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2012年7月

2012年7月31日 (火)

気楽なパタリロ



  「しばらくを水打つ水に手をひたす」 おたま
                    (季語・打水

いやぁ。暑うおすなぁ。
打ち水で地表の温度を下げようと思っても、イマドキ田んぼの畦道でもアスファルトだっせ。「ジュッ」ゆうて仕舞いですわ。
ムッと熱気が上がってきて、余計に暑いです。

それでも、水を触るのは気持ちいいね。
グッ坊にも、水遊びをさせてやろ~っと
もちろん、我が家のプールで、ですわ。

人はそれを「プラスチックの衣装ケース」っていうけどね。

朝、汲み置きした水が昼には、ええ湯加減になっています。日向水っていうやつやね。

ちゃぷちゃぷちゃぷ。グッ坊、上機嫌。
おお、おお。嬉しいかい?
そういえば、メダカも日向水が好きだったよ・・。
あんたの、両親に殺されたけどな。
あれは、おたまが旅行で家を空けた時の話や・・

などと、語って聞かせながら、プール終了。

箸より重いものを持ったことのない、このおたまが
グッ坊のせいで腕に筋肉が付いてきた。

似合わんいやや

それに、ご生誕の折は「世にもまれなるイケメン」だったのに、子豚化にともない、どんどんパタリロに似てきた。

パタリロすなはち母親・真綿にソツクリでござる。
いやいや。人間、顔と違う!
ってそんな言い方、真綿嬢に失礼やろ・・。

プールから上がると、もう、おっぱいをもらってる。
で、次はお昼寝やな。
お気楽でええなあ。グッ坊は・・

 「赤ん坊の昼寝天突く形して」 おたま
                 (季語・昼寝)


今日のお花

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ひまわり/あこがれ



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2012年7月25日 (水)

体重計



えへへ。
買っちまったよ。
思い切っちゃったよ。

2,980円もしたんだよ。
紹介するよ。

じゃ~~~~ん。

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どやさ!どやさ!
おされでしょ。

体重・体脂肪率・筋肉量・基礎代謝量・体水分率・骨量がはかれるんだぜ。
この場合の「はかる」は計る・量る・測るどれなんだろね

で、メモリーってとこに「性別」「年齢」「身長」を入れなさいってことですねん。

げ! 年齢!

何が悲しくて、今日会ったばかりの体重計に「年齢」を言わなあかんねん!
私ら、まだ、そういう仲とは違うやろ?
信頼関係を構築するには、時間が要るんや!

それで、ちょっとサバ読んで入れておきました。

おたまに、歳訊くなんて100年早いわ!
おたま「謀っちゃった」よ←うまいこと言うやろ

どうせ、基礎代謝量とか、体水分率とか言われてもワケが分かってないんやし、知ったところで、別に努力するわけやなし・・
体重かて、ここ何年もずーといっしょやし・・・

こんなことなら・・買うんやなかった・・

でも、コレはないわね。
009_copy 今まで、使ってたコレ。

上の鉄板みたいなのがはがれて、三方・ガムテープ止め。しかも中途半端。

せっかくのお風呂上りの足の裏が錆だらけになるという優れもの。

でも、おばあちゃん(姑)の形見だからね。
40年ものだからね。

しみじみ、眺めると「To Your Health」なんて書いてある!知らんかった・・

あんた(体重計)そんな風に思っててくれたんやね。

しかも、これ「クボタ」製やったんや!

「クボタ」ってトラクターや田植え機やコンバインの「クボタ」とちゃいますのん?
アキラ・小林が乗ってた赤いトラクターの・・・いや、あれはコマツのフォークリフトやったかいなあ・・いやいや。そうにしておこう。

そんな立派な体重計に私ら載ってたんやなあ・・
しかも、100キロまで量れるのに、家族の誰もソコまで、到達できひんかった・・。

ごめんやで、ごめんや。

人の年齢聞くなんて、そんな失礼なこともなかった。

ほんまに、エエやつやった。

長い間ご苦労さん。明日は燃えないゴミの日やね。

はは~しゃいならっ!



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2012年7月24日 (火)

河内山(松江邸)



ハイ。わたくし「波路」(米吉)と申します。

本当は「お藤」っていうんだけどね、「波路」って名で松江藩18万石、江戸屋敷で腰元やってま~す。
実家は上州屋っていう結構デカイ質屋です。

なにも、キャリアを積みたくてお城に奉公にあがったわけじゃないの。
私たちエエとこのお嬢さんにとって「お城ツトメ」はステータス。お嫁に行くまでにちょっと箔をつけなきゃ・・ってくらいの気持ちだったのよ。

それがさ・・ほら・・
ここの、ぱっぱらぱ~のお殿様・松江出雲守(歌昇)に横恋慕されちゃってね。も~う困ってるわけ。

心配したパパが「娘を家に帰してくれ」っていったら、軟禁されるは、刀はふりまわされるは、も~わけわかんない!

