« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月

2011年7月31日 (日)

波乗り七月



 「白南風や航跡ながく長く伸ぶ」 おたま
    (シロハエヤコウセキナガクナガクノブ)季語・白南風

11717_004_2 

船の先っぽに立って航跡をみていたら、しみじみしちゃいますわねフツー。
ま、おたまの場合、人生、こんなまっすぐではありやせんがね。

時間がどんどん遠ざかり、波が消えてゆく。
ああ、罪作りなオンナ。
ヤケドをさせた男は星の数。

こんな女に帰る港なんてありゃしないさ・・

(おたまちゃん。着いたで、はよ降りや。モタモタしてたら置いて行くで)

そんな、(どんな?)七月も終ります。
今月は、あわただしい中にも良く遊びました。

今月のお母ちゃん

40日間の点滴生活でしたが、「口からモノ食べて死ぬ!」との宣言どおり、今や一日五回の分割食。
しかも、ほとんど、自分で用意しています。
孝行娘おたまの仕事がありまへん。
元々、台所に立つのが好きな人なので、手術後のリハビリにもなっているのでしょう。
打たれ強いお母ちゃん。あんた、メタルスライムだよ。

今月のビッグニュース

おたまの子の妻に子ができましてん。
エライ、小さい子でね。9mmですねんて。

それでも、真綿嬢。腹突き出して歩きますねん。

え?感想ですか?べーつにぃ・・
別に可愛いことも無いのとちがいますか?
自分が産むのと違うし・・・

ま、出てきたら
舐めまわして、いじくり回したろとは思うてます。

ケータイの待ち受けには入れません!

今月の出会いと別れ

今月は悲喜こもごもでした。

ながいお付き合いだった「組」が解散したり。
好きな人がお引っ越しすることになったり。
芽生えたり、再生したり・・・・・・・

まだ、出会いはないわね。来年再婚する人との。
きっと、スピード婚なんやね。
↑↑↑ヤル気やし。

        Nanntei
          「忘れないということがいちばん被災者を励ます」
        阪神大震災を経験した精神科医、中井久夫さんの言葉です。

       (このバナーはNANTEIさんの制作です)



| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年7月29日 (金)

近い未来



お手本にしたいな。って思っている女性がいます。

もうすぐ(たぶん)80歳なんだけど、とってもきれいな方で10歳くらいお若く見えます。

20年位前にご主人をなくされてからは一人住まいです。
二人の息子さんは東京在住。

いつも、お洒落な着こなしをされ、お庭にお花をきれいに咲かせて、書道を習い、上手に暮らしを楽しんでおられます。

実は、俳句仲間のH子さんのことなのです。
我々の仲間内では「マドンナ」と呼んでおります。

突然、退会のお話があったのは先日のことです。
「有料老人ホーム」の入居が決まったそうです。

もう、私達は寝耳に水!

息子さんたちとよくよく話し合われたのでしょう。
ご本人は「一大決心したのよ」といわれます。

聡明な方なので十分に考え抜かれたのだと思います。

我々が、悲しいとか寂しいとか思うのは間違っているかも知れません。
でも、ショックです。

吟行でお弁当持参の時は、可愛い小さな二段のお重を持ってきておられました。とっても美味しそうでした。
小さな人や物に対する視線がやさしくて、それでいて、気性はさっぱりしておられて・・・

大好きなH子さん。

本当に寂しいです。

さてさて、今は遊び呆けている、キリギリスのおたまですが、20年後どんな選択をしているのでしょうね。

遠い将来と思っていても、近い未来なのかな。

一応、100歳まで生きてNHKに出演するつもりです。
80歳から20年ですよ!
長いな~。もう死んじゃおうかしら。美しいうちに・・。

あっ!アカンあかん。忘れてた!
来年再婚するんやったわ。
(昨日・今日このブログにこられた方に説明します。おたまこの5月、台湾で占い師に≪来年再婚する≫って言われたのだよヤッホー)

(まだ現れていない)彼にも相談しなくっちゃね
おたま一人の人生じゃなかったわ。

ハイハイ妄想はこのくらいにして、
ゴミでも出してきますわ。
え~っと、確かプラスチックの日だったかな~。



| | コメント (5) | トラックバック (0)

2011年7月28日 (木)

芸能人



「やっぱり、東京やなぁ・・」って思うのはどんなとこ?

次男・明星君に訊ねると、しばらくあって

「う~ん。芸能人に遭遇することかなあ」って答えました。

(まさか、そんな答えとは・・・)

最近見かけたのは、大沢たかおさんだそうです。


大沢たかおって・・あの「JIN」の?へ~っ。

おたまなんて、最後に見た芸能人は
ラッキィ・池田やで(呼び捨てか!)それも一年前!

箕面の滝道でもみじの天ぷら買うてはった。
何かの取材やったみたい。

ラッキィ・池田って・・・あの、頭にぞうさんの如雨露、載せてはる人です・・・

大沢たかおと違った意味でへ~っですやろ。

言うとくけど、ラッキィ・池田さんって素敵なヒトですよ。
思ったより清潔感があって、意外に 男前。
礼儀正しく、すっごく感じの良い方でした。

ええやん。別に、大沢たかおじゃなくっても。

全然、東京なんかうらやましく・・・ない!わい。

「アントニオ・古賀」を見たことも、ありますし!
ひっちゃんは「牧冬吉」と嵯峨野あたりですれ違ったといいました。


ご存知隠密剣士の「霧のとんべえ」です。

凄いでしょ。

実はね、昨日、大阪の地下鉄で「土田早苗」さんを、お見かけしましたの。
うん。地下鉄に乗ってはりました。

その後、松竹座のロビーでもお見かけしました。
うん。歌舞伎観に来てはったんやね。

15歳から女優をしてはって、たぶん、おたまより年上のはずだけど、やっぱり、お美しいです。
今でも、お姫様役、出来はると思います。

地下鉄に乗って、歌舞伎を観に来る・・・・
おたまと、同じ行動パターンやないの!

それっておたまは「女優」ってこと?

