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2012年6月17日 (日)

阿古屋(壇浦兜軍記)②



「レース着て四條小橋で待ち合はす」 おたま
                              (季語・レース)

「続きは明日」などと言いながら、クソ忙しくて更新できませんでしたの。
なぜ、忙しいかというと・・・
なんかね。あれとこれを一度に済ます。というのが出来なくなってる.。そして宿題がどんどん溜まっていく。お出掛けした日に限って、緊急の用事がはいっている。ああ、くたびれた、わしゃ。もう寝る・・ハイハイ。歳ですよ

ということで、阿古屋の続きです。

阿古屋さん。絶世の美女で、お仕事は「公娼」
だから、帯は解きやすいように前で結び、あんな豪華な衣装やのに「はだし」ですねん。
すぐに、お寝間に入れるようにやろね。違うか!

傾城にはランクがあり、阿古屋さんは「松の位」というトップクラスですねん。
あらゆる教養と芸事の素養がハイレベルで身についていなければなりません。

だからこその美しさと貫禄とプライド!

それでね、今回、ダーリン平景清(たいらのかげきよ)が全国指名手配になったでしょ。
某ノ○ピーなら、自分も「ヤバッ!」って逃げたけど、
潔白な阿古屋さん。逃げも隠れもいたしません。それどころか、ほんまに景清さんの居場所をしらないのです。

ほんまでっか?
そんなはず、おまへんやろ・・
ええい。吐かせちまおうぜ!

と、堀川御所は問注所というところに呼び出される・・・

このお芝居はここから・・始まり始まり・・
(やっと、はじまりまっせ。おまっとうさん)

登場を今か今かと待つ客席のざわめきがどよめきに変わり、一瞬水を打ったように静まり返る。
玉三郎・阿古屋。花道からの登場です。

場面は最大の山場、琴責といわれる、三曲演奏へと続きます。
恋人の居所を、もし知っているならば、心が波立ち曲が乱れるであろうという風流な詮議なのです。
本当に所在を知らない阿古屋は邪心なくただ、恋の思い出と淋しさだけを演奏するのです。

この「阿古屋」という演目がなぜに、特別なのか、なぜに、女形の卒業論文と言われるのか。
それは三曲(箏・三弦・胡弓)演奏という技能以上に、歌舞伎で言われるところの「肚」(はら)・・性根といわれます・・を表現するだけの鮮やかな演奏力を持っていなければならないからです。

「肚」というのは、役作りの根本である、人物の性格や心理を指します。
女形なら上記は演奏できて当然でしょう。
しかし、お金を払って観に来る人たちを納得させられるのは、現在、玉三郎だけです。
歌舞伎界の、いや、日本の至宝といわれた中村歌右衛門が最後に阿古屋を演じたのは1986年でした。
その後、大方の歌舞伎ファンは、もう、阿古屋を観ることは無いと考えていたのではないでしょうか。

玉三郎の初演は1997年。
歌右衛門は稽古に立ち会うことなく、病床からビデオを通しての指導だったと聞きます。翌1998年1月の二度目の舞台というのが、おたまが前回見たものです。それは、初演がいかに素晴らしい出来であったかという証明でもあります。
大役である故に何度も掛かるお芝居ではないのですが、先年の海老蔵謹慎事件の代役として、この阿古屋が上演されると知ったとき、驚きました。
それほど、歌舞伎界は海老蔵事件に対して危機感を強めていたのか(本人の自覚とは別の話ですが)。そして、玉三郎という人の「男気」を強く感じたものです。松竹は玉三郎に対して大きな借りが出来たという声も聞かれました。

話が横道に逸れてしまいましたね。

舞台は素晴らしかったです。

箏・三味線・胡弓・・・このうち、三味線は長唄連中が登場し二上がりの本手を受け持ちます(阿古屋は替手)
この、唄が良かったです。杵屋直吉。張りのある美声で玉三郎の声ともしっくりなじんでいました。

阿古屋・玉三郎  秩父重忠・愛之助  岩永左衛門・薪車

最後におまけ。もうひとつの演目・舞踊「傾城」より
015_copy



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コメント

この方のお芝居ならどんなにお金を払っても観る価値ありますよね。
そういうチャンスを逃さずにお出かけできる
おたまさんの行動力がうらやましい

投稿: ばんび | 2012年6月17日 (日) 07時43分

坂東玉三郎を初めて観たのは高校の歌舞伎教室でした。まだ若い玉三郎は初々しく本当に綺麗でした。
長身でしなやかな体で花道から登場した時はうっとりとしました。
あれから何十年と過ぎて芸に磨きをかけ円熟を増しましたね。
美味しいビールを飲みたくてドイツのミュンヘンとベルリン、ドレスデンへ行ってきました。14~15種類の地ビールを中世の街並み中で堪能して帰国しました。

投稿: スマイル | 2012年6月17日 (日) 09時48分

今、沖縄国立劇場で組踊を見ての帰りの飛行場です。
三線、箏、笛、胡弓、太鼓の地謡と組踊とのリズム(?)が
眠りに誘います。
全然良さがわかりません。
演者に悪くて
(⌒-⌒; )

投稿: ちがや | 2012年6月17日 (日) 16時39分

クソ忙しい中、続きをありがとうございます。
楽しみに待っておりましたーーー
母は玉様を堪能してきたようですが
南座の階段はきつかったと申しておりました。
私が阿古屋を見たのはずいぶん前なので、
歌舞伎座かな。。。
東京へは勘三郎さんの襲名ともう1回行ってるんですけど、それが阿古屋だったかなぁ。
もう痴呆ボケが始まっている。。。
例の代役の時じゃないし。
私が見た代役は風呂場で足切って愛之助ちゃんに代わった時だし。。。

投稿: kimi | 2012年6月18日 (月) 07時22分

ばんびさん
これと言って趣味のない、おたまの唯一の道楽です。理屈抜きで華やかな舞台は「くせ」になりますよ。

スマイルさん
わー。ドイツですか。いいですね。
季節もベストだったのでは?うらやましい。
玉三郎も歌舞伎教室に出ていたのですね。
夢のような話です。
そうなんですよね・・彼の唯一の弱点は、女形としては、やや背が高い・・。
ま。仁左さまとは釣り合いがとれているのでよございますけどね。

ちがやさん。
絵画とか音楽とか演劇とか、そういうものは「理解」ではなくて、自分に「響く」かどうかだと思うので、響かなくても全然申し訳なくおもわなくてもいいと思いますよ(笑)
ちがやさんだけに、響くものがあると思います。
でも、寝ちゃったのはやはり心地良かったからかもしれませんね。

kimiさん
ふふ。風呂場で足切り事件ね。あれもどうなんだかね・・。
南座ではロビーを使って「玉三郎美の世界展」というのをやっていたのですが、
お母様にはきつかったかもしれません。
結構、登ったり降りたりしなければいけませんでした。衣装や化粧前が展示してありました。螺鈿の細工でそれは素晴らしかったですよ。

投稿: おたま | 2012年6月18日 (月) 09時00分

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