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2013年4月 2日 (火)

切なさと心細さと



グッ坊を見ていて思うのだが
人間が最後に獲得する感情って何だろう。

彼の目の前にスプーンを持っていくと大きな口をあける。
もぐもぐ食べては、にこにこ笑う。
ベルトで固定された椅子ごと持ち上げるような勢いでピョンピョン跳ねる。
両手両足をバタバタさせ「喜ぶ」

ママが余所見をしていたり、おしゃべりをしていて、スプーンの運びが遅れると、「ガー」とか「アー」とか言って「怒る」

自分自身の感情の中で「切ない」と思った(たぶん初めての)日のことを覚えている。

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担任が男の先生だったので4年生のことである。
その日は遠足だったが、あいにく途中から雨が降ってきた。

雨宿りと昼食のため、近くにあった大学の講堂を借りることになった。
担任の先生の母校だそうだ。
福岡学芸大学(現・福岡教育大学)。

先生の年齢から考えると前身の師範学校を卒業されていたのかもしれない。

私たちは木の長いすにお弁当を広げた。
正面の舞台で、男女の学生が演劇の稽古をしていた。
なにか、深刻なお芝居だった。標準語を使っていた。

其の時の気持ちをどう表現したらよいのかわからない。
「切ない」というのが一番近いと思う。

ああ、自分もいつの日か、あんな大きなお姉さんになるのだろうか。
あんなふうに、博多弁ではない言葉をしゃべるのだろうか。

それは、切なさというより、自分の未来に対する心細さのようなものだったかもしれない。

同じような頃だったと思う。
千代町の電停で市電を降りるとき、前にいたお姉さんのかごのようなバッグの中から「週刊雑誌」が覗いていた。(日本の女性週刊誌の創刊は1957年だそうだ)其のことが、おたまの胸を切なくさせた。理由はたぶん上と同じ。

また、ある時、友人三人でバスに乗った。後部座席に大学生のお兄さん、お姉さんがグループで座っていて、ひそひそと我々小学生の値踏み(?)が始まった。会話の中に「エキゾティックな顔立ち」という言葉がでた。それは、ナオミちゃんのことなのだけど、おたまはずーっと「エキゾティック」のことを考えた。
自分もおおきくなれば、そんな難しい言葉を使えるようになるのだろうか・・
胸が締め付けられるように切なかった。

この、三つのできごとは、なぜだか、いつまでも覚えている。

それなりの年頃になった頃、
自分が思い描いていたお姉さんではない
あまりの幼さにがっかりしたものだ。

ワンピースの裾をふわっと広げ、横座りする
そんなエレガントのかけらもない娘になってしまった。

調べてみたが学芸大学は現在の、九州大学、箱崎学舎にあったようだ。
あの日、どこへ遠足に行く予定だったのだろう。



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ちびたま時代」カテゴリの記事

コメント

私、千代町の生まれだそうです。
で、生まれて初めて腸重積で入院したのは九大病院だそう。
その後すぐ引っ越して、千代町ってどんな街か記憶にないし、今もって知りませんが、少女のおたましゃんが「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」ってボーヴォワールのような思索をした街だったとは…。
うう、切ない。

投稿: まちこ | 2013年4月 2日 (火) 17時27分

博多の鉄なべ餃子が好きだったい

投稿: poo | 2013年4月 2日 (火) 18時51分

まちこさん
ウググッ!!
そんなところ(千代町)でまちこしゃんとつながるとは・・・
おお。地球は丸いのでしゅね(サ行がなまってる)
千代町の電停の前には専売公社がありました。「社会見学させてください」と言って、よくなかにもぐりこみました。目的はふたつ。タバコの葉っぱの匂いをかぐことと、託児所の赤ん坊を見にいくことです。
守衛のおじさんたちと仲良しでした。
昔はおおらかだったのね。

もひとつ、電停前には真っ黒の大きなガスタンクがありました。
1年生から6年生までみんな入れるなとおもいました。あれは地獄の釜に違いないと思っていました。で、こどもをぐらぐら煮るのを妄想していました。

もひとつ、電停の近くに下駄屋があって、
行方不明になったうちのミーコによく似た猫をそこで見たという人がいたので、談判にいきました。でもあわせてもらえませんでした。

まちこしゃんのおかげで、色んなことを思い出しました。
ううう・・切ないyo

pooさん
それなんね?
そがんもん食べたことなかばい。
鍋のふたばはぐっとね?
博多んもんな、まどろしかこつしきらんけん、そげなもん流行っちゃなかろうもん。
うまむなかばい?ふたば食べたってくさ。

(ああ、あかん。博多弁忘れてる

投稿: おたま | 2013年4月 3日 (水) 10時01分

女の子は男の子に比べ、随分とおませやな~と考えながら読んでました。
男の子だった(当たり前)ダンボの切ない思い出は、単純そのもの、4年生になったばかりで悲しい別れを経験。
大好きだった女の子(みずほちゃん)が東京へ引っ越しました。彼女も意識していたのか、口に出せず互いにジーッと見つめ合ってサヨナラしました。切なかったですよぉ。
今は、ご飯欲しさを切ない目で訴えるテルテルのお相手です、グッ坊みたいに表現力豊かだったらダンボの人生どうなるだろう?

投稿: OSダンボ | 2013年4月 3日 (水) 21時52分

ダンボさん
う~~ん。
ダンボさんとおたまの「切なさ」の種類はビミョーにちがうようですね。
出来事やモノが目の前にあって、それに対する思い(ダンボサンの場合は友達との別れの悲しみや辛さに通じる切なさですよね)ではなく、
おたまの場合は、見たこと聞いたことはきっかけに過ぎず、「漠」としたものに対する(たぶん、自分がオトナに、オンナに、なる宿命のようなものに対して)切なさだったように思います。

テルテルは「愁い顔」だからこたえますね。

投稿: おたま | 2013年4月 4日 (木) 20時09分

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