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2013年3月24日 (日)

片想い



もう1年も前に、べべちゃんが置いていった東野圭吾の「片想い」という本。

ミステリー小説はほとんど読まない・・・って放ってあったのに
食わず嫌いはいけませんね。
何気なく手にとってベッドに入ったものの面白くて
「今年の目標10時半に就寝」の禁を破り読みふけってしまいました。

さらに五時半にめざましをかけて続きを読む・・

人は自分の好むと好まざるとにかかわらず生物学的に「男」「女」に分かれ、この世に生を受けるわけで、大多数の人は自分の性を受け入れて生きてゆきます。
ところが、自己の持つ染色体ではない方の「心」を持った人もいるわけです。

重要なキャストとして男性の心を持った女性が登場します。

小説では、この性同一性障害(障害?)に加え同性愛者。さらに半陰陽(両性具有者)にも触れられますが、読みすすむにつれて

「男だって女だっていいじゃない!」

という、思いが強くなりました。

本の中でも「人間の中には男の要素。女の要素が混在し、その割合は時によって、または相対する人によって流動的だ」みたいなことが書かれています。

肉体と精神が一致しない悩みや苦しみの分からない者が軽々しく言ってはいけないかもしれないけど、男だから、女だからという社会的な見方に自分の価値観をあわす必要なんてどこにもないと思います。

いわゆる、オネエ系キャラの方がテレビに出ておられます。
人によりますが、ソレ(しぐさ。ことば。服装)を女らしさだと、自分が捕らえられているのだとしたら「女がみんなそうじゃねえよ!」と言いたくなります。切なくなります。

そのような人たちがメディアに登場できる世になりましたがそれは、水商売やエンターテーメントの世界で生きる、ごくごく一部の人たちです。
逆にいえば、そういう(目立つ)人しか表に出ることの出来ない社会です。

話はすごく飛びますが、ヴァイツゼッガーの「荒れ野の40年」のなかで同性愛者に呼びかける部分があります。
当時(若い頃)同性愛に悩む友人がいたので、ドイツ(ヨーロッパ)と日本の大きな認識(社会的な熟成の違い)に驚いたものです。

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本の中に半陰陽の女子高校生が登場します。
子どものころの知人の知人と話が重なりました。

職場のお風呂に一緒に入っていたのよ。
年頃になっても月のものがこないので悩んでいた。

おたまより二周りほど上の世代の方だと思いますが、オリンピック候補生になりセックスチェックでそれ(半陰陽)がわかりました。
大阪に来て、高1の生物の授業で両性具有者の話になり、その人の名前が出ました。

小説の女子高生は「男」であることや「女」であることの前に「自分であること」
を大切に生きようとしています。
悩み抜き苦しみぬいた人の結論というより、自分そのものを受け入れることで自己の確立を果たせるという最短距離を知っている、賢い人だと思います。

自分を知らなければ、自分を愛していなければ、このような結論に達することはできない。

性同一性障害の人たちの中には手術やホルモン注射をして自分の性を獲得したい人がいます。

小説の中の人(先に述べたメインキャスト)は、書かれてはいませんがきっとこの先、障害に悩みながらも、ありのままを受け入れて生きていくような気がします。
男らしく。女らしく。

小説の本筋から離れ、この部分(性同一性障害)の感想ばかりになりましたが、もちろんストーリーも面白かったです。



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コメント

私も仕事柄セクシャルマイノリティの知人が何人もいます。
まさしく人間そのものとしてお互いに受け入れ、受け入れられています。
でも現在の彼ら彼女らの苦痛も想像出来るので
もっと生きやすい世の中になってほしいですね。