そこで、援助を頼んだのが河内山宗俊(染五郎)という御数寄屋坊主。
ところが、この方の評判がねえ・・・。
ま、一応、大名の横暴に腹を据えかね、世話になっている上州屋への義侠心も、あるには、あるんだろうけど、どうもパパから二百両もせしめたらしいわよ。

御数寄屋坊主というのは、江戸城内の茶道一切を取り仕切る役職のことでございまして、ゆうても「幕府直属」の役職やからね、結構、政治力も握っていたみたいですね。

(松江邸書院)

で、この茶坊主、河内山が「宮様の使者」に化けて松江邸に乗り込むわけです。徳川の菩提寺の門主は代々皇室の出で絶大な格式を持っていたそうですよ。

・・・・

好色殿様をだまくらかして娘を奪い返し、そのうえ
「相成るべくば山吹のお茶を一服所望いたす」

なんてね。
大人なあなたなら、お分かりね。山吹のお茶ってキャッシュのことよ!
お殿様のこ乱行を内分にしてあげるからって、ワイロをせしめます。

やった!まんまと成功しちゃった!

(玄関先)

ところが、ちょっと待った!の掛け声が。
「とんだ所に北村大膳」
北村さんという、松江藩の重役(吉之助)に呼び止められる。実はこの人河内山とは顔見知り。の正体バレバレ・・
あっ!北村と(来た)を掛け合わせてあるねんよ。
しかし、河内山少しも騒がず。悠然と笑い飛ばして去るのでありました。

みどころは、河内山という人物像に尽きるやろね。
ほぼ、河内山の一人芝居だから・・。

堂々とした「ワル」の押し出し。豪放ぶり。
といっても、そこはお数寄屋。上品なワルじゃないといけない。
そして、心底には権威(大名家)に向けられた反骨心を持っている。

きのう、このお芝居の初演日を書きましたでしょ。このオハナシは江戸の末期、斜陽の武家社会に対する庶民感情を代弁している。

大名ナンボのもんじゃい!だまくらかせるし、笑い飛ばせる権威ってなーに?
それを、河内山宗俊が芝居で実現してくれた・・。

「馬鹿め」

花道での最後の高笑い。
溜飲の下る思いだったのではないかと思います。

で、今回の芝居やけど

染五郎の河内山。スケールの大きさ、風格の点から申せば、やはり物足りない。
東叡山寛永寺の使僧。何事の登場かと、家臣が案ずる緊張感の中の花道の出。こいつ・・悪いやっちゃで・・という期待感が薄い。貫禄不足は否めない。

見どころ最大ポイント、
本性を暴露する玄関先の啖呵。
え~~この人、そうやったん?と、

書院での高僧成りすましと、玄関先の伝法の落差がもっと大きいくらいが、ど素人おたまには好みです。変わり身のメリハリっていうのですかね。
裾前をはだけた瞬間にワクワクさせてくれなきゃ・・
いや。そういう意味でなく、次の啖呵のことです。

ま、ゆうても御数寄屋坊主の品位。あまりにエグイこともできないでしょうがね。

この場面は、正体ばれて、いわゆる捨て身の駆け引きをしていくわけだけど、一か八かの緊迫感があまり感じられなかった。
落ち着き払っても内心ドキドキだったはずじゃないの?

予定調和はおもしろない。

では、次回はもうひとつの「碇知盛」をご案内。
って、また予告してもうた!

天衣粉上野初花・河内山
河内山宗俊・染五郎  松江出雲守・歌昇
宮崎数馬・
隼人 腰元波路・米吉 北村大膳・吉之助
高木小佐衛門・
錦之助



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2012年7月21日 (土)

河内山



大阪松竹座の七月歌舞伎・夜の部へ行ってきました。
昼の部新作物「荒川の佐吉」とは対照的に重厚な時代物「渡海屋」。江戸歌舞伎の名作「河内山」(松江邸)が取り上げられていました。

では、まずは「河内山」のほうからご案内いたします。

「天衣紛上野初花くもにまごううえののはつはな)というお芝居は、いわゆる「河内山」(こうちやま)「直侍・雪暮夜入谷畦道なおざむらい・ゆきのゆうべいりやのあぜみち)という二つの名で俗に呼ばれています。
同時に上演される機会はあまりないようです。黙阿弥晩年の作で初演は明治14年3月です。

ちょっと、そこの読者さま。
前置きが長いからといって、ぼけ~っとしてないで
ここ(初演日)大事よ。押さえておいてくださいよ。
明治14年といえば、ついこの間まで江戸時代だったの。
日本の大いなる転換期なわけですよ。
戦前と戦後の境目1945年くらいな感じで庶民の意識改革も行われたとおもうし、今までおおいばりの「お侍ってなにさっ!」みたいな時代の空気だったんじゃないかなって思うねんよ。

そういう、時代背景を分かってから、このお芝居をみると、面白みが27㌫くらい増しますよ。

この「河内山」。さらに「上州屋見世先(質店)」「松江邸」に分けて出されますが、本日は「松江邸」のほうでしたの。

(おうっ!おたま!いつになったら本題に入るねん!)