最後に見た芸能人
ラッキィ・池田から土田早苗に上書きしとこっ

で、≪≫して、大沢たかおって書いとこっ。

見たのは、息子やけどね。



| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年7月26日 (火)

夫婦喧嘩



匿名希望のエ●リーが髪を振り乱してやってきました。

ついに、夫に朝食のトーストを投げつけたらしい。

おたま注・彼女は穏やかで優しい性格です)

な・何があったん?
パンなんて、中途半端なもの投げつけて・・・

話はこうです。
朝食の準備のため妻は台所に立っていた。
そこへ夫が(何の用か知らんけど)やってきた。

夫、冷蔵庫の上の段をあける。(何が要るのか知らんけど)
冷蔵庫の扉が妻の後頭部に当たりそうになる。
(妻はエコのため、30センチしか扉を開けないようにしているのに)

目的の物が無かったらしく夫はキッチンを出ようとした。
その時です。事件が起こったのは

夫のひじが妻の腕に当たった。

それだけなら、パンは投げない。

夫は「チェッ」っと舌打ちをした

(間違いない!空耳じゃない!)

・・・・・・・

気まずい朝食が始まりました。

25年前の「浮●疑惑事件」を思い出しました。
10年前の「息子、年上女に騙される事件」の時「ハハハ」と笑って力になってくれ無かったことを思い出しました。

怒りのマグマが大噴火(ボウボウ。ファイヤー)

舌打ちされるべきは夫だ!

おお、これが親友のピンチでなくてなんでありましょう。

おたま、一肌も二肌も脱ぎましょう。

「離婚や!離婚や!離婚しなさい!」

舌打ちはアカンやろ!やろ~やろ~このやろ~

チャンチャチャカ・チャンチャチャカ(阿波踊りのつもり)

もう、おたまんちで暮らそう。

それって、「でーぶぃ」(とちゃうよ)って言うねんで!
えっ?投げつけたのはコッチかいな・・まあええがな。
あんな家に帰ったら命の保証はないよ。

・・・・・・・・・・・・・

しかし、彼女は帰って行きました。

肉を解凍してるから・・・という理由で。


あれから、音沙汰はありません。



| | コメント (5) | トラックバック (0)

2011年7月25日 (月)

敵に回す



もし、とっても好きな人がいたら・・・ごめんなさい。

イヤ。あやまる必要はなかろう。

腹が立ったら、このおたまに石を投げてください。

・・・・・・・・・

投げ返してあげるから。

100万人を敵に回すつもりできっぱり言い切る!

あの「YOSAKOI ソーラン」ってのが大きらいだ

駅前の夏祭りに「よさこいそーらん」のご一行様がやってこられた。
なんか、怖いよ。

みんな、笑ってる。
(見てる人じゃないよ、踊ってる人だよ)
半端な笑い顔じゃない。マンモス笑顔だよ。

笑いながら踊るんだよ。

今から20年くらい前、宝塚花火大会で、平均年齢70歳くらいのサンバチームを見たとき以来の衝撃だよ。

お四国参りをしたとき、高知の遍路御用達ホテルで、よさこい踊りの強制特訓があった。鳴子を持ってしゃんしゃんしゃん。
指導の仲居さんと指導助手のフィリピーナの仲居のお姉さんに囲まれて客は踊る。
それはそれで、ブラボーだったさ。
あの、よさこい踊りには「情緒」というものがあった。

「よさこいそーらん」。
高知から札幌に渡り、全国に波及し、いまや世界を凌駕する勢いらしい。

津々浦々、○○よさこい、で溢れかえっております。

いやだよ~。あれがJAPANの祭りって思われるの。

学校の運動会でも盛んに取り入れられているらしい。

衣装も化粧もパフォーマンスも「美しくない」と、おたまは思う。
この、違和感。嫌悪感ってなんなのだろう。

見ていて、コッチが恥ずかしくなるような・・・
例えて言うなら、チャゲ&飛鳥の歌いっぷりみたいな
(しもた!敵が200万人に増えた!)

・・・・

言うたった。

でも、石を投げないでね。



| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011年7月24日 (日)

江戸唄情節



松竹座七月歌舞伎昼の部。
江戸唄情節(えどのうたなさけのひとふし)のことを書いておきます。

川口松太郎の新作歌舞伎で「三味線やくざ」という傍題がついています。

仁左衛門の三味線が聴けるということ以外、何の予備知識もなく、初めて見る演目でした。
それもそのはず、番附によりますと、平成七年南座で孝夫時代の仁左衛門が演られたその前は、なんと60年近く前の先代の中座ということになっています。

では、いつものように三度の飯も好きだけど、歌舞伎大好きな、未亡人おたまがご案内仕りまする~~~

・・・・・・・

ちっ!面倒くさい女に惚れちまったぜ。

おいらプロのミュージシャン。担当は三味線。
前職893の杵屋弥市で~す。

若輩ながら、芸の力を認めてくださる方も多くってね。今では弟子も取ってるんだけど、どいつもこいつも、ひどくってね、火曜日のお稽古だって言うのに月曜の夜にちょろちょろと触るだけで、やってきやがるんだ。
名前?「koku」っていうんですがね。

そうそう、女の話でしたね。

ここらあたりを取り仕切る、大親分七兵衛さんがすっかりご執心の柳橋芸者・米吉がおいらの彼女なのさっ!

もめて、バッサリてなことになりはしないかと、伏見屋の女将さんも心配して「女とは、きっぱり別れなさい」なんていうんだ。
「あんたには三味線があるじゃないか」

ま・おいらの芸の腕を見込んでくれてるのは有りがたいがね・・

・・・?それだけじゃない?なに?おいらが危ういっていうのかい?
この893上がりのおいらの気質が芸道の邪魔になるっていうのかい。

・・・・・・・・

話はこのあと、案の定、親分にぶった切られそうになる寸前、弥市の芸にほれた人気歌舞伎役者・坂東彦三郎の計らいにより、江戸払いの条件付で米吉との仲も許されるわけです。

 が・・・

江戸を離れるということは芸道の第一線から身を引くこと。
あれから3年。上方でコツコツ頑張っているかと思いきや、小田原あたりでモタモタ。その上恋女房・米吉は明日をも知れぬ病の床に・・

