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2012年1月26日 (木)

おじいちゃんの葬式⑦



当時(1965年)
おじいちゃんの家の近くに広大な蓮池があり、
レンコ(蓮根)堀りの舟がつないであったり、ショックン(食用カエル)を高級料亭から捕まえに来たり・・
大人になった「俳人」おたまからすれば、垂涎の風景なのですが、万博の頃に埋め立てられ、大手開発会社の分譲地となりました。

「そのうち地盤沈下で家がズボズボになって引っくり返る」と地元の人達はささやいていましたが、まだ、建っています(今のところ)

この池を大きく周って一つの字を抜けたところに「焼き場」がありました。
見渡す限りの畑のなかにそれは、ポツンとありました。

高台にある、小学校や中学校から焼き場のえんとつがよく見えました。休み時間や体育の時間に煙が昇っているのをよくみました。
「ああ、今、人を焼いてる」って思いました。

火葬炉は一つだけ、それも、屋根の無い野ざらしのところだったと記憶しています。あたりの畑の風景といい、古いレンガで作られた炉といい、何となくわびしいものでした。

おたまは、今でも、こじゃれたイタリアンの店なんかでわざわざ、ピッツァの焼き釜を客に見せるようにしてあるところでは、おじいちゃんを思い出します。

アノ頃って、重油をかけて焼いたのですかねえ。
ガスバーナーはもっと後だと思うのですが・・
時間がかかったのかなあ・・。一度、家に戻ったのかなあ・・。そこのあたりはよく覚えていません。

今は自治体の衛生課斎場職員というのでしょう。
当時、おとなたちは「オンボはん」と呼んでいました。
オンボとは隠亡のことであり、遺体を荼毘に付す仕事をさします。差別用語として今では使われない言葉ですが、当時の事実として使わせていただきます。

オンボのおっちゃんは小柄な人で、骨になったおじいちゃんに手をあわせてから、お骨の説明をしてくれました。
「このお方は、肝臓がお悪かったんどすな」
骨は、白く美しく焼けていたのに、肝臓の部分は炭のように黒くなっていました。

そして、足の爪先から順番に、お骨を一片ずつ骨壷に入れてくれました。
これが、膝のお皿、これが尾てい骨・・・これがあばら・・
カサカサという乾いた音がしました。

ある程度入ったら、親族一同のお骨上げです。
一人が竹の箸、一人が木の箸。二本の異なる長い箸を両方から使っての「挟み箸」をします。

あたしは、肝臓部分を挟もうとしたら「そこはエエから・・」といわれました。
最後に、オンボはんが、「これが、のど仏です」といって皆に見せてくれました。
なぜか皆「おおお」と声をあげます。
そして、壷がいっぱいになったところで、頭のてっぺんの頭蓋骨を乗せました。ホンマに、頭の蓋の骨やねんね。

オンボはんは、骨壷の口の大きさにあわせて頭蓋骨のふちをパリンパリンとわりました。

あたしは、今でもタコせんべいを食べる時、おじいちゃんの頭蓋骨をおもいだします。
優しかったおじいちゃん。「えべっさんの子やから商売に向いてる」と喜んでくれたおじいちゃん・・・。
あたくし、お金を使うばっかりで、よう儲けませなんだ~~~。許してください。

 

ひっちゃんの両親。ひっちゃん。2・3の親戚と、その後骨あげを経験しましたが、このときほど、丁寧で心のこもったものはありませんでした。

オンボはんの死者に対する姿勢の違いといえば穿ち過ぎでしょうか。

この話も今日で終りたいので、少し長くなりますが続けます。

機嫌よくついてきてください。

あ。やっぱり明日にまわします。

 


 


 

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コメント

おはようございます。なんでもありの中部地方、そりゃ喫茶店のモーニングはすごいですよ。
尾張では、モーニング戦争という戦が戦国時代から続いております。
三河はモーニング街道なる、キャンペーン中でございます。
普通のコーヒー料金に、トースト、卵、サラダが付くのは当たり前なのです
と、話がそれましたが、おんぼさんというのはこちらでも、そうよばれていました。
祖父の火葬の際、退屈している子ども達に、炉の裏側の覗き窓から焼け具合を見せてくれました。
ごうごうと白い炎の中で菊の花が光って見えました。背骨の辺りがスルメのようにめらりと起き上がるのを見て、神秘的な感動を覚えました。
その時10歳位だったかな?
気持ち悪いとは思いませんでした。おんぼさんに特別扱いされてうれしかったような気がします。
とても丁寧に骨の説明してくれたし、体の悪いところって今でも黒く焼けるのですかね?必ず指摘しましたね。

投稿: ばんび | 2012年1月26日 (木) 09時49分

はい、おとなしく機嫌良くついて来ています。明日もお願いします。
所変われど、懐かしさの籠ったところ共通です☆オンボウさんとこちらではいってましたが、差別されてた気がします。

投稿: bell | 2012年1月26日 (木) 15時14分

ばんびさん。
胃腸を鍛え抜いて、モーニングの戦場に乗り込みたいものです。

で、良いものをご覧になりましたね。
そうそう、炉には窓がありましたっけ・・
全てを灰にしてしまってはダメで骨の形を残すというのは、なかなかの技量がいったのではないかとおもいますね。

bellさん
ありがとうございます。
なんだかね。人のつながりというのは、大切でもあり、わずらわしくもあり、
現在は他人様にたよらずとも、「お金」でことが済むようになったということでしょうか。
ご近所総出で葬式をしてもらったのは遠い遠い昔になりました。

投稿: おたま | 2012年1月27日 (金) 09時49分

再、おじゃまします。
ばんびさんの「スルメ」の話は子供の頃聞いて想像して怖かった、

葬式のお手伝いの町内のおばさんは挙って白の長い割烹着、台所も厳かだったね、

かくいうbell@三河です、モーニングサービスはいずこも午前11時まで、
どんぶり街道、カレーうどんラリー
あんかけパスタ‥‥‥
B級グルメのしのぎ合い‥‥‥

投稿: bell | 2012年1月27日 (金) 12時42分

bellさん
おお。モーニング&グルメ街道の出陣を想像するだけで、血沸き肉踊るけふこのごろでございます。
必ずや、参戦しとうございます。
やはり、戦国武将のいでたちがよろしいでしょうか。わくわく。

投稿: おたま | 2012年1月28日 (土) 09時39分

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