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2011年3月

2011年3月31日 (木)

去る三月



何ということでしょう三月も終わりです。

時間は流れる。
時の止まったような思いでいても、チクタクチクタク。

「花時計の短針の先地虫出づ」 おたま

今月のキャンセル

5月に予定していた、「鎌倉方面の旅」ですが
ベベちゃんから「延ばそうか」って言ってきました。
「そうやね・・・」

西の人は経済を活性化させようって言われるけど
百貨店も客足が鈍っているし、新地のママも「閑古鳥」が鳴いてる・・ってテレビで言うてはりました。

今月の訃

毛利千代子さん。3/10死去。67歳
「毛利千代子のおはようパートナー」(5:00~6:30月~金)はABCラジオの朝の顔といわれ、26年間担当されたそうです。
「今朝のお目覚めいかがですか」という、柔らかで優しい呼びかけに始まる番組のファンは多かったと思います。本当に素敵な声、語り口でした。

1995・1・17。5:45.。
この時も生放送中でした。彼女の落ち着いた、的確な呼びかけをラジオで聴いていた夫は後々までも、「あの放送はすごかった」って言ってましたっけ。

この日、夫は家を出て15分。神戸方面に車で向かっていました。
地震の直前、目の前を閃光が横切ったそうです。
そして大きな衝撃があり、パンクだと思ったのですが、地面が陥没し、前方の車が皆、路肩に寄るのを見て、ただ事ではないと思ったそうです。

毛利さんも、夫もこのたびの大変な出来事は知らないのです。

毛利さんの趣味は俳句でした。

 「立冬や菓子分け合うて散会す」 毛利千代子

柔らかで、可愛く、暖かな、お声のような句です
ご冥福をお祈りします。

来月の喜・希・起

楽しいこと、嬉しいこと、あたたかいこと。
来月は、それをみつけながら、感謝しながら
過ごしたいとおもいます。

西の人。コレとコレを我慢してくださいって言われたら
がまんします。協力してくださいって言われたら力いっぱい協力します。なにが出来るのか皆考えています。



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2011年3月30日 (水)

子帰る・仁王立ち



息子が家を出て、何が大きく変わったかというと
それは、「お手洗い」です。

いつもぴっかぴか

ここで、暮らしてもいいくらい。

夫ひっちゃんに、ずっと昔提案したことがあります。

○○さんちも、△△さんちもそうらしいいんだけど
「座って用を足してくださいませんか?」

彼は言いました
おたまちゃんの言うことは何でも聞いてあげたいけど、

それは、出来ない!

それだけは出来ない。

男に生まれた甲斐が無い。

男として情けない。

涙目になって訴えるのでございます。

そんな、大層な話になってるんや・・

便所掃除で愛する夫のアイデンティティを粉々に打ち砕くことは出来ませぬ。

だから、我が家の男性諸氏はずっと仁王立ちでした。

で、昨日の話の続きですが
夕方の電話、平凡氏は
「僕が帰るって言うたら、ちょっとムッとしたやろ」って言うんですよ。

なんて、勘の良い坊ちゃんでしょう。

だから、トイレの話をしました。ええ、ハッキリ申しましたとも「あんたが帰ってきたら汚れる」ってね。

「僕、今座ってるで。そんなん言うてくれたらいつでも座るのに・・」

あんたは
男に生んであげた甲斐がないわ!

これは、父上の御遺言です。

立ちなさい!

↑↑↑と言うのをグッとこらえ

「そら、真綿ちゃん。掃除が助かるわ」

と申しますと、

「ううん、トイレ掃除は僕の担当やねん」

トホホ・・・とほほ・・ほほほほほ

ほほほほほっ

うぇ~ん。ひっちゃ~ん。



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2011年3月29日 (火)

子帰る・満腹



金曜の夕方、長男・平凡氏から電話がありました。

明日、京都に直行するので泊めてください
とのことでした。
「ムッ」として「ウグッ」と息を飲み、変な間ができたけど、「いいよ。晩ご飯は?」と優しくいいました。

さらに、「土曜やのに仕事?大変やね」って付け加えました。

なんてったて、ムスコだからね。先でオムツの一つも替えてもらわんとアカンしね。大人の計算が働きます。

え~っ!? 帰ってくるの

だいたいやね、あの人の家から京都に行くのと、我が家から京都って30分くらいしか変わらんのです。
それに、今日の献立は決まってたのに、平凡氏用に又、作らないとあきません。ああ、めんどうくさ

平凡氏が帰ってきました。
お茶椀、三杯おかわりしました。
「ああ、こんな満腹したの久しぶりや」

どんな暮らしをしてるのですかぁ~!
生活がそんなに苦しいのですかかぁ~!

そこへ、ヨメ・真綿からメールが入りました。

お友達と食事を済ませて家に帰ってきました。とのことでした。

おお、孤独な新妻椿!

「大丈夫?こんな時やから心細いのと違う?」

「大丈夫。大丈夫。きっとルンルンでケーキの乱れ食いしてるわ」

ルンルン・・・ひっさしぶりに聞いたわ。

で、風呂に入って寝たんだけど、
ちゃんと、新妻が用意した出張セットのお着替えを持ってきていました。
ワイシャツもピシッとアイロンがかかってね。

ハイ。姑チェック完了!

