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2012年9月23日 (日)

にあんちゃん



今朝の朝刊「武士のサムライ」に「わたしが愛した日活映画」という読者アンケートのランキングが載っていました。

今年は「日活」の創立100周年だそうです。
皆さまの栄光のベストスリーは何でしょう?

おたまね、胸がキュッンっとしましてんよ。
それは、第10位に
「にあんちゃん」(今井昌平監督)が入っていたから。

小学校の講堂で見た記憶があります。
教室から椅子を運んでね。パイプ椅子とちがいます。「木の椅子」です。重くってね・・。

お話は九州の炭鉱で働く両親を亡くした幼い兄弟一家の末っ子、「末子」さんの日記を元にしたもので、「にあんちゃん」とは二番目の兄さんのことです。

小学校の低学年だったと思うけど、何か大泣きしたのを覚えています。
記憶にあるのは、にあんちゃんがどこかのお家に貰われていくのね、そこは(たぶん)お豆腐やさんだったと思うけど、そこにも子供が沢山いて貧しいんです。

裸電球の下でごはんを食べるシーン。辛かった。
にあんちゃんは逃げて兄妹のところに帰ります。
で、まだ子どもなのに東京に働きに行って連れ戻されます。

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戦後十年足らず、国中が貧しかった時代。
その中で幼い兄妹だけで生きていかなければならなかった、その暮らしぶりは現代の人に理解してもらえるでしょうか。

150円ばかりの教科書を買えないのです。
お金を持ってきた人から教科書が渡されます。
お弁当を持っていない子はお昼になると運動場に出ているしか仕方がないのです。

そんな暮らしが少し前の日本にあったのです。

子どものころ住んでいた博多は、市内中心部からでも、東の方角にボタ山が見えました。
天神町の交差点に11階建ての「天神ビル」というのが建ちまして、それが、市内で一番高い建物だった頃ですので見通せたのです。

大きくなって、色んなことを知っていく中で、当時、どのクラスにも在日韓国朝鮮人の子がいたのはどうしてなんだろ・・って。それは、炭鉱と大きく関係していたんだな・・って。
学校では教わりませんから・・。
そんなことがきっかけで、日本の近代史に興味を持っていくわけですが・・

末子さんも在日韓国人でした。
この世代の方ですから二世です。

大人になってからの友人で二世の人がいますが、知らないことを沢山教えてもらいました。本当に知らないことだらけでした。
友人は頭の良い人だったので、親御さんが学問に力を付けさせます。
日本で生きていくためには「学力」だといって・・

親のいない末子さんや、にあんちゃんはどうだったのでしょう。
ネットで調べてみたら、印税のおかげで、それぞれ早稲田・慶応大学に進まれました。
勉強の好きな人が、勉強を続けることが出来た。
そのことに、少しホッとしました。

今は静かに関東地方でお暮らしのようです。

時代背景や、炭住や、ボタ山を知っているおたまにとって、忘れられない映画・「にあんちゃん」

ベストテン入りしているのは、それだけ多くの人のこころの名画として記憶に刻まれているのでしょう。

二年前、九州旅行のとき、「あれがボタ山ですよ」と教えられました。
形こそ特徴のある三角形でしたが、緑の草や木に覆われ、おたまの知っているボタ山ではありませんでした。

 「ボタ山にボタの色無くいぼむしり」 おたま
                      (季語・いぼむしり)

いぼむしり=かまきり



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コメント

「にあんちゃん」小学校から映画館へ歩いて見に行きました。映画は学校から連れて行かれるものでした。ディズニーの「白雪姫」の時は体調崩して観られませんでした。「にあんちゃん」の暗さ、貧しさは私たちの街でも身近でした。在日も多かったです。エタと呼ばれる人も居ました。差別用語になっていて、変換しても出てこないような人も。世の中はそういうもので、貧しさは当たり前。ただ悲しいのは親たちが子供にはこの苦労をさせたくないと、妙に頑張って拝金主義になっちゃたことです。飽食や使い捨て、バブルにおぼれた日本。
昭和を懐かしがって、美化したりする映画もありますけど、「にあんちゃん」がベスト10に入ってるってちょっとほっとしますね。

投稿: ばんび | 2012年9月23日 (日) 08時26分

いぼむしり・・って、かまきり?
あの、カマで、イボをむしり取るっていうことなんだろうか?
おたま俳句の季語は勉強になります。

投稿: こく | 2012年9月23日 (日) 10時03分

「にあんちゃん」はNHKBSで見たことがある。
松尾嘉代の顔が濃くって、少女なのに大人の顔してた。

日活映画は残念なことに、僕が映画をひとりで見れるようになった頃には消滅している。
小学生の時に、なぜかたぶん父親と映画館にいて小林旭の映画を見ていた記憶はある。
映画のなかで小林旭がダイスを振っていて、テーブルの上にサイコロがきれいに目をそろえて並ぶシーン。そこだけ憶えている。子供心にカッコいいと思った。
他には、もしかしたら日活の怪獣映画「ガッパ」はリアルタイムで映画館で見ているかも。
それだけ。

と、わずかな日活映画の記憶を書いたが、そんなことより僕が書こうとしているのは日活ロマンポルノの話。
これも残念なことに、僕が成人映画を見れるようになった頃にはブームが去っていた(ロマンポルノの製作はまだ続いていたが)。
だから僕は名作と評されているロマンポルノの作品(たとえば「八月はエロスの匂い」とか)もふくめて、ロマンポルノをまったく見たことがない。

