« 嘘をついた③ | トップページ | 山科疎水の桜 »

2011年4月 4日 (月)

嘘をついた④



(昨日のつづき、これで終わりです)

重い気持ちで教室の戸を開けると

Y君が背筋をぴんと伸ばして机の前に座っていました。

教室の前から二番目。教卓の正面です。
この位置はいつもY君の席でした。そして、おたまはよく隣に座らされました。
運動会のときも背の順番じゃないのにY君と組まされました。お遊戯を覚えてくれないのでいやでした。

Y君が来た!
そして、席についている・
・これはありえないことです。

先生が来られるまでの「あさの自習」の時間。彼は教室を走り回り、誰彼となく叩いては、大勢を泣かせていました。
先生が入ってこられると皆が手を挙げて言います。
「先生!Y君が○○ちゃんを泣かせました!」

そのY君が席についているのです緊張した面持ちで。
机の上には真新しいリュックサックが乗っていました。
リュックの紐をしっかり握り締めていました。

そして、「よか服」を着ていました。
我々の時代でも、やや流行おくれになっていた「学童服」というやつです
それは小学生の「ハレ」の服でした。

Y君はなにもかもピカピカでした。

「来たとね・・・。」そう言うと
「うん!。母ちゃんが弁当ば作ってくれた!」と背筋をのばしたまま、言いました。

が~~ん。胸がどきどきしました。

先生が教室に来られました。
「Y君!遠足に来たとね。そうねそうね」とにっこりされました。
Y君は聞かれてもいないのに言いました。

「うん。母ちゃんが弁当ば作ってくれた!」
「リュックサックも買うてくれたばい」

遠足に出発です。
おたまは先頭でした「Y君が○ちゃんを叩きました!」と先生に言いつけるいやらしい学級委員でした。そして、背の順でもないのにY君と手をつないで歩きました。

時間がたってゆく。南動物園に近づいてゆく。
お弁当の時間になる・・・・どうしよう・・・
ああ・・あたしの「ばら寿司」・・・・・
黄色やピンクや緑のばら寿司・・

ダテ先生が、うしろを振り返りおっしゃいました。
「Y君。おかあさんに、お弁当作ってもらったんね?。よかったね。遠足たのしかろう?そうね。そうね」

ーーああ、その弁当の中身はーーー

 

去年の担任だった田中センセもわざわざやって来ておっしゃいました。
「Y君。遠足に来たとね!」

Y君は又言います
「母ちゃんに弁当ば作ってもろた!」

そのセリフ聞くたび、おたまの心臓が破裂しそうです。

「そうね。そうね。良かったね。遠足。楽しかろうが?これからも来んしゃいね」

南動物園に到着して、なにやかや見学して、お弁当解散になりました。

ついに、このときがやってきたのです。

 

「解散!」

 

わたしは、仲良しの、りっちゃんとお弁当を食べる約束をしていました。

 

「りっちゃん。上へ行こう!
    もっと、もっと上へ行こう!」

 

走りに走りました。

おたまの記憶はここで、バッタリと途切れています。

あのとき、Y君はダテ先生と一緒にお弁当を食べたのでしょうか。
きっと、先生が「一緒に食べようね」とおっしゃったと思います。
そして、お弁当の中身は何だったのでしょう。

 

・・・・・・・・・

 

それから・・あの日。遠足の前の日。
Y君は仕事から帰った母ちゃんに「遠足に行きたい」って言ったのですね。どんなに勇気がいったでしょう。

お母さんはどんな顔をされたでしょう。

苦労人のおかあさんに育てられたY君はどんな大人になったのでしょう。

そして、Y君。わたしのことを覚えているでしょうか

 

「大嘘つき」って思っているでしょうか。

 


 


 

| |

« 嘘をついた③ | トップページ | 山科疎水の桜 »

ちびたま時代」カテゴリの記事

コメント

いたいたこんな男の子、ちと乱暴もので
みんなにちょっかいだして嫌われていました・

でもねぇ~、先生にちと意地悪されたヘルを
この男の子だけがなんやら味方のようなことを
言ってくれホッとしたことがあるのを
このおたまちゃんの記事で思い出しました。

その子は力持ちでその子の父親が
「この子はお相撲さんにさせるんだー!」と
言っていました。当時長崎県からの初めての
横綱「佐田ノ山」?がでたころでしたわぁ~・・・遠い目

投稿: ヘルブラウ | 2011年4月 4日 (月) 15時59分

いえいえ、おたまさん、Yくんはたとえどんな弁当でもおかあさんが作ってくれたのですものご馳走だったと思いますよ。しかもリュックサックも新品で…。会ったことのないYくんですがきっと良い男になっていますよ。私もいまだに覚えている男の子がいます。中学生で新聞配達をしていました。そして卒業する前に自分で買った腕時計を先生に嬉しそうに見せていました。その子は集団就職をしました。私達の子供時代って家の格差が確かにありましたよね。でも、今クラスの誰よりもその子に会いたいと思うのです。おたまさんのお話良かったぁ!

