« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2012年6月

2012年6月26日 (火)

タイトル変更のお知らせ



ということで、

本日の大安吉日をもちまして
ブログタイトルを変更する次第でございます。

ながらく可愛がっていただいておりました
「おたまの未亡人日記」ですが

新タイトルを募集しましたところ、目出度くも一票を獲得しましたところの

「玉乗りおたま日記」に変更することに相成りました。

(波乗りジョニーではございませぬ)

玉にも乗れないのに、面映い気持ちでいっぱいでございます。

いつか乗りたい玉の輿。
そんな気持ちを込めながら←って今思いついたんやけど

いつか、行きたいおたま劇団世界ツアーには是非とも、玉乗りなと芸を披露いたしとうございます。

石の上にも三年の暖かい励ましを受けまして
2年と9ヶ月も続いております、このぶろぐ、

あと三ヶ月!三ヶ月は何としても続ける所存でござりますれば、皆々様のごひいきのほど、

すみからすみまで・・ずずずい~~と
御願いあげ奉りまする~~~。

ちゃんちゃん。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2012年6月25日 (月)

がんばれNHK



月曜日の朝の話題と言えば・・コレ!

 「平清盛」

って、誰も話題にしてないか・・・。


かく言う、おたまも昨日のテレビ見てないです。へへ。
でも、土曜日にやってた、予告編みたいなのは見ました。番宣のために番組ひとつ作っちゃうなんて、さすがNHKです。

土曜スタジオパークも、松ケンの息子、平重盛役の窪田正孝さんをゲストに招いて、まあ「平清盛」の宣伝でした。

おたまね、この窪田正孝さんって、いい役者さんだって思いますねんよ。ゲゲゲの女房に出てはるときは西のほうの言葉のアクセントが気になったけど、そのあと、なんだっけ・・ガラスの心を持ったようなイマドキの若者の役をされていて、いいなあと思いました。目の奥にキチンとしたものを持ってる感じです。

でね。
これだけNHKが苦労・努力されている、崖っぷちの「平清盛」。番組編成委員でもなんでもない、おたまがやきもきすることも無いけど、色々胸を痛めていますねん(なら、見ておあげ・・)

おたま、思いますに・・一番の(不人気)の理由は
 「きちゃない」
やっぱり、ウチの人(兵庫県知事)の言うこと一理ある

あんな、土蜘蛛みたいな無精ひげはないやろ。

次に、「わかりにくい」
ドラマやねんから、物語やねんから、そんなに史実に基づかなくてもええやん?

きちゃない。といえば・・

たとえば、雷さまにあんな「汚れ」させられる?
新・平家物語(1955年・大映・監督/溝口健二)の平清盛・市川雷蔵の美しさは、今もって忘れられないと近所のおっちゃんが言うてはりました。

吉川英治の原作では、清盛の生みの母は「祗園女御」になっています。木暮実千代さんが好色でどんならん(どうにもならない)そのお役を演じはったそうです。
テレビでいうたら、松ケンの実母は松田聖子ちゃんやった・・ってことです。

歴史的事実として、父は白河院(伊東四郎)で決定ですが、母は判っていません。

白河院は忠盛(中井貴一)が六波羅付近で功をあげたとき、褒美として祗園(聖子ちゃん)をやる。と言った。このとき、祗園は身ごもっていて、生まれた子が男ならやる。女なら返せといったが、生まれたのは男子であった。

この子が清盛ではなかったか!ということが、おたまの虎の巻に載っています。
しかし、実際に下された女というのは、祗園の妹であろうともいわれているのです。で、父親は白河院ってか・・。ようやる!
拝領妻というのは、男性にとって気を遣うものやったでしようね。
面倒くさかったやろうね。お察しします。

という風に、事実は検証されていないのだから、NHKのいう史実に基づいたというのも、「そんなにがんばらんでも・・」っておもいます。

娯楽番組やからね。

でも、これじゃいかんということで、大幅に内容変更を考えてはるみたいやね。
起死回生策として(あくまでも。おたまの独断です)
松ケンの奥さんを起用する・・建礼門院のポストあいてます。
予定には無かった、人気者・源義経を登場させる・・ジャニーズ系がいいな今一番人気といえば・・ア・ラ・シ・・ってとこかしら。

そうなったら、見てもええな。
って、思います。
もう、終盤やけどね。



| | コメント (10) | トラックバック (0)

2012年6月24日 (日)

ネーミングライツ



今更だけど・・
ブログのタイトル名を変えようかと思ってますねん。

「未亡人」というウフフなワードのおかげで、アクセス数もダダ伸びですわ。
助平なおやっさん、ありがとう。

あまりと言えばあんまりな検索ワードで入ってこられるので、ブログ開始のころ、変更を考えたことがあったけど、なんとなくそのままにしていましたの。

最近、さん(匿名希望)から、
おたまちゃん、おたまちゃん。えらいことですで~
という、コメントがございまして。
どうも「未亡人おまたの日記」というブログがあるらしいのです(大笑)

あきまへん、あきまへん。みんな見に行ったらあきまへんえ。
18禁どす。

何か紛らわしいでしょ。

この際「未亡人」ってのを取ろうとおもいますねん。

そこで、いろいろ考えてます。
「おたまのおまた日記」
「おたまのたまたま日記」
「またまた、おたまの日記」

「おたまのいい球日記」
「いい球!のりたま日記」
「玉乗りおたま日記」
「おたまのおったまげ日記」
「おたまのこりゃタマラン日記」

「おたまのいたたまれない日記」
「おたまの痛い日記」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もひとつやなあ・・・

東京スカイツリーって一般公募で名前が決まったんやてね。
おたまも、募集しようかしら・・・
べつに、このブログと一緒にしてるわけやないけどね。

ああいうの(一般公募)って結局は無難なところに落ち着くね。
なんか・・もっとはじけたのがいいなあ。

それにしても、この18禁に掛け合おうかしら・・
アータ。絶対まねしごんぼやろ・・って。

タイトル命名権なんて、ないか・・・ドテッ。

財政難にあえぐ自治体が市の名前の命名権を売りに出すというニュースを見はりました?

