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2012年10月

2012年10月31日 (水)

トルコ旅行②セルジュクから



時計を巻き戻し、本日は旅のスタート。
イスタンブール到着のところから始めます。

入国手続きを済ませて、TL(トルコリラ)に少し換金し、あわただしく国内線に乗り換えました。
早朝6時というのに凄い混雑。


中学生くらいの集団がお揃いのユニフォームみたいなジャージを着て沢山並んでいました。何かの試合か遠足か・・飛行機を使うんだから凄い!

みんな、メチャ可愛いです。

なのに、おたまを見て小さな声で「コジワ・コジワ」とつぶやいています。
「なぬ?小皺!」・・「しばくぞこらぁ~」
もう少しで暴れるところでしたが、よく聞くと「コンニチワ」って自信なさげに言っているのです。

おたま、心の狭さを猛省。
最高の笑顔で「こんにちわ」って言いました。

すると、その100倍位の笑顔が返ってきましてんよ。恥ずかしそうに・・

ああ、こんな些細なこと、書いてたら前に進まないわね。

で、飛行機に乗りましたっと。

トルコ国というかトルコ航空はものすごく頑張ってはって、新しい飛行機をどんどん買い入れてるそうです。機内サービスも凄くいい。
国際線では、機内用スリッパや、お泊りセットがイマドキ珍しく配られました。

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往と復で入れ物が違います。それぞれのペンケースの中身はアイマスク・ソックス・歯磨き歯ブラシセット・耳栓・リップクリーム

女の(ワシや!)ってこんな心遣いが嬉しいねん。
結局使わないんやけどね。

この、イスタンブールからイズミールまでのたった一時間のフライトでもナッツ&飲み物とサンドウィッチのサービスがありました。
これが又、美味しかったんですわ。

イズミール空港から専用バスでセルジュクの町へ入ります。
早朝の車窓からは(葡萄・イチジク・トウモロコシ・苺・桃・オレンジ・柘榴・オリーブ・綿・・・)の畑が見えます。

エエなあ。作物が豊かに実る風景は・・
エーゲ海の光と風をいっぱいに受けて・・
トルコに来たんやし・・キャッホ

セルジュク→聖ヨハネ教会→遺跡→聖母マリアの家→エフェソスの遺跡群→クシャダシへ

と、しょっぱなから遺跡・遺跡・遺跡でございますよ。
わくわく。

201210002_convert_20121029211909_2 十字架に架かる前にキリストは従兄でもある洗者聖ヨハネに 聖母マリアを預けます。

エルサレムを追われた彼らは晩年をこの地で過ごします。

201210012_convert_20121029212109 この大理石の一角はヨハネの墓所

訪れたキリスト教徒は、この辺りに巻き上がる砂ほこりを浴び、空気を胸いっぱいに吸って帰ります。
パワースポットって感じなのかな。

マリアが実際に住んだとされている家はここからもう少し山の上にあります。
マリア最後の棲家は奇跡により発見され、病が治る聖水が湧いています。
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聖母マリアの家の前の写真には全部「オーヴ」が写りこんでいます。フフフフ。

201210_022_copy
奇跡の湧き水

ここには郵便局があり絵葉書と切手を買いました。
日本へは2リラの切手を貼ります。
パラグアイへは?と訊ねたら「どっちも遠いから、同じ」って言われました。

(1トルコリラ=44円)



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2012年10月30日 (火)

トルコ旅行記①大まかな話



トルコは小アジアって中学校で習いました
アナトリアというひとつの半島で出来た国です。

形はMeijiの板チョコみたいな長四角形をしています
長方形の上の辺(北)が黒海。下の辺(南)が地中海
左辺(西)がエーゲ海に囲まれています。
右辺(東)はアジア大陸につながっています。

チョコレートの左上の角っこをちょっとつまんで折ったら、小さな三角形ができるでしょ。
そう、半島の西北のところです。
出来た境目がマルマラ海という内海です。

この四つの海はそれぞれ塩分濃度が違うんですって。

わたし達は板チョコを縦三等分にしたうちの左二つ。
西・中央部を旅してきました。

チョコレートの中心にあるのがアンカラという都市で
マルマラ海と黒海に挟まれた・・さっきポキンと折った三角形のところにイスタンブールという大都会があります。

大阪からイスタンブールまでは13時間(往)と11時間(復)。
時差は6時間です。

国の面積は日本の約二倍。
人口は約半分の7000万人です。

だから、人口密度は日本の約・・・

ハイそこのあなた!
そう。よくできました。日本の1/4です。

もし、どなたか、これからトルコ旅行を計画されているなら、この「広さ」をあたまに叩き込んでおいていただきたいと思います。

旅行会社が価格を競いながら企画するパックツアーを良く見かけます。
旅の楽しみ方の違う若い方なら別ですが、
老い先短い、体力のない「おたま読者」のあなた様
いえいえ、kimiさんではありましぇん)なら、是非ともここは「生きたお金」を使っていただきたい。