投稿: cookie | 2011年4月 5日 (火) 00時19分

小さなY君の前にあった いくつもの高~いハードル
それを飛び越えさせてくれた 小さいおたまちゃん。
大人にはできないことですね。
仲間に入れたY君のうれしさが 伝わってきて、、、。
これは嘘とちがいます。ちゃうちゃう!

投稿: ゆたんぽ | 2011年4月 5日 (火) 05時43分

灰谷健次郎の本を読んでいる気分になりました。
同時に小6の時の古傷がうずきました。
又、現役時代の思い出引き出しがガタガタ音をたてました。
また、書きたいと思います。

「ウソをついた」と生涯忘れないおたまさんの優しさには頭が下がります・・・ちょっと褒めすぎ?いやマジです。

投稿: osダンボ | 2011年4月 5日 (火) 20時00分

胸を打つお話ですね!
子供の時って、本当仁まっすぐで、嘘とも言えない程度のことでも胸がドキドキ破裂しそうになるのでした。
今は嘘の上に笑顔まで添えてだめ押しをしているうばゆりです。
Y君はお母さんの手作り弁当で遠足に行けただけで最高の日だったと思いますよ。

投稿: うばゆり | 2011年4月 5日 (火) 22時48分

 ダンボの弟子のyoukoです。初めまして
連載小説の様にどきどきしながら毎日ブログにお邪魔してました。
私も来年は3回目の成人式 多分ねえさんと同年代です。
30年代はそんな時代でしたね
 子供は 親に気使ってましたね。今は親が子に気を使ってる。
Y君は お母ちゃんにゆうて見る機会を作ってくれた おたまちゃんの事 
「あの子がゆうて暮れたし 今の自分があるんや」と話されていると思いますよ。
嘘つきやないですよ。Y君もお母ちゃんもうれしかったとよ きっと。
おたまちゃんは良い子でした。黄色か青い痛みですね。 

投稿: youko | 2011年4月 5日 (火) 23時05分

ヘルさん。やっぱりヘルさんと、おたまは同じ時代を、わりと近かかとこで、大きゆうなったごとあるね。
佐田の山は五島列島の人ではなかったですか?よく覚えています。
博多も佐田の山ファン多かったです。
子どものころって楽しいことより、チクチクしたことが心に残っているものですよね。

投稿: おたま | 2011年4月 6日 (水) 14時56分

cookieさん。初めましてですかしらね。コメントありがとうございます・
経済的に貧しいことで我慢を強いられていた子どもは、あの時代五万といたと思います。だから、努力や我慢・忍耐や思いやりを身に着けた人もいっぱい、おられると思うのです。
でも、自分が親になって、親の立場で考えると、「貧しい」ゆえに子どもにしてやれないって「切ない」ですよね。
優秀なのに進学をあきらめた人もいっぱいいましたね。そんな時代でしたね。

投稿: おたま | 2011年4月 6日 (水) 15時07分

ゆたんぽさん。ありがとう。でも、やっぱり「嘘」ですわ。
嘘ってやっぱりついたらあかんと思う・・。
結果的に嘘になったり、するのは仕方なくても、「嘘」ってどうしようもないって思うのです。
それは、「嘘」をつく人を、この人は「どうしようもない」っておもうのと同じです。
今は大人ですので、出来るだけ嘘はつかず、言わなくて済むことは言わないようにしています。
どちらが、タチが悪いかは判りませんが。

投稿: おたま | 2011年4月 6日 (水) 15時24分

ダンボさん。ウソをついたと自覚していないウソ(ウソの本当)は罪悪感を伴わないのでしょうが、自分でウソをついていることが判った時点でそれは(本当のウソ)心に棘となって残るようです。
で、、その棘も力づくで抜いて忘れてタチの悪い大人になっていくのです。
だから、この棘はある意味おたまの宝物かもしれません。