泉佐野って・・・

ソフトバンク泉佐野市とか、ワコール泉佐野市とか、お多福ソース泉佐野市とかになるんやろか・・・何か、人ごとやから楽しいわ。

でへへ。おたまのブログなんて、
変えたきゃ変えろ!ですよね。
東京スカイツリーや泉佐野市と次元が違いました。
ハイハイ。

ということで、ある日突然、タイトルが
「ジョセフィーヌの秘密の扉・ノックは無用」なんてことになっていても驚かないで下さいましね。



| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年6月23日 (土)

そのうちきっと・・



今日のお花
040_copy
トルコキキョウ/優美 くじゃく草/可憐

久々に穏やかな土曜日の朝です。
FMでゴンチチの音楽を聴きながら、小指を立ててレモングラスティを飲んでいますの。
庭の葉っぱを乾燥させた手作りですのよ。
って、おたまんちにそんな小じゃれた木はない。
ガチャピンが大きな缶に入れて持ってきてくれました。
脱法ハーブとちゃうやろな・・

今週は、真綿ママがおたまんちに転地療養に来ていました。のどチ○コが真っ赤で風邪だったようです。

火曜日の朝に連絡があって、雨の中病院に連れて行き、そのまま我が家へ。もちろん元気なグッ坊もついてきます。

翌日は、グッ坊の3・4ヶ月検診に付き添い、絵本読み聞かせ教室、離乳食教室、育児指導の講義なんかも一緒に受けて帰ってきました。

で、昨日(金曜日)送っていきました。夜の「カレー」を持たせて・・。

どんだけ、いたれりつくせりやねん!

真綿嬢の夫(おたまの息子)は電話で真綿嬢に言ったそうだ。
無理したらあかんで・・・」

 じゃーしーわい!

無理しとんのは、こっちじゃ。
俳句作らんならんのに・・。金曜日締め切りやっちゅうねん!

そんなわけで、真綿嬢の熱もさがり、
普段の恐るべき食欲を取り戻され、
東野圭吾の「夜明けの街で」を読了なさり、
鼻歌のひとつも出るようになりましたの。

「夜明けの街で」はベベちゃんがこの前置いていった本で、おたまは小説をほとんど読まないのだけど、真綿嬢が「不倫の話だと思っっていたけど、ミステリーでした・って感想にもならんことを言っていたので、ま。時間があったら読んでみませう。

俳句は、まあ数を揃えて・・間に合いました。

 「夕端居何も戻らぬ巣の見ゆる」 おたま
    (ユウハシイナニモモドラヌスノミユル)

ヒヨの子がときどきやって来ますよ。
たぶん我が家から巣立った子だとおもいます。
まだくちばしが黄色いです。

今のところ、手ぶらやけど・・
そのうち・・・・



| | コメント (3) | トラックバック (0)

2012年6月20日 (水)

三田吟行・心月院


 「夫婦墓梵字一文字涼しかり」 おたま
(めおとばかぼんじひともじすずしかり)

男前で金持ちでケンブリッジ大学卒業。身長180センチの明治の男は女性にもててもててどうしようもなかったそうでございます。
031_copy
右が白洲次郎(1902-1985)
左が妻・白洲正子(1910-1998)
先日、吟行で訪れた、三田(さんだ)の心月院にある白洲家の墓地です。

白洲家は学者の家で、代々三田藩に仕えそこの殿様である九鬼家の菩提寺に墓所が設けられています。
「葬式無用。戒名無用」の言葉を遺した次郎でしたが、墓には言及しなかったらしく、妻正子のデザインによる墓がありました。

ガイドをしてくれたS郎ちゃんのご友人によると、この石は東京の高級料亭の庭にあった石橋を持ってきた・・そうなのですが真偽の程はわからないので、「教えてgoo」にチクらないでね。

次郎は梵字でカーン(不動明王)、正子のほうはキャ(十一面観音)と彫られています。

おたま、さり気なく書いてますが、こんなことウィキペディアにも載っていませんよ。(なんてね、やや、自慢)

数年前の白洲夫妻ブームの影響で今でも訪れる人が結構いらっしゃるとか。
3・4年前ですかNHKのドラマにもなり、次郎の役は伊勢谷友介さんという、メチャ男前の俳優さんがなさいました。写真で見る限り実際の次郎さんもメチャ男前です。

吉田茂の懐刀として戦後政治の舞台に強く印象をのこし、実業の世界でも日本の復興に尽くした・・・
日本人で初めてジーンズを穿いた伊達男は
日本人で(おそらく)最初に原発を推進した人物であったということ・・これもウィキペディアには載っていないでしょう。(おたまちゃん。何を張り合ってるねん!)

