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2011年4月

2011年4月30日 (土)

しあわせ四月



今日のお花です。

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アルストロメリア・・・凛々しさ
スプレーカーネーション・・・素朴
スターチス・・・上品

上手にピンボケでしょ?
結構、難しいねんよ。とぼけた感じだすの。

四月も終わりますね。

3月の終わりに、来月は「楽しいこと、嬉しいこと、あたたかいこと」を見つけたい。って書きました。

その通りになりました。
楽しくて、嬉しくて、あたたかい四月でした。

なんてったって、ペコちゃんたちに会えました。
思いがけず、それも急に(明日どうよ!って感じで)

U様は「心細かったらお泊りしてあげる」って・・
ペコとマネージャーは夜を明かす気満々だった・・。

一夜を共にできなかったけど
おたま、みなさんのやさしさに感激っ!
お泊り・・・
いゃ~ん・・・・・・なんでやねん。

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Kちゃんです。

/

/

あっ。違う。違う。

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こちらでした。

あれは、Sさんです

違うってば。

/

俳句の先生。
「僕が死んだら散逸するだけだから」と俳誌の創刊号と2号を譲られました。60年以上前のガリ版印刷です。そんな貴重なもの「いりません」って言いました。それより、そっちの富安風生の染筆が欲しかった・・・。(以上、本心)

「新聞を取りに行く」と言い訳をして、表に出られました。

 「桜蘂降る坂道を見送らる」 おたま

お元気でよかったなあ。
「あたたか」という季語があります。
気候をさすというより、心情的に使います。

・・・・・・・・・← 俳句、出来てへん。

桜ほど、人の生や死を思わせる花はないでしょう。

大方の花が散り、八重の桜も花吹雪に代わるころ、別れがありました。

Mちゃんを忘れないために(忘れないけど)
こうやって、ブログに書いておきます。

           Nanntei
          「忘れないということがいちばん被災者を励ます」
        阪神大震災を経験した精神科医、中井久夫さんの言葉です。

       (このバナーはNANTEIさんの制作です)

五月は、少し忙しくなりそうです。

でも。頑張る!

ゆうても「遊び」ですねん



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2011年4月29日 (金)

転生



今年の桜も終りですね。

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409_058 こころ浮き立つさくら。

今年は「さくら」なんて・・
って思ったけど。

きれいに、咲いてくれていました。

こんなに美しく咲いたのだから、「ああ、きれいだ」って言ってあげればよかった。

おたまね、この2・3日柄にもないことをしていました。

柄にも無いこと・・それは・・

    集中して努力すること

そして、結論。      懲り懲りや!

作品、応募してん。ハハハハッ。
みんな、一年がかりやのに。
ケツしばかれて(お尻を叩かれて)3日で。

もう、サイテーやけど、こういうもんは、
参加することに意義があるねん。

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春もおしまいに近くなりました。

 「行く春やリュックサックを枕にし」 おたま

サイババって生まれ変わるんやてね。

ウチの孫になって生まれたらどうしよう・・・

おたま、サイババのババになるねんよ。

息子に言ったら「絶対、他人様にそんなこと言うたらあかんで。それに、まだ何にも授かってへんし・・・」

ああ、そうなんや。

良かった。
あんな顔の孫、ちょっといややな。って思っててん。

桜の写真みてたら、生まれたり死んだり、生まれ変わったりすることを、ちょっと、考えて、妄想してみただけさっ。ふん。



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2011年4月27日 (水)

さらにさらなる東京



東京に行ったときね
上野の国立西洋美術館で「レンブラント展」を観てきました。

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西郷先生でごわす。山下清画伯ではありもはん。

中学の修学旅行のとき、ここで記念写真とったのよ
つい、昨日のことのようだわ(ウソ)

それで、雑誌でみたことのある「精養軒」に連れて行ってもらい、ランチをご馳走になりました。

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皆様、よくブログに↑こんな写真をのっけておられるでしょ。
あれって、勇気いりますね。
お店の人が「あ~。写真撮ってらぁ・・。バ~カ。」なんて思ってないかしら・・。
いいもん。皿盗むわけじゃなし。