芝居の山場は、死の床の恋女房のために江戸の舞台を踏む弥一の劇中劇です。

上方歌舞伎衰退の時代、実際、三味線弾きになることも考えたという仁左衛門の三味線ソロが聴けます。

ほら、おたま、皆さまご存知の通り、「三味線弾き」でしょ。
なんていうの?玄人?そ。それよ・・

ついつい、手元に目がいきます。

これ!バチを寝かせなさい!なんてね。

新作歌舞伎はこないだの「男の花道」が面白くなかったので、期待薄だったですが、仁左衛門ひいきとしては、結構でしたと申し上げておきませう。

松嶋屋は江戸・上方どちらもお出来になるのは承知ですが、関西人おたまの納得が関東の方々にそのまま通用するのでしょうか。
そんなことを、ちらっと感じました。
某東京の人気若手の上方歌舞伎をみたとき、オイド(おしり)がこそばゆうて、どんならんかったのですわ。

見屋女将おふさ/郎 世話物らしい語り口、絶対こんな人いるわ。と思わせる自然さ、さりげなさ。最近、舞台を見る機会が少なく残念です。

芸者米吉/蔵 古典的な容姿。品。あっ。今、歌舞伎を見てるんだってふと思いました。

坂東彦三郎/郎 重厚な役どころで結構でした。

頭平助/郎 落ちぶれた弥市を訪ねる場面。門先で取次ぎを待つ間の心せく気分。帰り際、両手で一瞬顔を覆う刹那。舞台の袖にありながら観客に印象をのこす。

今回、昼の部で、チェックを入れておいたのは
坂東巳之助(素墺落の次郎冠者)

こんなに、大きくなってはったんやね。

松竹座のお目見えは(たぶん)昨年が初めてだと思います。
踊り達者で楽しみです。

 「役者の汗拭いて黒衣のかしこまる」 おたま



| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年7月22日 (金)

OSダンボ様



ダンボ様

もうじき、奥様女王陛下の一周忌ですね。

この一年のことを、心からの尊敬をもって一言、二言、三言、申し上げたいのですが、

わけのわからんことに、コメント欄を閉じておられるので、シャー無い。自分のブログに書きます。

ダンボさんが、おたまのブログに来て下さったのは、週刊朝日のあるコラムに、このおたまブログのことが載ったことからでしたね。
(記事にしてくださったライターさんに、いまだに饅頭を持って行ってないわ)

その頃、ダンボさんは献身的な介護の真っ最中でした。
奥様に遠隔操作されるのを嬉々として記事になさっていました。(あれっ?違ったかしら・・)
奥様がどんなに太陽のような存在であったか、最愛のお連れ合いであるかは文面に溢れていました。

少しずつ覚悟はなさっていかれたのでしょうが

目の前に突きつけられた「永訣」という事実は、動かしようの無い現実なのですね。
「現実は受け入れたモン勝ちや」ということをおたまは知っています
そしてそれは、決して「別れ」ではないことも・・・

(別れではない)ことを知るには少しずつ少しずつ時間をかけなければならないことも。

車のエンジンをかけたとたん、奥様との思い出がよみがえり胸をつかれたということを、書いていらっしゃいました。
人と死に別れることは、その瞬間から、その人との思い出を作れなくなるということです。

この一年。たぶんダンボさんは、
「去年の今頃は・・」こうだった。「去年の今日は・・」こんなことがあったと、なぞっていらっしゃったでしょう。

そうなのです。すべて過ぎたことです。
ここから先は、
もう、最愛の人との思い出を作ることはできません。

でも、今、おたまは思うのですよ。

思い出はもう作らなくてもいい。
だって、記憶がいっぱいあるから・・って。

よくぞ、夫はあんな素敵な言葉を残してくれた。
あんなにやさしくしてくれた・・・って。

この一年間、ダンボさんのブログをずっと読ませていただき、本当によく頑張られたと、心から拍手をお送りしたいと思います。

連れ合いを失くすということは、自分の暮らしが消えるということだと思います。

他愛ない話をしてごはんを食べていた。テレビをみて笑いあった。
そんな暮らしが夢幻のように消え去るのです。

新しく、自分の暮らしを構築してゆく。そのためには前を向くっきゃないでしょう。

ダンボさんは、奥様をなくされた直後、「必ずここ(ブログ)に戻ります」とおっしゃいました。それは、「生きるぞ!」宣言と受け取りました。自分の暮らしを構築していく決意表明のようでした。

奥様は、いつもいつもいつも、そばにいらっしゃると思います。
この一年の頑張りに大きなハナマルをくださると思います。

おたまは、たぶんダンボさんの二周り近い年下です。
めっちゃ。上から目線の失礼の数々を書かせていただきました。

・・・シングルの先輩ですからお許し下さい。

人は色々な思いを抱えて生きています。

悲しいことは悲しいままに嬉しいことは嬉しいままに全うしなさい。
私はそう、教えられました。

ダンボさんを愛するご家族のために、特に四女のために、ご自愛ください。
そして、多くの応援メンバーの中におたまも入れてやってください。ちょっと、小うるさいけど。



| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年7月21日 (木)

忍びの者



今日のお花
11721001_convert_20110721110553 グラジオラス/

忍び合い・密会

2、3日留守をして、水換えもしていないので、なんだか茶色っぽく枯れてきたみたいです。咲かずじまいかしら・・。

こんな素敵な花言葉だったのね

しのびあいと言うよりも、おたま、忍び込みに遭いましたのよ。

も~う。頭にきちゃうわ。

玄関をあけて、荷物もその場に置いたまま靴をすっ飛ばし、とにもかくにも「メダカの水槽」に駆けつけたのでございます。

おうおう、ごめんよごめんよ。
メダカ、おたまの姿をみつけ狂喜乱舞の口パクパク。
おうおう。お乳欲しがるこの子が可愛い
ひとつ、聞かそうか子守唄

ってそんな場合じゃないよ、
おまんまだよ~~~

ああ、やれやれ

と、あたりを見回すと・・・な~~んか変!

扇風機のコンセントが差したままになっている
テレビの主電源も入ったまま
テーブルの上にアクエリアスの空のペットボトル

ぎゃっ!食卓の椅子の背にバスタオルが・・
微妙に湿っている。

ちょっと、ムッとしながら、お台所へいくと
お皿二枚とお茶碗とお箸がお流しに浸けてあった。

じわじわと腹を立てながら洗面所へ行くと
出しっぱなしのドライヤー
浴室の窓は開けっぱなし。

トイレのふたは上ったままだ。

  あいつ・・・立ってやりやがった!

