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2011年8月 6日 (土)

8月6日


baseballbaseball


おたまのやることなすことについては九分九厘
ニコニコ見守ってくれたひっちゃんでしたが、

ただ、一度だけ「釘を刺された」ことがあります。

clover

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平凡氏・10歳

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明星氏・4歳

clover

それは、子ども達をデモに参加させること。

例えば、8月6日のヒロシマに向かって歩く行進です。

深い意味もなく、「留守番させるくらいなら・・」といった気分だったのです。
赤ん坊の頃からバギーに乗せて連れていってました・・

ひっちゃんは、「思想信条主義主張は本人に考えさせなさい」といいました。
ごもっとも!
平凡氏は10歳。
父親は、そろそろ独裁者・おたまに、一発かましておこうと考えたのでしょう。

子どもにとって親は絶対です。「それが全て」と思うことは、子どもにとって不幸でしょう。

clover

ですから、子ども達の参加はこの年で終わりとなり、おたま自身も、分裂を繰り返す(分裂したままの)活動に嫌気が差し、少しずつ足が遠のいたのでした。

色々な考えがあって当然ですが、例えば非核とか反戦の平和運動は、イデオロギーもへっちゃくれもなしに、まとまれると思うのだけどね。

デモのスタイルも昨今は意思表示の手段として、組織に属さない一市民でも気軽に参加できるようで、良かったと思います。

clover

で、母色に染まらなかった、お子チャマたちですが、

あのクソ暑い夏の日、大の大人たちがシュプレヒコール繰り返しながら歩いていたということは、ちゃんと覚えてくれていますので、

シメシメです。



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コメント

この記事にコメ入れかけたら原稿用紙10枚では足りません、だから、かいつまんで・・・

被爆国日本で、死の商人の手先か、穴の視覚しかない偏執狂か、究極のニヒリストでない限り「反核」の声出揚げるは当然ですよね。

ダンボをトコトン管理職にしたいS校長に、身を挺して邪魔されるまで、ダンボ数多く抗議集会に参加しました。

でも、組織が肥大化するにつれて獅子身中の虫が湧いてくる。授業もロクスッポできない幹部が、スローガンに「授業で勝負する」などと掲げるから笑ってしまい嫌気がさしました。
自分の仕事をしやすく子ども達の為になる部分で組合を利用していました。

校長になった時、教え子の誰からも祝辞がなかったのは「スーパーマンがケントに」変身したからだったかな~?(かっこつけて)

小4の息子と二人、山陽路をドライブし原爆記念館を見学させました。
お化け屋敷に入ったような息子の表情で「しまった」と反省しました。

反核・反戦思想は子どもに与える義務が親にはあると思っていますが、時期と内容を親の責任で選ばないとダメですね。

投稿: osダンボ | 2011年8月 6日 (土) 11時03分

baseballダンボさん。
マシな、イエイエ。立派な校長先生も。ようけ、いたはりました。

母を過激だの危険だのと言っていた息子たちも、大人になってみれば、ちゃんとバランス感覚が取れているようで、まあ、洗脳の甲斐があったというものです。

投稿: おたま | 2011年8月 7日 (日) 08時46分

はじめまして。ダンボジュニアの一員、ぽこでございます。

ひっちゃんさんのおっしゃること「思想信条主義主張は本人に考えさせなさい」
ほんと、ごもっともだと思います。

ただ、本人が考えるにしても、やはり親の影響って大きいですよね。
そして、それ以上に、「先生」の影響が大きいこともあると思うんです。

ダンボせんせが「ダンボ校長」になったときに、教え子の祝辞がなかったとのことですが、
ぽこも、せんせが校長になったと聞いたとき
「へえぇぇぇ。ついに!」と思っただけで「祝辞を述べ」なあかん事態やという認識は皆無でございました。

ぽこにとっての「ダンボせんせ」というものは、肩書だの地位だのによってなんら変わることがあるわけではなかったから。

・・・というのは表向きの理由で(もちろん本心ですけど)、「先生」の影響で「校長」だとか「出世」だとかいうものにあまり価値を感じない「思想信条」を持つようになっていたからというのがホントの理由なんじゃないかなと思います。

「自分」というものを確立していく上で、だれからどんな影響を受けて、どの程度染まっていくのか・・・
一人ひとり、千差万別でしょうが、おもしろいものですね。


投稿: ぽこ | 2011年8月 7日 (日) 22時12分

baseballぽこさま。初めまして。
コメントありがとうございました。

ダンボ先生は体制側がそぐわないと感じておられたのでしょうか、別に魂を売り渡したわけではないのに・・ポコさんをはじめとして教え子さんたちは皆よく判っていらっしゃったのに・・・可笑しいですね(ナイショです)

私の場合は「大人たち(親や教師)は、大切なことを何も教えてくれなかった」という思いがつよいです。
だから、大きくなって自分が何も知らないと知って、「知りたい」という意欲につながったのだと思います。

とは、いっても我等の世代は戦後民主教育の希望の光を浴びて育ったわけだから、時代の空気の影響はもちろん受けています。

教育環境が管理され締め付けられていった時代にわが子たちは「ダンボせんせ」に出会えたでしょうか。

夫は過激母おたまの押し付けを懸念していたようですが、子ども達はそれなりに自分の考えをしっかり持つおっさんになったよとアッチに行ったら報告するつもりです。

投稿: おたま | 2011年8月 9日 (火) 00時16分

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