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2012年1月27日 (金)

おじいちゃんの葬式・おしまい



霊柩車を見ると、「はよ、親指隠し!」って言われませんでした?
親の死に目に会えなくなるからって。
逆に「縁起がいい」・・・なーんてね。誰が言い出したのかな。

とても、重厚なデザインに美しい装飾。

最近は、あの、お祭りの山車タイプ(宮式というそうです)を見かけることが少なくなったようです。

ひっちゃんを乗せてあげたくて、葬儀屋さんに聞いたら、あのタイプ、「料金上乗せ」なんですよ!
で、レザートップのベンツベースの黒い霊柩車にしました。
アタクシのことを「けちん坊」と思わないでください。「空いていない」といわれたのです。「空いてない」ってどういうことやねん。よくわからないまま、なが~~いベンツになりました。

車は色々乗り換えて、最後はベンツにでも乗ろうかいガハハ。と言ってたのが、シャレにもならんですわ。

ま、ワタクシのときはシンデレラの夢のお馬車でしゃんしゃんと♪なんていいですね。
「あっ!死んでれら!」なんてね。

おじいちゃんの時は当然、キンキラキンの霊柩車でした。

ソーダ会社の相田さんがソーダ飲んで死んだそうだ。葬式饅頭くれないそうだ。

なぜか葬式饅頭は「ソーダ入り」と信じていましたが、炭酸入り饅頭なんぞ食べたことない。

お世話になったご近所にはやはり「葬式饅頭」をお配りしていたようです。
数日後に表方の人と裏方の人に分けて振る舞いがあったとおもいます。死んだ人の話をしながら、よい供養になったのでしょう。

わたしは、1日、2日忌引きで学校を休みましたが、登校するとちゃんとクラスに「粗供養」の帳面が配られていました。
葬式の世話役さんがこんなところまで手を廻して行き届かせておられたのです。

あたしの筆箱にいっつも手紙をいれる男子が「おたまちゃんにもらったノートやから使わずに大事にする」といったので、
「そんなことエエから、勉強せえよ!」といいました。

こんな、汚い乱暴な言葉はコイツにだけです。
その子もわりと早くに亡くなりました。

おじいさんの店は学校にも出入りしていたので、朝礼で校長先生がお話をされたようで、先生や皆に声をかけてもらいました

今までの、お話はいまから、うんと、うんと昔のことです。

お葬式もずいぶん様変わりしましたです。
我が家のあたりでも、自宅はもちろん、自治会館の利用はほとんどなくなりました。
玄関に「忌中」の張り紙を見ることもないです。

スマートで綺麗な葬祭会館で、そこのスタッフさんが何もかもやってくださいます。遺族は「泣いておけばいい」だけで、近所の人は「参列すればいい」だけです。

話に出てくる、畑の真ん中にぽつんとあった焼き場は、現在素晴らしくりっぱな市営の火葬(斎場)会館になっています。
中に入ると、ここは一流ホテルか!てなかんじで、吹き抜けで、おされな造りになっとりました

先日、母を荼毘に付したところです。

周辺に大きな道路が通り、
我々(おたま、はるちゃん、タナカ、やっちゃん)が大根を盗んだ失敬した畑はなく、
防空壕ごっこで探検した野原もありません。

学校から見えていた煙突はどのあたりかわからないくらい家が立ち並びました。会館には煙突そのものもありません。

「男の人がお○ん○んを出してはる~」
自転車を漕いで、泣きながら、はるちゃんがやってきた、蓮池のあたりは、おもかげすらありません。

はるちゃんも、そんなものには動じない肝っ玉レディになりました。

何かもう、昔昔のことになってしまいました。

 

長々と読んで下さり有難うございました

 

                 (おしまい) 

 


 


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ちびたま時代」カテゴリの記事

コメント

興味深いお話をありがとうございました。
とても面白かったです。
息子によると こちらでは
「そんなことエエから、○○せえよ!」
これは、乱暴な男子が使う言葉なんだそうです(笑)
でも関西弁だと思って聞くと、普通の言葉ですね、違うのかな(笑)

そういや神道のお葬式ですが、
魂が上がる という場面では、少し前から楽器演奏者たちが、 ドドドド と言う音を立てて、
魂が大きな扉の向こう側に安置された後、その2枚の扉が 「バターンっ」と派手に閉められました。
もう十数年前のことなので、コレも変わったかもしれません。

また面白いお話を楽しみにしています~

投稿: てんちゃん | 2012年1月27日 (金) 10時04分

本当に懐かしかったり、あら、そちらではそうなのと思ったり・・・。いろいろな思いをもちながら読ませていただいていました。夜毎に過去に還る毎日でした。ありがとでした。

投稿: himi_chan | 2012年1月27日 (金) 23時32分

いや~~~読み応え充分でした!
なにもかもなくなってしまうんですねえ・・・便利になったのかもしれませんが
寂しいですよね。

私も小さいころの、くらーい道を提灯のあかりを頼りに祭りに行ったことや、蛍の飛び交うさまや、古い日本家屋の土間にあった台所など、もう今では見られない風景がすごーく懐かしくなります。