ちょっと待ってね。

眠くなったから、明日にします。

お話は、茶坊主が高僧と偽って、さる大名家に乗り込み、娘ッコを救出し、金をせしめて帰ってくる。というものです。

当時(江戸末期)のいたって善良な市井の観客は自分達にはマネの出来ないアウトロー茶坊主の生き方が痛快だったのでしょうね

詳しい、内容は明日ってことで・・
興味があったら、覗いてみてくださいね。



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2012年7月18日 (水)

扇風機



ついに、扇風機を出しました。

おばあちゃんのやら、息子達が下宿先から持ち帰ったのやらで

うちね、おたま、一人に扇風機5台もありますねん。

物持ちでしょ

調子こいて全部出しました。

それで、リビングに全部並べてますねん。

一台、一台、違いますねんよ。

ナニが?って・・・。

 あ”----って言った時の声がです。

「ワレワレハ ウチュウジンダ・・」なんてそんな子どもじみたことはしません。

だいたい、宇宙人って地球人からみた場合は宇宙人だけど、自分で自分のこと「宇宙人」って言いますか?しかも日本語で。

ま、そんなことを考えながら、たこ足配線で扇風機に円陣を組ませて、一斉にスイッチをいれてみました。

もちろん、円陣の真ん中には、おたま様鎮座。

なかなかエエ感じですよ。

風と風がケンカして、涼しいのか、涼しくないのかわからへん。

それで、一斉に「首振り」にしましてん。

もう・・・わけがわかりません。

扇風機の真ん中で、きゃはきゃは。言いましてん。

 きゃはきゃはきゃは(嬉)

アホですやろ・・・

シーズンが終ったら、羽をきれいに洗って、雑巾できれいに拭いて、ダンボールの中にキチンと仕舞います。
そのため、梱包の発泡スチロールの型とか全部取ってあります。
買ってきた状態でパッキングします。
箱に納めるほうが納戸に収納しやすいですし。
おたま、この作業が好きですねん。

それで、5台全部だしてやりました。

もちろん、全員に名前がついています。

アホですやろ・・・



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2012年7月17日 (火)

家族



011_copy_copy 家族

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食べ物を与えるということが
究極の愛

命をつなぐために
与える愛。与えられる愛

燕ってなんで、こんなにせっせとエサを運んでるんやろ・・・
頭が下るわ・・

子燕に出世してもらって、老後は楽をしたいなんて考えてないものね。

大学2回も入りなおして、2回も高い入学金払わされて、何とか元を取り返したいと思っている親(おたまのことやけど)は見習うべきやね。

ホンマに、子どもって掛け捨てやわ。

あの時(二回目の入学金払うとき)何て言ったとおもう?
「必ず借りはお返しします!」って言いはりましてんよ・・・。

それやのに、
何なん!

ケータイ代払え、払えってやんやの催促。

挙句の果てに、「そういえば、おばあちゃん(おたまの姑)は新聞代を立て替えては、ヨメ(おたまのこと)に踏み倒されてたなあ」といいます。

まるで、ケータイ代も踏み倒されるかの言いよう。
失礼極まりないわ。

何か面倒くさかったけど、自分の分は自分の口座から落せるように手続きしました。

金の切れ目が縁の切れ目やわ。
べろべろば~~~。

って言ったって、自立して自分の家庭を持ってもらうことが希望だったんだから、それでいいんやけどね。

子どもが小さい頃「家族ってなに?」と聞かれたことがありました。

「毎日、一緒にごはんを食べる人」って答えました。

単身赴任のおとうさん。塾で夜食を食べるこども。孤食・個食それは(大きなお世話かもしれないけど)かぞくにとって不幸せ。

そう思って、皆で食卓を囲むことを大事にしました。

で、今、堂々の孤食・個食生活をしてますが、
お一人様家族とは一人でごはんを食べることなのだ。と実感します。

だからこそ、食べることを大切にしたいし、楽しみたいと思っています。

 「食べ物を与える」ことが究極の愛。
じゃ、今のおたまは遺族年金で食わせてもらってるんだから、お上から究極の愛を注いでもらってるってことになるのかな?

すまないね~。

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2012年7月16日 (月)

命乞い



で、月曜日の朝は、恒例(?)「平清盛」の話ですが。
めずらしく、きのうテレビをみましたのよ。

やっちまいましたね。池殿(和久井映見)。
平家最大の過ちを犯してしまいました。
源頼朝(岡田将生)の命乞いをするのです。

平忠盛(中井貴一)の妻が宗子でなければ平家一門の繁栄があったでございましょうか!!って思うねんよ。
理由はふたつ。

貴族として平家一門の後ろ盾であった藤原家成。
この人の口利きで平氏は冠位が上がっていったのですが、家成が忠盛という人物を買っていたのは事実だけど、宗子の存在=(藤原北家の出)ということが大きかったのじゃないかなあ・・・て思います。

もうひとつは、宗子という人物そのもの。
彼女は、どの場面においても、清盛を頭領候補として認めてきた。
実子・家盛(大東駿介)が可愛くないはずはない。母親の情として実の息子に後継をと願うのは当然だと思うのに・・