そうそう、墓石の話に戻りますが、次郎が東北電力の会長のときダムの建設現場(只見川柳津ダム)でカッコイイ石をみつけて、墓用に持ち帰ったという話もあります。
でも、「戒名も葬式も無用」と言った人が、そんなものにこだわっていたのでしょうか。
よう、わからんです。

白洲家墓所の上方には藩主、九鬼家代々の墓所があります。
22代までは一箇所にまとまっているのですが、23代当主はキリスト教に宗旨替えをしたため別の場所にあります。
(心月院は曹洞宗です)

参勤交代で江戸(東京)に留め置かれた婦人達の墓も明治以降には此方に移されています。

 「側室の墓は離れて夏落ち葉」 おたま

一昨日、三好達治のことに触れましたが
ゆかりの橋に碑がありましたので写真でご紹介しておきます
024_copy



| | コメント (5) | トラックバック (0)

2012年6月18日 (月)



「 湯上りの電話蛍見のさそひ」 

「洗ひ髪少し冷えきし蛍狩」 おたま

当地では、毎年6月10日の前後2週間、蛍が飛び交います。
車で15分も行けば、素晴らしい蛍川を見ることができます。
今年は、例年に無く蛍の数が多かったそうですが、忙しくて見に行くことができませんでした。

三好達治に蛍の美しい詩があります。

 先日、三田(さんだ)の吟行で、実際に達治がおばあさんから蛍をもらったであろう場所へ行きました。
彼は幼い頃、いわゆる「口減らし」の為、兵庫県三田の祖母の家に引き取られるのです。

「祖母」         三好達治

祖母は蛍をかきあつめて
桃の実のように合せた掌の中から           
沢山な蛍をくれるのだ

祖母は月光をかきあつめて
桃の実のように合せた掌の中から
沢山な月光をくれるのだ       

吟行レポートは次回に廻すとして、

「蛍」です。

竹箒をさっと振り回すと蛍がいっぱいくっついてきた。
葱の中に蛍を入れて「蛍かご」にした。
蚊帳の中に蛍を放して眠った。

子どもの日の記憶はいつまでも鮮明です。

蛍はオス・メスどちらも光ります。オスはお尻の二節、メスは一節が光るので強く光るほうがオスというわけです。

日本列島の西と東では光の明滅速度(間隔)が違います。
西のほうが短いです。
これは、気温と関係があります。同じ場所でもその日の気温で光ったり、消えたりする間隔が変わります。

雨が降る前の蒸し暑い夜。最も蛍が飛び交います。
20時ごろが一番の見頃で、それを過ぎると不思議なくらい光らなくなります。

この町に住んでいると、自称、蛍博士がたくさんおられ、上記のようなことを教わります。
住民の手で川の掃除をしたり、蛍の時期が終るまでは、川の周辺の草刈もガマンガマンです。

ところが、新聞で紹介されたりすると街(都会)から人がやってきます。しかも、虫かごと網持参です。
高級料亭やホテルなどの鑑賞用でしょうか、大きな掃除機のようなものでごっそり吸い込んでいるのを目撃した人もいます。

数年前、おばかな行政が村おこしのつもりか、宣伝行動?をしました。
たんぼに提灯をぶら提げ、屋台を出しました。
蛍の飛ぶ場所を明かりで照らしたのです。

さすがに翌年からは中止になりましたが。

そういえば、今年、住宅街の桜並木でも「桜祭り」と称して行政と商工会が同様に提灯、屋台、スタンプラリー、ブラスバンドにフラダンス大会をやっていましたっけ・・

去年までは、静かな散歩道だったのに・・

街灯が増え、車のヘッドライトが増え、年々蛍鑑賞の条件が悪くなっていきます。

植田に水が張られ、青カエルの声の中に牛蛙も混ざり、
むせるような栗の花の匂い。
そして新じゃが芋の美味しい頃。

みんな、蛍と結びつく季節感です。

たった十日の命を尽くして、蛍は我々を楽しませてくれます。

もうじき、夫の命日です。
丁度、蛍の時期と重なります。

 「手囲いの蛍夫かもしれず」 おたま
テカコイノホタルオットカモシレズ)

昨日は、お寺さんに来ていただきました。
お墓参りもすませることにしました。
長男夫婦も一緒です。グッ坊は初めてのお墓参りでした。(寝てたけど)


| | コメント (8) | トラックバック (0)

2012年6月17日 (日)

阿古屋(壇浦兜軍記)②



「レース着て四條小橋で待ち合はす」 おたま
                              (季語・レース)

「続きは明日」などと言いながら、クソ忙しくて更新できませんでしたの。
なぜ、忙しいかというと・・・
なんかね。あれとこれを一度に済ます。というのが出来なくなってる.。そして宿題がどんどん溜まっていく。お出掛けした日に限って、緊急の用事がはいっている。ああ、くたびれた、わしゃ。もう寝る・・ハイハイ。歳ですよ

ということで、阿古屋の続きです。

阿古屋さん。絶世の美女で、お仕事は「公娼」
だから、帯は解きやすいように前で結び、あんな豪華な衣装やのに「はだし」ですねん。
すぐに、お寝間に入れるようにやろね。違うか!