妻・真綿が仕事のため一人ぼっちの連休だった平凡氏が「心の安らぎを求めたいから車を貸してくれ」という話だった。

それは、確かに了承しました。
おたまは留守だから、勝手に使って返しておいてって。

車は貸しました。
しかし、誰がトイレ使え!って言ったよ!

ま・ま・まさか・・・

大急ぎで冷蔵庫に走り寄る

ホームランバーのバニラが3本。チョコが4本。
ガリガリ君ソーダは6本。

無事を確認 

この子達に何かあったら、おたま、暴れるところだったよ。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月20日 (水)

コメント欄



今日のお花

11717022_convert_20110717234725
ヒメヒマワリ/あこがれ

自分自身のことをブログに書いてみようと思いまして
その予定でした。
母の死は良いきっかけだと思ったからです。

自分自身のことなので人に読ませるつもりもない。
ならば、ブログ公開することもないのだけど、
・・・・・・・。
こっそり、読んでくれるのはいいけど、
コメントは要らないぞ。なんて気負ってました。

でも、「予定は未定で決定ならず」なのね。

「きっかけ」のはずだった、母が生還したのです。

血縁関係のある傍系二親等の兄に35年ぶりに逢い、
家族控え室で3時間半。話をしました。

あの人(母)には「エライ目」に遭わされたという共通認識を確認しあいました。
我々は縁の薄い兄妹でした。
瀕死の母の悪口を言って笑いあっているのだから本当にイケナイお子チャマなのでしょう。

でも、心底そう思っているので仕方ありません。
子が親を愛せなくなる。それは人為であり
親が子を愛せないことより切ないことなのです。

葬儀場の電話番号をメモに控えて待っていたのに・・
お母ちゃん。ピースサインで手術室から出てこられました。

6月半ばのことでした。

ということで、自分自身のことを書くことは取りやめます。

(ふぁらんくすさん!小説にしちゃうかもよ)

すでに、自分の中の全ての思いは完結していて、書きながら整理していく必要もないのかもしれません。

それに、ブログって「レンタル」だから著作権は自分に無いってホント?

↑↑以上の理由で、又コメント欄を開けようと思っています。

「あけなさいよ」と言ってくださった数人の方ありがとう。
マネして、閉じちゃったダンボさん。
おたま、開けまっせ。

母は数日前に退院しました。
役場の方が来てくださいましたが、「要介護」の認定などとてもじゃないけどしてもらえないらしいです。

自立して生活できる老人なのだそうです。

とは言っても術後の食事制限や管理や見守り(わがまま言って食べないので)がしばらくは必要で、

孝行娘・おたまは「おさんどん」になり、このクソ暑い中せっせと実家に通っております。片道2時間でっせ。
兄も今回、本当によく動いてくれました。

色々言うても、
幸せな人や・・とは我々二人の結論です



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月18日 (月)

我は海の子



今日のお花
11717_020
オンシジューム/可憐 ・ カーネーション/女の愛

貝の形をしたお皿の中に貝がございますでしょ。
左手前は去年、八重山で拾ったイシサンゴ(って勝手に思ってる)です。

右のホネ貝は大昔、知人に貰いました。
紀伊半島の最南端,大島の人でした。
後に大島の向かいの串本の人と知り合いになりましたが「大島の女性はみんな潜る」(鮑やサザエを採る)と言って感心していました。
今でもそうなのでしょうか・・。
奥の貝も誰かに貰ったのですが、誰だったか思い出せません。

そうそう。最初に出会った詩はコクトー。

「わたしの耳は貝のから 海の響きをなつかしむ」

 

顔を洗うときにも溺れかけるおたまは、
さほど、海が好きではありません。

でも、ご先祖様は海賊だったと思っています。
根拠はありませんがそんな気がします。

父方の何代か前は大きな網元だったそうです。
分家筋が朝鮮半島に漁場を求め一族郎党で移りました。
あこぎにも 資産をなし、船を仕立てて日本に帰るとき、
運命の大時化に遭います。
ソコから文字通りの「波乱万丈」ってわけです。

故郷にたどり着くことなく、上陸した●●で●●を経営します。
終戦後、朝鮮戦争の好景気に沸くころです。
そのあたりの「あこぎ」な話はナイショにしておかねばなりません。
存命の関係者に配慮して・・・・

おたまは、朝鮮半島に日本で一番近い、とある島で生まれました。
民俗学者・宮本常一がこの島で聴き取り調査に入っていた、丁度その時期です。著書「忘れられた日本人」は特別の感慨を持って面白く読みました。

11717_006
こちらは家島の海です。
島の峠に立って島を眺めています。

この島の飲料水は赤穂からパイプで送られてくるそうです。

周辺の島の下水が整えられ、海がきれいになり、赤潮が減少しました。
すると、漁場としての力が弱まります。

「美しい海」「豊かな海」は違うのです。

人間の暮らしが豊かに、便利になるということはどういうことなのでしょう。

ウォシュレットでお尻洗ってもらってて、えらそうに言えませんかしらね。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月17日 (日)

家島吟行



兵庫県は日本海と瀬戸内海に面し、内陸に中国山地が横たわっています。

様々な気候による自然の恵みから、様々な農林水産業が発達し、主に子ども達のための、自然を生かした体験学習の施設が充実しています。

ということで、昔子どもだったワタクシたちも、そんな施設を利用して吟行することになりました。

海はヨォ~海はヨォ~ でっかいどう。ほっかいどう。
いえいえ、ここは兵庫県! 
山が育ちのタヌキおやじとイノシシおばさんのご一行。
海が珍しくって大はしゃぎ。

家島は小豆島と淡路島の間にあります。
姫路から船に乗りました。

家島での「嘱目」はなんといっても
「夜光虫」  あわよくば「海ほたる」です。

今回利用した、「兵庫県立いえしま自然体験学習センター」の職員さんは、とっても親切で、やさしい口調ながらも「ココには何も、ありません!何もありませんが・・何か?」と、自然体験をしそうもない我々に不審のマナコ。

カヌー?NO,

カヤック?NO,

釣り?NO,

泳がない?・・

なんやねん。この年寄りグループは・・・・

ああ、ハイキングですね?