何に使うか?それは交通手段です。

おたまたちは、イスタンブール→イズミールカイセリ→イスタンブールの2回、国内飛行機を使いました。

この広いトルコ。バス移動だけだと、ずーっと車中で過ごすことになってしまいます。
観光地10分。ゆっくりしたのは絨毯とトルコ石のみやげ物屋だけだったという冗談のような話を耳にします。

現に、関空でご一緒だった某JTBグループ。
イスタンブールで国内機に乗り換えた我々と同時にバスでスタート。
我々が一日目の行程をこなし、2日目のパムッカレを堪能して、ささ帰りましょうという頃にようやく追いつかれましたが、時は既に夕刻。

走りに走って  

旅行会社としては、とにかく「到達」することが重要なのです。
テレビでよく見る「遺跡プール」の扉も閉まり・・・添乗員さんの「日没と闘いながらやってきました!」のお言葉に、なんと申し上げてよいものやら・・。

201210_136_copy
パムッカレ温泉(プール)
澄んだプールの底にギリシャ・ローマ時代の遺跡がゴロゴロ。
この石柱も、言うとくけど、ホンモノです。

有名なヒエラポリスの円形劇場はこの裏手にあります。

先ず国の広さ(移動距離)を頭に入れ、観光ポイントにどれくらいの時間、滞在できるのかをよく吟味されることをお奨めします。

あと、人気の「トロイ」は敢えてはずしました。
そこにあるのは、
伝説であり、見るべきものはありません。

って、

現地ガイドのsaito氏が言うてますねん。

トロイを発掘したのが考古学者ではなく商人であったことから、色々言われているそうですが・・・
プロのおっしゃること、間違いないと思います。



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2012年10月29日 (月)

メルハバ・トルコ



昨日、図書館へ行ってきました。
旅行中、新聞を止めていたのでね、
新聞小説の「まとめ読み」をするためです。

図書館の周辺はすっかり秋色で
「ああ、きれいな街に住んでいるんだなあ」って思いました。

201210_379_copy さて
風邪もほぼ治ったので旅報告を始めませうか。

今回のトルコ行きは昨年のシチリア・南イタリアを旅した「遺跡を愛する」仲間とほぼ同じメンバーの個人旅行です。
総勢10名で40人乗りのバスを借りて移動しました。

旅をコーディネートしてくれたKちゃん(今回不参加)が、食いしん坊で良かったと思えるくらい、こだわりのトルコ料理を堪能してきました。
準備期間もたっぷりあったので、スケジュールやホテルもよく練られてあり、良かったと思います。

突然ですが
もし、あなた様が「レモン」を初めて見たといたしましょう。

手触りや重さや、刃物を入れたときの感触、ほとばしる香り、齧ったときの酸っぱさ・・・

それらを既に「知っている」って・・・

ぜ~んぜん
楽しくないと思いませんか?

それに、見ただけで判る訳ないやん!って思いませんか?

何が言いたいかと申しますと・・・・

旅は、知識をなぞるものではない。ということでございますよ。
狭さと固さの固定観念から出発する旅は面白くないと考えております。

ということで、

旅やちょっとしたお出掛けをするとき
怠りなく下調べをするタイプでは全くないおたまでございますが、今回ばかりは「行きゃ、判る」という不遜な信条がガラガラとガラガラと音をたてて・・

帰ってきた今でも頭の中はグッチャグチャです。

アナトリアの表層
その一枚下、さらに一枚下と古代ギリシャ・ローマ帝国時代・ビザンツ・セルジュク朝時代・オスマントルコ時代・・・

まあ、いつの話やねん。姉さん!
ちゅう感じの遺跡があちらで、にょきにょき、こちらでこんにちは。

もう、わけワカランです。

世界史を、落第しない程度の勉強しかしてこなかった身にこたえます。

とはいえ、このブログを覗いてくださるあなた様の中に、考古学者や歴史家が居られるとは到底思えませんので、そこらへんは、お気楽に見たままをテキトーに綴ることに致します。