傾城にはランクがあり、阿古屋さんは「松の位」というトップクラスですねん。
あらゆる教養と芸事の素養がハイレベルで身についていなければなりません。

だからこその美しさと貫禄とプライド!

それでね、今回、ダーリン平景清(たいらのかげきよ)が全国指名手配になったでしょ。
某ノ○ピーなら、自分も「ヤバッ!」って逃げたけど、
潔白な阿古屋さん。逃げも隠れもいたしません。それどころか、ほんまに景清さんの居場所をしらないのです。

ほんまでっか?
そんなはず、おまへんやろ・・
ええい。吐かせちまおうぜ!

と、堀川御所は問注所というところに呼び出される・・・

このお芝居はここから・・始まり始まり・・
(やっと、はじまりまっせ。おまっとうさん)

登場を今か今かと待つ客席のざわめきがどよめきに変わり、一瞬水を打ったように静まり返る。
玉三郎・阿古屋。花道からの登場です。

場面は最大の山場、琴責といわれる、三曲演奏へと続きます。
恋人の居所を、もし知っているならば、心が波立ち曲が乱れるであろうという風流な詮議なのです。
本当に所在を知らない阿古屋は邪心なくただ、恋の思い出と淋しさだけを演奏するのです。

この「阿古屋」という演目がなぜに、特別なのか、なぜに、女形の卒業論文と言われるのか。
それは三曲(箏・三弦・胡弓)演奏という技能以上に、歌舞伎で言われるところの「肚」(はら)・・性根といわれます・・を表現するだけの鮮やかな演奏力を持っていなければならないからです。

「肚」というのは、役作りの根本である、人物の性格や心理を指します。
女形なら上記は演奏できて当然でしょう。
しかし、お金を払って観に来る人たちを納得させられるのは、現在、玉三郎だけです。
歌舞伎界の、いや、日本の至宝といわれた中村歌右衛門が最後に阿古屋を演じたのは1986年でした。
その後、大方の歌舞伎ファンは、もう、阿古屋を観ることは無いと考えていたのではないでしょうか。

玉三郎の初演は1997年。
歌右衛門は稽古に立ち会うことなく、病床からビデオを通しての指導だったと聞きます。翌1998年1月の二度目の舞台というのが、おたまが前回見たものです。それは、初演がいかに素晴らしい出来であったかという証明でもあります。
大役である故に何度も掛かるお芝居ではないのですが、先年の海老蔵謹慎事件の代役として、この阿古屋が上演されると知ったとき、驚きました。
それほど、歌舞伎界は海老蔵事件に対して危機感を強めていたのか(本人の自覚とは別の話ですが)。そして、玉三郎という人の「男気」を強く感じたものです。松竹は玉三郎に対して大きな借りが出来たという声も聞かれました。

話が横道に逸れてしまいましたね。

舞台は素晴らしかったです。

箏・三味線・胡弓・・・このうち、三味線は長唄連中が登場し二上がりの本手を受け持ちます(阿古屋は替手)
この、唄が良かったです。杵屋直吉。張りのある美声で玉三郎の声ともしっくりなじんでいました。

阿古屋・玉三郎  秩父重忠・愛之助  岩永左衛門・薪車

最後におまけ。もうひとつの演目・舞踊「傾城」より
015_copy



| | コメント (5) | トラックバック (0)

2012年6月12日 (火)

阿古屋(壇浦兜軍記)



 「盛塩をくずし祗園の走り梅雨」 おたま

昨日、
坂東玉三郎特別公演を観に京都南座に行ってきました。

関西がまだ阪神大震災の復興に懸命だった14年前。
新築開場した松竹座が初めて迎える初春歌舞伎の目玉として上演されたのが、この玉三郎の「阿古屋」でした。そのときの事を、

「息を呑む」っていうやろ・・・ちゃうねん!
「息が止まる」くらいの美しさやねん。

と、おたまは友人に語っていたらしく、今回、その友人がチケットを手配してくれていたのでした。

まあ、何やね。
男と女の出会いっていうのは、ほんまにひょんな事やねんな。

合コンとかしてたわけやないねんよ。

そう、悪七兵衛と呼ばれる平家の猛将、景清はんと出会ったのは、あの方が折々に、清水さんに詣でる五条坂やった・・
羽織の袖のほころびを直してあげたんどす。
それが最初・・
で、次は、急な雨に遭わはったさかい、番傘を貸してあげたんどす。
傘を返しにきやはって・・まあ、お茶なと一服差し上げたいと・・・・きゃそんなこんなで、今、ワタシのお腹には、あの方の嬰(やや)が居るのどすえ。

お裁縫は大事やね。ほころび直してあげて、ややこに到る。うふっ
でもね。嬉しい日も長くは続かず、今では・・
ふっつり絶えた縁の糸・・・

だってだってだって、彼は、平家滅亡後も頼朝の命を付け狙っている。というので、源氏方が躍起になって行方を捜しているところですねんよ。

あ。あちきですか?申し遅れました。
京都五条坂は花扇屋の傾城「阿古屋」と申します。

017_copy
花が女か男が蝶か~。
きれいでしょ。この牡丹と蝶の衣装。

前を向いたら、びっくりしますえ~
孔雀の総刺繍の、その名も「俎板帯」。

傾城としての阿古屋の貫禄。華やかさもさることながら

今、歌舞伎界で阿古屋を演じ切れる唯一の女方としての玉三郎の圧倒的な大きさにふさわしい豪華さです。

ハナシの続きは又明日です。



| | コメント (6) | トラックバック (0)