貴一さんが、はっきり後継者指名をしないまま死んじゃったあと、剃髪して池禅尼となった宗子はいち早く、大勢の家来の前で、実子家盛に言います。

「兄を盛り立て尽くされよ!これが母の願いじゃ!」

この一言で、清盛をことごとく追い出そうとしていた平忠正(豊原功補)を一瞬に押さえつけ、清盛が平氏の頭領であることが決定するのです。

なぜ、彼女はそう言ったのでしょう。
それは、我が息子が清盛より見劣りすること、器ではないことを知っているから。

池殿ほど、女性ながら、先が読める人はいなかったのではないかしら。
彼女はまぎれもなく政治家であったのです。

・・・・

ところが、ところが、

きのうの、テレビですよ。
ここにきて、押さえに押さえていた母親としての情念の蓋がカパッ!と開く。
愛しく不憫なわが子。若くして非業の死を遂げたわが子の面影を源頼朝に見てしまうわけですねんね。

あれほど先読みの「宗ちゃん」だったのに・・
源氏の血を生かすとはどういうことを意味するのか・・

あと、やっぱ。義経でてくるんやてね。
神木隆之介クンですって。ナイス・キャスティングです。
ニノじゃなかったね。
いまは、生まれたての赤ん坊だけど・・楽しみです。
でも、NHKってさすがやわ。どこから、あんな「いい顔」の赤ん坊(しかも生まれたて)を見つけてきはるんやろ・・。

常盤御前は武井咲さん
全然、知らないわ。若い女優さん、見分けがつかない。

常盤御前といえば・・やっぱり・・
山田五十鈴やろ・・・・(前の大河のとき、そうでしたよね)

前の大河ってタッキーじゃないですよ。

義経が尾上菊之介(当時)で、

清盛は辰巳柳太郎だったかなあ・・

古っ!



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2012年7月15日 (日)

イメージカラー



今日のお花
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オリエンタルリリー/高貴 スプレーバラ/包容力
ハイブリットスターチス/いたずらな心

はい。出ました。
ハイブリット・・ほにゃらら・・

この、黄色も人間が作り上げた色なのでしょう。
スターチスといえば、紫系のイメージがありますものね。

本日は読者の諸兄諸姉の心の底を「色」という視点から覗き込む、簡単チェックをいたしませう。
監修は奇跡のサイコロジスト・おたまです。

・・・・・

過去にでも、現在でもいいのですが、関係好意をもった
5人の異性のイメージを「色」に例えてみましょう。

おたまのような男性関係のきわめて少ない人はごひいきの俳優さんやスポーツ選手でもようございますよ。5人、揃えてくださいませね。

イメージする色は・・「赤」「白」「緑」「紫」「黒」

男性は「ピンク」を加えて6人でもよろしいですよ。

なんとなく、その人のイメージカラーってありますね。

はい。イメージできましたですか?
奥さま。ご主人様。恋人。愛人。を忘れてはいけません。
中にムリヤリ、突っ込んでおいてくださいね。

では、まいりまっせ。

「赤」・・あなたは、その人を「恋愛の対象」としてとらえています。
「白」・・あなたにとって、その人は「あこがれ」です。
「緑」・・その人に「友情」を感じています。
「紫」・・「セクシーな対象」として、その人をみています。
「黒」・・「敵対心」を持ってはいませんか?

「ピンク」・・「妹のような存在」です。

いかがでございましたでしょうか。

昔、ひっちゃんに、「おたまのイメージカラー」を訊ねたことがございます。

彼は、一言の元に言い放ちました・・

 「考えたことも無いわ!」

こ憎たらしい男でございました。

その、ひっちゃんの「イメージカラー」といえば・・

あーた。「白」なのです。

 「どこが、あこがれやねん!」

奇跡のサイコロジストの実力も、この程度でございますので、本日のテストを、人生の指針にされませんよう・・くれぐれも・・ 

バーテンをしていた友人が昔、言ってました。
「たま~~~に、勘違いした お姉さんが一人でやってきて、カウンターに腰掛けて言うねん。

 ワ・タ・シ 色の カクテル お・ね・が・い

って・・。どないせいっ・・ちゅうねん!」



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2012年7月13日 (金)

荒川の佐吉



大阪松竹座七月大歌舞伎・昼の部を見てきました。

「江戸絵両国八景」荒川の佐吉

二人の名優が同じ板(舞台)の上で一度に見られますねん。
おたま、もう・・オペラグラスで右向いたり左向いたり、ああ。忙しい。

中村吉衛門&片岡仁左衛門。
いっぺんに、まとめてだっせ・・

も~~~あにさん。どうしょっ!

お話は
やくざの子分佐吉(
仁左衛門)が亡き親分の孫である赤ん坊を預かり育て、凋落した一家を立て直すまでになるが、その子の行く末を思い、親元に返し自分は長い旅にでる・・チャンチャン。ともうお話はおわるのだけど、

まあ、聞いてくだせえ。

この卯之吉という赤ん坊。さる大店に嫁いだ姉娘(芝雀)が生んだのですが、生まれながら目が見えないためネグレクトに遭っちゃったんです。
じっちゃんである親分は金ほしさに赤ん坊を引き取ったものの、いかさまバクチで殺されちゃう。
叔母にあたる、妹娘(孝太郎)も「やだ~」とドロン。

そもそも、佐吉さん。
妹娘が好きでこの家業に入ったわけで、
元は江戸は職人の華、大工さんなわけです。

生まれながらの不良少年、弁天小僧でもなければ、
単純すぎてやたらスカッとしてる、いがみの権太でもなければ、
風姿さわやか気っぷが売りのめ組の辰五郎でもない。

なんちゅうか。暴走族のいっちばんオケツから
ラッタッタの50CC原付で付いていく中学生みたいな存在。

ま、三下奴ってわけです。

・・・・・ところが、見る人が見れば、三下奴ながら「大きくなる」男だと言われている佐吉さんなのであります。

男心に男が惚れる・・そんな男って・・
情愛深く、義理堅く、真直ぐなやつ・・
作者、真山青果、描くところの男の美学はただただ、「まっとう」です。

佐吉は忠義もんには違いないが、それ以上にお乳欲しがるこの子、卯之吉が可愛い。
カタギの友人辰五郎(又五郎)に支えられ、「ちゃん」と呼ばれて早七年・・

そこへ、跡取りに恵まれない大店から「子を返せ」との話が・・仲立ちは、佐吉にとって恩ある相模屋政五郎(吉衛門)でありました。

歌舞伎って、時代物によく見られる「んなアホな」という話が面白い。
パラレルワールドが歌舞伎の魅力でもあると思うねんね。

そいった意味から、こういう、新作もの、特に、なんちゅうかなあ。

情緒が滲みすぎるっていうか、全てがリアルである、いわゆる「芝居にまみれた芝居」(って勝手におたまが思ってるだけですが)は、あまり好きではないのです。

しかし、そこは仁左衛門さん。
人情ドラマのべとつきも、観る人をしらけさせることなく、まあ、そらあ泣かせてくれました。
はい。おたま、泣きましたよ。ぐすんぐすん。

卯之吉への愛情。辰五郎との友情。はい、泣かせていただきました。

先々月の南座同様、歌昇改め、中村又五郎の襲名興行なのですが、今回のミッテル君(又五郎)すごく良い役をされていて嬉しかったです。

別の出し物、「棒しばり」も、文句なしに楽しませてもらいました。

あと、ひとつの出し物「引き窓」ですが、
もし、興味がおありで、「あらすじ」を知りたいな~という方、このブログの「歌舞伎カテゴリー」のどっかに書いたとおもいますので、テキトーに探して読んでね。役にはたたないと思うけど・・

濡髪長五郎(我当)、これから河内国へ逃亡せんならんのに・・・おみ足。
心配です。



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2012年7月12日 (木)

神降ろし



何ゆえ、近鉄奈良線に乗っていたかといいますと
(あっ。前記事のつづきやねんけどね)

生駒の、宝山寺へ行ってきましてん。
ここは、聖天(歓喜天)信仰で有名ですが、ご本尊は不動明王です。

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左が聖天堂。右が本堂です。

最大の目的は、お不動さんのお参りなのですが、8日はご縁日のために本堂を開けておられ、素晴らしい仏像を拝観できるのです。

宝山寺は、商売人であった、おたまのおじいさん(母の父)が信仰していたこともあり、何度も行っていますが、本堂へ上げてもらうのはこれで、三回目でした。
中でもお気に入りは「東山天皇御持佛・聖観音菩薩立像」というそれはそれは美しい仏像です。自分で持ちたいのは「厨子入り不動明王&八童子」やね。

まあ、その話はおいておきまして、

おたまね、なんだか、不思議なもの(こと)に出会いましてん。

神様とか仏様がいてはるかどうか、降りてきはるかどうか、実感も経験もないのですが、自分が知らないからと言って否定してはいけないと思うので、決して「チャカして」いるわけではありません。

本殿の背後に拝殿があり、そこに「ナニが」おはしますのか存知あげないのですが、祈祷師さんが

神様を降ろしてはりましてん

で、あんた(おたま)どこででも(電車の中でも、神さんの前でも)聞き耳立ててるんやなっ!っておっしゃるかも知れませんが、

聞いてしまいましてん。

内容については、もったいぶっているみたいですが、控えておきましょう。

じつは、昭和初期に丹毒で死に掛けたおばあちゃん(母の母)が夢の中で助けてもらったのが、ここの神さんやということです。我が家の宝山寺伝説になってるくらいです。

宝山寺さんは、よくいうことを聞いてくれはる・・・というのがおばあちゃんの口癖でした。

ほんまかいな。そうかいな。

と、思いながらも、おたま自身、何ゆえ不動めぐりをしているかと言えば「不思議な夢」のせい、やねんけどね。

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この日は珍しく、電車・ケーブルでやってきましたので、関西屈指のディープゾーン(最後の遊郭は飛田だけやおませんで)を、ぷらり、ぷらりと登ってやってきました。

8_023_copy 振り返ると、遠くに下界がみえます。

深窓のマダム、おたまがなぜこんなことを知っているかといえば、ずっと前にブログにも書いたけど、けったいなWさんに散々「生駒の女(ひと)」について聞かされたからです。

Wさん、何回か登場してるけど、覚えてくれてはるかなあ・・
小指が欠損してるWさん。

Wさんは、まだ嫁入り前だった、おたまに「世間」ちゅうもんを教えてくれました。

「おたまちゃん。女に金使うのはアホやで。女に金使うても何も返ってこん。その点、馬はええぞ。馬は恩返ししよる・・」
と言っていた翌年、「はまった」のが「生駒の女(ひと)」でした。

余分だけど、その翌年にはまったのが「札」で、そのせいで身を隠してしまったのですけど・・。

  「娼館へ折れる坂道青葉冷」 おたま

ここのあたり、面白い話がいっぱいなんだけど・・

ああ、なんだか書けない話ばっかりね。

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昔からある茶店


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2012年7月 9日 (月)

電車点描



前期高齢者っぽい、男性五人組。
メチャ、仲良しさんのご様子です。
「ぐんちゃん」とか「しんちゃん」とか呼び合っている。

「臨場」見てきたで、今度、高倉健の映画行かへんか、行こう。行こう。てな話をされている。

メールの話題になり、孫に「植えたで!」って返事したけど、話が通じないのはどういうわけだ。と言ってケータイが五人の間を回った。

「よっちゃん!そら、あかんわ。tomorrowって書いてあるわ」
「え~!トウモロコシと違うんか・・」

若者。こちらも五人。こちらは全員立っています。
話の内容からすると、どうも全国から集まる「銘柄大学」の新入生らしい。

全員に告ぐ!
郷に入らば郷や!東京弁使うんじゃない!

なんか、腹たつ。

「貴方の誇りは?って聞かれちゃってさぁ。自分の街に生まれてそこで育ったことですぅって言ったんだよね」

そんなら、自分の街の大学に行けよ

「でさ。○○はさぁ、部屋の電気は必ず消す。それだけは忘れない。だぜ。大阪の人間だろ!」

いやいや。○○最高!

隣の女子が化粧を始めた。

シマッタ!
観察しにくいよ

そんなことなら、向かい側に座るんだった。

ま。いいか。化粧ポーチが覗けるし・・

次から次へ色んなものが飛び出す。

あんたは手品師か・・・。

顔だけでは足らず、首から腕からぺたぺたぺた。

楽屋をさらしちゃっていいのかしらね。
表もウチもあったものではない。
この子、そのうち車内でポテチ食べながらねっ転がるんじゃないですかね。

期待に応えてくれました。

化粧の次はお食事。バッグの菓子パンをちぎっては、お口へ・・。ホラホラ、お膝にシートにぽろぽろこぼれていますよ。飲み物も用意周到。左手はスマホ。

足を組みかえるとき、ヒールの先が、おたまのおみ足に当たった。

しばくぞ!コラァ!

いやいや。楽しいわ。電車のお出掛け。

決して、きょろきょろしたり、聞き耳たててたわけじゃないよ。へへ。

某月某日。
良く空いた近鉄・奈良線からのご報告でした。

それにしても、おけいはん(京阪電車)はいいね。
窓ガラス。ドアガラス。手垢ひとつついていない。

そういえば、阪急もそうだ・・

やっぱり、この電車は汚れすぎ・・・



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2012年7月 7日 (土)

切手



有馬朗人の俳句に「初夏に開く郵便切手ほどの窓」
があります。
「開く」は「ひらく」とご本人が読んでおられたので、「あく」ではありません。

「ひらく」と言ったほうが、確かに能動的な感じがします。
五月の夏の始まりが明るく、おたまの好きな句です。

窓を切手に見立てた感性など、詩人だなあと思います。

結社「天為」の主宰であり、原子核物理学の学者であり、元東大総長であり、元文部大臣でもある有馬朗人。物理学の業績により文化勲章を授与されています。

「末は博士か大臣か」ってこの方のことを言うのね。

テレビとか俳句雑誌でお見かけすると、とても、円満で穏やかなお人柄のようです。
おたまの、周囲にはいないタイプですわ

まあ、こんな方、滅多に居られるものではないと思いますけどね。

Photo おたまが初めて「手紙」を出したのは、小学5年生のときでした。

大宰府に転校していった、いっこちゃんに出しました。

書き出しを今でも覚えています。

「いっこちゃん。お元気ですか。わたしは、とっても元気です・・・」

そして、この切手を貼りました。

長い間、文通していたように思います。

大阪に来た時に住所をなくしてしまったのでしょうか、そこで文通は途絶えました。

そして、転校していったおたまにハルミちゃんからお手紙が来て文通が始まりました。18歳くらいまで続きました。

平凡氏が三歳の頃、新幹線に乗せてやりたくて、ひっちゃんと三人で博多へ行きました。駅前のホテルでハルミちゃんに会いました。

ハルミちゃんは大きな、お腹をしていました。
タクシーから降りるやいなや
「おたまちゃんやろ?すぐに分かったばい。いっちょん変わっとらんねえ」と懐かしい博多弁で言いました。

何年か後、「今、実家に帰ってきとっとよ」という離婚お知らせの電話以降、連絡をとりあわなくなりました。どちらからだったのか覚えていません。

007_copy
美しい切手は、だれかと誰かをつないでくれていたのに、

その小さな窓を閉じてしまったことを思うと

ちょっぴり、ちくっと致します。



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2012年7月 5日 (木)

無いものねだり



少し前になるけど「徹子の部屋」に吉沢久子さんが出ておられました。

94歳。

一人暮らしの極意の、お話しのなかで
おっしゃるとおり と思ったことは・・・。

「無いものねだりをしない」ということです。

夫がいたら・・・。家族がいたら・・・。

おたまも、それは思うんだわ。
目の前の事実現実の中でいかにクオリティを上げて生きるか。そこが大切よね。

その代わり

「無限の妥協をしなくても良い」と吉沢さんはおっしゃる。

家族がいるということは、そう。無限の妥協の繰り返し。
早く家に帰らなくてもいい。
食事、家事。その他の管理・・すべて自分のためだけにできる。

自分の、決めた時間に起きて、
ごはんは、栄養バランスを考えて、時間をかけてゆっくりと食べる。
自分の好きな花を咲かせ、
身ほとりに好きなものを置く。
間食を楽しむ。

まあ、現役で働いておられる方は時間の制約はあるでしょうが、おおむね、なにもかも、自分の好きにデキルという点では、同じですよね。

特にシニアの一人暮らしとして心がけておられるのは
「健康を守る」・・月一回の健康診断(94歳だからね)
「近所の人とのなにげないお付き合い」

を、あげておられました。

夫を亡くすと、「孤独」と「自由」の両方を授かるわけだけど、
「孤独」なんてあーた。どないにでもなります。

ささ。皆さま。
どないでっか。

おたま未亡人倶楽部」会員随時受付中

とは、思うんだけどね。

「ひっちゃんが、おったらいいのになあ・・」

って、たま~~~に。息子に言いますねん。

すると、息子は

「おったら、おったで、ややこしいで」といいます。

・・・・・・・そっかな~~~。

あっ!無いものねだり、してたわ・・・



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2012年7月 4日 (水)

星に願いを



七夕様の短冊に

 「ポックリ」

と書いた、おたまです。おはようございます。

やさしいヨメが「おお。それはいけません」と申しましたが、目は笑っているのを見逃しませんでしたキラリ

人はなぜ、死にざまなんか気にするのでしょう。
しかしながらおたま、ポックリと書いたもののホンマのところ、さほど考えていないのです。
むしろ暴れたおして死んでやろうと思っています。うふ。

で、七夕様といえば
♪笹の葉さ~らさら のきばに揺れる♪

なんて、歌を、あどけなさなんて一億光年の彼方に置いてきたような、皆さまでも一度は歌われたことがおありでしょう。

軒端(のきば)なんて、ほとんど使わないですね。
子どもの歌でも、子どもにおもねることなくキチンとした言葉を使っていたのですね。

こどもにすれば、たまったものではありません。
牧場なら、かろうじてわかるものの、軒端ですからね。

ウチの息子は
♪笹の葉さ~らさら ぼきばにぶれる
と歌っていました。すばらしい耳です
♪おっほしさ~ま きいらきら キンキンブラボー

そういえば、

うさぎ美味しいあの山・・って思っていませんでしたか
ひいじいさんに連れられて行っちゃった・・って。

♪みんな かわい ことりになって

「ことり」って「小さなバード」と知ったのは結構後からでして
「ことり」といえば
「暗くなるまで表で遊んでたら、さらわれて。酢を飲まされて、サーカスに売られる」

と、散々脅された「子盗り」でした。

だから、おたまは「ことり」とお手手つないで靴を鳴らす人の気がしれませんでした。

「耳から覚える」と言うのは、しかしながら、理屈じゃないから、しっかり身につくものなのです。

って、スピードラーニングの石川遼選手も言っています。

意味も分からず聞き覚えた英語の歌なんて、大きくなって検証したら、なかなかの「発音」しています。

ああい じゅりいみん おば わ~い くりすま
I'm dreaming of a white Christmas

ですから・・

さすが、耳が発達しすぎて、耳年増になった、
おたまちゃんの、ちょっとしたエピソードでした。

 「無理難題吊るし七夕竹重し」 おたま
(むりなんだいつるしたなばたたけおもし)

陰暦七月七日は今の八月七日頃にあたり、「七夕」は「秋の季語」に分類されます。



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2012年7月 3日 (火)

いっぽんの木



空にそびえる一本の木ばかりを何枚もスケッチしている少女に画家である友人のお父様がスケッチブックを覗きこんで注意をする。

「木をかこうとするまえに、あなた自身が木になったつもりでかいてごらんなさい。」

愛読書「たくさんの日々」に出てくる最後の章です。

034_convert_20120703144153

兵庫県三田市の、とある公園の、一本の木。

(アングルが下手で遊具や塀が入ってしまいましたが)

どこか、懐かしい感じがしませんか?

ここは、加山雄三主演の映画(たぶん、「何処へ」)に使われた場所で、この木に登って大きな声で叫ぶというシーンが撮られたそうですよ。

今でも、当時のままなのでしょう。
1960年代の空気がそのまま、この木辺りに漂っていました。

 「手際よく去る撮影隊夏大木」 おたま
(てぎわよくさるさつえいたいなつおおき)

もちろん、おたまが見たわけではありません。
見ていたのは、このいっぽんの木。

石原慎太郎原作「青年の樹」というテレビドラマがありました(1961~1962)
おたまはもちろん、まだ小さい子どもでしたが、中に出てくる「小林哲子」さんという女優さんが好きでした。

記憶力が良すぎるというのは、「アータ。歳をごまかしていらっしゃるのでは・・」とよく言われて、つらいものがございます。

大きくなったら、あんな理知的なお姉さん。女子学生になるのだわ・・きっと。
と思っていましたが・・無理でしたわね。

大きな木は、遠い日の記憶のように、あたたかく、なつかしく、少しかなしいもののようです。

匿名希望さんから、ご質問です。

6/23「そのうちきっと・・・」の記事中の
「夕端居何も戻らぬ巣の見ゆる」おたま

の「季語」は何でしょう?、夕端居って何でしょう?ということでございます。
張りきって、お答えいたします。

季語は「端居」(はしい)・夏

「端居」とは、家屋内の端、縁側や窓辺近くのことをいう。夏の夕方など、室内の暑さを避け涼をもとめて縁側や窓辺近くに出てくつろぐこと(角川歳時記より)でございます。

ちなみにさんからは、タイトル変更の変更につきまして、
「未亡人」として、助平な紳士に気を持たせて突っ走ってください。というあたたかな、エールを頂戴いたしました。ありがとうございました。

ふふふふふ。



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2012年7月 2日 (月)

朝令暮改



なんだか、しっくりこないと思っていたら
やっぱり「タイトル名」ね。

皆さまにとっては
♪そんなこと、どうでもいいじゃない♪
と、お思いでしょうが・・
おたまにとっては、とっても大切。

晴れ晴れと堂々と未亡人の一本道を歩いておりましたのに、なんで
≪18禁のおまた≫ごときに、どぎまぎして、名前を変えなきゃいけないのでせう。

おたまは、おまたに負けません

ここにブログ開始6ヶ月当時の記事を貼り付け、初心に戻りたいと思います。
そして。そして再び「おたまの未亡人日記」として再出発したいと存じます。



おかげさまで、ブログ開始から6ヶ月がたちました。

こころざし無く、主張なく、お役に立てる情報も無い
こんな、おたまのブログに

足しげく通ってくださる どこかのあなた
そんなつもりじゃなかったのに hit してしまったあなた
「未亡人」というだけでノコノコやってきたあなた

皆様 どうも ありがとうございます

.

.

.

.

・・・・中略・・・

と、いうことで、おたまブログ、六ヶ月。
皆様の「毒にも薬にもならぬ常備薬」として、望むべくも無いクオリティの向上をめざし邁進してまいります。
 

・・・後略・・。


おお、この初々しいおたまのあの頃!!!

え?何?

♪そんなことどうでもいいじゃない♪

♪いつだって愛してるじゃない♪

ありがとう、ありがとう。
3日しか続かなかった「玉乗りおたま」よさようなら。

poo氏。懸賞金は返してくれなくていいからね。



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2012年7月 1日 (日)

夏越の祓



時間も書くこともたっぷりあったのに、

ブログのタイトル名を変えたとたんに
「ヤル気」(書く気)が全く失せました・・・・・・

どういうわけでしょうね・・

去年の今頃のブログを読み返す
ひっちゃんの七回忌を終えて、なんだかホッとしてる。

夏越の祓(なごしのはらえ)に行ってる。

 「朝からの雨含みたる茅の輪かな」 
  (あさからのあめふくみたるちのわかな)

 「四阿に扇つかひて神事待つ」 
  (あずまやにおおぎつかいてしんじまつ)

そうだ、朝からの雨が上がって、蒸し暑い空気が重たかった。

茅の輪を潜っているとき、大きな声で誰かに呼ばれた。
Nさんだった。もう25年くらい会っていない人。

 「抱きあふて香水微か再会す」 
   (だきおうてこうすいかすかさいかいす)

おたまが青くて熱かった頃((ふっ)
活動を共にした人だ。物事を大きく捉えることのできる人だった。温かな人・・・
「あの頃、楽しかったなあ・・」とNさんは言った。

おたま、良くこのセリフを人に言われる。場面は違うのに・・

 「激つ瀬の岩に形代貼りつきぬ」
  (たぎつせのいわにかたしろはりつきぬ)

 「形代の浮きつ沈みつ遠ざかる」
  (かたしろのうきつしずみつとおざかる)

形代は、ワタクシの分身。ここ数日の雨で増水した川に流す。
ワタクシの罪・ケガレを身につけて激流の中に祓われていく・・

これが、去年の今日の出来事・・

やはり、お宮さんに行けばよかったな。

明日、茅の輪をくぐりに行ってこよう。



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