それじゃ、おまえは成人映画っちゅうものを当時に見なかったのだなと尋ねられると、それが大笑い。
忘れもしない。高2の夏。友達とふたりで決死の覚悟で成人映画(ロマンポルノじゃない、いわゆるピンク映画)を見ている。
場所は隣町の、そのまた隣町の映画館。いま思うに、あんなの昨今のアダルトビデオと比較したら文部省推薦みたいな内容だった。
このへんは書き出すとそれこそ映画を見るひとそれぞれの「ニュー・シネマ・パラダイス」みたいになってしまうので割愛。

【僕の幻の日活ロマンポルノの主演女優たち】
宮下順子 - どこかで読んだが彼女は日活ロマンポルノになんと70作も出演しているそうだ。
後にロマンポルノじゃないテレビのドラマに出ているのはよく見た。
中上健次原作の「緋い髪の女」って映画があって、中上健次の小説の方は僕のフェバリットなのだが、映画もおもしろそう(でも見ていない)。
映画は石橋蓮司と共演で、彼も僕のフェバリット。彼の奥様は緑魔子。

やっぱり駄目だ。
いまネットで調べてみたら「緋い髪の女」は ’79年の映画になっている。
その頃は僕も成人しているわけだが、 ’79年当時の僕は映画「緋い髪の女」に関して無関心だったような気がする。
僕はその頃、映画を見なくなっていた。また田舎では映画館が次から次へと消えていた。
やっぱりロマンポルノのことはよく知らない。それに出演していた女優たちのこともよくわからない。
確実に言えることは、当時にロマンポルノに出演していた女優たちも、いまや老婆になりつつあるということ。
これがこのコメントのオチ。

投稿: ふぁらんくす | 2012年9月24日 (月) 03時51分

ばんびさん
差別のない社会を目指すには、「差別」に対して鋭敏な感覚をもたねばならないと思います。差別することも、されることにおいてもです。
正しい歴史の把握、科学的に捉えることのできる視点。
人は、学ぶことにより成熟した「人」になれるという希望を持っています。

この映画も「貧しいが頑張るこども」の物語とみてしまえばもったいないような気がします。

こくちゃん
俳句をしていると、面白い言葉にいっぱい出会います。
かまきりにも蟷螂(とうろう)、鎌切、斧虫、拝み太郎、祈り虫、などの呼び方があるのですって!
いぼむしりは、かまきりでイボを撫でれば、無くなるという古い俗説から来たみたいです。
こくちゃんの説の鎌でむしりとるというイメージかも知れませんね。

ちなみに、おたまは、虫の中ではかまきりが一番すきです。顔もスタイルも、気が強いらしいね。オスを食べちゃうらしいよ。

ふぁらんくすさん
へえ。松尾嘉代さんって、子役だったのですか!末子さんは当時4年生ですからね。

この新聞アンケートですが回答対象者の世代がどうなんでしょね。
ベスト10のうち4本が小百合様の作品です。
おたまは、日活といえば裕次郎か旭ですけど・・

ロマンポルノは21位以下に「団地妻昼下がりの情事」「四畳半襖の下張り」「肉体の門」が入っていました。

「肉体の門」って文芸作品ですよね、おたまの友人の元女優(93歳で死去)が松竹の肉体の門に出演しておられたのですよ(ちょっとしたエピソード)

ポルノ女優といえば、一番に思い出されるのは、渥美マリです。この人「女学生の友」なんかの雑誌モデルしていたんだから!
あとは、おじ様好みの池玲子、都会的な田中真理、一見純朴な小川節子・・。
宮下順子は哀しみのエロスが漂っておりましたですね。

え?なんでそんなに詳しいかと?
みなさん、おたまと同世代ですよ!
老婆で悪うございましたね

投稿: おたま | 2012年9月24日 (月) 11時34分

おたまさんって、誰かとのコメントのやり取りで読んだが、出版関係、それももしかしたら雑誌の編集とかにいたひとかもしれないな。
華のある職場にいたんだ。

「肉体の門」でいま検索してみたが、「松竹の肉体の門」がわからない。
友人の元女優さんってすごく気になる。誰なんだろう?

渥美マリは懐かしい。
彼女の出ていた映画で成人指定じゃないのを、僕も映画館で見た記憶がある(ような気がする)。
「女学生の友」の雑誌モデルだったのか(驚き)。その頃は清純なカワイ子ちゃんだったわけだ。

老婆ですこしも悪くない。
「死刑執行人もまた死す」で、ロマンポルノの女優も、清純なカワイ子ちゃんも、いつかは老婆。おたまさんも、吉永小百合も、AKB48の連中だっていつかは老婆。
女性だけじゃない。男性だって、いつかは老人。これ人生の真実。
夭死でもしない限り避けて通れない宿命。

投稿: ふぁらんくす | 2012年9月24日 (月) 12時38分

ふぁらんくすさん
なぐさめられたような、そうでもないようなコメント、どうもありがとう。
元気に老いてゆきますわ。
おたまはいいんです。おたまはね。
でも小百合様が「老婆」になるなんて・・

お友達の女優さんですが、「蒲田撮影所」のハナシをよくされていたので松竹と思い込んでいましたが、
1948年東宝配給の「肉体の門」です。
主演は轟夕起子。
ご本人は「大部屋女優」と言っておられましたが、写真を見せてもらう限りなかなかでした。
結婚で早く引退しますが、お相手は男優さん(後に離婚)この方は後に創成期のテレビによく出ていた方です。
名前はウフフです。
スターさん(高橋貞二とか)がよく家に遊びに来たハナシなど、お聞きしましたよ。

投稿: おたま | 2012年9月25日 (火) 08時44分

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