投稿: おたま | 2011年4月 6日 (水) 17時19分

うばゆりさん。今はコンビニでオムスビもお茶も買え、親が手を掛けなくても、何でも手に入ります。だから、親に「してもらったこと・手にかけてもらったこと」は私達の時代のほうが、あたたかく記憶に残っているのではないでしょうか。以前、うばゆりさんのブログで、遠足の朝、枕元にお母様の手作りの服が置かれていたお話を読みました。みんなそうやって手塩に掛けてもらった・・。


でも、してやりたくても出来ない親や、親に言い出せない子どもがいたのですね。
ずっと、大人になってから、あの時Y君のお母さんはどうやってお金を工面されたのだろう・・日々の暮らしも大変だっただろうにってよく思いました。

投稿: おたま | 2011年4月 6日 (水) 17時35分

はじめましてとは思えないyoukoさん。はじめまして。コメントありがとうございます。
子どもと言うのは大人(親)が思う以上に何でもわかっているのですよね。
無理を言ったりわがままを言うのが子どもらしいなんて、とんでもない。
親に気を遣って生きていました。
仰るとおりです。ハイ。
Y君は5・6年でも、同じクラスになったはずですが、ほとんど、記憶はないのです。あれから、遠足に行ってたかどうかも知らないのです。

投稿: おたま | 2011年4月 6日 (水) 17時52分

以前にもコメントに書きましたが、NHK衛星で映画「二十四の瞳」を見て、自分自身が小学一年生だった時の担任教師(女性の先生)を思い出し涙を流してしまったふぁらんくすです(バカか)。

おたまさんの長編のブログ記事。
おもしろく読みました。またなんとなく、おたまさんがどんな子供だったかも想像できて興味深かった。

嘘にもいろいろあるだろうけど、おたまさんの子供時代の嘘はなんら咎められることのない、いくらついてもいい嘘だと思った。
Y君もナイスガイだ。みんな子供なんだから当然か。

悪の嘘ってあるじゃないですか。
腐った人間性が生み出すような。
形容すると「卑劣な嘘」とでも形容できるような。
僕は悪い子供じゃなくて普通の良い子供だったのですが、
卑劣な嘘を言ってた。
(普通の良い子が卑劣な嘘を言うか?)

投稿: ふぁらんくす | 2011年4月 8日 (金) 00時53分

Y君はおとなになって、同級生だった、
おたまというかわいい女の子をお嫁にしましたとさ。

ということにしようよ!

ひっちゃんの本名はY君と言います。

投稿: こく | 2011年4月 8日 (金) 05時31分

ふぁらんくすさん。
是非ともアナタのお子チャマ時代を知りたいです。といっても、思春期10代のアナタは想像できるのですがおっさん(失礼!)のふぁらんくすさんが想像できないのです。どゆこと?

投稿: おたま | 2011年4月 8日 (金) 08時52分

こくちゃん。確かにひっちゃんは乱暴者だったらしいですが。Y君より百倍、男前でした。ちゃんちゃん。

気をつけて、帰ってらっさいね。

投稿: おたま | 2011年4月 8日 (金) 08時55分

ただのどこにでもいるおっさんです。
”泣く子と加齢には勝てぬ”

今年中に姪とロック・バンドをやる予定。
その日が来たならYouTubeにでもライブのビデオを載せるつもり。
乞うご期待。

投稿: ふぁらんくす | 2011年4月 8日 (金) 12時00分

ふぁらんくすさん。
うぉっ!それは素敵!
ナマふぁらんくすですな。
カメラ目線で笑顔、ヨ・ロ・シ・ク。

投稿: おたま | 2011年4月 8日 (金) 20時47分

はじめまして(o^-^o)
おたまちゃんの楽しいおしゃべりに惹かれました。
たぶん同じ世代だと思います。
時々のぞいてま~すo(*^▽^*)o
よろしくお願いします。

投稿: ようかん | 2011年4月10日 (日) 14時48分

ようかんさん。
初めまして。コメントありがとうございます。
同じ世代ですか?
スカートの裾ををパンツに挟んでゴムとびをした・・・
「お嫁に行くまではイケマセン」と家庭科の先生に説教された・・
そうですか。そうですか。
こちらこそ、よろしくお願いしますね。

投稿: おたま | 2011年4月10日 (日) 15時49分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 嘘をついた④:

« 嘘をついた③ | トップページ | 山科疎水の桜 »