でも、あきらかに同行のお方は「おたま様。何をなさいますの」って感じでした。
へ~へ~。ブログネタでんねん。

レンブラント展は見ごたえがありました。今回、東京・名古屋のみの開催だったそうで、よい機会でした。

さすが、東京やわ。何が?って・・・

「レンブラントて。子どもの乗り物みたいな名前やな」
「あほやな、それも言うならレンブランコや」

のような、乗り突っ込みや

「上手に描いてはるなあ、プロみたいや」

というような、大ボケをかます人もなく、

どなたも、静かに鑑賞なさっていました。

ここは、知人の事務所が入っている建物です。
お洒落でしょ。

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展示会の準備で忙しそうでした。
内部も素敵なのですが、お見せできず残念です。



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2011年4月26日 (火)

同級生



同級生って兄弟姉妹みたいやったな。
と思う。

・・・・・・・いや。

兄弟姉妹みたいやったなって思う同級生がいた。

空気みたいに、そこにいる。

丹波哲郎を好きな愛ちゃんと
丹波哲郎の映画を見に行って、

愛ちゃんにとっては、どうでもいい、
若山富三郎の酔いどれシリーズとクレージーキャッツのなんたらかんたらと、覚えていないもう一本を観たあとの、

四本立ての一番最後に
やっと、丹波哲郎が出てきた。
ピストルでパンパン撃ち合う映画やった。

愛ちゃん以外の者は、どうでもいい三本に加えて、どうでもいい丹波哲郎を見たわけです。

5人くらいで並んで見ました。
みんな、ヒマやった。

ただ、並んで観ることが嬉しかった。

オーモリ君とトヨちゃんともよく、映画を見に行った。

私たち三人はなぜか仲良しだった。学校の帰りにソフトクリームを食べたり、図書館で勉強したりした。夏休みなんかも良く逢った。すごく仲良しだった。オーモリ君がいつも真ん中に座った。悲しい映画では彼はいつも号泣した。

夏休みに甲子園に高校野球を観に行く約束をしていたのに、ちょっとしたことで、おたまは行けなかった。オーモリ君は女子5人の中に混じり甲子園に行ったらしい。スリリングやったと葉書をくれた。もちろん、試合の話です。

H君は席替えのくじを交換してもらっては、いつも隣にやってきた。だから、いつも隣はH君だった。
漢字の小テストの時、「消しゴム貸して」という。戻ってきた消しゴムには、おたまの書けない漢字が書いてあった。

「オレ等ってよく似てるよな。」と言ってた。

こいつ。19歳で学生結婚しやがった。

今日、久しぶりに、35年ぶりに同級生に逢った。

16歳から休むことなく
膨張し続けてるって彼女は言った。

アンタは、宇宙か。

Mちゃんの葬式なのに、笑った。
死んじゃうなんてどんくさいなぁって、怒った。

綺麗で上品でお洒落なMちゃんが、舟木一夫の追っかけだったなんて初めて知った。

別に舟木一夫がどうこうじゃないんやけど・・
舟木一夫はいい人です。

物静かなMちゃんが、就労規則の裁判闘争してたなんて、そんなに熱い子やったなんて初めて知った。

Mちゃんのこと、何も知らなかったんだ・・。

葬儀会場に舟木一夫の「銭形平次」が流れているぜ。
又、笑って、泣いて、怒った。

会えるうちに会いたい人に会おう・・

そう言って別れました。

こんな時はそんなふうに思うけど、これまた、きっと会わないんだ。

それでいいのだ。

おたまだって、え~~~!
って思われること作っておこう。

いや。わしゃ。最後まで残ろう。だったら、誰も葬式に来てくれないな。

別にエエけど・・・。

今のところそう思ってる。

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樒(しきみ)の花



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2011年4月23日 (土)

天国へ



夢さめて仰ぐ その朝の光
薔薇色した 花の露が 真珠のように輝く
苦しみを逃れ ・・・・・ ・・・・・
素晴らしい天国が 今 開ける

ほっこりしようと
mattari-mokkoriさんのブログを覗いたら
今日は「黒いオルフェ」だった。

テーマ曲「カーニバルの朝」。
上は、その歌詞。・・・・・のところは忘れた。
映画は1959年公開で、
美しい曲は世界中を魅了した。

音楽は突然に追憶の扉を開ける。

ポータブル蓄音機にペランペランの赤いソノシート。
それが誰の持ち物だったのかわからない。
歌詞はきっとポルトガル語だったのだろう。

では何故、この曲を聴くと上の歌詞を口ずさめるのか、誰の訳詩かそれも解らない。

蓄音機の前にペタンと座っている少女の私。

もう、名前も忘れてしまったが、
近くに住むお兄ちゃん。
秀才だと評判だったお兄ちゃん。
水筒二つ持って家を出たきり帰ってこなかったお兄ちゃん。

あの、お兄ちゃんにもらったんじゃなかったっけ
赤いソノシート。

pcを前にして動けなくなってしまった50年後の私。

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写真はTOKYO代官山



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2011年4月22日 (金)

さらなる東京



俳句をしていて嬉しいことは、
(句仲間に限ってですが)いつも、いつまでも

「若い」と言ってもらえることです

それは「若手」が育っていないと言うことでもあります

おたまなんざ、
青いお尻の黄色いくちばしの小便たれです
そんなもの、たれたことは無い!のにです。

上京のついでに、この際
神奈川にお住まいの先生(男性)に会いに行きました。
昨夏の暑さで体を少し壊されています。

とっても軽い気持ちで「お目にかかるだけ」と申し上げたのですが。

86歳からすれば、アラカンおたまはギャルですわ。
まして、イノシシ村からの上京です。
先生、とても御心配だったのでしょう。

前日より
刺客 ガイドを差し向けてくださいました。

麗しく、お上品で、才色兼備が服着て、ウグイスが蜂蜜を舐めたような声でお話になります。我が結社の重鎮である女流(俳人)。
その方が80歳。

どう見ても70代前半にしか見えませぬ

「せっかくのご上京なので、どこかおいでになりたいところがありましたら、お供します。」

そんなもん。あーた!

「キラーカーンの店」に行きたい!
なんて言えます?

夜は予定が入っていましたので、この日は結社ゆかりの方のお墓参りと、この際ついでにゆかりのない、「加藤楸邨」先生のお墓にも参らせていただきました。アハハ。

そして、小林旭の家の前を通りました。
デカッ!さすがマイトガイ。

そして、マイトガイの家よりデカイであろう別の句仲間のお家にお邪魔してお茶をいただきました。

たぶん、おたまのバカブログなんてご覧にならないだろうから、一部をこっそりご紹介しちゃおうかしらね。

417_046 ホテルでは、ございませんことよ
奥さま。オホホ。

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シュガーポットさえ、こんなにチャーミングざます。
アイスクリームは手作りざます。

おたま、コーフンのあまり、お家のあちこち、お手洗いまで写真を撮りました。
玄関にはハイセンスな壷に遅咲きの八重桜。
部屋には趣味の「書」や、素敵な「絵」。

趣味の「書」ったって、日展レベルやねんよ。

おたまつぶやく・・「カネモや・・。この人カネモや」

いよいよ、明日は先生宅へ行くのですが
その前に、美術鑑賞をいたしましたです。

    ハナシはつづく・・・・・ごめんあそばせ



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2011年4月21日 (木)

我的朋友



事情で、なかなか会えないお友達に会いました。
場所はTOKYO。

她是我的親愛変成的朋友
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Kちゃんです。

写真写りが良すぎてごめんなさい。

Kちゃんの他にも、
あこがれのUさまほか・・
なかなか会えない朋友に会いました。

会えない「事情」というのは・・・
皆様が高貴なお方であらせられるからですわ。

それは。初めてのナマ対面でしたの。

初対面の人にどういう風に見てもらいたいかっていうと、おたまは

「ああ、キリリッとした人だ」

って言ってもらいたいわけ。

そのためには
「眉毛」

だと、考え、知的で引き締まった眉メイクをしました。

ちょっぴり美空ひばりっぽかったっけ。

でも、 皆様,おたまの「眉」には触れて下さらなかった。アピール度が低かったみたいね。今度はもっと、ハッキリくっきり描いてやる。

それで、お食事をしました。
緊張のあまり、人のサラダまでいただいちゃった。

それから、ピストルのハナシや、段ボール箱からお金がはみ出したハナシをしました。

そうこうしているうちに、おたまは収監の身となる時間が近づき、月へ帰らねばならなくなりました。

悲しいよ~~

こんなに別れって苦しいものなのね。

涙こらえて夜空を仰げば、またたく星が滲んでみえました。

いつの日にか、又お会いしましょう。
とっても楽しかったわ。



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2011年4月20日 (水)

東京さ行くだ



月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也。

元禄二年、奥の細道への出立にあたり、彼は
股引の破れをつづり、旅笠の紐を付け替えて、三里に灸をすえた・・・。

さればこそ、このおたま。

俳聖芭蕉にならひ。

フリルのついた○○○に穿き替え、若干厚めの化粧をほどこし、留守録設定をONにし、旅に出たのでございます。

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TOKYOに行ってきたざんすの。

パンダに会いに?  NO,

もっと、面白い生物に逢いましたの。

気分は「珍獣ハンター」でございましたのよ。

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さてっと。
東京ですが、駅構内も車内も若干「暗め」で・・

あれで、いいのですよね。
いままで、ガンガン明るすぎたのでしょう。

「暑けりゃ窓を開けろ!」と、メトロの車掌さんのアナウンス。
東京の方の素直協力的姿勢。おたまあたまさげる。

でも、なにねえ・・・
芭蕉さんの頃は、旅に出るのに家を処分して「もう、戻れない」くらいの覚悟だったのですね。

何があっても不思議は無かったのね。

おたまも、それくらいの覚悟は出来ていたのだけど
可愛いフリルをお見せするチャンスもなく。

ピャッと行ってピャッと帰っちゃったの
もっと、ゆっくりしたかった・・・

あっ、そうそう。地震一回ありました。

留守中、こちら、ご近所に(ヒョウ)が降ったんだって。
珍獣のヒョウじゃないよ。雹です。

はいはい、ごめんなさいよ。
おたまが、いないとコレだからねえ。
おちおち、旅もしていられませんよ。




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2011年4月17日 (日)

男なら夢をみな!



男の夢と言えば・・・やはりこれでしょう

   天下統一 !

たまにいらっしゃるのね。お殿様になりたい人が。

で、お城を建てちゃいました。
もちろん、歴史的根拠はなく。あるのはお金

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素敵でしょ。

風雲たけし城ではありません。
カステラ城でも
○○キャッスルHでもありません

秘宝館、博物館として使用されています

≪しだれ桜が見頃になりました。
      庭園の無料開放をしています≫

って看板が立ったのでガチャピンと行ってきました。

412_210 どやさ!!
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すごいでしょ
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参ったか
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銅像もあるぞう。

遠くに出掛けなくても、ウチのご近所、
ホント、すごいんです。

でも、ほんとにホントにすごいところは内緒です。

それで、女の「夢」  って何でしょうね。

お城を建てちゃうくらい、殿に働いてもらって
今日はケーキバイキング。
明日は海草入り泥んこエステ・・・・。

なんだかね・・・・・

人生100年。夢幻の如くなり・・・か。



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2011年4月15日 (金)

天橋立と伊根



遇到了堂表兄妹!

いとこや、はとこに会ってきました。

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かもめに、ウミネコです。

ヤー・チャイカ!おたまはかもめ!

ホントに昔々、かもめだったかも知れない。

波にチャプチャプ浮かんでいた、
前世の記憶がありますもの。

(あっ!そのデカイのは違いますよ、ありゃあトンビかしらね)

しかしやな、いとこやハトコに言いたい。
「カッパ海老せん」にだまされるな

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右端に
見えておりましょ?

「カッパ海老せん」

やめられない・止まらない・・・
その気持ちはわかるけど・・・

自分で餌を確保しろ!
働けぇ~!

この日の伊根湾は曇天。
重要伝統的建造物群の「舟屋」が遥か遠くに霞んで見えます。
ちゅうても、「カッパ海老せん」を渡すのに必死で、ほとんど見てないけど・・。

「アンタが渡すから働かんのや」

ま・そういうことやね。

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天橋立もこんなに霞んじゃってました。

そういえば、去年の夏おたまはここで、
「オタマ・オマタノゾキ」をしたのだわ・・

明るい未来が見えていたっけ・・・

桜はこの冬の大雪で枝がたくさん折れたため、花付きが悪く、寂しい感じでした。

白鳥のような、おたま姉さ~ん。又来てね~
みゃ~みゃ~(ウミネコの声。)←名古屋出身

あいよ~~

カルビーのカッパ海老せん。持っていくよ~



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2011年4月14日 (木)

我的弟弟



事情で生き別れになっていた弟に会ってきました

弟です。
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あっ!間違っちゃった・・・。
こちらが、本当の弟です。
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なあに?お姉ちゃん。

あなたは「あすなろ物語」をご存知ですか?
あしたは「なろう」大きな木になろう。花咲こう・・・

弟もいつの日にか・・・
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こーんなところで走るのを夢みています。

今は、ふれあいポニーの広場にて、お子チャマの体験乗馬のお手伝いをしていますがね。

こーんなところのウラに回るとこんな感じです。
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412_150_2 夢を買う
おいちゃん達で

この中がいっぱいになります。

お~い。働け~。
汗して、金儲けしろ~ 

ダメダメ。ココでは「禁句」だよ。

ここは、お上の認める、賭博競技場なんだぞ。

同じ「天皇杯」なのに、
相撲賭博はダメで馬はいいのか、だって?

そんなこと、知らないよ!

だって、ぼくポニーだもの。

今、余震とか液状化も関係してるのかな?
ボクんちと小倉で中山の分もやらなきゃいけないみたいね。

あこがれの兄貴や姉貴のサラブレットが集結してるんだよ。

おたまねえさん。今日は逢いに来てくれてありがとう
若く見えるけど成人式は済んでるかな。

今度来たときはボクに賭けてみてね。

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2011年4月11日 (月)

一ヶ月経ちました



あらためて
震災により亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
そして、被災に遭われた皆様へ心からお見舞い申し上げます。

・・・・・・・・・

通り一遍の言い方しか出来ない自分が歯がゆいですが、心はいつも、東北にありこれからもずっと忘れません。

・・・・・・・・

この一ヶ月。自分自身なにが出来たか、何をしたか、振り返っています。

人のこと言える立場じゃないけど

 

この一ヶ月。なにをしてた。緩さん。憾さん。菅さん。
昨日、被災地訪問してたで。今頃遅いっっちゅうねん。

 

小学校の学級委員でもリーダーシップ発揮するで。
原発を根底から考え直したいってみんな思ってるんやで
あまりに鈍感やわ。

 

そして、何をした。東電。
床にはいつくばって、必死こいてる幹部、見たことないわ。
国民にちゃんと説明して、補償に精力傾けてほしい。
原発事故は人災や
これはまぎれもない真実です。

 

それから、岩手4区のオザワイチロウさん。
被災地回って皆を励ましてはるのかしら、ぽんと私財を投げ出しはったのかしら、うんともすんとも聞こえてこないけど。

 

・・・・・・

被災者に格差がつくねんよ。知ってはる?
弱い人が最後まで残るねん。

 

肢体不自由の子を23年育てた友人が言います。
映像も新聞もそんな人(サポートを必要とする人)が全然出てこない。みんな亡くなったんやろか・・って。
歩けない人、目の見えない人は手助けしてもらえる機会もあるけど、聴力や精神に障害のある人はパッと見、わからへん。だから取り残されるねん・・って。

・・・・・

 

神戸のとき、這うてしかトイレに行けない一人暮らしの男の人が、小学校の仮設テントに、いはった。たまたま、通りすがりのTさんが世話をするようになりはった。「この人がテントから出る時が復興や」ていうて。
案の定、最後の最後まで残りはった。

最後の最後まで寄り添ってたTさんに、ほんまのボランティア精神をみた。

 

・・・・・

 

どれくらいの時間がかかるのか気の遠くなるような映像や情報ばかり。
でも、その情報を我々西の者にきちんとしっかり、長く伝えて欲しい。何をどうしたらいいのかメディアの情報しかないんやもん。

 

・・・・・

 

わたくしは、さくさくと元気に過ごしておきます。

 

 


 


 

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2011年4月10日 (日)

我的妹妹



事情で生き別れになっていた妹に会ってきました。

もう、中学生(くらい)になっていました。

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哎呀
那个是我的妹妹

(ああ、
あそこにいるのが妹よ!)

409031_convert_20110409194834清来到○辺

(こっちへいらっしゃい!)

・・・・

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○公変得大!(こんなに大きくなって!)

簡体文字が出ないので○で表記しました(雰囲気・雰囲気)


彼女のこと、外来妹(出稼ぎ少女)とか、
出租熊猫(レンタルパンダ) なんていわないでね。

中日友好の架け橋なのよ。
「友好」・・・なんて素敵な言葉!

だから、お願い!長生きするのだよ!。
だって早死にして慰謝料4000万円も払ってもらうのは本意じゃないって妹は言ってますの。

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非常好吃 とっても美味しいわ

  謝謝你姐姐、来見。
(きれいな、おたま姉さん。
    今日は逢いに来てくれて、ありがとう)

神戸市立王子動物園でのつかの間の再会でした。

ついでに弟にも会ってきました。

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河馬の出目男君です。



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2011年4月 9日 (土)

シンデレラ・トンデレラ



あ・あかん・・・メチャ忙しいわ・・・

昨日も午前0時まで俳句作っとった。

あ・あかん・・・馬車がカボチャになる・・(カボチャが馬車になるんやった?もーどっちでもエエわ

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OH!馬車よ行かないで~~~

(ま・こんな遊園地で遊んでるから忙しいねんけどね)

だいたいやね、12時までに寝ないとお肌に、ものごっっつう。悪いねんよ。
「美人は夜作られる」って明色アストリンゼンの社長さんも言うてはる。

あ・あかん・・早よ寝な・・・

だいたいやね(二回目)、俳句作ってるから忙しいんと違うよ。作ってへんから、忙しくなるねん。切羽詰ってのたうちまわるねん。

なんで、いっつもいっつも、こうやねん。
おたま「サディズムの美学」っていうのが愛読書なんやけど、そんなんが愛読書やいうてる時点でマゾなんかも知れんなあ・・

ってしみじみしてる場合と違う!

この前京都の帰りに実家に寄りました。
(話。突然変ってるよ・・忙しいさかい途中経過はしょってます)

お母ちゃん元気。散歩連れ出す。(助詞。はしょる)

標高33メートルの山に登りました。
ココは、駅からなだらかな丘になっていて、小山のてっぺんにお宮さんがあります。

 「母の踏む三角点や花の山」
 「神官にお嫁さんくる柳の芽」 

                    おたま

あ・あかん・・・・。

さ。今から「やっつけ仕事」持って句会に行ってきまーす



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2011年4月 7日 (木)

山科疎水の桜



4月に入り怒涛のような「降って沸く話」に、もみくちゃにされております、おたま。18歳です。

引きこもり状態の3月を取り戻すようにあれやこれやと、お誘いをいただき、全て受諾しているところですの。いうても、遊ぶ話ばっかやけどね。

結構なこっちゃ。人生100年ちゅうてもあっという間やし・・

4日は恒例。京都は山科へ墓参りをしました。

一年前。2010・4・1の桜です
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それが、今年はこれですねん。2011・4・4
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いっしょやん!

いや、いや違うし!よう見てや!

いっしょやん!同じ車止まってるし!

もう、よろし。あんたとはやってられんわ。
はは~っ。さいならっ!

去年の山科疎水の様子です
http://nurebumi.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/eba.html

去年の記事を見てみました。満開 七分やったわ。
ついでにその前の日の記事も見ました
四月一日の「ウソ」について書いてる。
なんや、毎年おんなじことして、言うてるんやな。

今年の墓参団はKちゃんが加わりました。
みんな、一歳ずつ年をとっていました。
兄弟のさかずきやというて、ワンカップ大関を回し飲みしました。

今年は3月に寒い日が何度もあったので、桜も遅いようです。

さあてっと・・・

今月も、さくさくっと遊ぶか!



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2011年4月 4日 (月)

嘘をついた④



(昨日のつづき、これで終わりです)

重い気持ちで教室の戸を開けると

Y君が背筋をぴんと伸ばして机の前に座っていました。

教室の前から二番目。教卓の正面です。
この位置はいつもY君の席でした。そして、おたまはよく隣に座らされました。
運動会のときも背の順番じゃないのにY君と組まされました。お遊戯を覚えてくれないのでいやでした。

Y君が来た!
そして、席についている・
・これはありえないことです。

先生が来られるまでの「あさの自習」の時間。彼は教室を走り回り、誰彼となく叩いては、大勢を泣かせていました。
先生が入ってこられると皆が手を挙げて言います。
「先生!Y君が○○ちゃんを泣かせました!」

そのY君が席についているのです緊張した面持ちで。
机の上には真新しいリュックサックが乗っていました。
リュックの紐をしっかり握り締めていました。

そして、「よか服」を着ていました。
おたまの時代でも、やや流行おくれになっていた「学童服」というやつです
それは小学生の「ハレ」の服でした。

Y君はなにもかもピカピカでした。

「来たとね・・・。」おたまが言うと
「うん!。母ちゃんが弁当ば作ってくれた!」と背筋をのばしたまま、言いました。

が~~ん。胸がどきどきしました。

先生が教室に来られました。
「Y君!遠足に来たとね。そうねそうね」とにっこりされました。
Y君は聞かれてもいないのに言いました。

「うん。母ちゃんが弁当ば作ってくれた!」
「リュックサックも買うてくれたばい」

遠足に出発です。
おたまは先頭でした。「Y君が○ちゃんを叩きました!」と先生に言いつけるいやらしい学級委員でした。そして、背の順でもないのにY君と手をつないで歩きました。

時間がたってゆく。南動物園に近づいてゆく。
お弁当の時間になる・・・・どうしよう・・・
ああ・・おたまの「ばら寿司」・・・・・
黄色やピンクや緑のばら寿司・・

ダテ先生が、うしろを振り返りおっしゃいました。
「Y君。おかあさんに、お弁当作ってもらったんね?。よかったね。遠足たのしかろう?そうね。そうね」

ーーああ、その弁当の中身はーーー

去年の担任だった田中センセもわざわざやって来ておっしゃいました。
「Y君。遠足に来たとね!」

Y君は又言います
「母ちゃんに弁当ば作ってもろた!」

そのセリフ聞くたび、おたまの心臓が破裂しそうです。

「そうね。そうね。良かったね。遠足。楽しかろうが?これからも来んしゃいね」

南動物園に到着して、なにやかや見学して、お弁当解散になりました。

ついに、このときがやってきたのです。

「解散!」

おたまは、仲良しの、りっちゃんとお弁当を食べる約束をしていました。

「りっちゃん。上へ行こう!
    もっと、もっと上へ行こう!」

走りに走りました。

おたまの記憶はここで、バッタリと途切れています。

あのとき、Y君はダテ先生と一緒にお弁当を食べたのでしょうか。
きっと、先生が「一緒に食べようね」とおっしゃったと思います。
そして、お弁当の中身は何だったのでしょう。

・・・・・・・・・

それから・・あの日。遠足の前の日。
Y君は仕事から帰った母ちゃんに「遠足に行きたい」って言ったのですね。どんなに勇気がいったでしょう。

お母さんはどんな顔をされたでしょう。

苦労人のおかあさんに育てられたY君はどんな大人になったのでしょう。

そして、Y君。おたまのことを覚えているでしょうか

「大嘘つき」って思っているでしょうか。



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2011年4月 3日 (日)

嘘をついた③



(昨日のつづきです)

・・・・・・・・・

「みんな、ともだちと弁当ば食べるっちゃろ?
オレ、ともだちの居らんもん

「ああ、やっぱ。行かん。」

「何ば言うとっと?ともだちと食べる子もおらすばってんが、たいがいの子は先生の周りに皆でまあるく座って食べるとよ!」

そういう、おたまは先生と食べたことはなく、いつも仲良しの、りっちゃんやひろちゃんと食べるのでした。でも、先生と食べる子も確かにいました。

「行こうかなあ・・」
「来んしゃい。きんしゃい。楽しかけん。」
「姉ちゃんにおにぎり、してもろたらよか!」

・・・・・・・・・・

「おまえ、リュックサックば持っとるっちゃろ?オレ持っとらんけん」
「そがんごと。なんでっちゃヨカ。袋でヨカたい!」

家に帰ると、真っ先に母にいいました。

「あしたは、おにぎりと、おこうこだけでよかけんね。」
「おかずも、なあもいらんけんね。」

そう言って外に飛び出して、ひろちゃんや信ちゃんたちと遊びました。

翌朝起きると、母が
「今日はあなたの好きな“ばら寿司”にしたよ」と言いました。

  え゛~

関西人の母はチラシ寿司をばら寿司といいました。
人参・しいたけ・かんぴょうなどの具を寿司飯に混ぜ込みます。
黄色い錦糸卵にピンクの鯛でんぶが散らしてあり、おたまが喜ぶので瓶入りのグリンピースなんかもパラパラと乗っかっているはずでした。

それを、これ又、お気に入りの赤い漆の丸いお弁当箱に詰めてあるに決まっています。

「りんごのウサギさんも入ってるよ」

「おにぎりと、おこうこだけって、言うたとに・・・」
親に聞こえないように小さな声でいいました。

おたまは、ばら寿司の魅力に負けました。
そして、こう思いました。

きっと、Y君は来んしゃらん。(来ない)
いっぺんも、(遠足に)来たことのなかとやもん。

そして、学校へいきました。
そんなに、晴れ晴れした気持ちではなかったと思います。

                   (つづく)



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2011年4月 2日 (土)

嘘をついた②



(昨日のつづきです)

「姉ちゃんなら、おにぎりくらい作りんしゃろうもん?」

「う・うん。・・・ばってん・・」

・・・・・・・・

・・・・・・・・・・

みんな、巻き寿司やら、よかおかずやらば、持って来るっちゃろ?」

・・・・・・・・・・・・・・。

おたまの胸が又、ドキンと音をたてました。

50年前、この国の皆が貧しかった。
だから、ハレとケを大切にしました。

お父さんのお給料日だからすき焼きを食べ、お正月だから、ご馳走をつくりました。

子どもにとってのハレの日は、遠足や運動会でした。
八百屋さんの奥の篭に鎮座しているバナナを持たせてもらいました。
ゆでたまごを大切に持って行きました。

子どものハレの日の為に、豊かとはいえない中で親は弁当を作ってくれました。

この時の、おたまはなぜか必死でした。
「ううん。みんな、おにぎりばい。そらぁ。卵焼きくらい持ってくる人はおらすばってん、みんな、おにぎりと、おこうこだけばい」

これが、自分の記憶する、初めての嘘です

母が関西人なので我が家では沢庵のことを「おこうこ」といいました。

「ほんなごつか?おまえも、おにぎりと沢庵だけか?」
「そらそうたい。うちもおにぎりと、沢庵だけばい!」

おたまは、本当にそれを持っていくと決意していました。

「嘘ついたら、くらっそぅ!(食らわす・叩く)」
「本当たい!」

Y君の心は少し動いたようでした。

「ばってん・・・」
Y君にはまだ、ハードルがありました。

「ばってん。みんな、よか洋服ば着ていくっちゃろ?」

確かに、今の子と違い親があちこち遊びに連れて行く時代ではありませんので、「遠足」といえば一大イベントで、よく、新しい服を下ろしてもらったものです。

「今、着てるのでよかとよ。ウチもこれば、着て行くったい。」といって自分の服を引っ張りました。

Y君は何か考えているようでした。

おたまはなぜか必死でした。

そんな、あほなことがあるかいっ!
いっぺんも、あんな楽しい遠足に行ったことがないなんて・・・。
弁当くらいで!服くらいで!

「来んしゃい。遠足。楽しかよ」

Y君の気掛かりはまだありました。  

                     (つづく)



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2011年4月 1日 (金)

嘘をついた①



今日は四月一日。万愚節。

トシも忘れるくらい生きているけど

800回は嘘をついたわね。

都合の悪い記憶は忘れることにしているのに

最初についた嘘って覚えてる。

昔・昔のその昔

進級して最初の遠足は、一年生の「お迎え遠足」です。行き先は「山王公園」と決まっていました。

おたまたちも、前年。小学校に入学して最初の遠足は、六年生のお兄さんやお姉さんに手をつないでもらう、「お迎え遠足」でした。

あれは二年生になってその次の遠足。
南動物園だったと覚えているので、それは、「お迎え遠足ではなく」きっと、秋の遠足。

前の日の「さよならの会」はいつもにも増してざわざわしていて、担任のダテ先生は黒板に明日の持ち物を書いておられました。

みんな、嬉しくて仕方ないのです。
だって、あしたは楽しい楽しい遠足です。

そのとき、隣の席のY君がぼそりと言いました。
「オレ。遠足には行かんと。」

驚いて聞きました「なして?」

Y君の次の言葉は、おたまをもっと驚かせました。
「オレ。遠足には行かんと。
いっぺんも行ったことのなかと。」

「え~。いっぺんも、なかと?なして行かんとね。」
「なしても」
「遠足、好かんとね?楽しかとに。」

・・・・・・

・・・・・・・・・

「オレの母ちゃん、弁当ば、よう作りきらん」

・・・・・・・・・・・・・。

衝撃という言葉をこのときのおたまは知りませんでしたが、胸がどきっと音を立てたように思いました。

Y君は、クラスの嫌われっ子でした。乱暴ですぐ人を叩きます。
学校もしょっちゅう休むし、父ちゃんは昼から酒をのんだくれていました。母ちゃんがニコヨンをしていると聞いていました。

所得倍増計画が打ち出され、日本は高度経済成長へと驀進していました。道路や建物が作られ・・・それは人力・・安い労働力に支えられていました。

ニコヨンは日雇いで240円貰うのでそういうのだって、当時の子どもは知っていました。
仕事は「よいとまけ」です。見た事はないけど、Y君の母ちゃんも男に混じり肉体労働をされていたのでしょう。

時々、教室のうしろで先生が新しいエンピツや消しゴムをそっと渡しておられました。当時はそんな子がクラスに二・三人いました。

たまたま、その場面を見てしまったおたまは「見てはいけなかった」と思ったものです。

さよならの会の場面にもどりますが、

その時のおたまはどういう心境だったのでしょう、
とにかく必死でY君に「遠足に行くよう」勧めます。

Y君の母ちゃんが朝の暗いうちから仕事に行くことは察しがついていました。

「姉ちゃんに作ってもろたら、よかばい」「姉ちゃんのおらすやろ?」

たしか、中学生のお姉さんがいるはずでした。

                       (つづく)



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