲しい習性は十数年前に遡るのでございます。
さーちゃん(近所の女の子)が朝ドラのオーディションに合格したと、それはもう大騒ぎになり、ご近所マダム、生ゴミも出さずにテレビジョンの前にしがみついたのでございますよ。

確かにさーちゃん。でておりました。

主人公の少女時代のクラスメート20人のうちの1人として・・・

あれからですわ・・・

画面の中に「なにか」を見つけようとしだしたのは・・

 

ある時はさーちゃんのお下げの片一方であったり、エンピツ握ってる右手であったり・・

ということで、小道具ひとつにしても、それを一生懸命作って揃えた人がいるわけです。力はいりまっせ

自分の店やしね

あ。自分ってキョンキョンのことですけどね。

 

ブログ、一応、オソロにしときました。

あたしが、ナニを言ってるかワケワカラン人。
質問受け付けます。

 

 


 


 

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2013年6月 3日 (月)

六月のかたつむり



じぇじぇ もう6月!しかも3日。
なんてこったい。花菱アチャコ

今ね、「花火師」って変換されました。
昭和は遠くなりにけり・・・やね。

今年の1月や2月や3月や4月や5月がもう遠くなってるんやから
花菱アチャコなんて成層圏突き抜けてたって当然やね。

ああ。なんで、花菱アチャコかと申しますと
「むちゃくちゃでござりますがな」って言いたかったの!

もう・・むちゃくちゃ月日の経つのが早い。

よく、人から「おたまちゃん。ゆっくりしゃべるなあ・・」って言われるんだけど、そなの?だからなの?
テレテレしゃべってるうちに時間は経ってるの?

(今日のお花)
019
芍薬/はにかみ ソリダスター/知識

 

六月という月は好きなんですよ。
なぜか・・昔から。

あたくし、六月に生まれたかった・・・
一粒の真珠のようにね。ブヒッ

六月といえば・・・
雨・傘・あじさい・かたつむり・・エスカルゴ・・美味い。

エスカルゴを初めて食べさせてもらったのは19の春やった。

わたしがあなたに惚れたのはちょうど十九の春でした
 いまさら離縁というのならもとの十九にしておくれ

今は超名店になってしまった、某おふらんす料理店を知り合いが任されていて混み始める前においでと言われ、ごちそうしてもらいました。

これ、どやって食べるの?

こうやって、これで挟んでね・・

理科の実験みたいやな・・面倒臭っ!

19やのにワインを開けてくれました。
おたま、大人になってから、正確には大人になる少し前から「お酒」を少々たしなんでおりましたが、このときのワインは美味しかった。

今はメルシャンでもアカダマポートワインでも養命酒でも、なんでも美味しいです。

↑上の歌はそのときの事と関係あらしまへんえ。
ただ、19の春の出来事やった。というだけで・・

でも、この歌、元は沖縄の俗歌で戦争で引き離される若い男女の話だと聞くと切ないですね。

ということで、六月は、好きな月。
ひっちゃんとおばあちゃん(姑)の命日も六月ですねんよ。

ひっちゃん。雨の好きな人でした。
自分の夫のことを言うのはナニやけど、ほんまに「太陽」みたいな人やったけど、本人は「雨が好き」だったの。

六月に雨が降ると「エエ雨やなあ・・」ってよく言ってましたっけ。

 


 


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