ハイクはハイクでも俳句です。

やっと、判っていただきました。

10人用のロッジを一棟貸してもらいました
12800円÷10人プラスシーツ代175円がお一人様の宿泊費です。
お食事は三食全てで2500円でした。
スズキ・あじ・シズ等のお魚はさすがの美味しさです。
ひじきなども日頃口にしているものとは全く違います。

ボリュウムもお味も満点。
夜のトンカツはおじ様おば様には多すぎて、合宿に来ていた青少年グループに差し入れしたほどでした。

県の施設ですので大切に使わねばなりません。

グループの男性陣は「亭主のカガミ」との誉れ高く
ロッジを出る時の清掃、ゴミ出し、すべてカンペキ、早朝の浜掃除までなさいました。

こんな美しい浜にも、加古川水系からゴルフボールなどとんでもないものが流れ着くのだそうです。

とっても、楽しかったので、も少し詳しく記事にしておこうと思っています。

肝心の俳句です。
「夜光虫」「海ほたる」しっかり観察できました。

満月に近く、海面に月の光が映り幻想的な景色でした。
新月の頃は星が美しいだろうと思います。

 「ともづなの結び目美しき夏の月」 おたま



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月15日 (金)

魚の小骨



11704_015
アガパンサス・・・恋の便り

いやな奴とは付き合わない!(なくて済む)

これって、専業主婦の特権の一つではないでしょうか。

いやな上司の言うことを聞く必要もなければ、好かん客に話をあわせることもない。

唯我独尊。お山の大将。ゴーイングオバチャン道!

もう、このトシになったらそれでエエんちゃう?
と思うのでございますよ。

あと、何年生きられるねん。

人間関係でナーモ我慢することないって!

付き合わなきゃ済む話やん・・・

だって、おばちゃんやもん。怖いもんないやろ・・・

ココ最近、喉に魚の骨が刺さったままになっているという「●さん」におたまはささやく。悪魔みたいに。

何か間違ってるかな?

小骨だと思っていたけど、あちこち傷がついてるらしいのです。

「おたまちゃんは、人づきあいが上手やから・・」

何をおっしゃってけつかるの。

おたまだっていやな奴はいますとも。
でも「君子危うきに・・・」って言うでしょ。
判断は早いよ。アカンと思ったら近寄らない。

最近知り合った、そんな人。
1・2回逢って「アカン」と思った

どこが「アカン」かは明確だけどそれは言わん。
その方のおっしゃる「世間の常識」がおたまの「非常識」やったってことや。

そのことが判るまで、どうもガンをとばしていたらしい。

「私の顔に何か付いてます?」ときかれてしもた。

これが、小学校高学年女子やったら、お互いを高めあって成長していくんだろうけど、私らもう、「伸びしろ」あらへん。

「●さん」。
だからもうええやん。やな人と無理に付き合わんでも。

とアドバイスしたけど、それで良かったのかしら。

・・・・・・



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月14日 (木)

エスニックな夜



スミちゃんは
何べん言うても、シチュエーション(situation)を
シュチエーションといいます。

それでいいのですよ。通じてるし

もっと、真剣に考えなあかんのは
どのようなシチュエーションでビールを飲むのか!
ということではないでしょうか。

  「堰作る小石集めよ缶ビール」 おたま

よろしいなぁ・・・俳句とちがいますよ。

月に一度の呑み会。
今月は屋上ビアガーデンに行きましょうという予定でしたが、なにしろ、田舎住み。
GO・GOガールのパンチラを眺めつつ、飲めるような、こじゃれたビルなどどこにもございません!

ビルうんぬんと申しますより、

GO・GOガールがいないし・・・
パンチラって死語やし・・
それ、おっさんの発想やし・・・

夏といえばやはり、エクソシストやろ。
うんうん。エクトプラズムやな。
いや、それも言うならマイコプラズマやで
それって、肺炎やろ
エ・エ・エ・・  エキゾチック???ちゃうな・・

 エスニック や!

ということで、三つ先の駅前のインド料理の店に決定。
おばさんたちと付き合うというのは時間と会話とエネルギーを浪費するということでございます。

しかし、話はまとまりまして行ってまいりました。

11711_003_copy_copy チャクラという名前のインドビール。

うしろに赤く見えるのは店員さんのサリーです。

一つ星レストランで修行を積んだという、インド人の料理人さんが腕をふるってくれます。

11711_007_2
ムムッ。何かよう判らんけど、美味いぞ。

11711_008 ガネーシャさまには

お金の首輪

・・・・

梅沢富美男

見にいこーっと。

11711009_convert_20110712121147
何かワカランけどエエ感じや。

「インド人もビックリ」とお決まりギャグも飛び出しーの。
「ハヤシもあるでよ~」のおきまり台詞に突っ込みーの。
夜は更けてゆくのでありました。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月13日 (水)

信用金庫



円相場がついに80円を割っちゃいましたね。
79.195円(ドル)ですって!(ついさっき)

子供銀行でドルに替えてもらおうかしら!

いえいえ。おたまね、ずっと前から

床下の梅干のつぼの中とか、天井裏のお菓子の缶の中とかの、へそくりを(あっ!言うてしもた)

城南信用金庫か尼崎信用金庫に預けようかと思ってましてん。

↓城南信用金庫の吉原毅理事長。

信金といえば、尼崎信用金庫も素晴らしい。

尼崎信用金庫(略してアマシン)の創業の地が記念館になっているのだけど、其処へ行ったときのことです。
「立て札」ってんですか?創業理念が書かれてある、あれ読んで感動のあまり「アマシンで貯金する!」ってみんな口々にいいました。

何を書いてあるか忘れたけど(忘れたんかい!)

地域のみんなの幸せのためにという高邁な精神。
時は大正十年。大正デモクラシーの自由と民主主義への憧れが感じられます。

その精神は現代に受け継がれ

6月のアマシンニュース見ただけでも

2011年 6月 17日
 財団法人尼信地域振興財団が
 兵庫県警察へ小型警ら車(ミニパトカー)20台寄贈
2011年 6月 9日
 尼崎市「春の10万人わがまちクリーン運動」に
 金庫職員414名が参加

うん。うん。サンテレビの6時のニュースで見たわ。

アマシンといえば忘れちゃならないのが
「がんばれ阪神タイガース定期預金」です。
去年の商品名が「猛虎無双」
その前は「猛虎一本道」だったけ。

ちなみにネットバンクは「ウル虎支店」です。

顧客はトラファンばかりじゃない・・そんなリスクを犯してしてまでも・・
うれしいじゃありませんか。

あましん・ぼくらの・ちょきんばこ

アマシンさんへ。

これだけ宣伝しておいたから、アマちゃんとシンちゃんのグッズ、何か送ってください。

城南信用金庫理事長のすばらしいメッセージと
おたまの卑怯な野望を並べた無礼をどうぞお許し下さい。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月12日 (火)

播州皿屋敷



バリクソ(とてもの最上級)暑い道頓堀の真ん中で

拡声器をガンダムのバズーカみたいに肩に乗っけて

アジっているお兄さんがいた。

ガナリ声が割れて、何を言ってるんだかさっぱり、聞き取れない。

おたま、心の中で呪文を唱える

「ザラキ!」

 「花道を真直ぐに菊五郎の浴衣」 おたま

「芸」より「仁(にん)」の王道をゆく、そういった意味で「歌舞伎役者」やなあ、と思わせる菊五郎の髪結新三。
バリ褒めていますのよ)

浴衣掛けの男一人が歩くだけで「江戸の夏の朝」の空気が客席を満たす。
いやあ・・歌舞伎って面白いです。

(↑去年の団菊祭ね)

ハ~~イ

道頓堀松竹座は七月大歌舞伎・昼の部を見て来ました。

「夏芝居」というのは俳句の季語にもなっているのですが、暑い夏に花形役者はお芝居なんかやってらんないわ・・・というので、主に若手の役者さんが活躍する場であったそうです。

でも、それは冷房のない江戸時代のこと。
このごろでは大看板さんもご出演です。

 

今年は節電対策か、「播州皿屋敷」が掛けられました。

ゾゾゾ~~~ッ

一枚目~~。二枚目~~三枚目~~

って、お父さんのことではありません。
「目」を入れてはいけません。メッ

一枚~~。二枚~~・・・

お話は、

人様のお家も女も横領したい欲張り家老・浅山鉄山が、言うこと聞かない腰元お菊を罠に落としいれ、なぶり殺しにする。というものです。

 趣味、悪ッ 

このA「播州皿屋敷」を元に作られたのが
B「番町皿屋敷」で舞台は江戸に移り、こちらでは旗本・青山播磨 と、お菊は相思相愛の仲。ところが女心の浅はかさで、「あたしとお皿とどっちが大事なのよ!」と将軍家献上の大事な皿を割っちゃうんだな。

(あのね、お菊ちゃん。
最近の賢い女はね、喧嘩用に100均のお皿を準備しているのだよ)

自分の愛を試されたと知った青山さんはそりゃもう怒っちゃって、お菊を惨殺。「許せない・・うぅぅっ! ボク、お皿よりお菊ちゃんのほうが大切だったのに・・」その証明に残りのお皿も割ってしまいます。ガッチャ~ン。
メチャク茶でごじゃりまするがな。

さあ、ここで質問です。

あなたはどちらのお話が面白いと思われますか。
A)播州皿屋敷/ 振られてキレた男

B)番町皿屋敷/ 純愛を疑われキレた男

今回の演目はA)だったのだけど、そりゃあ、A)のほうがおもしろいわよ。

だって、お菊ちゃん、な~も悪いことしていないんだもの。
この後の、
残虐極まりないなぶり殺しが、引き立つってものさ!

イヒヒヒヒ。

(お断り)おたま、ノーマルな人間です

ハナシによりますと、鉄山のお菊への折檻は17日にも及び、井戸に浸ける。引き揚げる。斬りさいなむ。

「ええい!これでも言うことを聞かぬか!」

ついには切り殺し、井戸へ投げ込むのであります。

そらぁ。化けてもみたくなるわ。

か弱い女がイタブラレル。美しい女が苦悩する。
観客みんながサディスティックな気分になっちゃう、
この「責め場」は様々なバリエーションを持って歌舞伎の舞台に登場します。

こんな演出も歌舞伎の醍醐味です。

腰元・お菊・・孝太郎。 健康的、愛らし過ぎて凄惨さがちょっとね。皿を数えてゆく見せ場は良かった。声にならない「きゅう~~まい」
浅山鉄山・・・愛之助。 この人絶対「素」がイイ人なんだと思う。悪(ワル)が小さいよ。この前の微塵弾正でも感じたけど、やはり、悪の凄みに欠ける。

同じ昼の部に出ている三津五郎が演るとどうだったかな、と思う。
あの方、悪がハマルのです。(素が悪い人とは言っていません)

岩淵忠太・・亀蔵。結構でした。目も口も鼻も声もデカイから目立つのではない、名バイプレイヤーのそれこそ血筋でせうか。芝居に安定感をもたらせてくれる。この方、孝太郎さんとは四代前のおじいさんが一緒だから、いとこの子どもの子ども同士ということになります。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月11日 (月)

四ヶ月経ちました



あらためて
震災により亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
そして、被災に遭われた皆様へ心からお見舞い申し上げます。

・・・・・・・・・

   Nanntei
          「忘れないということがいちばん被災者を励ます」
        阪神大震災を経験した精神科医、中井久夫さんの言葉です。

       (このバナーはNANTEIさんの制作です)



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月10日 (日)

サマーバーゲン2



11704_008

「おたまちゃん、手だしてみ」といいました。

贈呈式の始まりです。

「嵌めてあげるわ」と言って、箱から取り出した指輪を
おたまの左の薬指に差してくれました。

「きれいやなあ」と言って二人でにっこりしました。

「もったいないから、仕舞うとく」と言って箱にいれました。

・・・・・・・・・しばらくすると

・・・・・・・・・・・・・

おたまちゃん、指輪だしてみ」といいました

それで、また嵌めてくれて、
・・・・・・・・・・・・にっこりして。
・・・・・・・・・・・・・・・・・眺めてから、
箱に仕舞いました。

・・・・・・しばらくすると

・・・・・・・・・・・・・

ひっちゃんが口を開きました。

又、指輪を出せと言い出すのでしょうか。

もう、ええがな 

でも、今度は違いました。

「(お酒)おかわりしてもエエで「うん」

とっても、嬉しそうでした

ラウンジには生バンドが入っていて、女性ジャズシンガーがスタンダードナンバーを歌っていました。

彼女がテーブルを回ってきて、ひっちゃんは「ミスティ」をリクエストしました。

この曲好きやねん。
恋をした女の子が「あなたに夢中だわ」ってんで、ふわふわしてます。という内容だと教えてもらいました。

 馬ッ鹿みたい。

はい。はい。

いつも、お金がなくて

「今日は、任さんかい!」とか言って・・・
最初の電車の切符は買ってくれるのだけど、

それでもう、お財布の中は空っぽでした。

いややわ、こんな人と思いましたが結婚いたしました。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月 8日 (金)