以下、ご案内はガイド・Mr saitoの全くの受け売りで、おたまには何の責任も発生しないことを、前もって申し上げておきます。

じゃ。ぼちぼち書いていきますわ。

メルハバ(める幅)ってこんにちはって意味ですよ。

あと、覚えたのは
ギュナイドゥン(牛ナイ丼)・おはよう
テシェッキュルエデリム(ティッシュ呉れぃ)・ありがとう

カッコの中はおたまが勝手にそう言ってるだけだよ




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2012年10月28日 (日)

ただいま戻りました



皆さま。ごきげんよう。

おたま、帰ってまいりました。

預言者ムハンマドも申しております。
起きたこと。起きなかったこと。
全て アラーの思し召しなのです。

 インシアラー

そ。そなの。台湾の占い師じゃないの。

だから、手ぶらでも、ぜ~んぜん平気です。
泣いてなんかいないわ。グスン。

はいはい。
手ぶらで帰ってきましたYO

しかも、風邪ひいてね。

ここ、十数年、風邪を引いたことのない人間が。

 インシアラー

で、丸一日、寝込みました。
決して、手ぶらのショックではございません。

風邪だよ。風邪!

・・・・

元気になったら、
トルコ・遺跡と自然の奇観を訪ねる旅の
レポートをいたしますわね。

では、それまで

ごきげんよう・・・グスン。 



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2012年10月11日 (木)

さちこさん



去年の今頃に南イタリアへ行ったんやけど、
その時点で、今年のこの時期のトルコ行きは決まっていたのです。

に、よって、実は来年のこの時期の予定も決まっています。

でも、来年のことは、
わからないわね。何がどうなっているのか、誰にも判らない。

考えてみれば、

平凡に暮らしているようでも、一年っていろんなことが起きるものです。

おたまは、子が結婚式を挙げて、母が亡くなって、子に子ができて・・・
一緒に旅行した人の中には離婚した人もいる・・

ま、なんじゃかんじゃあっても、機嫌よく遊びに行けるのは幸せなことです。

今日のお花

020_copy
LAリリー/威厳  オンシジュウム/清楚
リンドウ/正義感  ロベヤシ/勝利

今日、書いておきたかったのは、さちこさんのこと。

さちこさん。さちこさん。と呼んでたけど
知り合って、二年くらいして
「わたしな、”ゆきこ”っていうねん」と言ったさちこさん。

今から20年位前に冊子をつくるため、「戦争の記憶」の聴き取りをさせてもっらた。
終戦の年に8歳だった、さちこさん。

それから、仲良くなって、ハイキングにいったり、竹の子を掘りにおいでって声をかけてもらったりした。

農家に生まれて同じ村に嫁ぎ、生涯をこの村で過ごしたさちこさん。

あんなに、優しい目で笑う人を知らない。

最後にあったのは4年前。
車椅子で、認知症も進んでいると聞いていた。

「おたまやで。わかる?」ときいたら、首をかしげてニコニコ笑った。
「さちこさんって、ホンマはゆきこさんって言うねんな」といったら、「どっちでもエエがな」と言って笑っていました。

別れ際に突然、
「わたし・・あんたのこと・・好きや・・・。」と言って、手を握ってくれました。
さちこさんからの素敵なプレゼントでした。

先日のことです。

20年前に「あんたに、だけやで」と言って、作ってくれた、おたま&さちこさんの写真入テレホンカードをなぜか、引っ張り出して眺めていた翌日。

知人から電話があり、葬儀会館の前にさちこさんの名前が出ていたというではありませんか。
それも、数日前のことらしいのです。

ご自宅に伺い、お別れをしてきました。

さっちゃんはね。ゆきこって言うんだホントはね

「どっちでも、エエがな・・」そんな声が聞こえてきます。



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2012年10月 7日 (日)

