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2012年3月

2012年3月29日 (木)

カーネーション



NHK朝の連続テレビ「カーネーション」が終りますね。

はっきり言って、ずっと尾野真千子さんで良かったんとちゃいますか。
パンチのある泉州弁と演技。
不自然なメイク無しでも、年頃の娘をもつ「お母ちゃん」に見えてましたもん。

・・・・

夏木マリさんは好きですねんよ。
♪絹の靴下♪の頃から・・。
ジーナロロブリジータとか、メリナメルクーリとかラナ・ターナとかのファンなもので、えっ?みんな古い?
若い頃から大人っぽい夏木さんは好きだった。

のですが。

方言のイントネーションが気になって気になって。
話の内容も、今までのおまけみたいやし。
いっそのこと「ナシ」でも良かったんとちゃいますか。

関東の人の関西弁で気にならなかったのは「ふたりっ子」の岩崎ひろみさんかな。大石静の脚本も良かったですが、彼女の光る演技力に「寛美はんの隠し子」といううわさも立ったくらいでした。

・・・・

なんで、夏木マリやったんやろ・・

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カーネーション/女の愛

一箇所、気に入ったセリフがありましたわ。
思い出の二階の部屋を改装する時、
「91歳に思い出はいらん・・・」

これからが、あるだけや・・・みたいなセリフ。

よろしな
思い出は・・ほんまにもう・・いらんわ・・

と、思っている今日この頃のおたまでやんす。

きのう、お泊りのお出掛けしてましてん。
も~ええっちゅうのに、あるお人が、記念の写真撮ってくれはりましてん。
もう、このごろ写真、いりませんねん。

それって、「思い出」がいらん。
というより・・・

「現実」を見たくない?

そうかもね

ほっといてくれますか



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2012年3月27日 (火)

老ひにけり



今日のお花
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ストック/思いやり  ヒペリカム/きらめき

秋に四国に行こうって話なのよ。
俳句の一泊吟行でね。

去年は6月に家島。
その前はどこだっけ・・忘れたけど(忘れたんかいっ!)

とにかく一年一度は一泊の鍛錬句会をしましょう。ということになっています。

四国・内子は、おたま達の句会の兄・姉とも言うべき句会があって今までにも3・4回訪問しています。

四国の人はいい人ばかりね
お接待の精神が身に染み付いている。
本当の兄弟にするみたいに親切にもてなしてもらいます。

今までは、大きなレンタカーを借りて行ったのだけど、今年はどうかねえ・・
ほら。みんな歳をくってきてるでしょ。

ドライバーを引き受けてくれるイサオちゃんも気持ち揺れています。

最近は、吟行に電車やバスを使うことが多くなりました。
ウチラみたいな田舎は車が足代わりでとても便利なのだけど、皆、だんだん運転が億劫になってきています。

かく言う、おたまだって・・

窓を全開にしてトルクエンジンの音を聞きながら上り坂をギアチェンジしていくのが好きだったのにね。グン・グオン・グィーンって。ちょっとした浮揚感があってね、人馬(車)一体っていうのかしらね・・。

ああ夢だ。夢だ(by熊谷直実)

最年少(これでも!)おたまでもこうなのですからね・・・
やっぱり。公共機関かなあ・・

母が一月に亡くなったのですが、そのときに思ったのは、これで、自分のステージが一つ上がったな。っていうことです。
ナンチャッテ、気取って言ってみたけど・・・
早い話、○○になったってことです。

壮年のそのも一つ上さっ!

