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2012年1月24日 (火)

おじいちゃんの葬式⑤



葬式の話で、こんだけ引っ張るかっ!
と、自画自賛、自縄自縛、自重自戒、自暴自棄、のおたまです。

しかし、何ですね。
昔は近隣のつながりが深かったんやね。
うちの、おじいちゃんも、相当な世話焼きやったけど、それはお世話もしてもらっていたということです。

で、夜伽(お通夜)ですが、
お寺さんが帰られたあと、ご近所のオバサンたちが交替で夜通し「御詠歌」をあげてくれました。

中心になるのはFというオバサンで、当時60歳くらいかなあ。この方はヤケにアタクシを可愛がってくれたので強く記憶に残っています。

TさんがFおばさんの一番弟子で40代後半。あと数人の人がいましたが、皆女性でした。御詠歌は女の人があげるものなのかなあ・・。わかりません。

おじいさんの家は浄土宗だったので、鈴や鉦鼓を用います。
その昔、文字の読めない人が多かった時代は、仏の教えをこのように歌にして口伝したのですね。
ウィキペディアによると、人々が「何かにつけて」集っては御詠歌をあげるのが、騒音による近隣の苦情により衰退していったとあります。

まあね。わからないでもないけど、世知辛い感じがしますわね。世の中におおらかさがなくなっていった、みたいなね。

そうそう、そういえば、ウチのお寺さん(現在)の奥さんに「御詠歌サークル」に入らないかって誘われたことがありましたわ。

「おたまちゃん。サークルに入ったんやてなぁ。何のサークル?」って人に尋ねられたとき、
「うん。英会話やねん」とか「テニスやねん」とか大きな顔して言えるけど、

 

  「御詠歌やねん」

 

ってっちょっと、言いにくい光り輝く30代でしたの。

いややわ。そんな抹香臭いの・・・

と口には出さず、お断りしたのだけど
「週に一回カラオケに行くつもりで、お寺にいらっしゃい」といわれました。ま、本堂のキンキラキンがミラーボールに見えないこともないわね。

お台所には、これまたご近所の主婦が大勢詰めかけ、皆さん白い割烹着姿です。
伯父の家(葬儀会場)はお茶の接待やお燗の用意くらいで、煮炊きなどは、お隣のお台所を使わせてもらいます。

どこかの家で葬式がでたら、当然のように、こうしてきびきびと近隣の人が協力して、立ち働きました。

おむすびは、白飯だけの三角形。
コンニャクもも高野豆腐も全て三角形に揃えられました。

おじいちゃんのデボチンの三角布のようです。

あらめの煮物は「やれかなし」といって葬式にはつき物の料理です。
あらめは、ひじきに似ていますが全く違うものです(どっちやねん)
葬式ではないけど好きなのでよく、炊きます。
「やれ悲し」という、とっても「詩的」なネーミングはどこから付いたのでしょう。

このように、夜を徹して通夜が執り行なわれ、若干のお祭り気分が町内にただよいます。

わたくしたち子どもは、寝なければなりません。

50メートル離れたおじいちゃんの家に戻り、日頃逢っていない「いとこ」たちとどこかうきうきした気分で、お布団をああでもない、こうでもない、誰と誰が寝る?なんていいながら、自分達だけで敷きました。

いよいよ、明日が最終編でございます
ついてきてや

 


 


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コメント

え~!もう明日で終わり?まだ、夜もあけてないよ。これから出棺までまだまだ長~い話があるんじゃないの?ご詠歌は実家のお寺でもよく詠われます。禅宗の曹洞宗ですが、法事の時にも詠唱してくれます。お経が上手で、ご詠歌も鍛えた喉で詠われるとしみじみしますね。なかなかの演出だと思います。
おばさんたちが集団でとなると、ちょっと怖い!

投稿: ばんび | 2012年1月24日 (火) 09時56分

ばんびさん
確かにFおばさんは「怖かった」です。
あの世の人か、この世の人かわかりにくい存在でした。
子どもからみた「おばあさん」ってそんなものでしょうか。
おじいさんだか、おばあさんだかわかりにくい顔を近づけて、おたまによく頬ずりをしてくれました。

投稿: おたま | 2012年1月25日 (水) 09時31分

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