サマーバーゲン



今日のお花

11704_001_copy
オリエンタルリリー/高貴
ロベヤシ/勝利

つぼみが14個ついています。

・・・・・・・夏のバーゲンシーズンに入りましたね。
この時期になると思い出すことがあります。

昔々、結婚を決めたとき
二人とも若かったし貧乏でした。

ひっちゃんは、おたまに「うん」と言ってもらって余程嬉しかったのでしょう
半年がかりで貯金をして、婚約指輪を買ってくれることになりました。

ほんとはダイヤラモンドにくらくらしてみたかったけど
当時、ダイヤは高かったのです。

誕生石のガーネットでいい。と言いました。
もともと、宝石なんて持っていないし興味も無かった。
若い女の子はそういうものなのでしょうね。

(こんな、おたまでも「無欲」の時代があったのです)

でも、ひっちゃん、張り切ってるし心斎橋に行きました。

「芝翫香」で夏のバーゲンをしていました。
それをさらに、勉強していただき(値切り倒し)
婚約指輪を買ってもらいました。

彼はセレモニー好きなので、贈呈式をするといいます。

今はもうありませんが、大淀の朝日放送の前の「ホテルプラザ」に連れて行ってくれました。
当時は食事の美味しい名門ホテルとして有名でした。

お食事をするようなお金はありません。
20何階かにある、カクテルラウンジへ行きました。

大阪ではじめての30階高層ビルであるマルビルが建つ、もっともっと前のことです。

「へ~こんな、お洒落なとこ知ってるんや・・」
「学生の頃、ここでアルバイトしててん。正面玄関から入るのは初めてやねん」といいました。

ウォッカベースのカクテルを注文しました。

「美味しい

「おたまちゃん。ペース早すぎや!もっと、ゆっくり飲みなさい」

ビンボーなひっちゃんが言いました。

 (あしたにつづく)



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月 7日 (木)

紅ずいき



大阪南部の泉州地域は美味しい野菜の産地として有名です。

泉州たまねぎ、泉州キャベツ、水なす・・・・。

その中でも、今旬を迎えているのが紅ずいきです。

11704_024

この間、自治会主催で「食生活と健康」の講演会がありました。

偉い先生のお話だと、
ガン予防に効果のある野菜のベスト3は

ずいき  菜の花  カリフラワー

ですってよ!奥さま!

芋茎(ずいき)はサトイモの茎(葉柄)です。
下処理として、酢を入れた熱湯で茹でます。

薄味でお揚げさんと炊いたり、
酢味噌で合えたり、
しょうが醤油で食べたりします。

煮物を冷たくして食べてもおいしいです。

おたまの周辺では、意外に「食べたことがない」という人が多いのですが、ガン予防のナンバーワン野菜を是非是非食べていただきたいものです。

そういえば、おばあちゃん(母の母)がよく、「芋茎は血をきれいにする」って言っていました。

実際に血中のコレステロールを分解する効果もあるそうで、昔の人はよく知っていたなあと感心します。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月 6日 (水)

タンチン



「不登校」とか「登校拒否」なんて言葉を知らなかった頃、
中学のクラスに≪タンチン≫という男子がいました。

事情は知らないけど、これがめったに学校に来ない奴で
朝のHRで河内弁の担任が
あの、あほんだら、なにさらして、けつかるねん
Yとおたま、行って、呼んで来い!」
ってことを申しますと、

心の中で万歳三唱です。
一時間目がおおっぴらにサボれるのです。

Yというのはクラス委員のカー君です。
とてもバランス感覚のいい男子でした。
先生からの信頼が厚いのだけど「セン公のパシリ」という立場を嫌がっているのがわかるので、盛り立ててやろうぜってクラスの皆に思われていました。

おたまは、たぶん「にぎやかし」みたいなポジションだったとおもいます。

タンチンはお母さんとお姉さんの三人暮らしで、二人ともお勤めに出ておられ、家には彼一人がいました。

家にあがると、クラス委員・カー君は本棚からマンガを出して読み
おたまは、テレビのワイドショーを見ました。
タンチンは学習机の前で、椅子に座ってぐるぐる回ります。

30分くらい経ったら、カー君が「帰ろうか」というので、おたまは大急ぎでタンチンに「ガッコ。おいでーや」といいます。

タンチンは「二時間目、何やった?」と聞きます。

「英語!」
「ショックン(教師)か・・あいつキライや」といいます。

三時間目にひょこっとタンチンが学校にやってきて五時間目にはもう居ませんでした。そんな日々でした。

一応、カー君とおたまの顔を立ててくれていたのでしょう。

あの家で三人は、わりと機嫌よく、不思議な時間を過ごしていました。

タンチンは17歳でお父さんになり、38歳でおじいちゃんになり、今はひいおじいちゃんです。
金のわらじの姉さん女房といい家庭を作り、バスの運転手の仕事をながい間勤め上げ、最近定年退職をしました。

(おたまはほとんど参加していないけど)
同窓会には必ず顔をだし、
「学校に来なかったお前が皆勤賞やな」と担任に言われているそうです。

学校なんて行かんでもええな
って思います。

アカンですかね?



№4様へ

そうだにゃ~
考えてみるかにゃ~

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月 5日 (火)

真相究明



昨日は「スーパイコ」の真実に触れ、
目くるめく一日を過ごしたおたまですが、

まだまだ、判らない問題は山とございます。

あまりに多すぎて、
真相の究明に至る前に寿命が尽きそう。

今日のお花

11704_020 きれいな「赤」

名前はわかりません。

お花屋さんがサービスでくれました。

形が少し、夾竹桃に似ています。

きっと、横文字のなんとかラリアとか、なんとかミリーなんて名前がついているのでしょう。

どうせ、覚えないんだから別に知らなくてもいいわ。

よく、教壇の上方に貼ってあるでしょう?
「努力」とか「創造」と墨痕鮮やかに書かれたのが。

あれは、そのクラスの目標とか、皆で決めた、でも結局は担任の好きな「言葉」なのでしょうね。

・・・・・・・・・

どうしてもワカランことがあります。

ウチらの教室では・・・・

「世界の美女」

って書いてありました。しかも額入り。

進級した時から在ったし、そのままにして卒業したから、今もあるのだろうか。

当時は何の疑問も持たなかったけど(持てよ!)