この間、始発駅で電車を待っていました。
先頭に並んでいたの・・・
座るには座ったけど、なんとなくモタモタしてる自分達が可笑しくて、一緒に居た友人と大笑いしました。

「私達、こんなじゃなっかたよねえ・・」

うばゆりさん

おたまも、こんな感じなのですよ。

お腹P~P~からこっち、ごっつう弱気ですねん。



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2012年3月20日 (火)

夢ひらく



苺タルトでお腹をこわし、壊滅寸前のおたまです。
おはようございます。

こういうのは、お店に言っておいたほうがいいのでしょうかねぇ。
クレージーなクレーマーと思われないでしょうか。
「何か拾い食いでもなさったのでは・・」と反撃されましょうか。

こんなとき、気の弱い女はダメですわね。

 

ああ、ちょっと・・ご不浄へ・・・
ごめんあそばせ。

 

そんなことで、弱気になっていますのに
昨日は、長年信頼していた人に裏切られましたの。

自分が好意を抱いていた殿方に裏切られることほど、つらいものはありません。

正木明さん

あなたのさわやかな笑顔を信じて、あたくし・・

お布団を干して出掛けました・・・

やられました・・・

突然の体の不調。
突然の雨

なんと、心細く切なく、辛いことでありませうか。

 

ワタクシ、いま物件を物色中です。
どこかに、こじんまりした老人ホームございませんかしらねぇ。

出来れば、海が見えて、お庭でブルーベリーが摘めて、色んな小鳥がやってきて・・・
そうねぇ。三度三度、ごはん作るの飽きたから、無駄口を叩かない「ミタさん」みたいな人が居てくれたら嬉しいですわね。

イエイエ、自分のパンツくらいは洗いますわ。

あと、ニャンコも飼いたいわね。
気位が高くて、性格の悪いのが好みです。

俳句三昧の食っちゃ寝。食っちゃ寝。

 

夢が膨らむわねぇ・・・

 

  さぼてんっ!

 

おお、おたま家、最大の叱責の言葉「さぼてん!」
誰?どなた?

 

このあたくしに屈辱の言葉をなげつけるのは・・・

 

今日はお彼岸かぁ・・



 

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2012年3月17日 (土)

朧月夜



もう、10日位前になるけど、お友達のお通夜に行ってきました。

十年近く会っていない人でした。
正確には7年位前に、隣町のスーパーでチラリと見かけました。
彼女はご主人と息子さん娘さんらしき人に付き添われレジを精算しているところでした。

ああ、あんなふうに・・と胸がつまり声をかけることができませんでした。

Fさんは、私より5・6歳年上で、
20年くらい前には、一緒に里山歩きをしたりおしゃべりをしたりする仲間のお一人でした。
いつも明るく、お仕事もバリバリされていました。
シャツの襟を立てて着るのが好きで、それが良く似合っておられました。

通夜の席で「母は8年前に認知症と診断され・・」という息子さんの挨拶がありましたが、実際の発症はもっと、もっと前、彼女が40代後半だったと、我々仲間は思っています。

だんだん自分のことが出来なくなる不安はどのようなものだったでしょう。
「何でも、メモにしておくのだけど、なぜメモをしているのかわからなくなってしまう」と言っておられました。

祖母(母の母)の葬式の時のお寺さんの話をよく覚えています。
「人は、どんな人でも、たとえそれが極悪人であろうとも、自分の一生のうち、一回は人に教えをほどこすことができます。それは、自分が死んだときです。人は人の死を前にして必ず何かを学びます」

私達は、Fさんの死を前にして、何かできることがあったのではないか・・(もちろん、ある時まではみんなそれぞれ、彼女のために動きました)と考えています。

おしゃれで、きれいだったFさん。
お別れですね。さようなら。


 


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2012年3月13日 (火)

奈良・高取町③



ささっ。
高取町の写真をさくさくとUPしておこうかね。

でも、何やね。
昔のバスガイドさんって、立派やったね。
今回、バスツアーを利用しましてね。
友人が早くに申し込んでおいてくれたから、座席が前から二番目でしてん。

ガイドさんったら。あんちょこ見ながらの説明やった。
つーか。棒読みやった。しかも誤読だらけ。
公家を(こうけ)っていいはった。

おたま、やらしい?小姑みたい?でもプロなんやし!

中学校出たばっかりの、16歳のガイドさんでもちゃんとお仕事してはった。
あっ。これ小学校の修学旅行の思い出ね。

今は、なんやのん。
大学出してもろて、卒業できないのか、就職難か、院までいかせてもろて、24・5歳まで親掛かりや。

就労開始年齢、まるまる。十年の差やで。
日本経済の揺らぎの根幹はここや!

10年もようけ、勉強させてもろて、この国に賢い子が増えたかというと、そうは思えん。

はよ、はたらけ~~~

「働く」ということは「はた」を「楽」にすることやねんで。

働く場が無い?そのことについては申し訳なく思ってますよ。いろいろね。
働いてる人ね。ガンバロ。プロになろ。
せめて、誤読は、無くそう。

 「サテンのりぼん光るガイドの春帽子」 おたま

ワタシ?はええねん。
社会には、役割分担というものがある。
おたまは、「遊ぶ」係りや。

そうそう、高取でした。
120307takatori_065_copy こんなふうに
どのお家も工夫して
お雛様を見せてくださいます。

 

120307takatori_038_copy 縁側からでも
ウェルカム

 

 

 

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山茶花の垣根越し。木の格子のあいだからも。

たくさんのお雛様をみせていただいて楽しい一日でした
が、こちら側(観光客)のマナーは、ちょっとね。
ああ、あんまり・・いわんとこ。

人の振り見てやね・・・反省。反省。

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2012年3月12日 (月)

奈良・高取町②



こんな御婦人にお出迎えされたら、36時間くらい居座っちゃいますね。
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手にしてるのは、帰りのお土産か・・不動産権利書か預金通帳か・・

玄関はそのお家の顔と申します。
一戸一戸さり気なく、素敵にお花を飾っておられました。

120307takatori_020_copy アケビのかごが花器代わり

 

 

 

 

 

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洋蘭に
石の花台。
コンクリートの色によく合って。

120307takatori_033_copy カネのなる木のお花は、こんなに綺麗なのですね。
銭の花はピンクや
(by細腕繁盛記)

 

 

 

 

 

 

花芽も葉芽もやわらかく
壷いっぱいに活けられていました。

 

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ha 120307takatori_046_copy

郵便受けに水撒きホース。生活感が暖かい・・・

120307takatori_048_copy ふきのとう
つわぶき
ねこやなぎ

 

 

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早春のラナンキュラス

 

薄いはなびらが幾重にも重なって、

 

明るい色が
春の訪れを
教えてくれます。

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2012年3月11日 (日)

3月10日と3月11日



今日のお花
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チューリップ/博愛 ・ 麦/団結

切なくて、可笑しくて、悲しい俳句に出会ったことがあります。

 

 「昭和二十年三月十日鶏抱いて」 (朝日俳壇)

 

一夜にして十万人もの命が奪われた東京大空襲。
迫りくる炎の中で、貴重な食料としての鶏を抱き、おろおろと逃げ惑うしかなかった人たち。

この日の記憶をもつ最後の人たちも既に喜寿をむかえようとしておられます。

日本には、忘れてはならない日があります。
12月8日。8月6日。8月9日。8月15日。
この3月10日もそうでしょう・・

1月17日・・・・
そして、今日3月11日も悲しみと共に忘れることの出来ない日になりました。

二万人もの死者不明者を出した未曾有の揺れと津波。

のみならず、原発は目に見えない恐怖で復興への道に大きく立ちはだかっています。

人智で回避できたかもしれない1945年3月10日
焦土から67年。
世界都市と呼ばれる街になった東京。

 

自然の脅威に愕然とした2011年3月11日。
この日の最後の記憶を持つ人たちが喜寿を迎えられる頃、、東北の街の姿は、この国のエネルギー政策はどのように形をかえているのでしょう。