もうすぐ・・



と、いうことで、旅にでます。

合羽からげて三度笠。どこをねぐらの渡り鳥・・

行き先は「トルコ」ですねん。

メンバーはほぼ、去年の「ミナミイタリア」と同じです。
2・3人の入れ替えがありますが、10人程度の個人旅行でございます。

「遺跡を愛する会」の皆様は「遺跡」が目的。
そして、おたまには、大きな課題が!ございます。

もう、再三再四、申し上げておりますが。
おたま、再婚いたします

まさか、トルコのお方とは、思いも寄りませんでしたが、運命です。

じゃ、みなさま・・ごきげんよう。

手ぶらで、帰ってくるつもりはございません
おまかせ下さい

あっ。まだ、行きませんよ。
去年の「旅ブログ」まだ終ってませんねん。

時間とヤル気があったら、
公開日時指定でUPしておきます。

去年はシチリアで仲間の「複雑骨折」を目の当たりにしたので、みんな保険に入ってます。
おたまも、いつもVISAがあるからイイヤと思っていましたが、今回は申し込みましたよ。
骨折の彼女は、結局、現地で即、手術。
関空までナースが付き添って送ってもらいました。
もちろん、ファーストクラスで。

保険って大事やね。

ああ、そうか!わしゃ。関係ないか!
だって、ムースターファの豪邸で養生するからね!

まだ、骨折してない!っちゅうねん。

平凡一家が又来てる。
今、下でテレビ見ながら馬鹿笑いしてますが・・

グッ坊は、もう寝ました。

去年はめだかを殺されたけど・・

あと、生き物といえば糠床の菌くらいなものやね。
これは、ガチャピンにでも頼むわ。

ああ、そうか!わしゃ、もう糠みそなんか、かき混ぜることはないんや!
第一、ベリーダンスの衣装に糠みそは似合わんな(うふっ)

まさかとは思うけど、
万が一ということもあるので、

一応ガチャピンには預けていこう。

うん。念のためにね。



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2012年10月 6日 (土)

清盛の夢路も終盤



いやいやいやいや。
久しぶりに「平清盛」ですがね。

飛び飛びにしか見ていないので、わからない事情が余計にわからないのですが・・

ついに、言いましたな。おっしゃいましたな。
森田剛(平時忠)クン!
上戸彩ちゃんがお嫁に行った腹いせとちがいますねんよ(どんな、芸能通やねん)

「平家にあらずんば人にあらず」

実は、後世の人がこういったのでありまして。正しくは
「一門にあらざれば人非人なり」と。

どっちゃにしても、痛いやろ。これは・・
この一言で、清盛さん、歴史上のメッサ憎まれ者になったんと、違いますか!

まあ、GOちゃん(時忠)にしてみれば、
清盛=憎まれ者というのは
してやったり!というところでしょうか。

野心家の彼は、平家一族の合体の必要性を感じ、姉・時子(深キョン)を清盛(松ケン)と結婚させますが、
彼自身はは堂上平氏の棟梁としてのプライドを持ち続けます。
伊勢平氏のその又傍流の清盛を、「成りあがり者」と思っています。

だから、平家の跡を継ぐべきは堂上平氏の血を受け継ぐ時子の子、宗盛(石黒英雄)と思っているわけですよ。

一門でいっつもブイブイ言わせてる(なんか、二条天皇に代替わりを進言して怒りを買ってたこともありましたな)ある意味、問題児の叔父さんがこうでは清盛の長男・重盛(窪田正孝)もそりゃあ。お膳牛車をひっくり返したくなりますわ。

テレビでは
福原において、マツケンがGO君に「あんた、都でなんかやることがあるのとちゃいまっか?」みたいなニュアンスで言ってましたが

事実は窪田クン「重盛」のしわざですよ(史実に基づくってNHK言ってたのにね)
後から出てきた「かむろ」は時忠がやったのですけどね。
重盛は慎重・誠実・温厚に見えて、実は・・二面性もあったのではと、これは勝手な想像です。

個人的に且つ、マニアックに興味を持ったのは、前々回のその又前々回くらいに、源(多田)頼盛の子、行綱がチラッと出ていませんでしたっけ??
登場させるなら、もうちょっと出してあげてよ!と言いたい。

自分の判断が間違っていれば死が待っている・・
清盛の人生の転機を作った人だと思うわけです。

ちょこちょこ、いろんなこと持ち出してくるから、ドラマが余計に分かりにくくなってる。

北条政子(杏)。気の毒なくらい汚れやらされてる。
建礼門院(二階堂ふみ)。宮崎あおいちゃんかと思った。そっくりやん!

遮那王・牛若の神木君はNHKのファンサービスやね。
松ケン、がんばったやん。最後まで支えてやろうよ。

しかし、盛国(上川隆也)はいいね。
孤独だった清盛を生涯支え続けた。
孤独ゆえに、情の人でもあった清盛。
盛国のところで死にたいっていうねんね、最後。
おたま。盛国さんに、お礼をいいます(って何様?)

ちょこちょこ。いろんなこと持ち出して、余計に分かりにくかったかしら?



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2012年10月 5日 (金)

玉手箱の中身②



プレゼントをしたコチラは覚えていないのに、いつまでも大切にしてくれていて感激することがあります。

十数年ぶりに神奈川から帰ってきた京子ちゃんが、
「コレ、19歳の誕生日におたまちゃんに貰ったんやで」と、すっかり二重になったアゴを振りました。
プラン、プラン。
イヤリングが光っていました。

エエ、センスしてたんやなあ・・(おたま、心の声)

それにしても19歳です!
29歳でもなければ、39歳でもない・・・
嬉しいことです。

プレゼンター冥利につきます。

ああ、それなのに。それなのに・・

050_copy
玉手箱の中に入っていた
手作りのペンケース

いつ、誰にもらったのか全く覚えていましぇ~~ん

フェルト地に丁寧なアップリケ。
お花の真ん中はビーズで止めてあります。
裏にはピンクの刺繍糸でおたまのイニシャルが。

こんな女の子らしいことをする友達がいたっけ???

さて、授業中のメモ。出てくる出てくる・・
も少しお見せしやしょうかね。
写真はクリックで拡大できますが、そこまでして、真剣に取り組んでいただかなくても、ようございます。
お気楽にご覧下さいませ

013_copy これは、作者名が書いてあります。
Tちゃんです。

「おたまちゃんに送る十章」

005_copy キサブローというのは「ちびまる子ちゃん」で言えば、「藤木」みたいな男子。

006_copy 出た!
あこがれのSYさま。

T.Tって作者。

じこつ(自惚れ)

007_copy_2 谷村さんは「ちびまる子ちゃん」でいえば野口さんみたいな人でした。

3日に一度。面白いことをいう。

008_copy 授業料納付書やん!
これ・・・

実寸(13×6.5)

\720やて・・

修学旅行積立金
\1000
1_009_copy

ねんねこ!

時代を感じます。

010_copy 早っ!

もう、十章。

野末陳平・・

この玉手箱、まさにタイムカプセルみたいでした。

ウチラ。ほんまにアホアホしく生きてたわ

さ~て。処分するか!

>



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2012年10月 4日 (木)

玉手箱の中身①



では。フタをあけて15歳のおたまにタイムスリップ!

ウチラってホンマに・・
アホアホしく生きてた。

・・・・・・・・・・

玉手箱の中からでてきたものは・・

授業中に、廻ってきた「メモ用紙」でした。

021_copy_2
現代国語の授業中だったのでしょう。
教師のアダナは「骨(コツ)」又は「現骨(ゲンコツ)」

023_copy
伊藤左千夫が授業で取り上げられていました。

先輩のS・Yさまはクラスの女子全員の憧れの君。
メモが廻るたびに
○○さんのところが 書き換えられています。

シミチョロ・・死語です。

上の作者は不明。
マイナス・・云々は懐かしいセツコの字です。
下の作者は「愛ちゃん」。
しょ~も無い一言と署名があります。

力作(?)がまだまだあります。
又、写真を撮ったらUPしましょうかね。

メモ類以外では

052_copy 全国高校野球選手権大会・大阪大会
参加賞のバックル

朝日新聞社の中に「高野連」があって何度か行きました。
古くて汚かった。

053_copy 「旺文社賞」の文鎮。

054_copy

セルロイドの入れ物の中にマリア様の御絵
(20×30)
ここらは、ちょっと少女っぽいよね。

ああ、面白かった。

まさか、こんなものが出てくるとは・・・

この「おたまのブログ」を始めて間もないころに
「愛ちゃん」について書いたことがあります。

いやもう・・ほんまにおついでがあれば・・

メチャ、お時間があれば・・
覗いてやってください。



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2012年10月 3日 (水)

玉手箱



母の家を兄が「お稽古場」に使いたいと申しますので
「ええよ」
ということになりました。

ワケがあって「家屋」がひっちゃん名義になっています。
子どもたちも「使いたい人が使えばいい」といいました。

おかげで
母の身辺の整理は全て兄がしてくれました。
トラック○台の荷物があったそうです。

重いものを運び入れるために、床の傾きを手直しして、大掛かりなリフォームをしました。

平凡一家が「ピッカピカになってた」と言ってました。
母が亡くなってから、おたまは一度も行っていません。

おたま関係のものや、処分に迷うものがあったら連絡をするといわれましたが、「何も要らない」といいました。

たぶん、見てしまったら持ち帰りたくなるものもあるでしょうが、
でも、それは今のおたまの人生に「無くてはならぬもの」であるはずもないからです。

それより、
「一大事業」と覚悟していた「母の死後処理」をやってもらってありがたかったです。
母が亡くなり、三週間後に子の子が生まれ、母子を我が家で一ヵ月半預かるという、ややこしい時期だったので助かりました。

母が最後に入院する前に「これ、貴女のモノやから持ってお帰り」といって出してきたものがコレです。

031_copy なんと
中高生の頃に使っていた、
「文箱」です。

020_copy フタを開けると、こんなものが入っていました。

なんじゃ~~

こりゃあ・・

抱腹絶倒の中身については
明日にでもUPしませう。

なんで、こんなもの残しておいたんやろ。

手紙類は結婚前日に半日かけて全て燃やしたはずですが一通だけ入っていました。
Jという友人のその手紙はどうも、結婚後、実家に届いたものらしく読んだあと、この箱に入れたままになっていたようです。

とにかく、ばかばかしいほど「要らない」ものなのですが、見るとなつかしく、持って帰れといわれて持って帰り、捨てるに捨てられなくて我が家にあります。

やっぱり、この家の整理、処分を「あなたまかせ」にしておいて正解だったな。と思います。



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2012年10月 1日 (月)

ゆうべのつづき



え~っと。

前回の記事にたくさんコメントをいただき、有難うございました。

「来た道、行く道」ほんまにそうです。

何かがあって、何かが分かる・・ということで、気づいたこともありますので、
ここで、コメントのお返事とさせてくださいませ。

こごろうさん。初コメありがとうございました。
BBさん。ってバの字さんですよね
さん。あーたも気をつけて、ウロウロしなさい

ウチは、住宅地なのですが、
とにかく、暗い!

夜に出歩かない良い子なので初めて知りました。

6メーター幅の道路の片側、30メートル置き位に「街灯」が設置されていますが、「節電」なのかひとつおきにしか点灯していないのです。

又、個人の家の「門灯」「玄関灯」もほとんどの家が点けておられません。
(あの日は19時前後だったですが)

そういえば、おたまんちも、以前は就寝前までつけていたけど「帰宅する人」がいるわけでもないし・・点けていませんね。

街灯のことで役場に問い合わせました。「節電と防犯とどっちが大事やねん」とおとなしいおたまが噛み付くと思ってか、
噛み付く前に「街灯がまぶしくて眠れないという苦情が多いんですよ」といわれました。
「うち(役場)は点けたいんだけどねっ!」という口調でした。

このことについては、町の声を吸い上げてくれるところにキチンと言おうと思っています。

だいたいやね。まぶしかったらカーテン閉めるなり、お布団の位置をかえたらエエねん。

個人情報漏洩を心配されてか、電話番号帖に記載されていない方も多いとおもいます。
母なんて、女性の名前で載せているから、80歳過ぎているのに怪しからぬ輩が卑猥な電話をよく、かけてきよりました(ププ)

過日の方も電話帳、自治会名簿に電話番号を載せておられませんでした。
電話番号がわかれば、もすこしスムーズに帰宅できたのに、と思いました。

自治会名簿が業者に渡るという話しもよく聞きます。「鹿児島県の天然水」の営業電話もやれやれと、お思いでしょうが、お年寄りのいる家庭は電話番号の開示をされた方が・・・ってどうなのでしょうね。
今回、おたまはそう、おもいました。

車でグルグル家を探して、ほんまに暗くて分かりにくいんです。

たまたま、ガレージに車を入れようとしていた方に「○丁目の○番地はどの辺りですか」と尋ねました。

親切なその方は、家からもっとわかりやすい地図を持ってき、車を覗き込んでは、お年寄りが家を探していると知り、とても心配して下さいました。

ところが、なんと!

目的のお家は、ソコから一本筋を隔てただけ直線距離で50メートルも離れていませんでした。

ご近所に、どんな人が住んでいるのか、そこにお年寄りがおられるのか、顔はもちろん、名前も知らないのです。

これが、普通なのですね。

子どもが小さいうちは、お互いの行き来はありますが、開発から40年。
この町の大方の年齢層も高くなっています。

そういう、おたまだって、自分のご近所のこと、全然知りません。

てなことで、これからの「行く道」
ご近所大切。街灯明るく。

面倒くさいから、どっかの老人ホームにはいろかな!



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