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2012年4月

2012年4月28日 (土)

生きてりゃいいさ



わーい。
GWだよー。嬉しいなぁ~。お休みだよ~。
何しよっかな

なんてね。
そんな時代もあったねと
いつか話せる日がくるさ・・・。
めぐるめぐるよぐるぐるぐるぐるぷぁ~

あっ。さてと、前置きはコレくらいにして、毎日GWのおたまです。こんにちは。

しかし、ナニやね。今が一番美しい季節やね。
えっ?おたまの事じゃないよ。

風景ですよ。
木々の緑ですよ。爽やかな風ですよ。

若草もえる丘の上~っとくらぁ
心も弾み、見も弾むぅ~~~ってか

でへっ!上機嫌でしょ。

昨日、句会でしてね。
暫く俳句作らんでもエエ。あと2週間はね。

そんなに、辛かったら止めりゃいいようなもんやけど、Mの血がさわぐ?いやいや、基本、詩人やからねえ・・。

上機嫌ついでに
明星氏とリボ子のphoto出しちゃいましょうかね。
しばかれるかね?撫露愚の存在も知らぬことやし
ま・いいか

S_001_copy

こういう場面で、いつも思うのよ、

「ひっちゃんが居たら大喜びやろうな」って。

しゃあないわね。
(きっぱり。)

長生きしたモン勝ち

わしゃ。生きるゾ~。



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2012年4月27日 (金)

考えすぎ?



今日、宝塚の句会に行きましてん。
会場は車で50分くらいのところです。

幸か不幸か長男一家のソバ。
家の前を通りますねん。
別に、おたまが行きたかったわけじゃないねんよ。
ちょっと、書いてもらうことがあったので、行きしなに寄りましてん。

15分だけやよ。
こっちも、時間、急いてますやん?

で、手ぶらというのも大人気ないので、前日に真綿嬢に「こうこう、こういうわけで寄るけど、お総菜でも持っていきませうか」ってメールをいれましてん。

100%「いいえ、要りません」という返事はないわな。
で、まあ・・用意したわけです。

001_copy

切干大根の炊いたん。
キュウリと蛸の酢の物。
鶏と里芋とコンニャクの炊いたん。

高島屋の紙袋。

待てよ!

確かドラマで、姑さん(野際陽子やと、しなはれ)が、お重箱に息子の好物を詰めて持っていくわけですわ。
にこやかに受け取ったヨメ(まあ、賀来千香子はんですわ、この場合)は、姑が帰るや否や、重箱ごと、ゴミ箱にポイですわ。そして、鼻先でフンですわ。

で、帰ってきた夫にこうですわ。

「もう、あなたからお母様に言ってくださらない?
    大きなお世話はおよしになってって!!!」

うわ~。こわぁ~~~。

おたま、そんなふうに言われてまで、お総菜、持って行きたくないわ!
もう・・・・やめとこかしら・・・。ぷんぷん。

・・・・・・

でも、せっかく作ったしなあ。
一人では食べきれないしね。

もんもんと、うつうつとした気持ちで

持って行きました。
渡しました。

そして、一言、付け加えました。

「食べるものを粗末にしたら目ぇつぶれるで!ゴミ箱にほったらアカンよ!」
はあ。はあ。ぜえぜえ・・・言うたった!



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2012年4月26日 (木)

リボンちゃん(本物編)②



女の子連れて帰ります」

女のやから、熟女ではないわな!
しかし、女の子猫という線は捨て切れないな・・

平凡氏は会社があるし、真綿嬢はしぶしぶ、グッ坊は泣く泣く・・自分達の家に帰りました。

思えば、平凡氏が真綿嬢を連れてくるとき、おたまは無理やり美容室に行かされたっけ・・。
「好感度の高い頭にして来なさい」っていわれて・・
代金はおたま持ちだった・・・。思い出したら腹が立ってきますわ。今からでも請求書を送りつけてやろうかしら・・・。

てなことを考えていますと明星氏が帰ってきましたよ
連れ帰ったのは
熟女か、不法滞在か、ヘソ出しか、はたまた猫か
・・・・・・・・

ぶぶぶ~~はずれ~~~
まぎれもない女の子(しかも人間)でした。

おたまね、時々、自分で自分のことを「いい人」やなあって思うことがあるのですがね。
この時も心の底から
「まあまあ、よくぞウチの不出来な明星ちゃんと仲良くしてくれて、しかも遠いところわざわざ来てくれて・・」って感謝のきもちで一杯になったのですよ。
エエ、話でしょ?そでもない?

女の子は、笑うと「下弦の月」のような目(早く言えばお多福の目)になり、これは、兼ねてから聞き及んでいた明星氏の好みのタイプと合致するところでございます。

連休には、先方のご実家(北海道)へ挨拶に行かれるのだとか。ひぇ~~。話すすんでる~~。

明星氏に散々吹き込まれていたのか、女の子はお茶碗洗ったり、片付けをしてくれたり、気を遣ってました。かわゆいわね。

真綿嬢からメールが入り、
「なんだか、おたま家に初めて伺った日のことを思い出して、勝手にドキドキしております
という、ことやねんけど・・・

そうは、思えぬ「食欲」やったで!

(↑ユウコはん。この落ちでカンニンしといてもらうわ

ほぼ決まりやと思うので、このお多福笑顔の女の子のことをリボンちゃんと呼ばせていただこうと思っとります。



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2012年4月25日 (水)

リボンちゃん(本物編)



兵庫区は西出。
一坪企業と言われた町工場の多くがシャッターをおろしている。

まるで、平家栄華の夢の跡。

012_copy そんな、阪神高速高架下の片隅に

リボンちゃんがいたっけ・・。

それから、数日後に
本物のリボンちゃんにお目にかかろうとは・・・

おたま様でも気がつかなかったよ。

それは、十日ほど前のことでございます。

藤原頼長は優秀なるが故に父・忠実に愛されたが(あっ。昨日のハナシしてるねんで)
かたや、愚かさ故に母に溺愛されスポイルされた男・・次男坊殿下。

おたまが、この世で一番好きな明星氏から、突然のメールです。
ちょっと!奥さん。どない思わはります???

008_copy_2 ガッビ~~ン

晴天のヘキサゴンってこんなことでっか!

明日ではなく、明後日というところに、成長のあとが見られるわ。えらいぞ明星

メールが入ったとき、長男宮ご一家がお泊りに来ていましてん。
さっそく。チクル

テ~ヘンダァ~~

009_copy とりあえず、返信

さ。ここから、詮索と想像が行き交い話が盛り上がります。
え~。そんなはなし全然聞いてへんで~。

おたまは母として、

27歳年上でも
ややこしい入国ビザの方でも
ヘソ出し娘でも

なんでも、来い!許す!と息巻きました。

兄、平凡氏は「ネコの子かもね?」

普段ぽわ~っとしている真綿嬢がキリッとおっしゃった。
「わたくし、グッ坊とともに、ここに、とどまります!」

いや~。エエから、エエから・・。
なにか、もう兄嫁のカンロクですわ。

グッ坊は「ううぇ~~ん。ばぶばぶ」

そして、月曜日はやってきたのでございます。

                  つづく



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2012年4月24日 (火)

平家栄華の夢の跡(番外)



004_copy_2 椿/控えめなやさしさ

控えめとは言い難い
てんこ盛りの椿。

霜が降りなかったので、今年はこんなに見事に咲きましたのですよ。

諸行無常だわねぇ・・
何が?って・・。
大河ドラマの低視聴率も、ポトンと落ちる椿も、なにもかもよ!

・・・・・・・・・・・

来週くらいから保元の乱に入るのかなぁ
(↓歴史に詳しい方、間違ってたらおせーてね)

國村隼(藤原忠実・ただざね)は頼道から数えて4代目、貴族のエリート中のエリート、藤原北家(ほっけ)の総領(ドン)ですねん。

北家というからには南家もあるわけで、栄光の表街道が北家。日陰の道が南家というわけです。(ここ大事。押さえておくように)

そうそう、松ケン(清盛)のパパ。中井貴一(忠盛)の奥さん、和久井映見(宗子)も北家のお人ですねんよ。しかも、忠盛よりう~~~んと、家の格が高い。なして、このお姫さんがこの家に嫁いだの?というくらい・・。

で、摂関家のドンとして華麗に生きていた国村さんですが、父親の情ゆえに過ちをおかしてしまう。
過ち、すなはち秩序をやぶり序列を変えようとした。

この人、長男・忠道より次男坊・山本耕二(頼長)が可愛くて可愛くてたまらない。
なぜならば「藤原北家(ほっけ)の宝」と公言してはばからぬほど、次男、頼長はしっかりモノで、目から鼻へ抜けるほどの秀才だったからです。

・・・・・・・・

だからね、お兄ちゃん(忠道)。あんたに一応やらせてあげるけど、次の関白は耕ちゃん(頼長)やからね。ね。ね。
と言ってたのに、忠道に実子が出来ちゃうのです。

アホな子ほど可愛いっていうのは、あれはウソやね。賢いほうを頼りにするのがホンマのところなのかなあ。

ここから、保元の乱へとススムのですが、話はそげん単純じゃなかとです!

歴史のエコポイントじゃなかった、エポックメイキングになった保元の乱
(ときどき、ギャグはさんでるよ。付いてきてや。しかもしか合ってないし)

いくつかの遠因があるのですが、
阿部サダヲ(藤原(高階)通憲(みちのり)・後の信西)・覚えてはる?ああ、テレビ見てないのね。低視聴率やもんね。

埃まみれで、どっこででも勉強してはったでしょ。あのお方です。
彼は「北家の宝」山本耕二と並ぶ秀才だった。
ライバルの二人はお互いを認め合い、耕二さんは「こいつ、なんとかしたって下さい」と上奏もしている。あの、非情の男がやで!

ところが、ある日、チャンネルつけたら、坊さん(信西)になってっはって、ビックリしませんでした?
見てない?低視聴率やもんね(もう。ええって)

それも、そのはず、いくら秀才でも、能力が高くても、阿部サダヲは上へ上り詰めることは出来ない。なぜなら、彼は「南家の人間」だから。
ここ大事って言ってたのはこのことよん
彼の憤懣・野心・プライドみんなひっくるめて、坊さんになるしかなかったのとちゃいますか?っておたまは、思うねんよ。

ささ。話はまとめにはいるけど、
保元の乱のとき、この、サダヲ(信西)がライバル耕二(頼長)の敵にまわるんやね、これが・・

どない?おもしろいでしょ。
何もかも与えられた秀才と、常に夢を打ち砕かれていく秀才の対立ですわ。
言い換えれば北家VS南家。いい男対ブサイク

・・・まだまだ、書きたいけど、しんどくなってきたので止めます。
おたまね、平清盛より、この信西を主人公にして大河ドラマ作ったほうが面白いとおもうねんよ。マニアックかな

信西の最後・・・
信西の孫娘はどなたか・・・

興味があったら、おたまにお電話ください。
元気やったら、また、適当に書きます。



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2012年4月23日 (月)

テュリャテュリャラ~



土曜日に友達が来て♪
土曜日にお風呂に入り。
日曜日はおしゃべりばかり・・
日曜日に送って行きました♪

お風呂は天然温泉で、近くの駅から送迎のマイクロバスが出ています。
受付で、バスタオル・フェイスタオル・水着・館内着とロッカーの鍵を貰います。

段取りが難しいねん

胸に○○温泉と書いたスクール水着に着替える

まず、プール。一キロメートルの犬掻き。
そのあと、ジャロジーってんですか、ブクブク泡の出る浴槽(二種類)ではしゃぐ。
次に、屋外露天(当たり前か!)のわざわざ、アベックのいる隣に浸かって聞き耳をたてる。
ふたたび、屋内にもどり、スチームサウナと赤外線サウナ、二箇所を制覇。
もいっぺん、さっきと違うジャロジーを二つこなして・・

いったん、館内着に着替える

ここで、軽食と、とりあえずビール。
(ここまで、水分はガマンガマン)
あほ話に花をさかせる。

その後、寝転びゾーンと言うところへ行って
お昼寝。30分経過。
あっつ!メチャ、暑いやん。ここ。という声にめざめ、

さらに、隣のもひとつの寝転びゾーンに移動。爆睡。
今、何時?もう、晩やで・・・という声にあわてて起きる。

館内着を脱ぎ捨て(そりゃそうやろ)

仕上げの、入浴。
シャワーを振り回すガキお子様をやさしく注意しながら、
アロマのサウナ×1。マイナスイオンの部屋×1。を経由して

本日の行程終了です。

我が家へもどり、ワインパーチー
バカ話に花が咲く。

消灯

日曜日は名残の桜を見にドライブの予定だったのですが、「今日一日で一カ月分の雨が降る」という予報。
何だか、肌寒いので、ホットカーペットを入れてお家でごろごろ。

あほ話に花が咲く・・・ううん。咲かない。

「ねえ、べべちゃん」と話しかければ隣でうつらうつらしている・・・
やや、あって、「ねえ、おたまちゃん」と声を掛ければ、よだれたらしてる。

それでも、「アタック25」に突っ込みを入れながら見る。

もう一日泊まろうかな・・っていいながら、天気予報が気になってやっぱり帰るというので、夕飯を食べに行きました。

たぶん、母のお悔やみに来てくれたんだろね。
ご馳走してもらいました。

年に一度は旅行しようと言いながら、去年は行けなかったし、今年はコレ(おたまんち)で済ましとく?

ホントニ長い付き合いの友達だにゃ。

テュリャテュリャラ~~~

131_copy 二年前の
九州旅行

キティちゃんと
べべちゃんと
おたま。



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2012年4月20日 (金)

平家栄華の夢の跡④



昨日の、七宮神社へ行く前に
鎮守稲荷神社(平経俊塚)へ寄りました。

経俊(つねとし)は中井貴一(忠盛)の三男、経盛(つねもり)の息子ですので松ケン(清盛)から見れば、甥っ子です。

ほれほれ、こないだ、おたまが見てきた
歌舞伎(吉右衛門の熊谷陣屋)に登場してた影の主人公、平敦盛(あつもり)の弟に当たる人やねんよ。

え~~。誰も覚えてくれてへんの??もーっ!
↑リンク貼っといたからちゃんと復習しておきなさい!

ってアンタ何様?おたま様だぴょん

010_copy_2

この、経俊・としちゃんは、「琵琶」の名手だったそうです。

お兄ちゃんの敦盛・あっちゃんが、「青葉の笛」で有名な「笛」の名手でしょ。

一の谷の 軍(いくさ)破れ
討たれし平家の 公達(きんだち)あわれ
暁(あかつき)寒き 須磨の嵐に
聞こえしはこれか 青葉の笛

三人兄弟のもう一人。経正(つねまさ)・まあちゃんも何か、音曲の名手だったそうですので、

清盛の甥っ子トリオは武士(戦)の世界じゃなく、貴族(音曲)の世界に生きていたのに、戦場の露と消えちゃうのですね。

としちゃんは、鵯越(ひよどりごえ)からこの辺りに落ち延びてきたものの、源氏の武将に討ち取られます。18歳でございましたのよ(涙)

(↓歴史に詳しい方、間違ってたらおせーてね)

清盛は貴族になりたくて仕方なかったんやね。
認めたくないけど伊東四郎(蛸入道・白河院)の子だという自負を持ち続けた。

ほんまは、京都のど真ん中に居るはずのボクやのに・・・
今の力なら、できんことは無い!でも、そんなん

けったくそ悪いやん?
だから、ここ、福原に都を作ろうと思ってん

比叡山や鞍馬山のそっくりさんを作って、厳島・熊野・八幡、アッチコッチの神さまにも、来ていただいて・・・可愛いグッ坊(それは、おたまの子の子や!)
安徳帝も連れてきちゃったよ。

松田翔太(後白河法皇)なんて、座敷牢(萱の御所)に閉じ込めちゃうんだもんねーっ。

しかしながら、ああ、夢かうつつか、幻か・・・

儚くも
福原京はわずか半年で消え去るのでございます。

平家が犯した最大のミスは
頼朝(岡田将生)←源義朝(玉木宏)の息子を生かしたことだといわれています。

この、ミスに大きく絡んだ女性、それが誰か・・
そんな、お話も、調子に乗ってしちゃおうかしら。

         後半へつづく~~(by キートン山田)

それにしても、頼朝ねぇ。岡田将生で大丈夫かしら・・
めっちゃ、ナレーション、棒読みやし・・・



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2012年4月19日 (木)

平家栄華の夢の跡③



このブログを、ほぼ最初から懲りもせず読んで下さっている、匿名希望№1さんから、「平家夢の跡」レポート、どないなってまんねん!ちゃっちゃと書いてしまいなはれ」(表現は関西弁ではない)という。お叱り&励まし&催促が届いたので、ちょこっと、書いておきます。うやむやにするつもりやってんけど・・・

008
どってこと無い、写真でしょ。
でもね、こんな失敗みたいな一枚の写真から

いにしえに妄想ロマンを馳せることができるなら・・。
そう。あなたはもう「時の旅人」。

な~んてね。

へたっぴな写真のいいわけをぶちかましておきます

ここは、JR新開地(写真左手)を湊町公園に沿ってぶらぶらと南下してきたところ。
正面が東。よって左が山側(北)。右が海側(南)です。

ヤンキー座りで地面をみれば左から右へ緩い下り坂であることがわかります。
注目は左右の大きな樹木
幾星霜のうちに切り開かれ、道路に分断され、車が走っても、ここが、山から海へと続く原生林であったことがしのばれます。
気をつけて見渡せば海まで、名残の大木が点々と続いています。
(こんな話。みんな、おたまの妄想やから、そんなことに詳しいお方は、聞き流すのだよ)

次に注目していただきたいのは、この交差点
ビミョウに歪んでおりましょ?ユガムが正しい?イガムは関西弁?
さいです。
ここは西国街道。肥溜乗せた牛やら、綺麗なネエチャンやらがにぎやかに行きかっていたのでしょうね。
もちろんこんなに広くはないですよ。
刀の鞘がぶつかって、「無礼者!手打ちに致す!」なんて山形勲や安部九州男(あっ!知らんかったらスルーね)がはしゃいでいたかもね。

西国街道が整備されるのは江戸時代なので、松山ケンイチ(清盛)が活躍した時代は、もちろんこのあたりは、さっきの巨木のジャングルだわさ。

以上の雰囲気を踏まえていただいて・・やね。

松ケンはなんと!!
北(左手)にある塩槌山を削って、南(右手)に人口島を作ろうとするわけですよ。
どない、思います?おっきいハナシやね。
何のため?
中国・宋との交易のためですわ。

前回お話しましたでしょ?覚えていない?ダボッ
もう、一回しか言わへんで!ついてきてや!
大輪田の泊へ大きな宋船を入港、停泊させるためには、南東の風よけとなる築島が必要だったわけです。

工事は難航を極めます。
018_copy 塩槌山の神の怒りを鎮めるために祀られた

七宮神社
(しちのみやじんじゃ)

常夜灯の土台だけ・・
狛犬さんがなぜか四体。
しかも、おもむろに・・・

多分、阪神大震災で倒れたのを、まとめて置いておられるのだろう、ということでした。

022_copy 来迎寺(築島寺)
松王丸の墓

工事が難航を極めるのは竜神様が怒ってはるからや!と考えた清盛は、人柱をたてます。

まあ、えげつない話やねんよ。
そこいらを歩いている旅人を20人、30人捕まえてきて、人柱にしますねん。
おたまみたいに、あっちにウロウロ、こっちにチョロチョロしてたら、すぐに人柱やわ。ブルブル。

それを、見かねた「松王丸」(ええとこのボンです)が身代わりを申し出、海に沈むのでございます。松王丸、オントシ17歳でございました(涙)

長くなったので、今日はここまでです。

NHK,ついにやったわ。
山本耕二(藤原頼長)禁断のホ○疑惑!きゃほ。
視聴率低いからね。
起死回生で壁をとっぱらったのね。
捨て去ったのね・・(おたま、私見)

そこらへん(保元の乱)書きたいけど、また横道にそれますわね。とほほ。



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2012年4月18日 (水)

武庫川の桜



不肖、おたま。
大海を知らぬ井の中のかえるの面にアクア(ノンガスでお願いね)だった。

隣町に住む、先輩A子さんが「桜を見に来て!」と誘ってくださるのに、「いやいや。我が町の桜のほうがものごっついから・・・」 と

高をくくっておりました。はは~っ!ゴメンナサイ。

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武庫川沿いに植えられた桜
背景が大きいので壮観です。

今年は諸般の事情で恒例の京都山科・墓参り観桜会が取りやめになったので、偶然にも隣町に住んでいることが判った、おたまにランチのお誘いがあったのです。

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お酒は、地元の「香下」という辛口
鰆は魚偏に春と書いてさわら。
西京焼でいただきました。

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A子さんは、ものすごく頭の良い方だった。

・・・・・・

女性の能力を生かしきれるほど、社会(企業)が成熟していない時代でした。

彼女に対する評価は
「惜しい・・男だったら」とか「男性以上の仕事をする」にとどまりました。

数年前に23歳の娘さんを亡くされた。
赤ん坊の頃の大きな病気が原因で、重度のハンディキャップを持つことになったそうです。

A子さんなら大丈夫って神様が思われた。

ってみんな言いました。

「ね。おたまちゃん。死ぬのって、ちょっと楽しみよね。あっちで待っていてくれる人がいると思うと・・・」

うん。それはワカルけど・・・

そのあとが・・彼女とおたまの大きな違いやね。

「だからね。何やってたの?って言われないように、頑張ってるねんよ」

おお。穴があったら入りたい。
無かったら、掘ってでも入りたい。

で、その穴に酒持ち込んで、食っちゃ寝。食っちゃ寝。していたい。

駄目なダメな、ホントに駄目な。
いつまでたっても、ダメな・・・・おたまね~~

で、おたまは今、ハンセーしているでせうか!?
していないでせうか!?



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2012年4月17日 (火)

訣れ



今日のお花
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アルストロメリア/凛々しさ
マーガレット/真実の愛
スターチス/上品


時間の流れが速すぎて
めまぐるしい日常の中で・・それはほとんど、じぶんの意志でする「遊び」なのだけど・・
ひょっとしたら、生き急いでいるのではないかと
ふと 思う。

丁寧に生きたい。と思いながら
時の速さに追いつかず、少し疲れている。

そして、悲しい知らせが入ってくる。

今年も、桜の花と「寂寥」が結びついてしまった。

去年は、花吹雪の中で友の柩を見送った・・

そして、今年・・・

今までに出会った中で、「素敵な男性」をあげるとすれば、この方は絶対に三本の指に入る。

優しくて、ハンサムでダンディで、何よりも謙虚で
いつまでも、少年のような好奇心をお持ちだった。

戦後まもなく政治記者になられた。
放送開始間もないテレビの政治座談会では司会を務めておられたようだ。

JF・ケネディと会見した初めての日本人記者として、握手した彼の手を「大きい」と表現された。

鉄のカーテン時代のモスクワ駐在のエピソードも興味深く伺ったことがある。

夫が亡くなった時、心から悼んでくださった。
そして、ひとつの提案をされた、「きっと、あなたの支えになるから、がんばりなさい・・」とおっしゃって。

忘れずにいようと思う。

ひと月ほど前に電話を頂いた。
長い時間、おしゃべりをした。
とても、元気そうなお声だったのに・・

いつまでも、いつまでも、お元気で居て下さると信じていたのは、お元気でいて欲しいという願望だったのだろう。

去年の今頃、不思議なご縁で、うばゆりさん。スマイルさん。こくちゃん。m-catさんに、お出会いした。
その不思議な、えにしがなければ、わざわざ東京に行くこともなかっただろうし、思いついて、この方の川崎の御宅に伺うこともなかったと思う。

皆さんに感謝。出会いに感謝しています。
ありがとう。



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2012年4月14日 (土)

矜持(きょうじ)



ささやかながらも、己の自負するところ。
そう。

「矜持」というものがなければ、
イッチョマエの未亡人とはいえないのでございます。

ひっちゃんが亡くなった時、健気にも、この、おたま
Fカップの胸に決意したこと。

それは・・・・

それは・・・。

   「インスタントラーメンを
          食べないゾッ !」

と言うことでございます。
ハ~ハ~ハ~ッ(勢い余って、息切れ中)

決してインスタントラーメン(以下即ラ)に恨みがあるわけではない。
ひっちゃんの、死因は即ラではありません。

ただ、ただ、あのとき・・・。
おたまは「強く生きなければ・・」と思ったのでございますよ。
「きれい」しかとりえのない女ひとり・・・

周りの
「あんたなら、大丈夫や!楽勝や!」
という言葉が信じられず、おたま、低いIQで考え抜きました。

そして、結論をだしたのです。エライでしょう。

「生きる」それは「食べる」ことだ
わしゃ、食べるぞ。食べぬくぞ
しかも、体にいいものを

あっ。即ラが体に良くないって言ってるわけじゃ、ないねんよ。気ぃ悪くせんといてな、関係者さん。ま、手作りのものを食べるってことやね。

そして・・・・

一年間で 4キロ 太ったゼ。

・・・・さらに・・年月は流れ・・・

昨日のことやった。

こんなん、貰いましてん。
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「まあ、いっぺんだまされたと思って食べてみ!」
という、ワケのワカラナイ言葉を添えて・・・。

美味しかった。

こんなに美味しかったら・・ラーメン屋さん
あがったりや。
いかれころや(出たよ!いかれころ)
さっぱりわやや。

でも、この後味の悪さは何?即ラのことじゃないねんよ。
即ラは美味しかった・・・でも。

きっと・・・ひっちゃんを裏切ったからや。
あんなに、ひっちゃんのまえで、誓ったのに・・。

ごめんやで。ひっちゃん・・もう食べません。

・・・・

そして、話は飛ぶけど

やっぱり、お嫁には行けない
即ラだけでも、この後悔やもん。

「おたま再婚します。今のところ縁談はないけど、台湾の占い師が言うてる。これは運命やし。」
↑↑お彼岸に、ひっちゃんに言った話、忘れて!!
忘れて頂戴!ひっちゃん!

おたま、運命にさからうわ~~!

涙・涙・涙。

あふれる涙を拭いながら考えた。

待てよ!
即席ラーメン食べないという約束はしたけど、再婚しないという約束はしていないよね、確か。

ふ~~む。



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2012年4月13日 (金)

句友を訪ねて



句仲間と京都は宇治へ行ってきました。
遅れに遅れた桜が突然の満開
しかも明日からまたまた、雨模様という
今日は奇跡の「一日」

コレも、ひとえに・・・あぁ・・言わんとこ

アノ、素敵な屏風をくださった、H子さんを訪ねての「お花見吟行」です。
まずは、駅前からチャーターバスに乗って、入居されている「介護つき有料老人ホーム」へ。

偶然にも、おたま14・15・16歳のころ、この近くに住んだことがあるのです。
茶畑しかなかったのに、造成され、その施設は、高級リゾート地のコンドミニアム(って行ったことないけど)のようなたたずまいでぽっかりと浮き上がっておりました。

ぜいたくな敷地面積です。とにかく広い。

すぐにお部屋見学。興味しんしん。
二つのお部屋とベランダとお風呂とトイレ。
明るくて眺めがよくて、使いやすい設計になっています。
お仏壇も冷蔵庫もコンパクトなものに買い替えておられました。

予約してくださっていた昼食を「特別室」でいただきました。
ステーキ(柔らかい)がメインですが、竹の子の天麩羅とか卵のなんや難しそうな一品とか・・若竹汁とか・・最後のチョコレートケーキ、フルーツまでみ~んな、とっても美味しかったです。

食後、館内(と言っても全部は回りきれない)見学、四阿(あずまや)のある庭の枝垂桜が満開でした。

サークル活動も盛んで「おたまちゃん。晩酌サークルもあるよ」

って誘ってもらってもねぇ。先ず、入居しなきゃね。
先立つものも無いしねぇ。

平等院、塔の島の辺りに戻り、お花見と源氏ミュージアムの見学と吟行句会をしました。

帰路にみんなと話したのは
H子さんが、ご立派であるということでした。

素晴らしい、ご子息が二人おられるのに、
寄りかからず、無理なく自分の道を決められた。
全てにおいて、前向きな思考。

我々が、もし、経済的な面がクリアされたとして、H子さんの真似ができるか?
う~~ん。無理かなあ・・・

穏やかで、いつもニコニコしておられるH子さん。
強いなあ。とおもいます。

別れ際に
「私ね、笑うことが好きなのに、笑う機会がないのよ。
(耳がずいぶん遠くなっておられる)
大浴場で裸の付き合いのお友達も出来たけど、お風呂場では補聴器をはずすので会話が成立しないしね。

今日はたくさん笑えて良かった。」
っておっしゃって、ちょっと、胸がつまりました。
我々だと、要約筆記をしたり、男性が大きな声で語りかけたりしてきたからです。

メルアドも教えてもらったので、メールしようねってメンバーで話し合ったことでした。



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2012年4月12日 (木)

水玉天女



おたまね、美術館に、よく行きます。
百貨店で開催される美術展とかもね。うふ

絵画・彫刻。その他のゲージュツ作品に興味がある。

/

   ってわけじゃないねん。

朝日友の会っていうのに、入っていましてね、
会員(メイト)さんは年会費1630円で、一年間に40回も美術館が無料で利用できますねん。

お得でしょ?
いくら、暇人でも年間40回はキツイでっせ。
しかし、このおたまの魂がゲージュツを渇望している

ウソウソ。
ほんまは、箕面温泉スパーガーデンの無料利用券が欲しくて入ったんやけど。今はもう、利用できませんねん。

しゃーないから、美術館めぐりですわ。

友達にも「入り!入り!」って言うて、何人入れたことか!
友の会に表彰してもらいたいくらいやわ。

前置きが長くなりましたが、
草間彌生展へ行ってきました。
場所は大阪の国立国際美術館です。
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草間さんのエネルギッシュな世界に圧倒されながら、とても居心地の良い空間。
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日本の美術館には珍しく

カメラ撮影可の、部屋がありました。

ごくごく、一部だけどね。

みんな、とっても楽しんでいました。

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前衛や!「男○」がふうわり。
↑おたまが、勝手に思っているだけです!

会場に来た人の多くは草間さんに敬意を表して、
洋服や持ち物・小物のどこかに、ドット柄を使っていました。
男性もさり気なくドットのネクタイなんかされていましたよ。

おたまも、実はこの日、折りたたみ傘が「ドット」
ここでは、させないわね。ばかだねえぇ~。

制作の様子がビデオで流れていました。
家に帰って、マネしちゃろ!って思いました。
ばかだねえぇ~~~

とても、HAPPYな一日でした。



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2012年4月11日 (水)

平家栄華の夢の跡②



山田かつて、いまだかつて・・(このくすぐり、古すぎて失敗やったわ
源氏を題材にしたドラマは多けれど、そういえば平家が主役のドラマって、あまり知らないですよね。おたまだけかなあ。

・・・・・・・

まあね、昨日の入道キャラじゃねえ。
キヨモリクン」若干、ビジュアル的に難アリだわね。

でも、貴族から武家社会へ移行する、面白い時代だと思うのですけどね。

神戸が「平家ゆかりの地」として、バタバタとPRしだしたのは、もちろんNHK大河ドラマ「平清盛」によるものですが、遺跡の出た福原などよりも日宋交易の拠点となった南部のほうが、見どころはありそうですよ。

話は、昨日にもどり、海鮮丼を食べた中央卸売り市場ですが、ここの2階テラスに立つと、

う~~むなるほど
清盛が経ヶ島(築島)を何としても作りたかった、そのわけがわかってきます。

はい。南東のものすごい風なのです。

宋の大きな船を入港させるためには、この強い南東の風、波浪を防ぐ島が必要だったのです。

現場に行って実感するのは楽しいです。
自分がまるで、清盛になった気分。
おたまの、ちゃびんさん。プププ。

築島は三十丁(町)四方といわれています。一丁(町)が110メートルなので・・
・・・・どれくらいかようわかりません。(わからんのかいな!)
けど、山(塩槌山)ひとつ削って埋め立てようか、という話しやからそらぁ、えらいこってすわ。
築造は困難をきわめ・・

だから、この辺りには「工事の成功」「人柱の供養」「海運の安全」などを祈願したお宮やお寺が多く点在しています。

多分、観光MAP片手の方は立ち寄らない(でも、おもしろい)ところばかりを、歩いてきましたですよ。

まずは・・
平家が大輪田の泊の安全を願い安芸より勧請(神様の分身に来ていただくこと)した厳島神社です
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市杵嶋姫命をおまつりしてあります
↓ ↓
イツクシマ神社

海難事故を鎮める神様で、ミニチュアだけど厳かで、なかなか良い神社でした。

清盛さんも、ちょくちょくお参りに来はったんやで・・
きっと。

(↓歴史に詳しい方、間違ってたらおせーてね)

清盛は福原に十二年住んだそうです。
最後は、病気になって、上川隆也(平盛国)のとこで死にたいって言わはるねんね。
孤独な清盛にとって、身分は違えど、幼いころから全幅の信頼を寄せてたんやね。最高の参謀だったわけです。

源頼朝をして、「武士の鏡」と言わしめた男。盛国。
彼だけは源氏の手により生かされるわけです。もう74歳やから、恐るるに足らずという意味もあったけど、「武士のシンボル」として生かされる。
でも、彼は屈服しない。へつらわない。

重臣中の重臣。
ま、ゆうたら清盛にとっての「諸葛孔明」
だったのです。


以上、歴史のセンセの受け売りを交え、ご案内しました。
散策はスタートしたばかりですが、なーんか面倒くさくなってきたので、「夢の跡」シリーズは気が向いたらちょくちょく書くことにします。



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2012年4月10日 (火)

平家栄華の夢の跡①



NHKの看板ともいえる日曜夜8時の大河ドラマ。
低迷極める視聴率を、NHKには、何の義理も借りもないワタクシ、おたまが、どげんかせんといかん!
と立ち上がったのは、先週のことでございます。

こう申しますのも、ウチのナニがね・・
あっ!ウチの知事がね

「きちゃない、バッチイ」

とか言ってしまったことが低視聴率の原因なのかと、県民おたまはFカップ(嘘やで)の胸を痛めておるのでございますよ。

ああは、申しましたものの、それなりに井戸敏三も頑張っているところを、どうか、解かってやって下さいまし。
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ちゅ~~と半端な清盛クン人形も作りました。
この、キャラ。

決して悪意があるわけではございません。

こんなところにも、お金をかけてみましたよん。
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あっ!これでっか?
「築島水門」と申しましてね、
「大輪田泊」(おおわだのとまり)は長い年月をかけて造成に造成を重ねてきたので特定はされてないのです。、でもね、ま、このあたりやん?みたいな感じで・・・
「清盛塚」のパネルなんか、飾ってみましてん。
 

だあれ?ゴミを捨ててるのは!!めっ
立て札、ちゃんと読んでよね!

あとね、やっつけ設営の、イベント会場なんかも作って全国の清盛ファンをお待ちもうしあげているのですよ。

何があるの?

って、そりゃあ、パネル展示とか、
          パネル展示とか、
           パネル展示とか・・ですわ。
そうそう、イケメンの若武者が絡んでくれたりするのですよ。

おたま、視聴率アゲアゲ隊というのは世間の目をくらます仮の姿で、実は真面目な歴史のセンセ、率いるお勉強サークルに、ちゃっかりくっついていったのでございます。楽しかったわあああ。
その模様は、明日か、あさってか、しあさってね。

まずは、腹ごしらえ。
神戸港に近い、中央卸売り市場内で、食っちゃったよ
マグロに生きて40年というおやっさんの店でね。

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残念ながら、少食なもので、小さな海鮮丼にしましてん。

\480ですわ。

もっと、豪華なのがたくさんありましたよ。

おすすめは、
「明石どんぶり」

いまが、旬の「鯛・あなご・蛸」が美味しそうでした。



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2012年4月 9日 (月)

リボンちゃん



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できることなら、このおたまも

リボンちゃんみたいに、
青空みたいに爽やかに、屈託無く暮らしていたいわけよ。

リボンシトロン飲みながらね。

でも、なーんか断ち切れないしがらみがあるわけ。
早い話が「あそぼ」って言われたら「あそぼ」って言ってしまうわけです。

こだまでしょうか・・・byみすず

ちょっと、知りたいことがあって去年の今頃のブログを読み返したわけですよ。
へたら(そうしたら)、まったく、今とおんなし心境なわけですがな。

ああ、腰を落ち着けて修行に邁進したいみたいなこと、書いてるのね。

たぶん、それが本当のおたまだと思う。ぶひ。

そう、ぬかしながら遊び続ける赤いトゥシューズを履いたバレリーナーなのねきっと・・と、どこまで自分をかわゆらしくいえるねん!

以上、明日から「遊び倒してる」日々の記事を書くに当たっての一人いい訳でした。

うん。ほんま、4月って忙しいわ。



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2012年4月 6日 (金)

きつねとたぬき



混沌とした現代社会に生きるおたまにとって、
混迷を極めるもの。それは・・・

 きつね と たぬき

わからんのです。何が正しくて本当で正解なのか。
だって、みんな色んなこと言うんやもん。
しかも、みんな自分が正しいと思ってる。

関西にやってきた、博多人形おたまにとって
「うどん」といえば「かろのうろん」
そう。「のろにひっかかっておろろく」うろん。

なぜ「おろろく」(驚く)のかといえば、博多のうどんはこしがなく、ふにゃふにゃなので、のろ(のど)に引っかかるはずがないからなのです。

ハカタンモンにとって、キツネもタヌキも関係なかと!
こしが無かったらそいで、良かと!

(けつね)「きつねうどん」は多分大阪に来て初めて食べたと思います。

さ、ここからや、おたまの混迷がはじまったのは。

A)
甘辛く煮た大きな「お揚げさん」入りの
うどんが「きつねうどん」。そばが「たぬきそば

B)
味付けしていない刻んだ「お揚げさん」入りの
うどんが「きつねうどん」。そばが「きつねそば
しのだ」という店もある。

C)
味付けしていない刻み揚げ入りの葛あんとじの
うどんが「たぬきうどん」。そばが「たぬきそば
「あんかけうどん」「あんかけそば」という店もある

D)
素うどんにてんかす(揚げ玉)をのせた
うどんが「たぬきうどん」。そばが「たぬきそば
はいからうどん」「はいからそば」という店もある。

E)
味付けしていない刻み揚げ入りうどんを
たぬきうどん
これは、B)の「きつねうどん」と同じもの。

こんな具合やから、自分が本当に食べたいものに正しくたどり着くのはけっこう難しい。

「おうどんでも食べようか」

となったとき、自分の頭の中でイメージしていたものと違うものが出てくることがあるので、店員さんとの十分な打ち合わせというか「すりあわせ」が必要になってくるのですよ。

で、おたまが注文したのはコレ
029
入念な打ち合わせのおかげで。
カンペキ。

ここで、問題です。
おたまは、何と言って注文したのでせう??



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2012年4月 5日 (木)

春まだ寒き東山

   



それで(昨日のつづきだよ)

翌日は何の予定も無かったのですが
エミリーはあまり利口でない犬の散歩があるので、15時には京都を出る段取りで、しかも最後に「シャガール展」を見て帰りましょうということに致しました。

(犬はおばあさんパグです。おたまのことを「犬」と思っているようです)←どうでもいい情報

とりあえず東山を北へ・・

018_copy_2 今年は
春の訪れが遅く

ひんやりとした空気のなか午前の散歩を楽しみました。

019_copy_2 美しいものを、どこにでもみつけられる京都の街。

さりげなく・・・・

そうだ、梅をみにいこう!
このあたりなら・・・

020_copy_3

南禅寺塔頭のひとつ海遊荘
近くに三本柱の鳥居があったよね確か・・と、

おぼろげな記憶をたよりにぷらり。ぷらり。

桜のシーズンは観光客でにぎやかなお屋敷街も今は静かなたたずまい。

結局めざした塔頭は開放されておらず、鳥居も見つからなかったけど、それはそれで楽しい散策でした。

マスター、一人だけのコーヒー店で美味しいコーヒーを飲みました。
常連の男性のお客さんが3人。
店内平均年齢75歳(きっと)。
おたまたちムスメッコ(どこが?)の入店で一気に華やぐ。

土地の、楽しい話を聞かせてもらいました。

京都で二番目に好きな桜の名所が、ここ蹴上のインクラインです。
028_copy_2 
つぼみは、まだまだ固いけどきっと綺麗だろうな。

上流にあたる山科疎水がおたまの一番好きだった桜の名所なのですが、残念なことに大きく様変わり・・

023_copy_2 「昔のほうが良かった」

って言うのはお年寄りの常套句なのですよね。

今の景色を愛でて、楽しまなきゃね。

なんだかんだと、
結局時間が押してきて、大急ぎで遅めの昼食をとり、小雨が降ってきたので、小走りで高島屋に駆け込んで「シャガール展」を見ました。

恋人達がふわふわ浮いてました。



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2012年4月 4日 (水)

京都四條に片泊まり



昨日ご紹介した、南座・昼の部の「熊谷陣屋」は先々週のことでございまして、翌週には、夜の部を観てきましたのですよ。

さくさくっと、よう遊びますやろ

夜の部が終る時間でも、
もちろん電車もバスも動いていて、お家には帰れますねんけど、

「せっかくやし、いっぺん京都で泊まろということになりました。

なんせ(なにしろ)ウチラ、ここ最近、苦労。苦労の連続やったし「ご苦労さん会」しよ・・とエミリーが申します。

確かに、おたまは、「母の入院→天国へ→GB(グッ坊)誕生→産後の世話」とクソ忙しかったけど・・・

彼女エミリーに「苦労」はあったのか!
思い当たるとすれば、「舌打ち夫」が停年になって家に居るようになったということかしら。
「いや・全然気にならへんよ。滅多に顔あわせへんし」

顔を合わせなくて済むほどの大豪邸ではないことは、おたま承知。
やっぱり、嵩張ってはるんやろか。アノ夫。

京都のお方は「素泊まり」なんて愛想のない言い方はせえへんのどすえ。
「片泊まり」・・・エエ響きでしょ。朝食だけが付いています。

お芝居の2・3日前に
南座からさほど遠くない場所で
築100年の数奇屋作り、
それなのに気安く泊まれる宿を予約しました。

お値段のほうも、聞いてビックリ玉手箱。
駅前シティホテルより、う~~んとお安いですのよ。

祇園石段下、八坂神社の前、角っこにあったのは確か「八百善」(うろ覚え)
レトロな二階のフルーツパーラーでよくジュースを飲んだっけ・・

今、そこがコンビニになってますねん

で、そこで、アルコール飲料とおつまみを確保して、いざお宿へ・・
おたまちゃん、このとき腹P~。
ええねん、ええねん。別腹ですねん。

急な予約で全9室のうちのたった一つの洋室になったけど、それはそれで落ち着いたお部屋でした。テレビも冷蔵庫も置いてないのですよ、よく考えたらそんなの要らないですわね。
003_copy 窓の外は竹林です。

朝、窓を開けてその美しさに驚きました。

珪藻土の壁に柔らかい照明が当たっています。

可愛い浴衣に
可愛いおたま・ぐふっ。

朝食はこんなところで
008_copy 009_copy
こんな感じ
007_copy全て
オーガニック
天然酵母のパン
野菜たっぷりスープ
砂糖から塩までみんな体にやさしい。

お隣に、ドイツの青年が座らはったので

「もぃ~ん」って挨拶してんよ。
これで、よかった?ヘル姉ちゃん



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2012年4月 3日 (火)

一谷嫩軍記(熊谷陣屋)



単純無比なおたまには、男ってものが理解できない。

なんで、タテマエ優先かなぁ・・
いやね、可愛い女房や息子のために、一所懸命働いて、コツコツコツコツ積み上げて、チョイとした役職についちゃって・・・
それが、男の生きる道と頑張ってきたのに、

あーた!
よその御曹司の身代わりに、息子を殺したら
アカンわ。

「ボクの人生。何やったんやろ・・」
うんうん。わかるよ。
出家して旅に出る気持ち。


京都・南座
002_copy_3

当代吉右衛門の当たり役となった熊谷次郎直実。
「一谷嫩軍記」(熊谷陣屋)
(いちのたにふたばぐんき・くまがいじんや)
を観てきました。

「平敦盛」(たいらのあつもり
笛の名手でもあり、わずか16歳で須磨浦の海に散った儚くも美しい悲劇の若武者。

ってことに、「平家物語」には語り継がれていますがね・・

ちょっと、奥さん。知ってはる?
どうも、熊谷さん。そ。あの実直サラリーマン(源氏の侍)の直実(なおざね)さんが、逃がしてあげはったみたいよ・・・
同い年の息子の首を上司(義経)に差し出して・・・
なんで、そこまでするか!ですって?

ここだけのはなしやし、お隣の山田さんに言うたらあかんえ(なんで京都弁やねん)

実は、敦盛卿は天皇家の血筋を引く方だからと・・・おっと・・シーッ!

どうも、上司(義経)がプレッシャーを掛けたみたいね。
「ワシの胆(はら)を読まんかい!」みたいな立て札をたてっちゃったりしてね・・・

「十六年は一昔(ひとむかし)。ああ夢だ」

このセリフを聞きたさに南座へ足を運ばれた方も多いのではないでしょうか。
吉右衛門の全身から立ち上がる、無常感と虚無。
観る人の胸をつまらせる、演技はさすがだと思います。

この場面のほかにも、息子の首をみて驚く妻と敦盛の母を制し制礼をかつぐ緊張の場面

見どころはたくさんありますが、なんと言ってもこのお芝居でしっかり観ておきたいのは、一等最初の数珠を片手の花道登場だと思います。
既にわが子の首をわが手で打ち落とした父親の陰翳。
そして、思いがけない妻(子にとっては母親)の出現へと移ってゆきます。

初めてご覧になる方、このお芝居だけはネタバレで。

それにしても、やっぱり義太夫狂言はいいです。
複雑な話。複雑な人物像。複雑な心理描写。
一元的手法では表現しきれない歌舞伎の芸を「語り」がクリアに聞かせてくれる。

太夫さんと役者さん。両方いっぺんにだっせ。
義太夫物ってぜいたくやわあ。

吉右衛門の凄さはそのセリフ術にあると言われる。
言葉としてのセリフ(言葉の意味)ではなく表出される感情。
どう説明したらいいかしら・・
たとえば、「ハハハ」と笑っているのではなく、その「ハハハ」に悲しみも怒りも後悔も侮蔑もあらゆる感情を込めることが出来る。

って、おたまなんぞが言うのは野暮天でござんした。

熊谷次郎直実・吉右衛門  義経・三代目又五郎
相模・芝雀  藤の方・壱太郎  弥陀六・歌六
梶原景高・由次郎  堤軍次・四代目歌昇  



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2012年4月 2日 (月)

夜汽車②



民俗学者、宮本常一の本のなかに、中国地方の山間部に住む少女が「あの山の向うには何があるのだろう」と、ずんずんずんずん歩いて初めて海(日本海)を見る。という話があるのですが、生まれた土地から一歩も出ず、そこで生涯を終えるというのは、比較的近代まで、ふつうのことだったようです。

見知らぬ土地は人間にとってあこがれなのです。

おたまたちもよく旅をしていたですよ。
「往復新幹線・ホテル込み格安パックでディズニーランド」などというものではなく、自分達で旅程を決めて時刻表片手に・・という旅でした。

もう、ほとんど忘れかけているけど、
日本で一番高いところにある国鉄の駅を通ったので、それは信州の旅だったのでしょう。
2.3泊して大阪に帰ることになりました。
友人の、みっちゃんは時間が自由になる人で、東北を一週間くらい掛けて回ると言って、どこかの駅で別れました。

おたまは、寝台特急(ブルートレインなんて言わなかったぞ)に乗るべく、フォッサマグナに添って北上したのです。

列車のトラブルがあって、乗り継ぎの「日本海」が遅れました。

どこかの駅でポンと降ろされ「日本海」の到着を待つことになりました。

たぶん、糸魚川の駅だったとおもいます。
ウンにゃ。富山駅だったかな。

深夜のホームは人もまばらでした。

おたま以外に、一人の女性と二人の男性がいました。
この人たちは一緒に旅をしているようでした。
男性はお揃いの光る生地の紫(紫色です!)のジャケットを着ていました。

明るい声でおたまに話しかけてきました。
「漫才師」だといいました。

MANZAIがブームになるのは1980年のことだそうで、この話はその、もっと前のことです。

「僕達のこと知ってる?」
「見たことある?」

掛け合いのように訊ねられたけど・・・・
あいまいな返事の出来る大人にはまだなっていなかったし、でも、「知らない」ことを「知ってる」とは言えないし・・・・

ベンチに腰掛けている女性と目があいました。
その人は微笑みました。

きっと、小さな店で歌っている人なのだと思いました。
足元にトランクと化粧鞄のようなものがありました。

綺麗な人。
染めた髪が哀しくて、孤独な感じの人でした。
旅をしているというより、やさぐれているといった風情で・・・

その後、「男はつらいよ」のリリーさんを見たとき、このお姉さんを思い出しました。
浅丘ルリ子のりりーさんは秀逸だとおもいます。

ああ、こんな人、本当に居る。
本当にいた。会った事がある。と思いました。

より早く、よりきちんと交通手段が確保できるようになって、道中のハプニングやトラブルに出会うことが少なくなりました。
サンドイッチ食べて、缶ビール飲んだらもう、東京です。
誰とも、おしゃべりもせず・・・

「旅情」を旅の道中で得ることが難しくなっています。

「人は到着のためにではなく、旅のために旅をする」
ってゲーテか誰かの言葉です。
ゲーテに言われなくても、そう思うな。



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2012年4月 1日 (日)

夜汽車①



関西発着のブルートレインのラストランのニュースが流れていたのは、もう二週間くらい前かしら・・

おたまもね、「日本海」に何回か乗ったことがあります。
一回目は、Hちゃんの結婚式に出席するため。

初冬でした。

20歳になったばかりの彼女は出会って3日目の人と結婚を決めて、20日後には北海道に行きました。

おたま19歳。
固い寝台車のベッドに揺られ、青函連絡船にのるための長い長い通路を震えながら歩きました。

北へ帰る人の群れは誰も無口で、
海鳴りだけを聞いている・・・

この歌が流行るもっと、前のことです。

函館から又長い時間汽車に乗って、駅についたら農協のおじさんがトラックで迎えに来てくれていました。

Hちゃんに続く二匹目のどじょうとおもわれたのか、村の有力者達が「いい青年を世話するから・・」とおたまの手を握って離さない。

あたしゃ、牛には興味がなかった。
それよか、じゃが芋が美味しい。白いアスパラが美味しい。
今でこそ、家庭菜園でさえ作っているけど、当時アスパラガスといえば缶詰の白いのしか食べたことがなっかったです。

そうですよね?

初めての寝台車はドキドキワクワクでした。
上・中・下の三段ベッドが向かい合わせになっていました。

下段は座れて楽だけど、足音がうるさい。
中段は覗く人がいる。
可愛い女の子(アテの事や!)は上段を取りなさいと言われました。

教えられた通り、ボストンバッグを足元に、貴重品は枕の下に、(うろ覚えだけど)転落防止用のベルトみたいなのがあったような気がします。

狭いのと、緊張しているので、しばらく「気をつけ」の姿勢だったけど、車掌さんに優しく起こされるまで寝ていたのだから、「どこが緊張してるねん!」って話やね。

Hちゃんは、25年後に、心を病んで大阪に帰って来ることになる。

このときは「日本海」ではなく、大学生になっていた息子の車で送ってもらったって言ってました。

Hちゃんって、このまえ「おじいちゃんの葬式」の話に登場した、
蓮池の周りを自転車で全力疾走した子です。

長い長い付き合いです。

夜汽車の思い出、もう一つは又あした。



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