あらためて
震災により亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
そして、被災に遭われた皆様へ心からお見舞い申し上げます。

 

・・・・・・・・・

 

   Nanntei
          「忘れないということがいちばん被災者を励ます」
        阪神大震災を経験した精神科医、中井久夫さんの言葉です。

 

       (このバナーはNANTEIさんの制作です)


 


 

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2012年3月 8日 (木)

結婚記念日



結婚記念日に
連れ合いからプレゼントを貰うって嬉しいよね。
持ちこたえた、育んだ愛の証としてね。
小さなものでもいいの・・。何かね

 

お一人様になってから
きっと、ひっちゃんが呉れたであろうプレゼントを
おたまは・・
おたまは・・・健気にも・・

 

自分で自分にプレゼント 

 

第一回目はコレでしたの・・

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万年筆/セルロイドキンギョ

これ、ずっと前から欲しかってん

百貨店に行って、
書き味と価格を確かめて、ネットで買いました。

ネットのお買い物は初めてだったので、ドキドキしたわ。
ウブだったあの頃・・もう7年前だわ。

そして・・イカレコロの百貨店・ゴメンナサイ・ゴメンナサイ

(イカレコロ=してやられる)

それから、毎年、記念品を買ったり、記念になることをしてるねんよ。
旅行とか・お食事会とかね。

昨日がその結婚記念日でしてん。

で、お友達と奈良へ行ってきましてん。
又、ブログUPしますわね。

ひっちゃん!
ひっちゃんとの大切な日。
おたまは、こうしてモノ買うたり遊んだりしてるねんよ。
えらいでしょ

もちろん、二人の記念の品も大切にしてるし・・
心配せんといてな。

結婚指輪。
金プラチナ買取センターに持っていく寸前で、

息子に阻止されたし

 

心配せんといてな~~~


 


 

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2012年3月 2日 (金)

訃報欄



芸能人とか、有名な人が亡くなったというニュースって
ある種の感慨をもたらせます。

自分が生きた時代とその人を重ね合わせるねんね。

だから、有名な人の訃報って昔の「はやり歌」を思いがけなく耳にするのに似てるかも知れへんね。

今日のお花
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ポピー/なぐさめ

楢崎弥之助氏 
福岡の名門修猷館から九大を卒業後、松本治一郎の秘書を経て、1960衆議院に初当選。

日本社会党の元気な時代を担ってきた人だ。
私の子どもだった頃の周囲が特に政治色があったわけでもないけど、
ナラザキヤノスケという名前はよく耳にし、覚えている。

いつまでも、博多訛りの抜けない人って、わたしは無条件に信頼してしまう。

米倉斉加年(ヨネクラマサカネ)さんも、そうやね。
民芸の俳優さん(今は違うかな?)として演出家として、いわば「言葉」を生業にしてきたのにゴッツゥ訛ってはる。
あっ。米倉さんは生きてはります。

ナラザキヤノスケさん。91歳だったそうです。
選挙カーに手を振っていたランドセルのおたま・・。

デイビージョーンズ
も~うっデイビー、なんでそんなに早く死ぬのん!

66歳。心筋梗塞。

「デイドリーム・ビリーバー」だって「モンキーズのテーマ」だって、あの頃の歌は、歌えるぞ!英語の勉強はしなくても、英語の歌詞は一生懸命覚えたなあ。

デイビーを最後に見たのはNHK教育テレビ。
「天才少年ドギーハウザー」に「デイビージョーンズ」の役でゲスト出演してました。
ちなみにこの番組って意外な人がゲストで出てきて楽しかったな。美少年時代のデカプリオとか・・

その時・・1990年代でも、デイビーはまったっくデイビー坊やで、嬉しかった。

・・・・・

何を見ても、何を聞いても、何をしても楽しかったあの頃。
やってくる将来への不安をごまかすように、ゲラゲラ笑ってたteenagerのわたし。

 


 


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