2012年6月11日 (月)

南イタリアの旅24 考古学博物館



昨日予告していましたナポリの考古学博物館です
2011sicilia_731_copy 入ったと途端に、コレですわ。

ぽっか~ん。

2011sicilia_732_copy
息を呑む美しさ。
裾の衣の透け感。大理石とは思えません。

素晴らしい彫刻群に圧倒されます。
2011sicilia_739_copy大きさがわかるように、人物を入れてみました

2011sicilia_736_copy
有名なファルネーゼの雄牛
2011sicilia_735_copy_2 こちらも、人物と比較してみて下さい。

2011sicilia_771_copy 興味のある方は

是非とも、
ここ(おたまブログ)ではなく、

ちゃんとした人の
ちゃんとした写真と説明をPCで探していただきたいものだと思います。

さて、中二階はポンペイ遺跡から発掘された、モザイク画が展示されていました。

見応えがありました。

絵画ではないのですよ。モザイク画です。

2011sicilia_744_copy 2011sicilia_745_copy 2011sicilia_750_copy
暮らしがいきいきと、もちろんモザイク画です。

2011sicilia_746_copy

2011sicilia748_copy_convert_2012061

キリがありませんね。
この辺にしておきましょうか。

結構、ゆっくり回ったのですが、3~4時間位時間をとってもいいかなあ。
と、思いました。



| | コメント (6) | トラックバック (0)

2012年6月10日 (日)

南イタリアの旅23 ポンペイ



ナポリは2泊だったような気がしていたけど、さっきノートを開いたら3泊していましたわ。

こうやって記憶がだんだん薄れていくんやね。
心配せんといてな。

  行ったことは覚えてるから・・

 
で、何日目やったか、もうどうでもいいですが、
ポンペイ遺跡を見学に行きました。

入り口付近がきれいに整備されていて、以前の面影は全くありませんでした。

ひっちゃんと来たとき、ここで撮りっきりカメラを買った。
ローマの(しかもホテルのロビーで)盗難にあったから・・

うぇ~ん。ひっちゃん~。
おたまは、又ここに来ましたよ~
貴方が、興味津々だった、
狭~~い娼窟も覗いてくるわね~~。

2011sicilia687_convert_2012060918_2 

西暦79.8.24ベスビオ火山の噴火ににより、一昼夜にして地中に埋もれた古代都市。

ポンペイ。

上下水道が整備され、道は車道と歩道に分けられています。
整然と走る目抜き通りの両側には邸や商店が立ち並んでいたのであります。

2011sicilia_695_copy 石畳には荷馬車の轍(わだち)の跡がくっきりと残っています。

三個の飛び石は横断歩道です。

この頃の日本って「はじめ人間ぎゃーとるず」の弥生時代じゃなかたの?

行って良かった。値打ちがあったと思ったのは、
ナポリ市内に戻り、訪れた「考古学博物館」です。

2011sicilia_764_copy 2011sicilia_741_copy

ここには、午前中に見てきた、ポンペイ遺跡で発掘された「本物」が展示されているのです。惜しげもなく写真撮影もOKです。

2011sicilia_657_copy 2011sicilia_686_copy 2011sicilia_689_copy
有名なあれも、これも「本物」は考古学博物館で見ることができます。

ほらね
2011sicilia_753_copy_2 いちばん右。
ワンコが寝ている写真の像がこれです。

みんな、レプリカって知ってるのかな。

たっぷり、時間をとって見て回りました。

「バンビーノは入れません」というお部屋がありました。
娼館から発見されたいわゆる「春画」及び関連のものが展示してあります。

「おたまちゃん、そんなものまで写真撮るの?」と言われながらパシャパシャパシャ
ブログにUP出来ないわけではありませんが。まあ、遠慮しておきましょうかね。

フレスコの技術、生き生きとした絵。
2000年前が、先週の木曜日かと勘違いするくらいですよ。

壁画はフラッシュ厳禁なのですが、守らない米国人がいて、おたま、流暢な関西弁で注意しました。「あかんやんかいさ!」

この「ポンペイ遺跡をみたあと、博物館で本物を見る」というのは絶対にお奨めです。

とても、めづらしい事だそうですが、
この日、博物館では、ある著名人の晩餐会が行われると言うことで、その準備ちゅうでした。
2011sicilia_766_copy
外へ出ると、何となく警備体制が敷かれ始めていました。
どなた、だったのかしらね・・。



展示内容の写真、次回にでもUPしますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月 9日 (土)

南イタリアの旅22 雨のナポリ



「晴れ女」を豪語していたもりもっちゃんも、この辺りでくたびれてきたのか、ついに雨に出会いました。

789_copy ホテルの窓から見えていた
ヌオーヴォ城です。

13世紀後半に建てられたものです。
日本では、鎌倉時代かしらね。

2011sicilia791_convert_201206091230
ウンベルト1世アーケード

高いところにガラス張りのドームがみえます。

782_copy
横断歩道。

黄色やな。

こうやってみると、日本の都会ってきれいやね。

趣はないけどね。

ナポリでの夕食をご紹介しましょう。
一日目。
やっぱ。ここはピッツァ・マルゲリータ。
大阪に行ってお好み焼き食べずに帰るわけにはイカンでしょう。
2011sicilia_802_copy 店内には
(きっと)有名な人の写真。
(きっと)ナポリ出身の人なんやろうね。