このトシになると、

あれは、いったい何やったんやろ・・・と思う。
「世界の美女」という額を仰ぎ、勉学に勤しまなかった日々は・・

教室に入る時は「左足から入る」といって
入り口で必ず足踏みしている先生がいた。

どうでもエエやん。そんなこと・・と思いながら我々は気長に待った。

何やったんかな、あれって・・。

人のことは言えないけど、メッチャ変った男子がいた。

放課後、いつも教室に一人残っていた。
「何吹いてんの?」と聞くと。

「ピッコロ!」と言った。きっぱりと。

ある日、何も吹いてない彼に「今日はフルートは?」と聞いたら
こちらじっと見て「ピッコロ!」っていいました。

この男の子と目を合わせたのは、この一度っきりだと思います。
彼の声を聞いたのも、その「ピッコロ!」だけ。

なんでやねん。なんでやねん。
それ、フルートやん。

「世界の美女」「あしぶみ」「ピッコロ」

あれって、なんやったんやろ・・・
そんな事を抱えながら、おたま・・・・・

死んでいくんやろか・・・・。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月 4日 (月)

何ね?そらぁほんなごつ。



いやぁ~インターネットって凄い。

おたまだけが知っていて、周りの誰も知らない。
フツーに話しているのに
「何?それ!」と、低い鼻であしらわれる。

挙句の果てに
「その話、作ったやろ・・・今。」と嫌疑をかけられる。

「すーぱいこ」

誰も知らない、素敵な「すーぱいこ」

美味しい美味しい、「すーぱいこ」

「大根の炊いたん」でもなければ「芋を煮っころがした」のでもない

その名もゆかし「すーぱいこ」

でも、誰にも通じない。どなたもご存知ありません。
「ナニ?それ」

・・・・・・・・・・・・

それが、
なんとネット検索で「ぴゃ!」と出てきました。

っていうか、ウィッキペディアに、チョーさっぱりと
「酢豚のこと」って書いてあるし・・・

(おたまが、食べたのは「酢豚」なんかじゃない!「すーぱいこ」なんだよぉ~)

やっぱ、「すーぱいこ」ってあったんや。
な!な!あったやろ・・。

・・・・・・・・・・・・

あちこち、うろうろしていたら

珠玉のブログにぶち当たりました!
ブログ主さんは、多分同年代のハカタンモン♂

青竹割って、へこばかく! お人ばい。きゃっほ
(ワカラン人は置いていくばい)

博多関連ブログはあちこち覗いたけど、
ここはレアすぎます。

本やネットの知識や、人の言ったことではなく
この方が丸ごと完熟濃縮100% 息づいていらっしゃる。

なんかもう、胸がチクチクして泣けてくる。
泣かされたので勝手に記事リンクしちゃる!

文句あんなら掛かってきんしゃい。

・・・・・・・・・

そぎゃんね。鹿鳴春はもう、なかとね。
あそこん、ラーメンは美味しかったと。

並びの「大阪屋」ですき焼きばよう食べたばい。
卓の上に、10円入れてレバーを引いたらピーナツとおみくじが出てくる機械が置いてあったと。いつも、一回だけさせてもろうた。

フランク永井の有楽町で逢いましょうが流れとったばい。

それにしてもやね、当時の我が家で
「さあ、さあ今日は≪すーぱいこ≫にしようかね」と言って出されたものは、決していわゆる(酢豚)ではなかった。

よって、我が家の息子たちは

すーぱいこ とは、国籍不明おまけにサトイモやコンニャクまで入っている、中華風具沢山スープと思っている。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月 3日 (日)

ねじれた花



11630_002_copy 捩子花(ねじばな)です。

ねじれているでしょう?

別名、もじずり草とも言うそうです。

田んぼの畦から摘んできた一株がこの数年かかってやっと、庭のあちこちから顔を出してくれるようになりました。

おかげで、猫の額の庭の芝刈りができません。
言い訳は、よし子さん。

きれい好きで几帳面なガチャピンは「そんなの抜いてしまいなさいよ」とおっしゃいますがね。

コメント欄しばらく閉じます。

深い理由はないのでご心配なく。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月 1日 (金)

ねじれた記憶



今朝の朝刊「武士のサムライ」に涙がちょちょぎれるほど懐かしい記事をみつけました。

それは、「河原町のジュリー」

記事によると
「30年ほど前(記憶ではもっと前)の京都に
≪河原町のジュリー≫と呼ばれる有名な、どこか風格のあるホームレスがいて、よく河原町三条から四条周辺をさまよっていた。
≪ジュリーって京大の哲学科出身やねんて≫というウワサに、なるほどなーと納得していた」とありました。

実はこのウワサを遡る数年前、淀屋橋に「さようなるお方」がいて、彼は夕刻になると決まって、京阪淀屋橋の駅伝言板に伝言を書いておいでだった。

それがものすごい達筆で。(ホワイトボードなどない、黒板に白墨の時代です)
道行くサラリーマンは足を止め、腕を組みうなったものでした。

若輩のおたまには内容はさっぱりわからなかったけど、メチャンコ難しそうなことだけは判りました。

そばによると、あま 酸っぱいにおいがしました。

この方を見かけなくなってしばらくして後、≪河原町のジュリー≫のうわさを聞きました。
「ああ、京都に行かはったんや」
「電車賃はどないしはったんやろ」
「ホンマに、あの方やろか・・」

河原町で「みかけた」という京都の友人に裏をとりました。
「なーなー、その人ブリキのバケツ持ってはった?」
「さあ~・・紙袋みたいやったけどな~」

あの方が、かの方だったかどうか判りませんが、
おたま周辺のツレの間では、

「京阪電車にパリッとして乗ってはったで」というものまで現れ

同一人物という都市伝説が生まれました。

あの方は今でも、ああやって人生を説いてはると思います。

そう思いたいけど・・

駅には伝言板がありません。



| | コメント (8) | トラックバック (0)

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »