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2013年5月25日 (土)

子どものころに・・



中学2年生のときだったと思うけど
学校で「狂言」を鑑賞しました。

当時の校長先生の親友が「狂言師」だということで、わざわざ京都から来てくださったのです。

体育館に入り驚きました。
そこは、いつもの薄暗くて油引きの床の匂いのする体育館とは思えぬ夢のような別世界でした。

本格的な立派な舞台にまばゆいばかりの照明。
生まれて初めてみる「華やかさ」でした。

わくわくした高揚感。お腹を抱えて笑ったこと。演目は「附子(ぶす)」

はっきり覚えています。

もうひとつは・・・「悪太郎」だったような・・・確かではありません。

23日に人間国宝の茂山千作さんが亡くなられました。
京都を本拠地とする狂言師で年齢から考えて「校長先生の親友」というのは千作さん(当時は千五郎)だったのではないかと思います。

戦後、狂言の普及のために全国の学校を巡られたと新聞で読みましたが、おたまが中学生のころは狂言は立派に再興されており、学校周りなどの時間的余裕はなかったはずです。

子ども相手なのに手を抜かず、本物の舞台を見せてもらったこと、
そして、その華やかな舞台に感激したこと。

今のおたまの「歌舞伎好き」の遠因はここかもしれません。

「子どもなのに本物を見せて(聴かせて)もらった」経験がもうひとつあり、それは朝比奈隆の大フィルです。

高校のオリエンテーションってやつです。
大阪に本格的なコンサートホールは一箇所しかありませんでした。
最近、改装されたフェスティバルホールです。

申しわけありません。
ビートルズにうかれていた高校一年生には退屈でした。
引率の先生が嘆き倒してはったけど、全員寝てました。

おたま、オトナになってからクラシック好きになるのですが、たぶん朝比奈隆の影響ではないと思います。

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子どものころに「感激」をいっぱい経験しておいたらいいですね。
感受性の豊かなうちにね。

と、申し上げたい。

読書でも音楽でも絵画でもきれいな景色でも花でも

言うても子どもはこんなブログ読んでないし、

読者諸兄諸姉には、今更遅いんやけどね。



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コメント

私も記憶にあります。
『附子』を見に学校から能楽堂に行きました。
映画も『黒部の太陽』とか学校で見たような・・・
クラシックは忘れちゃったけど、
おたまさんのおっしゃるとおり
子供の頃の情操教育って大事ですよね。
今、美術館へは団体鑑賞しにくる学校がありますが、
日本の伝統美を鑑賞する機会も与えるべきですよね

投稿: kimi | 2013年5月25日 (土) 10時30分

kimiさん
そのときは分からなくても何かが沁み込むと思いますね。

う~ん「黒部の太陽」ですか・・
おたまたち「ビルマの竪琴」です(古っ)
でも、裕次郎は亡くなったけど安井正二さんはご健在です。去年、南座で新派みました。
って、別に張り合っていませんけど。

投稿: おたま | 2013年5月25日 (土) 16時38分

〉子どものころに「感激」をいっぱい経験

1961年生まれのヴェルデも小学校だか中学校だか忘れてしまいましたが、
ガッコに狂言師がいらして、『附子』みました。すり足が印象的で…。

だからといって狂言、ファンになったわけではないのですが(笑)、子供のころに本物に触れたことは芸の肥やしになってます。

両親が折に触れ連れて行ってくれた寄席も。

投稿: ヴェルデ | 2013年5月26日 (日) 02時04分

ヴェルデさん
おお。そうなのですか。
1961年・・そこに食いつく(がぶり)
人に歴史ありでございますね。
寄席通いとは、また粋でございます。

それにしても、みんな「附子」見てるんや・・ウチだけかと思ってました。

投稿: おたま | 2013年5月26日 (日) 07時48分

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