ご存知の方。おたまちゃんの「この人は誰?」宛てにご一報下さい

2011sicilia_803_copy もちろん。
イタリアが誇る
世界的女優のこの方のお写真も・・。

2011sicilia_804_copy 2011sicilia_805_copy

生ハム・サラミ・チーズの前菜とマルゲリータ。
ワインはやたら名前だけはよく耳にする「キリストの涙」をオーダー。
メンバーのうち一人だけビール党なのです。
で、結構ビールはワインに比べて、お高いのです。7ユーロくらい。
ワインは大体2~3本を皆で分け合いました。
アクア(水)より安いこともあったですよ。
なら、ワインを飲まなきゃ損やし・・って飲みましたわよ!

サラダのあとに、スフォリアッテッラという南イタリア伝統のお菓子が出ました。中にリコッタチーズが入ってる、貝の形のパイです。

むさぼり食ったから、写真はないよ。

ぷらぷら歩きながらホテルに戻る途中
2011sicilia_808_copy 読めもしないのに
雑誌を買ってみたりするのは、

まだ、

いいんだけど。

2011sicilia_807_copy
まだ、食うか!



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月 8日 (金)

南イタリアの旅21ナポリ



世界遺産マテーラ旧市街をあとにし、次の目的地ナポリへ移動しました。(バスで4時間)

ナポリで3連泊し、2日目はポンペイ。3日目はカプリ島へ行きました。

ローマ、ミラノに次ぐイタリア第3の都市ナポリは、行かれた方も多いと思いますが、短期間であれもこれも満載の「見どころピックアップ旅行」では、港の辺りにバスを止め、

「ハ~イ。ここがナポリざんすよ。」
「ハ~イ。次行きますよ~」

という感じが多いと聞きます。

実は、2002年にひっちゃんと来たときもそんなふうでした。
それでも、おたまは「へ~。ここがナポリっちゅうとこか。」と満足でした。

映画「昨日今日明日」に出てくる建物から建物へ洗濯物を渡した景色とか、不法な外国タバコ売りとか、ソフィアローレンのような高級コールガールが

きっと、きっとこの街に・・・・と夢を膨らませたものです。

942_
ホテルの部屋から港を見下ろしたところです。

右上にナポリ王宮が見えます。

左手に豪華客船が停泊しています。
夕景なので解かりにくいですが、灯りが点るとひとつの巨大なビルがそっくりそのまま港に浮かんでいるという感じ。まさに不夜城です。

今年の1月、イタリア中部沖で豪華クルーズが座礁転覆した事故は記憶に新しいところですが、ひとつのビルディングが引っくり返ったと想像してみてください。それほど巨大です。

昔と違い料金もリーズナブルになってきているそうで家族連れや団体客も多く、このような客船をたくさん見かけました。

ナポリは車と埃とでこぼこ道とやたら工事中(遺跡の上にあるのでね)という印象です。そして、ゴミの街。

週三回の生ゴミに加え、プラスチック。缶。ビン。不燃物。粗大ゴミ。と毎日オルゴールを鳴らしながら収集してもらえる国に住んでいると、もう、信じられない。

ここまでの旅でついに、初めて「傘」を使いました。
夕食を食べに行きました。
旅も終盤の小雨の港街・・・に食欲 旅情を掻き立てられましたわ。
その記事は又あした。

そうそう、「昨日今日明日」ですが、
昔、リキホルモンのテレビCMに使われていました。

リキはきっと力道山のリキだったと思いますよ。
CMソングを歌っていたのがデビュー間もない奥村チヨさんでした。小倉の友達の従姉の同級生だったのでよく覚えています。
もちろん、顔は出ませんが歌声は当時人気の弘田三枝子張りのパンチのあるものでした。

ユーチューブを探しましたが、見つかりませんでした。
ただ、「懐かしのリキホルモンCMとソフィアローレン」の記事を書いておられるブログをみつけましたが、その中で、CMソングは弘田三枝子が歌っていたとあります。

それは、ちゃうねんで。

リキホルモンはたぶん強壮剤栄養剤のようなものだったと思いますが、「昨日今日明日」でずーっと妊娠し続けるソフィアローレンの姿と重なり、なんだかすごいセンスですね。

じゃ。最後にチヨちゃんの代わりにおたまが歌っておきましょう。

い~~つぅもぉ~~
   貴女はぁ~ キレイ~~~
           い~~つまでもぉ~~ 

                       い~つまぁでもぉ~
 

      Thank  you 



            

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年6月 7日 (木)

巣立ち



ピンポンパンポン臨時ニュースを申し上げます。

昨日夕方、我が家の4000坪(ウソ)の庭がやたら賑やかなので覗いてみますと、なんと、ヒヨドリの雛が巣立ち、飛ぶ練習をしているところでした。

ちっちきち~~

じゃなかった。ぴちくりぴ~~

大きさは、Lサイズの雀より一回り大きく、くちばしが黄色で毛がもふもふしています。

親鳥が手本を見せて、物置の上から見守っています。
100人載っても大丈夫な物置会社のものです。

丁度、ガチャピンが来ていて、「きゃ。どこどこ」と外に出ようとしたので。

「待ったらんかい!われ
とつい口走ってしまいましたの。

ほんと、ガチャピンってデリカシーに欠けるわ。

おたまが、散々。ひそやかに、自分の家なのに気を遣い、庭そうじもせず、草抜きもせず、息を殺して、目立たぬように逃亡。・・・ちゃうちゃう。
生活していたのに、最後の最後にあんたのせいで、ワヤクチャかい!
それは、無いやろ、ガチャ子!