投稿: こごろう | 2013年3月24日 (日) 20時14分

お久しぶりです。いつも楽しく拝見しております。

 さて、東野作品は、かなり読破しとるのですが、この作品は読んでいない気がします。

 発想が自由でないと小説は書けないと思いますが、きっとこの作品も入念な調査の上に組み立てられてるんでしょうね。

 さすがだと思うのは、いつも最後が「そうきたか!」とやられてしまうところです。だから次も読みたくなるんでしょうね。さっそく新学期が始まったら勤め先の図書館から借りてみようと思います。

投稿: campus cat 55 | 2013年3月25日 (月) 12時49分

愚問ですが個人的には前々から気になっていたことなので。
やっぱりセクシャルマイノリティのひとたちも恋愛をするわけですか?
その際のお相手を見つけるに当たって、個人差もあるでしょうが、容易に見つけられるものなのでしょうか?
なにせマイノリティと言ってるくらいですから、そのひとたちの出会いの機会も少ないのではと余計なことを考えてしまいました(まったくそちら方面に関しての知識は皆無なので)。
むかし読んだ本にゲイ(その本にはこの単語が用いられていた)はゲイ同士で独特の匂いを感じて相手を見つけるなんて書いてありましたが、そういうものなのでしょうか。
まあ、ふつうの男女の場合も恋愛の匂いを相手に感じて始まるのだから似たようなことかもしれませんが。

ところで僕はふつうですからセクシャルマジョリティになるのでしょうが、ただしこのマジョリティはマジョリティでも、彼女いない歴が生まれてからずっと今日までという実に情けないマジョリティで、いわばマジョリティのなかのマイノリティなんですよね。
個人的にはこの種のマイノリティにも救いの手を差し伸べてやって欲しいものだと思っています(笑)。
具体的には等級制でパスなんかが与えられたりして、そのパスを持って行くとフーゾクの料金が割引されるとか。
僕なんか彼女いない歴が生まれて此の方ずっとですから等級だと特別1級ですよ。
フーゾク行っても驚きの無料。タダ! 

最近もオタクっぽい奴が警察に捕まっていましたが、テレビのニュースで写真を見たら、ネコ喫茶でネコを抱いていた。
ネコ抱かずに女を抱けよとテレビの画面に茶々を入れてしまいましたが、確かにあれでは女にもてんだろう。見てて哀れになった。我がご同輩。
インターネットで悪さするくらいしかなかったとしたら、もう地獄だね。
おなじテレビで10代だろう小娘が「彼氏いない歴は3ヶ月」なんて笑って話てるのを見ると、どっちにしろ人間「恋愛の達人」はたいしたものだと思ってしまいました。

多少、コメントに体裁をつけるとして、たとえばアイヌ以外の日本の先住民族(ウィルタ 、ニヴフ)とかのマイノリティあたりにも注目して欲しいですよ。

投稿: ふぁらんくす | 2013年3月25日 (月) 12時51分

こごろうさん
そうですね。
少数者=弱者という社会の構造システムを変えていくためには一人ひとりが「人間」について考えなければならないと思います。

campus cat 55さん
本当に小説家ってどんな頭をしてはるのでしょうね。
立花隆がある本を書くに当たって、知人のところに取材に来たことがあるのですよ。
何人もの優秀なブレーンがおられるようですね。
資料ひとつにしても、ものすごい丁寧さだったそうです。

東野圭吾の二冊目を読んでみようかしら・・オススメはなんですか?

ふぁらんくすさん
確かに愚問です。
だって・・人間だもの みつを
恋愛は当然でしょう。ただし恋愛の成就(この場合の成就は相思相愛という意味です)については、マイノリティの人の場合其の割合が下るかもしれませんね。
個人的には「忍ぶ恋」が究極だと思っておりますので成就しなくてもぜんぜん、かまわないのですけどね

それにしても、ふぁらんくすさん
生きてたんだ~~~
涙ちょちょぎれ、ハッパフミフミです。
お元気ならいいのです。

恋愛は能力かもしれません。小娘に負けないようめざせ達人!
命短し。恋せよおっちゃん。です。


投稿: おたま | 2013年3月26日 (火) 11時52分

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