まさか、自分でアイロン掛けてたりしてね・・

よろしいですけどね。

なんか、最近そんな些末なことどうだってエエやん・・って思いますねん。

立とうが座ろうが・・・。

明日は、その「立とうが座ろうが」ってお話をしたいと思っています。



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2011年3月28日 (月)

音楽の力

ジャズピアニストとして数々の名盤を送り続ける
Keith Jarrett。
ジャズはもちろん、バッハなどのクラシックやジャズのカテゴリーにはおさまりきれないような筋書きのない曲を演奏しています。

静謐で、震えるような美しい音の世界です。

いつも、届くお花には、花言葉を書いたカードが添えられています。
「麦」の花言葉は
「音楽の持つ力」だそうです。

悲しみや喪失感の中で音楽や芸術の果たす力は非力かもしれませんが、それを力に変える人間の強さを信じたいと思います。

今日のおたまは、無駄なおしゃべりは止めて
美しい音のシャワーを浴びませう。

・・・・・・・・

・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・そして

そして、「幻のブルース」も聴くんだもんね。

ばら師匠の声で
60ワットの電球くらいは点くと思うねん。

明るくなるわ。



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2011年3月27日 (日)

通天閣・今昔



パリの凱旋門の上にエッフェル塔を載せる。

こんな「力わざ」を堂々とやってしまうのが、大阪あきんどのど根性と言うものでございましょう。

元も子もない。身も蓋もない。臆面も無い。などと言ってくださいますな。
開国より半世紀を待たずして見よこの威風堂々。
関西財界人の底チカラを。

かくして、その名も「新世界」

遊園地あり・動物園あり・遊郭あり。
大衆演劇場にストリップ劇場・・・

嬉しいではありませんか。これぞパッパラ・パラダイス

明治45年に建てられた、初代「通天閣」を、戦前のお子チャマたちは「ツーテンカクタカイ。高いは煙突・・・・光るはおやじのハ●アタマ・・」などと歌いながら登ったのでございましょう。

戦中、軍へ金属の供出のため解体されるのですが、
どうせ、ボロボロやったし・・ええねん。
ってなことだったようです。(ごく一部の古老の話)

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 「黄砂降る街の真中に通天閣」 おたま

 我々が知っている通天閣は2代目。
「さんかくしかく。四角は豆腐。とうふは白い・・・・光るはおやじの●ゲアタマ」と結局はそこにたどり着く・・全ての道はここへ通じていたと言うことを学ぶのであります。

そうやねん。通天閣は学びの場。
学習遠足で行く現役のこども。
「小学校の遠足以来やわ」ってはしゃぐ昔の子ども

いまでこそ、観光客が増えて、印象がすっかり変わりましたが、30年位前は、お子チャマにとっては「デンジャラスなエリア」でありました。

じゃりんこチエ以外は到底近寄れないような。

だって、アベック(古っ!)でも、おかまいなしに、前掛けエプロンのおばあちゃんが男性に声を掛けるのです「どない?」(いかがですか)
然るに、電信柱の陰には然るべきオネエサンが立っていたりするのです。

そうです。ここは殿方の歓楽街
ぃよっ!スケベおやじ!

こんなとこ、学年主任を先頭にベテラン教師をしんがりに、きっちり固めないと小学生の遠足の列には危険があぶない
若い娘さんなんて、とてもとても近寄れるところではありませんでした。

今は違いますよ。
放射線状に延びる商店街もキレイなタイルが敷かれ
観光客の若いお嬢さんであふれていました。

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 「風光る浪花巡りの百円バス」 おたま

3月9日。呑み会仲間と、新世界ツアーをしました。
通天閣の展望台で少し揺れを感じました。
いつも、そうなのか・・・ちいさな地震だったのか・・

この2日後に、あんな大きな地震が起きるなど夢にも思いませんでした。

通天閣は今、夜間照明が落とされ、30日には被災地に向けてのチャリティライブが行われるそうです。



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2011年3月25日 (金)

私信



Dear●●●

水も農作物も大変なことになるね。
土壌は再生されるのに30年間かかるというよ、生産者の人たちは絶望感でいっぱいだと思う。
他に変わる産業もないしね。
漁業もダメでしょう。汚染海域の魚は売れない。
●●が人体への影響は心配ないって言うけど、誰にもわからんやろ、そんなこと。

再利用できないから●●をぶっかけなかったのよ。
●ーー(ピー音)ーー?
●ーー(ピー音)--おかしいわ。
ほんとに、これは人災。

 --中略ーー

日本人は順応性が高いというか、怒りが持続しないというか、問題意識が希薄というか、あきらめがいいというか、和を持って尊しとなすというか、人がいいというか。
●●●●やね。

もっと●●しないとあかん。

地震や台風に耐えてきた民族やから、天災に対して「受け入れる」DNAが備わっているっていうけど。
これは、明らかに人間のしわざやからねえ。

●●ってどこで、何してるの?      ●●● 

一部、自主規制音をいれてございます。

不穏当、不適切(とは思わんけど)表現は、特定友人のみに、ご容赦を願っております。

Dear○○の返信はとっても※※なんだけど、了解を取ってないので載せられんです。

ブログって書きたいこと書かれへんもんやよ。

誰に気を遣ってるんやろね。

てへっ。

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マーガレット・誠実  ムギ・音楽の力



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2011年3月24日 (木)

バラに癒される



今日のお花

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チューリップ・恋の宣言
こでまり・伸びゆく姿

土曜日、いつものFMラジオを聴いていました。
ゴンチチの「世界の快適音楽セレクション」です。

毎週、色々なテーマに沿ってゴンチチの2人が音楽をかけてくれます。

この日のテーマは「男子禁制の音楽」でした。
曲のセレクトにもいつも感心するんやけど(こんな曲どっから探してくるねん。という意味も込めて)彼らのおしゃべりがまったりしていて、面白い。

で、癒し系の2人がおっしゃるには
大阪のおばちゃんの使う関西弁に「癒し効果」がある。

特に、「千林商店街」
あそこの、たっかい高いアーケードに響く、おばちゃんの声はサイコーだと。
人の声って、安心感がある。千林で聞くその声は、ふるさとでもないのに
、「ああ、帰って来た」感がするらしい。

さすが、ゴンチチ。深いわー。

千林商店街と言えば「ダイエー」発祥の地として有名です。
おたまも、「主婦の店」の薬屋さん。覚えています。
あの時、店頭でトイレットペーパー売ってたのは中内功さんやったかも知れんね。
確か、並びの樋口薬局と競争みたいやった。
こぶしを突き上げて「目標!427店!」と言ってた丸いおじさんが社長さんやった。

「薬九層倍」という、上品ではない四字熟語を知ったのもこの頃です

で、ゴンチチの番組に戻りますが。
この日も、どっから探してきたんやという曲がかかり「大阪おばちゃんパワー」に癒されました。

ユーチューブってすごいね。
ありましたがな。

投稿主さんは「史上最強ハイテンション歌謡」とご紹介されています。
歌うは、フラワーショウのばら師匠です。
音量フルでお楽しみください。


ゴンチチの感想・・
「いいかんじ」「すごいね」「便秘がなおる」

この「幻のブルース」、色んな方との競作のようですが、ばら師匠が秀逸だと思います。

ぼたん師匠もばら師匠も鬼籍に入られました。
トリオでただ一人「ゆり師匠」が現在活躍されています。「勉強しまっせ。引っ越しのサカイ」とエレベーターから出てくるぽっちゃりしたお振袖の方です。
この方、初代京山幸枝若の妹さんだったのですね。初めて知りました。

少し、元気になられましたか?

大阪のおばちゃん。(=女芸人)
おもろくて。パワフルで。可愛くて。哀しい。

ばら師匠みたいな味のひと、今見当たりません。

地獄の底へ落ちる私を
     何も言わずに微笑むあなた

  あかんがな !



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2011年3月23日 (水)

うそ



この世には「良い嘘」と「悪い嘘」があるそうです。

そんなこと、あるかいっ!嘘は悪いに決まってるっ!

おたまは、正直者です。嘘はつくのも、つかれるのもキライです。
つくのは、まあいいとしても、つかれるのはイヤです
↑↑それを嘘つきって言うんねん

TVでこんな実験をしていました。

(人はなぜ嘘をつくか)

小さな子のところに、羊がやってきます。
「悪いオオカミに追われています。助けてください」
羊は箱の中に隠れます。

其処へ、怖そうなオオカミがやってきて
「羊が来ただろう」
と訊ねます。

・・・・さあ、子どもたちはどう答えたでしょう。

a) 来なかったよ。と答える

a)´来なかったよ。と答え箱を見る

b) 来たよ。と答える

b)´来たよ。と答えて箱を見る

c) ここにいるよ。と箱を指差す

c)´ここにいるよ。と箱の蓋を開け、「羊さんにお客さんだよ」「とっとと、食われちまいな」と言う。

ああ、子どもって怖い。
正直な子はもっと怖い。
正直で親切な子はもっと怖い。

でもね、ちょっと待ったぁ!

おとなしそうな羊が良い者で、怖そうなオオカミが悪者ってどうしてわかるの?

2人の間には言うにいえない事情があったかもしれない。

性悪羊が借金踏み倒して逃げるのを、なんとか更生させようと自分の郵便局の通帳を握り締めて追いかけてきたオオカミだったかもしれない。

この場合、「悪いオオカミ」と言った羊が一番の嘘つきだったと言うことになり、「嘘をつかされた」子どもa)グループは心に傷を負い、人間、羊不信におちいるでしょう。

物事は一元的に捕らえてはいけないという事を
おたまは、こどもたちに教えたい。
誠実な、嘘のつき方もついでに・・・・。

                  ウソップ・おたま



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2011年3月21日 (月)

本物はどっち



昨日「憂歌団」のこと書いたら、懐かしかったのか
ひっちゃんが夢に登場しました。

お久しぶりね。ぶりっ。ぶりっ。

その、夢ですが。

ぬあんと

おたまは、再婚 しているのです。
その、お相手というのが・・

ひっちゃん。 性懲りもなく!

ところが、その人は「新品」のひっちゃんであって、元のひっちゃんは別にいるのです。
なんちゅうか元・ひっちゃんは元気に死んでいるのです

新品さんは、ひっちゃんの原型から作られているみたいでした。

それで、おたまとしては「原型」のほうが好きなのですが、こういうことになっているので、「新品」を連れて「原型」に報告にいきます。

そこは、校舎のような寄宿舎のようなところで、休み時間の教室移動みたいな感じでひっちゃんが渡り廊下をすたすた歩いて来ました。

死んでるひっちゃんに生きてるひっちゃんの話をしたいのですが話が切り出せません。
再婚したって知ったらがっかりするやろうなと夢の中で思っています。例え相手が本人でも。・・ああ、ややこし。

それで、「平凡氏が結婚してんで。」といいました。

原型ひっちゃんは「お~。そうか。」って言いました。

ま。それだけの夢やねんけどね。

東日本が大変なことになってるねんよって言ったら
「うん。知ってる」って言うのかな。
ほんまにねえ~。

たまたま、平凡夫妻が晩ご飯を食べに来たので「再婚相手がひっちゃんだった」夢の話をしたら。

「しつこい、おっちゃんやな」って言いました。

しどいっ!

あなたの、本当のお父様よ!

行列せずに買えたと言って、

小山ロールを買ってきてくれました。
真綿嬢が切って。
三人で食べました。
真綿嬢に「お代わりしなさい」って言うと、
素直に「ハイッ!」って言って六分の三

食いやがった。

ひっちゃんに言いつけてやろ。

新品・原型どっちにも。

あっ。小山ロールってロールケーキのことです。



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2011年3月20日 (日)

胸が痛い

キムラクン。めっさ若い!

ウチダカンタロー。バリ若い!

うん。

ぼちぼち

やるで。

やるがな。

曲が終るころ彼らの世界に入り込んでしまっていることに気がつく。

≪天使のだみ声≫

キムラクン。

チャーミングすぎる。

胸が痛い。張り裂けそうだよ。
胸が痛い。切なすぎてうずくまる。

憂歌団が冬眠して、十年以上になる。

京都にすごい人が居るって聞いて「憂歌団」知った。
すごい人って上田正樹のことやってんけどな。

1970年代の初めやったな。



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2011年3月19日 (土)

三月十一日



ほんとはね、3/16、阪神間の緊急消防援助隊の一次隊が帰任されて、そのときの新聞・兵庫版の記事をご紹介しようと思ったのですが・・・

なんちゅうか・・消しました。

言いたかったのは↓

 阪神大震災では、救援活動や復興事業に携わるなかで、過労のため命を落とされた方が多くいらっしゃいます・・・略・・。救援活動で命を落としてはなりません・・・略・・。プロ集団の指導下で、何かできないかと思っている人は大勢います・・・略・・。これから、多くのボランティアが現地に入られると思いますが、体に気をつけてもらいたいと思います。

↑よう、わからんね。ごめんなさい。

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 「菰巻の結び目に降る春の雪」 おたま

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 「梅林を抜けて下校の女学生」 おたま

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 「暖かや亀の形の石に坐し」 おたま

(句会最年長のH子さん。おたまこの方が大好きです)

三月十一日は、吟行でした。
梅を見に、近郊の公園に行きました。雪がちらつく寒い日でした。

駅に戻ってtearoomで反省会兼談笑をしているとき、めまいを感じました。
「地震?」と思ったけど、皆さん、とっても楽しそうにおしゃべりしていました。

家に戻りニュースで東日本が大変なことになっていると、初めて知りました。



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2011年3月18日 (金)

ちゃんと



ものを怖がらな過ぎたり、
怖がり過ぎたりするのはやさしいが、
正当に怖がることはなかなかむつかしい

               ( 寺田寅彦)

小市民おたまは。

電力会社の、賢そうなひとや
原子力安全・・・・の立派そうな人が

あたふたしたり、難しい言葉ならべたり、テキトーそうだったり
きっぱりされたりすると、

どう、怖がったらいいかオタオタするねん。

正直なところ、包み隠さず、きちんと話してほしいねん。

なんでもかんでも、
池上さんってワケにはいかんやろ?



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今朝の庭です。

我が家でもこんなに冷え込んだ。

今まで、無縁だった東北の天気予報を気にしています。



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2011年3月17日 (木)

朝ごはん



朝ごはん。

今日の、おみそ汁の具は「お麩とほうれん草」。
何や、やらこい(柔らかい)内容やな。
卵も落としました。

ほかほかの炊きたてご飯を口に入れたとき

胸がいっぱいになりました。

少し泣きました。

テレビの横に置いた新聞には

道路に座り込んで涙を流している女の人の写真が載っていました。

もう、ごはんは食べたくありません。
ちゃかちゃかと片付けて、洗濯物を干すことにしました。

部屋に入って・・・・やっぱりごはんを食べました。

どんな時でもごはんを食べる自分が少し、「ナニ」やなあと、思いながら結局たべました。(3/13記)



朝、ガチャピンが来ました。

「どうしょう・・」

「とにかく、お金。」

この国には1400兆円の個人資産がある。
こんなときに、使わないでどないすんねん。

「心を寄せること」と「動く」ことの間に少し距離と時間ができる。

でも、ワタシ「動く」し。(3/14記)



包丁一本を持って、
神戸に入ったようなわけにはいきません。

小学校の校庭で、毎日毎日
朝から夕方まで野菜を刻みました。

個人ボランティアの受付はされていませんし。無秩序な行動は迷惑です。

「どうしょう」
「どないしょう・・」

「とにかく、義援金やな」

私達の募金の窓口は、いつも決めています。
コープ神戸です。

手から手へ直接届くような気がするからです。

昨日も救援のパンとバナナとミルクを載せたトラックが出発しました

私たちも他府県ナンバーの救援車に励まされたものです。



昨夜のNHKニュース。
南相馬市長の訴えに胸がつまりました。

福島原発の周辺の人は二重・三重の被害にあっておられる。

「危険区域」とみなされているためか救援物資も、30キロ先からは運んでもらえない状態だそうです。
屋内退避地区にある病院や老人施設が必要とする物資はどうやってとどけられるのだろう。



ラジオから流れる避難所の人の声
(ご主人とお子さんは見つかっていない)

「わたしとばっちゃんは残していただきました

「助かった」のではないのです。

自然を怨まず。

この方すごい。と思いました。(3/16記)



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2011年3月13日 (日)

被災地のみなさんのご無事をお祈りしています



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2011年3月11日 (金)

いい夫婦



先日の映画ですが、S子さんを誘っていきました。

家に迎えに行くと、夫、Tちゃんが「映画館で食べなさい」と言ってドラ焼を一個ずつ持たせてくれました。
それで、出発の時は車の中にまで頭を突っ込んで
「おたまちゃん。よろしくお願いします」って言いました。

昨夜は、「あした、映画やから早くお風呂に入って寝なさい」といわれたそうです。

ほとんど、父親です。

「ええなぁ」と、おたまが言うと、
「もう、しんどいわ」と言いながらもS子さん。
嬉しそうでした。

Tちゃんは、おたまより一回り年上。S子さんも10歳くらい上です。
昔からの知り合いがそんな歳になったとは、信じられません。あちらも、おたまのことを、まだまだ30代だと思ってはります。(それは無いか)

未亡人になりたてのころ、よく食事に呼んでくれました。
○○作ったから一緒に食べよう。
牡丹鍋するから、おいで・・・・って。

Tちゃんが、「アレも食べろ。コレも食べろ」ってかいがいしく仕切ってくれます。

「Tちゃん。ほんまに優しいな」とS子さんに言うと、
「いっつも、あの調子やねん。アレ食べなさい、コレ食べなさい、美味しいで・・。って。
そんなこと、言われなくても私が作ったんやから、味はわかってるわ」

とのことでした。

S子さんは車の中で、おたまがずーっと心配していたことを話してくれました。
病気のことです。
病名もわかって、どのように対処するかもはっきりしました。それだけで、一安心です。
病気がわかってよかったね。というのも変ですが、この場合はそうなのです。

例えば、息子が東京に行っちゃってしょぼくれている時、
さりげなく「おたまちゃん、がんばりや」と言ってくれるTちゃん。
おたまの言うことは、100パーセント「ええな。やろう、やろう」って賛成してくれるS子さん。

おたまの周り、優しい人たちが多いです。
ずっと、ずっと元気で居てもらいたいと思っています。



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2011年3月10日 (木)

息もできない



韓国映画「息もできない」(2008年)を見ました。

その才能をダイヤモンドの原石と評されたヤン・イクチュンによる制作・監督・脚本・編集・主演の映画です。

韓国内外で25以上もの賞を獲得していますが、今年2月にはキネマ旬報・毎日映画コンクールのそれぞれ、外国映画部門でベストワンにも選ばれました。

たまたま、まえから上映が決まっていたものを、見てきましたが、この二つの受賞で全国でアンコール上映がされているようです。

ストーリーは見る方の為に伏せておきましょう

話の核となるのは「暴力」。
「暴力」の引き起こす悲劇と、「暴力」を断ち切れない負のスパイラル。

リアルな暴力シーンも多いですが、「暴力映画」ではありません。重く心に沈みこむ「不条理」で、エンディングロールが始まっても立ち上がる人はいません。

取立てやのチンピラが気の強い女子高生と出会います。
心に傷を持つもの同士の恋とはいえないけれど、互いになぐさめあえるものを感じるふれあい。それぞれの心の傷に2人して泣く、漢江のシーンは胸がつまります。

怒りと憎しみだけでしか生きられない主人公が切ないです。
映画の後半からは、どうぞ、ハッピーエンドであります様にと祈るような気持ちになります。

覚えた言葉は「シーバルノマ」(たぶん)。
「クソ野郎・クソアマ」らしいです。

制作・監督から主演までをこなすといえば、チャップリンを思い出します。
ちょっと、おぼろげなのですが、「自分を美化しすぎやろ」と感じたのは何の映画だったでしょう。若い頃だったので、今見ると又違う感想を持つのかも知れませんが。

ヤン・イクチュンは1975年生まれですから、制作当時は33歳。
韓国映画界は才能を育てる土壌があるということです。

今後も、良いバランス感覚で、映画を作り続けて欲しいと思います。

日本では、人気の出た俳優とか、お笑いタレントとか、歌手が映画の監督をなさいますが・・・良い作品が作られたような話は今のところないですね。



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2011年3月 9日 (水)

アニバーサリー



今日のお花

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ストック・豊かな愛 

他につぼみのいっぱいついたマーガレット(恋の占い)が三本届きました。
咲いたら可愛い花束になりそうです。

春のさわやかな、すがすがしい。軽やかな、愛らしい「お花」のあとに何ですが、S子さんが、変なこと言いますねん。

又、その話かいな・・好きやな・・・
って思われたくは無いのですが、
真理の追究って人間の根源的な欲求じゃないでしょうか

S子さんね、「ぼんさん」って「坊さん」じゃなくて「丁稚さん」のことじゃないかっていわはりますねん。
小さい頃から奉公に入り商魂を身に付けていく大阪商人。

きっと、その子やわ。下手人は・・
お坊様が屁をこくはずがない!って・・・。言うんだけど。

どうでも、ええやん。と言いながら気になります

気になる・・・何か気になります。何やろ・・
何か忘れてる!

そうや!結婚記念日でした。

ごめんね。ひっちゃん。って別にあやまること無いか。

ちょっと、しみじみしよう。
えーっと。何回目やったかなあ。
そんなことも忘れてる。

結婚15年を記念して植えた梅。今年は全然咲いていません。

ひっちゃんが居たら「おたまちゃんと結婚してよかったわ」って言うんやろうね。
自分を無理やり納得させて鼓舞するけな気な人やった。

ひっちゃんが居なくなって1年目2年目くらいの結婚記念日は自分で自分にプレゼントを買いました。
一年目はプラチナ万年筆の「金魚」
二年目は印伝のめがねケース。
三年目はなんだけ・・・もう忘れた。

ひっちゃんがきっとプレゼントしてくれた。
と思って買いました。

どんだけ、都合よく考えられるねん。

でも、もう欲しいものもないし。
記念日さえも忘れかけてる。

恐いわ。時間が・・自分が・・・

物欲の無くなるのが!

そして、坊さんの屁について考えてる。

ほんま、あかんで。しかし。

 



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2011年3月 7日 (月)

忘却とは・・



先月の宝塚句会。
兼題は「シクラメン」でした。

宝塚の紳士・淑女。お風邪を召されての欠席が多くだらだら わきあいあいの少人数となりましたの。

梅やボタンと違い、俳句におけるシクラメンという花は、花そのものの姿かたちを詠んで成功するのは難しく、何かの景色の中で、其処にたまたまあったとか目の端に入ったとかの使い方をし勝ちです。

ぶっちゃけた話が「別にシクラメンでなくてもええやん」みたいな扱いです。
アマリリスでもクロッカスでもよかばい。みたいな。
洋花はどうしてもそうなりがちかもしれません。
いえば「季語がうごく」花なのでしょうか。

以上、俳句になんの関心も、興味もない皆様。ハナシにお付き合いいただきありがとうございました。

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ある、マダムが出された句(ご本人の了解済みで掲載
 「恋文の束燃ゆ真っ赤なシクラメン」 (千)

さあ。盛り上がりましたがな

(千)様はさぞや昔はお美しかったであろう女人なれど、楚々として小さなお声で話される、そのお姿からはこんな、メラメラした句など想像もつきませなんだ。

「おほほ。ワタクシのことじゃございませんのよ」
聞けば、昔からの友人(70歳)が若き日に五人の男性(夫含まず)からもらった恋文の束を「何とかして」と送ってこられたそうです。

最近病気勝ちで心細くなっておられる友人は子どもも居ない自分が夫をのこして天国に行っちゃった後のことを心配しておられるとか・・・

さっさと、捨てればいいじゃん!断捨離。断捨離。と第三者は思うのですが

それが、できれば苦労はないわね。
自分の手では到底処分できないのだそうです。

だから「私の見えないところで、煮るなり焼くなりして」と送ってこられたのでした。

 ああ。メンドクセーッ  乙女心

で、その量や半端ではなく。ダンボール一箱。
毎日毎日届いた手紙もあるそうです。
昔のことだからねえ・・・

もしも、もしも、もしも、おたまだったら・・


「これが札束だったら・・」ってため息ついてたな。

でもね、思うんやけど。
50年も昔の手紙。出した本人は忘れてると思うねん

出したことは覚えていても、内容とかね。

つーか。今では、

さっきごはん食べたことも忘れてはる人かも知れんやん

なんでもかんでも、忘れるから生きてゆけるねんで。
忘却って人間の為にあるねん。

いいな、いいな、人間って・・・

「人間だもの」

って・・あちゃ!

相田みつを。みたいなこと言うてしもた!



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2011年3月 5日 (土)

悩みのどつぼ



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モザイクにて失礼いたします。

私、自称38歳。見た目、40歳の独身女性です。

自分では小泉今日子に似ていると思っていますが、
いまだ誰からも言われたことはありません。

職業・無職。
特技・人の体重当て。
好きな言葉・愛と誠

ご相談は
昨年結婚いたしました長男のことで、ございます。

嫁と休日が合わないため、よく我が家に一人でふらりとやってまいります。
来るだけなら良いのですが、昼飯を食ったあげく。冷蔵庫を物色して夕飯の材料を持って帰ります。

そんなことは、いいのです。
勝手に風呂を沸かしたり、シャワーを使ったり、テレビをつけたり消したり、そんなことも100歩譲ってよしとしましょう。

困るのは、彼の「思惑」です。
我が家を見回し「一人やったらもったいないなあ」とか「住居費って痛い」とか「貧乏だから子どもなんか作られへんわ」とか申します。

「何が言いたいねん。この子は」とドキドキしながら
聞こえないふりをしています。

嫁の親御さんは何を考えているのか
「真綿ちゃん。あなたは○○家に入ったんだから、お母様をよく見てさしあげるのよ」と言っているみたいです。

真綿も頑丈な躯体でガッツポーズです。

私の設計図では、
可愛い次男のそば(鎌倉の老人ホーム)に住み、老後は酒と薔薇の日々でエキサイティングに暮らしたいと思っております。

長男が「同居」なんて言い出すか・・と思うと・・
呑気に数独なんかやってる場合ではありません。

ひっちゃん(夫)やご先祖様や、阿弥陀さまにどうぞお守りくださいと祈る日々です。

私はこれからどうすればよいのでせうか。



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2011年3月 4日 (金)

盟三五大切③



この日の松竹座ですが、京都のきれいどころが仰山来てはりましたえ。
おたまの、カウントでは舞妓はん6名(うち、フル装備・・だらりの帯、1名)。
お姐さんがた、がその3倍くらい。それに、仕込みさんみたいなお嬢ちゃんが一人。

あの子もきれいになるんやろね。

さて、今回の観劇、珍しく同伴者がありまして
親友エミリーでございます。

彼女とは確か三度目。それも十数年ぶりなのです。
この人涙もろくて、前回(艶容女舞衣・はですがたおんなまいぎぬ)の時も「今頃は・・・半七っつあん」というところで泣いてはったけど、今回は、昨日少し触れました、若頭・八右衛門がお縄になる場で鼻をすすってはりました。

この、八右衛門という人は主人公、源五兵衛(不破数右衛門)の忠僕であります。演じまするは、坂東薪車
薪車さん、昼の部(彦山権現誓助剱・ひこさんごんげんちかいのすけだち)では、ベッピンさんを未婚の母にして、名乗りもあげず、こんなことでは、あかんと思ったのか、あだ討ちの助太刀の後を追うねんけど、即、殺られちゃう立つ瀬のない、お役やってんけど(おヒマなら前の記事みてね)

今回は、そらもう・・・エエ役もらってはったし、主人思いの忠義者を良く演じてはった。
いい演技というのは客が肩入れすることやろうね。

主人の犯した罪の身代わりになりはるねん。
真犯人は私ですって名乗り出はりますねん。
それもこれも、源五兵衛に討ち入りに加わって欲しいがため。
主人の本懐が己の自己実現やねん。
こんな人おります?大変結構でした。

さて、昨日の続きです。
大事な金を巻き上げた一味を手にかけた源五兵衛ですが。肝心の三五郎・小は危ういところで難を逃れます。

この、人斬りの場面。舞踊的な身振りに見得の連続。
スローモーションの動きが、より華やかな舞台を作り上げます。
見どころです。

このあと、物語はますます、凄惨に濃密にこってりの「南北」ワールドに突入していくのですが。おたまの案内はここらあたりにしておきましょう。

いつの日かご自分でご覧になるときの為に。

結論のみ申しますと、惨劇の元となった100両。
実は三五郎のだまし盗ったこの金は源五兵衛に行くはずの金だったのです。
渡すべき人から金を盗り惨事を招いた三五郎なのでありました。

そして小万の行く末やいかに?・・・・・

憎い口惜しい許せない、
消すに消せない忘れられない
愛と憎しみ裏表。憎いは恋しの裏がえし。

な・な・な・ななんと

小万の生首をふところに・・・
折りしも雨・・・あれは小万の涙雨。
いえ、あれはあれは・・・源五兵衛の血の涙さ

この場面よかった~~~。夢見そう。

花道七三で、懐を見つめる源五兵衛
こんな姿でしか、我が物に出来なかった・・愛しい女
小万。

意を決したように敗れ傘を開く。
飛び散る雨のしずく。
仁左衛門の目に涙が光る。

たまりまへんな。歌舞伎いやさ仁左衛門

愛之助の三五郎。与太上がりの悪。
どこで、道を踏みはずしたか、根っからの悪人ではないのに・・・
昼の部の悪は少し物足りなかった(大きさが)その点、三五郎はよくはまっていたと思う。

番付によれば、辰之助(源兵衛)・玉三郎(小万)・孝夫(三五郎)で上演されている。きゃ~~見たかったっ。

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源五兵衛/不破数右衛門仁左衛門   小万芝雀
三五郎愛之助  弥助彌十郎   八右衛門薪車
菊野松也  了心松之助  富森助右衛門段四郎



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2011年3月 3日 (木)

盟三五大切②



縁きり物の傑作といわれる、「五大力(恋緘)」。
この、お芝居をベースに、あの「仮名手本忠臣蔵」を織り込み、さらに忠臣蔵の数あるバリエーションの一つである「東海道四谷怪談」を振りかけたのが、今回の「盟三五大切」というお芝居なのです。

なんのこっちゃ、わからんでしょうが、三枚のカードをシャッフルして独特の劇空間を作り上げるのがこの芝居のおもしろさです。

ってな、講釈をたれたところで・・・

誰が悪いのでもない

誰のせいでもありゃしない・・・・・

最初のボタンを掛け違えただけ・・・・

でも、あえていうなら・・浅野の殿様 あんただよ

オマエ様が短気起こして、松の廊下で刃物振り回すから、なんでもかんでもお芝居になっちゃったじゃないか。

大胆不敵のシナリオライター・鶴屋南北が「五大力」と「忠臣蔵」と「四谷怪談」をない交ぜにして、パロっちゃったもんだから、観客はドロドロの人間の欲望の淵を覗くことになるんだよ。

証言その一

ハイ。私、深川芸者の小万でございます。
泣いた男がバカなのかだました女が悪いのかって。
そりゃあもう、悪いのはこの私でございます。

だって、しょうがないじゃん。
ウチのダーリンがどうしても100両のお金が要るっていうのよ。
それさえあれば、実家の勘当が解けるっていうじゃない。
彼のパパがねどうしても100両入用だっていうの。なんでも・・・亡君のあだ討ちがなんたらかんたら・・・

だから、アタチ喜んで芸者になったの。

そうそうアタチね亭主持ちなの。もちろん内緒よ。
そのダーリンと悪仲間で一芝居打って、あのひと、薩摩源五兵衛から、100両を騙し取っちゃった。
そりゃあ、後味は悪いわ。
でもね。腕に彫った「五大力」にまんまと引っかかった彼もお馬鹿さんよね。
恋のからくり夢芝居って梅沢富美男の歌の文句にあるじゃないよねえ。

それでね、ダーリンが、そんな「五大力」けったクソ悪いといって「三五大切」って細工して書き直しちゃったの。
ダーリンの名前?そう、三五郎っていうんだ。
(ちがやさん。ここ大事よ。ついてきてね)

五兵衛さん。ごめんね。
わたしゃ「三五」が「大切」なのさっ。

証言その二

ハイ。私、薩摩源五兵衛とは仮の名の実は赤穂の浪人、不破数右衛門でございます。
大事な御用金を泥棒に取られ金策に走り回っていたのですが、心優しい叔父が不足の100両をくれましてねえ。おお。おお。これで主君のあだ討ち。そう、討ち入りに加われると喜んだのもつかの間・・・

大事のマエに女ごときにうつつをぬかし。
まことに持って面目もござらん。
その大事の100両。騙し取られたのですよ。

(おかげで、忠義者の若頭八右衛門には悪いことしちゃった・・・。
思い出しても涙がちょちょぎれるので、この話は明日にするわ)

お笑いくだされ。小万の色香にまどわされ・・っていうのも「五大力」なんて腕に彫ってくれてね・・・ハイ。だまされました。
よってたかってね。
にっくきは三五。あいつが小万の情夫だったとは・・・
それにもまして憎いのは小万。可愛さ、あまって憎さ百倍ってね。
このうらみ・・・晴らさで・・・

ふられた男がカッとなったら・・・コワイでえ~~
罪作りおたま、よくここまで命が永らえたもんやわ。

深い恨みは人を変え・・・いよっ 松嶋屋 !

さあ。ここからが、この芝居、最大のみどころ
二幕目第二場、「五人切の場」となるのでございます。

月あかりに浮かぶ丸窓をあけて忍び込んできたのは・・
残忍な色を目にたたえ、悪の色香を月に放つ

片岡仁左衛門さま  きゃ~~っ

まるで一幅の絵のような。
美しい。怖い。美しい。怖い。どないやねん

こってり凄惨な殺しの場面。
歌舞伎の様式美を堪能します。

ってなことで、続きは明日
(気が向いたらね)



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2011年3月 2日 (水)

盟三五大切①



222_003_2
222_004_copy 京都は醍醐寺です
有名な桜は
「つぼみギュっと固し」

2月23日は五大力さんでした

坊さんの全力疾走
↑↑↑
これ、おととい見たし・・・。
気に入ってるのは知ってるけど・・・。

今日は歌舞伎の話じゃないの!?
いや。そうやで。
木戸銭返せなんて、おっしゃらず、
まぁ。聞いておくんなせぇ。

松竹座は二月大歌舞伎・夜の部
盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)を観てきました。

期待にたがわぬ鶴屋南北のパラレルワールド

時と場所が不敵に入り乱れ、「それで委員会」で議題にのせてもらいたいくらいの「んなあほな」と「予定調和」が交錯する。

リアルな残酷シーンにカゲキな濡れ場。
も~っ!南北ちゃんったら、アナーキーなんだから

カミカケテサンゴタイセツ

少し、予習をしておきましょう。

五大力五大力でっせ。出てきましたで
おたま、惚けて一昨日の記事の使い回ししてるんと違いまっせ。 ついて来てくださいよ。

五大力とは
五人の菩薩のこと(金剛さん。竜王さん他三名)
色んなことから守ってくれはるねん。
いろんなことって、そらもう・・・色んなことや

せやさかいにな江戸時代は
お手紙の封に「五大力」って書きましてん。
ラブレターに無縁の皆様にはわからんと思うけど
「どうぞ、無事にお手紙が届きますように・・
ってなもんですわな。おまじないやね。
今みたいに郵政省(もう、無いか)がしっかりしてへんかったからね。

さらに、恋する女は素敵さ。その五大力の文字を自分の持ち物に書き入れることで「恋の誓い」とするようになりますの。
そう、おたまが太ももに薔薇の入れ墨をするように。
貴女が下がり眉をしゃっきり眉にしたように。
アムロちゃんが腕にタトゥーをいれてるように。

何でもかんでも、「五大力」

こんな恋のおまじないの風習をしっかり押さえておいて、お話に入ることにいたしましょう。

え~~っ 
僕のために「五大力」の入れ墨を入れてくれてたんじゃないの?

うっそ~~ 
「五」の上に「三」を書いて「力」の左に「七」を足して「切」になってるじゃん。

  「五大力」→→「三五大切」

それって、零点のテストに10を書いて100点にしてママに見せるくらいヒドイ話とちゃうの?

「三五大切」 なんじゃあこりゃ~by ジーパン刑事

ということでハナシは明日につづく
(かもしれない)



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2011年3月 1日 (火)

鈴木しづ子



「夏みかん酢つぱしいまさら純潔など」鈴木しづ子

                       (河出書房新社)

掲句が標題となった、本を読んだ。
伝説の女流俳人といわれる鈴木しづ子の二冊の句集
「春雷」「指輪」を一冊にまとめたものである。

いや~。面白かった。
何がって?
巻末にある、詩人・正津勉氏である。
詩人らしからぬ(?)率直な文章で感想を述べておられる。

句を読みすすむにしたがって、
「なんでやねん!」と突っ込みをいれたおたまは、小さくガッツポーズをしてしまったほどだ。

鈴木しづ子。1919年・東京生まれ。
戦中・戦後のごく短い期間に鮮烈な印象の句を人々の胸にに刻み込んで、忽然と姿を消した女流俳人である。

女性としては当時珍しい製図工として工場勤めをしていた文学好きの若き日々が第一句集「春雷」に収められる。
そして、「どないしはったん?何があったん?」と驚きの第二句集「指輪」である。

戦後を生きる女性の事情は我々には計り知れない。
婚約者の戦死により、大きく運命が動いたしづ子であった。

正津氏の文によると、母の死、婚約者の生死不明の最中の恋愛。別の男性との唐突な結婚、離婚・・・と歯車は回り始めるのであるが、

身を消すように東京を離れ(このあたりから伝説の女っぽくなっていく)ダンサーになり、黒人兵と同棲。
折りしも「こんな女に誰がした」という歌がはやっていた。

彼女のそれが自由恋愛であったのか、生計の糧であったのか、判然としないが、世間はそんな境遇の女性の句に飛びつく。
この手の本としては、珍しいベストセラーになった。

彼女が星の流れに身を任せたのかどうかはわからない。「春をひさぐ」仕事についていたわけでも無さそうだが、「そんな、投げやりにならんでも・・・」という表現の句がつづく。

敗戦国のうら若き女性が敵国の男の腕にぶら下がり歩く。その光景を当時の日本人はどのような思いで眺めていたのだろう。哀しみ・侮蔑・同情・好奇・自責・・・・貞操という観念が今とは全く異なる。

当事者のしづ子の句をどのように読んだのだろう

朝鮮出兵から帰還した彼は麻薬に犯されており、あわただしく本国に帰る。
テキサスに住む彼の母から「急死」の知らせを受けたのは、わずか二ヶ月後だったそうだ。

この怒涛の時間を全て句から拾い起こすことは出来ない。
しかし・・・逆も又・・・である

というのは・・・

「句は私の生命でございます」というしづ子は、おびただしい数の句を師へ送っていた。
正津氏ははっきりとはおっしゃっていない、あくまでもおたまの深読みですとお断りしておくが、このおびただしい句の中から師・松村巨湫が、ある傾向の句のみピックアップしていたなら、しづ子であってしづ子ではない一つの像を作り上げることもできるのではないか。

かくして(って勝手にそう思ってるんだけど)句集「指輪」は上梓され、注目された直後のしづ子の失踪により、才能豊かな女流俳人は「伝説の人」となる。

鈴木しづ子。
今、生きておられたら92歳。
アメリカに渡ったとも、北海道で別名で出現した俳人だとも言われているそうだ。

まさに伝説の人。

ジンギスカンになった義経ほどではないにしても。

「ひざ近くもだしゐたりき雪ふる音」
「いとしさの十の指はもかぜ癒えよ」
「さくらはなびら著け笹の葉ふかれゐる」
「そびらより南風つよく出勤す」
「東京と生死をちかふ盛夏かな」

                       (春雷)

「寒の夜を壷砕け散る散らしけり」
「体内にきみが血流る正座に耐ふ」
「菊白し得たる代償ふところに」
「煙草の灰ふんわり落とす蟻の上」
「月明の橋を越ゆれば町異なる」
                       (指輪)



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