ドーン。

ホラ見てみよし。

今、雨戸にぶつかりやったし・・・

二人で双眼鏡を交互に覗きます。
可愛いもんやなあ・・・・

雛は一羽しか確認できませんでした。
図鑑によれば卵の数は平均4個らしいのです。

今朝は、巣の辺たりはひっそりして誰も居ないようです
もう、戻ってこないのかなあ・・

あ。ガチャピンは何をしに来ていたかと申しますと
「たたききゅうりの中華風マリネ」を届けてくれたのです

おいしいので、キュウリがよく出回るようになったら作ってみてください。

(作り方)
酢:醤油:酒→1:2:1
ごま油。砂糖。赤唐辛子→適量

↑このタレの中に、叩いてちぎったキュウリをつけ込む
人参の細切りなんかも一緒にいれてもよいわね。

5~6時間で食べられます。



| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年6月 5日 (火)

ガンバレ父さん



お買い物に行こうと玄関を開けたら、バッタリ

出くわしてしまいました。ハイ。出会いがしらです。

「あっ!大家さん。てへへ」
という感じでピーピーと鳴きました。
口には何やら虫のようなものを咥えています。

あーあ

やっぱり・・ヒヨドリだったわ・・若干、がっかり。
ちょいと、綺麗なカケスか何かかなと期待してたのでね

我が家の庭に巣をかけた鳥さんのお話です。

でも、それって、失礼やよね。

同じようなものやのに
かたつむりならツノ出せ槍出せ、目玉出せ。キャッキャ
なんて、歌にまでしてもらえるのに。

持ち家がないというだけで、大量の塩をかけられるナメクジ。

アレ、きついねんで。浸透圧っていうの?限界に耐える辛さってわからんでしょ

さらに。

わしゃ、あんたの親の仇か?というくらいの仕打ちをうけるゴキブリ。

冷蔵庫の裏側に追い詰められ、出てきたところをスリッパの裏で叩きのめされる。しかも、もう死んでるっちゅうのに、生き返ったらあかんからと、さらに百叩きや・・。

ああ、クワガタに生まれたかったよ。ウン万円もするクワガタに。

パッと見。よう似てるのに・・。

そう。ヒヨドリでもええ
きちゃなくても。うるさくても。

おたま人類愛の塊だよ。人じゃない鳥やったね。へへ

えさを運んでると言うことは・・ヒナが生まれたのね。
ここしばらく静かだったから、心配してましたの。

2週間くらいで孵化して、10日位で巣立つそうです。
アノ、巣の中に何羽いるのかなあ・・

できるだけ、巣には近寄らないようにしています。

エサを運ぶのはオスで、もちろんbabyにも、あげるけど、巣の外で奥さんにも給餌するそうです。健気やね。

なんだか、息子、平凡氏と重なるわ。

あっ。お買い物ね。

016_copy
和歌山産の新生姜です。

梅酢と紫蘇で漬けますねんよ。



| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年6月 3日 (日)

気の置けない・・



今日のお花
002_copy
しゃくやく/はにかみ

全部咲いたら見事やろうな。
どこが、はにかみ やねん!って感じかな。

固定電話が鳴って、
また、外壁やらオール電化のご案内かしらねえ。
テレアポさんをいっちょう揉んでやろうかい・・
と受話器を取ったらムーチョでした。

「ワ・タ・シ!今、顔洗うたとこ!」

ホンマに、この人唐突やわ。時計をみると九時半。

「顔洗いながら、おたまちゃんのこと思い出してん。○○まで出て行くから、出てけーへん?」

○○とはおたまの直近の乗り換え駅です。
彼女は大阪市内に住むので、我が家のほうに向かって来てくれるというのです。

「ワタシ、270円。そっちは?」
「310円」

これは、○○までの電車賃のハナシです。

ムーチョの会話についていける、ワタシはエライと思います。

○○にて集合。

「お昼は?」
「まだやねん。ふふふ。」
「ふふふふふ。いっとく?」
ふふふふ。そやね」

ということで、ほとんど、おっさん化している二人は、まっぴるまの居酒屋さんへGO
地元の強みで、おたまがご案内します。

「おじさん、なにがいい?」
「太刀魚のエエのん入ってるで」
「じゃ、塩焼きで・・」

ムーチョは麒麟。おたまは「秋鹿」。

「気の置けない人」を「油断のできない人」という意味に捉えているひとは50%もいるそうですが

「遠慮や気遣いをする必要がなく、心から打ち解けられる人」というのが本当の意味ですねんよ。

ムーチョは、そんな人。
「この前、いつ会った?」
「天満宮でお月さん見たやん・・」

一年半ぶり、ということになります。

別に会話って無いんやけど、お互い、へらへらしながら、どうでもいい話をします。

ちょっとぷらぷら歩いて、コーヒーショップに入りました。
ムーチョの最近の口癖は「どうせ、死ぬんやし・・」

にっこにっこしながら・・。のたまふ。

「ムーチョから学ぶこと多いわ」というと
「褒めてくれたから」と言って、リュックからワインを二本取り出しました。
なにゆえ、今日はリュックスタイルなのかが始めてわかりました。