おたまさんのお話を読みながら、そうだったよねえ・・・と笑いながらもしみじ
みしてました。

また、そのうち長編を待ってます

投稿: ももち | 2012年1月27日 (金) 23時45分

お葬式の連載ありがとうございました。気が付けば平成も24年、間もなく四半世紀です。昔のお葬式のことを知っていて、ちゃんと話ができる人も少なくなってきました。自宅で葬儀を執り行うこともほとんどありません。会館まかせで確かに手間は省けましたが、どのお葬式に伺っても同じような段取りに流されていくだけで、故人やその家族の方に想いを寄せることが少なくなったような気がします。大人になったら、白い割烹着を着てばたばたと立ち働くものだと思っていたのに、そんな機会は全くありませんでした。受付のお手伝いを何回かお受けしただけです。
葬式饅頭という呼び方ももう聞かなくなりましたね。おたまさんが100歳のころには、どんな葬式が流行するんでしょう?
まだ半世紀以上先でしょうから(?)今から心配してもね…。
それにしてもお祖父様のような徳のある方って本当にいなくなりましたねえ。
あっ、孫のおたまさんが受け継いでいらっしゃるんでしたね!

投稿: ばんび | 2012年1月27日 (金) 23時49分

てんちゃん
そのあとに、
「はよ、せんかい。なにさらしとんのじゃ。いてまうぞ」とつづくと思うのですが、おたまには、よくわかりません。
(コレは関西弁ではなく、ごく一部地域の、それも、昔の言葉ですわ。おほほ)

何か素晴らしい演出(?)ですね。
あっちへ、行っちゃった・・みたいな。
一度ガチャピン(友人・お宮の子)に聞いてみましょう。

himi-chanさん
どうも、ありがとうございます。
昔は大掛かりで、大層だったけど、そのときの子どもが今でも覚えているのだから、印象的な出来事だったのですよね。

でも、あれだけ人がざわざわした中で、祖母はしっかり「お別れ」ができたのだろうか・・って「今の」おたまは思いますですよ。

ももちさん
話に登場した人は、ほとんど亡くなっていますからね(笑)
本当にむかしのことです。
風景も「生き物」なのでしょうか、東京タワーでさえレトロにみえますもの。
無くなっていって当然かもしれませんね。

ばんびさん
ありがとうございます。
人って「人のためになりたい」気質をみんな持ってるとおもうのですよ。
みんな世話焼き。
でも、時代と共に行動に移しがたくなっている。
大きな荷物を持ってあげようとすると、不審がられる。
泣いてる子に声を掛けると、親があわてて飛び出してくる。

震災だ「絆」だなんていわなくても、人が人を愛してた。それがフツーだった。
昔ってそんなふうじゃなかったかなっておもいます。

なんてね。
「おじいちゃんの葬式」を書いてみて、ああ、みんなエエ人ばっかやったなあって、今思い出しています。

投稿: おたま | 2012年1月28日 (土) 10時18分

ご無沙汰してました。先日はご丁寧にありがとうございます。なんだか遠くの国に旅立ってウンヌンというあたりから、話の接ぎ穂が無くなってそのままになってました。敷居が高くなったというんでしょうね(苦笑。

時々覗かせてもらってましたよ!けど、なんかこっ恥ずかしくて(そんな齢かいっ!)。

なのですが、バナーのことは別に貸し借りの話でもないし、利子がかかるもんでもありませんので、お好きなようにしてください。

ちょうどよかった。長ーい「おじいちゃんのお葬式」が終わったあとで^^。

また、ちょこちょこ覗かせてください。
あ、FC2でないと足跡もさっぱり見えますんのや(-_-;)。

投稿: NANTEI | 2012年1月29日 (日) 11時49分

おたまさん、お久しぶりです。
一寸留守をしてその後風邪を引いて、
ぐだぐだしている間におたまさんの身の上に色々あったのですね。
「長編お弔い話」のことではなくて、
お母様がお亡くなりになったことです。
驚いています。でも葬式も骨拾いも無しとのこと、「してやったり!」の感があります。うばゆりも常々理想としている形ですもの。最後まで思い通りにされたので、死という暗さや悲しさが湧いてきません。ご免なさいね。
きっと、あの世でも生き生き?楽しくやっていることでしょう。合掌
気を悪くなさったらご免なさい。

投稿: うばゆり | 2012年1月29日 (日) 12時18分

NANTEIさん
人間いつ死ぬやもしれませんので、「作品」をお借りしたままでは・・と思ったのです。
ここが、おたまの律義なところです(自分で言うか!)
では、お言葉どおり好きなように(笑)使わせていただきます。
ありがとうございました。

うばゆりさん
さすが、うばゆりさん。
わかっていただけてうれしいです。
人の生き死にって、とても自然なことなので、「ああ、そうなのだ」とおもえばいいだけなのだと思うのです。
母の最後の言葉は「アスパラを天ぷらにしても美味しいなぁ」でした。
偉人ではないのは知ってたけど・・・

投稿: おたま | 2012年1月30日 (月) 08時38分

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