四時半に駅で解散。

「310円やろ?悪いな・・」
「おたまちゃんも、色々忙しかったけど、体に気ぃつけてな」

と言って帰って行きました。

ああ、母のこと言ってるんだ。それで会いにきてくれたんかあ。

「気の置けない」に「気遣いをみせず」ってことも加えておかなきゃね。



| | コメント (5) | トラックバック (0)

2012年6月 2日 (土)

女子会



真綿嬢が友人二人を連れて遊びにきました。
もちろん、グッ坊も、もれなくついてきます。

ばぶばぶ。

022_copy 023_copy

今の時期、我が家の庭は花盛りです。

お友達のうち、一人は前から知っているエミちゃん。
もう一人は、都合で結婚パーチーに出られなかった、初対面のお嬢さんです。

ま、しかし、なんやね。

よく、食べるね

気を遣ってか、お昼を済ませてから伺います。
って真綿嬢が柄にもないことをメールしてきました。

ええやん。美味しいもの作っておくから一緒に食べよう
と申しました。
他人様には好印象を与えておかなきゃね。

味は別として、料理はさほど苦にならないのです。

ホエローワンズタンホアタンパンサンスースイチョイルースートンをつくりました。

おたまの十八番です。
自分の作ったものには全て名前をつけるというのが
おたまの流儀。二度と同じ名前はつけられません。

シードルのワインを開けてカンパ~イ

おたまの若い頃は結婚適齢期なんて言葉があって、22・3歳くらいかな。
25歳はお肌の曲がり角だから「マダムジュジュ」を塗りましょうって、25歳でマダムであるのが前提でした。

25歳からは、売れ残りと言われ、30過ぎたら行かず後家といわれた。

なんて、ひどい世の中だったのでしょう
女性が社会で働き続けるステージに恵まれないということもあったでしょうが、女性自身の意識もずいぶん立ち遅れていたと思います。

男に隷属するな。女も経済的自立をめざせ。
って、思っていましたよ。可愛げのないおたまは・・
でも、家庭は作ろうと思っていました。

で、今時のお嬢さんは違うのよね~

結婚したくないのですって!
でも、子どもは産んでおきたい・・ジレンマ。

社会全体で子どもを育てるというふうであったら、彼女たちの願いどおりになるのにねえ。
でも、そればっかりだったら、結局「男性」は不要になっちゃうわねえ。

ま。

男なんてシャボン玉

やけどね。ぷっ。

おたまは、女の子を育てなかったので、
女の子がメチャ可愛いし、おしゃべりも楽しい。

しかし・・・よく食べる

真綿嬢に持ち帰らせようと思って、多めに作っておいたのに・・完食!

なんか・・・来月も来るって言ってる・・。



| | コメント (5) | トラックバック (0)

2012年6月 1日 (金)

南イタリアの旅⑳圧巻のマテーラ



2011sicilia564_convert_201205312311

マテーラ

昨日ご紹介したアルベーロベッロは救急車」が通れないから、旅の2日目で骨折、入院、手術のFちゃん、この町でなくてよかったねえ。なんて話をしていたのですが、

次の街マテーラでは「ここで骨折したら絶体絶命やな」と、それはもう細心の注意を払って歩きました。

アルベロベッロから西へ車で一時間半。

長靴のイタリア半島の「くるぶし」のあたり、マテーラがあります。

カルスト地形の谷間に広がるこの旧市街は「南イタリアの貧困」の象徴と言われたところで現在はユネスコの世界遺産に登録されています。

サッシと呼ばれる洞窟住居群が谷の斜面を埋め尽くす景観は圧倒的。
家々は不規則に重なり合って密集し、道は思いがけないところで立体的に絡まりあっています。
おもいつくまま、家や道を作っていったという感じです。

原始的な住居、過酷な生活環境。街の起源は宗教戦争で逃れてきた僧侶たちが作ったとも、盗賊の集団が住み着いたともいわれています。

2011sicilia_588_copy

メル・ギブソンが監督した映画「パッション」(2004・米)はこの地で撮影されたもので、確かに電線一本もないこの丘を見るといばらの冠に十字架を背負い受難の道を歩くキリストの姿が見えてくるような気がします。

2011sicilia_576_copy ガイドのマリア

ここは、ガイドなしで自分の位置確認をするのは困難な気がします。

右手に洗濯物がみえます。戦後の復興からも取り残されたこの地は貧しさと不衛生ゆえに強制退去を強いられるのですが、近年、人々が戻ってきてホテルなどもでき、その姿を新たにしているそうです。

2011sicilia_621_copy 2011sicilia_618_copy

洞窟住居を再現したところも見学しました。
家畜と人が洞窟の中で共に暮らす・・匂いや、衛生状態を想像してみて下さいとマリア。
2011sicilia_609_copy 2011sicilia_610_copy

この、細長い楕円形の形はお棺です。
2011sicilia_612_copy

上に乗っかってピースサインで記念撮影の

ジャパニーズ

ベネチア・フィレンツエ・ミラノ・ローマ・・・イタリアは見どころ行き所満載の国ですが、このマテーラは古代ヨーロッパを垣間見ることのできる魅力ある街として是非お奨めします。



| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »