« ききみみずきん② | トップページ | 逃げる二月 »

2011年2月26日 (土)

春の海



 

 「まるひとつ描ゐて蕪村の軸涼し」 おたま
                           (季語・涼し/夏)

 

昨年の夏、伊丹にある柿衛文庫(かきもりぶんこ)に「芭蕉・蕪村展」を見に行きました。
江戸俳諧にゆかりの伊丹だけに、充実した内容であり、蕪村がどれほど芭蕉を尊敬し大好きであるのかがわかる展示品の数々でした。

蕪村にはとても有名なこんな句があります。

 「春の海終日のたりのたり哉」 与謝蕪村
 (ハルノウミヒネモスノタリノタリカナ)

わたしが、初めて覚えた俳句が、この「春の海・・」です
小学校2・3年頃だったと思います。

大大大好きな先生がいました。
「中村春海」という白髪の男の先生でした。

ベテラン教師だったのでしょう、当時新設された「特殊学級」の担任をされていました。今でいう、「特別支援学級」です。思えば、すごいネーミングです。

名前を「うめの実学級」といいました。
ラジオや本などで有名になった「しいのみ学園」のイメージから名付けられたのではないでしょうか。

僕らはしいの実 まあるいしいの実
   お池に落ちて泳ごうよ 
      お手々に落ちて逃げようよ
        お窓に落ちてたたこうよたたこうよ

おたま、いっこちゃん。ミヨちゃん。の三人は、さよならの会が終ると、家へ帰らずまっすぐ、うめの実学級へ行きました。(そうそう、僕の可愛いミヨちゃんはという歌がはやっていました)

うめの実の教室は広くて畳敷きのスペースや少し段になった板張りや丸い机や大きな積み木や絵本がありました。

ここで、梅の実の子と遊んだり(彼らはお母さんがお迎えに来ておられました)
三人で遊んだりしました。

時々、先生に頼まれるお手伝いを誇らしげにやりました。
薄桃色のちり紙でお花を作ったり、折り紙の輪飾りを作ったり、それを壁にはりつけたりしました。

色んな先生が出入りされては中村先生とお話されていました。

先生はご自分の仕事が終ると、良く遊んでくれました。
小さな私たちを順番にぐるぐる廻して「世界一周」をしてもらいました。
笑いすぎると苦しくなることも初めて知りました。
お話もたくさんしてもらいました。

そのときに蕪村の俳句を教えてもらいました。
先生の名前はこの俳句から付けられたそうです

3年生。4年生と本当に梅の実に通いました。
当時、教科書は有償で、みんなお下がりをつかったり、弟や妹の居る人はそれは、大切に使いました。

私の一年生の教科書が梅の実にありました。親が寄贈したのでしょう。
「あっ!私の・・」と言ったら、中村先生が「おたまちゃんの教科書で勉強したら、梅の実の子がかしこくなるよ」と優しくおっしゃいました。

私は、うれしくて、恥ずかしくて、うれしくて、
たくさん勉強して立派な人になろうと(このときは)思いました。

5年になると、いっこちゃんが大宰府のほうへ転校してゆき、ミヨちゃんともクラスが分かれ、学校の終る時間も遅くなり、だんだん梅の実学級に寄らなくなりました。でも、中村先生は大大好きでした。

卒業式のあと、ミヨちゃんと職員室に行きました
中村先生はたぶん、何かお話をしてくださったと思うけど覚えていません。
ただ、いつものように、頭を撫でてもらった事ははっきり覚えています。
このときに撮った写真が家にあるはずです。

パッと、うしろを振り向くと、いつもいつも優しく笑ってる
そんな、先生でした。
誰かが、「逢いたい人に逢わせてあげる」と言ったら、中村先生に逢いたいです。

 

一番好きな俳句は?と聞かれたら
「春の海ひねもすのたり・・・」と言います。

 

  「春の夢たしか波音したやうな」 おたま

 

 


 


 

| |

« ききみみずきん② | トップページ | 逃げる二月 »

ちびたま時代」カテゴリの記事

コメント

そんなに早く俳句と巡りあったのだね・・・。兄ちゃんがずーっと青っ洟を垂らしていたころではないか!
しかし、いい先生に巡り合ってこの幸せもん!つい最近まで標語も俳句も同じもんだと思っていた兄ちゃんだからね。

投稿: NANTEI | 2011年2月26日 (土) 10時40分

今日のおたまさんのブログに胸がキュンとしました。
小さい時に素敵な方との出会いがあって良かったですね。
大いに影響を受け今のおたまさんの素敵なブログになったのですね。
毎日素敵な文章に愉しませて貰っています。

投稿: スマイル | 2011年2月26日 (土) 17時24分

私は多分おたまさんと同じ時間を生きてきたはずなんだけど、
なんにも覚えてなくて
もったいない時間を過ごしてしまったナァ
とがっかりしてます。

記憶力が悪いだけじゃないような気がするけど
感動の気持ちがないのかな?

本読まずに、遊びまわってたんだけど
何してたのかな?・・・アァつら

影響を受けて、本読まなきゃ
と思ってますが、幼少時に読書数が少ない人は遅読なんですって。

投稿: ちがや | 2011年2月26日 (土) 20時48分

5年生の時に転校した、いっこちゃん は私です。といいたいくらい!
私も5年生の時に転校したし、梅の実学級(友愛学級といいました)に入り浸っていたし、そのころ、とてもいい先生に、出会いました。
そんで、音楽家になろうとさえ思ったのですわ。
音楽の先生でした。
おまけに私の名はいっこちゃんです

投稿: こく | 2011年2月26日 (土) 21時03分

NANTEI兄ちゃん。それひとつ、覚えたきりであとはご縁がなかったのです。アタチも「気をつけようくらい夜道と曲がり角」を俳句だと思ってたんだよ。にいちゃん。

投稿: おたま | 2011年2月27日 (日) 09時12分

スマイルさん。先生をはじめ、大人の人に優しくしてもらった(愛情をかけてもらった)記憶は今でも心をあたたかくします。
う~んと大人になってから、たまたま始めた俳句ですが、春になるとこの句をおもいだします。ゆったりと、おおらかで温かい句でしょ。

投稿: おたま | 2011年2月27日 (日) 09時16分

ちがやさん。どってこと無いことを覚えているのはどってこと無いですよ。忘れたらいいような事を覚えていることもありますしね。
子どものころからそんなに本を読む子でもなかったです。でもキョロキョロしてたと思う。最近になって本を読もうと思っても目は疲れるし頭に入らないし・・とほほです。

投稿: おたま | 2011年2月27日 (日) 09時24分

こくちゃんは、むべなるかなの馥郁のいっこちゃんでしょ。(どーよ。おたまの記憶力)
このいっこちゃんは秀逸のいっこちゃんです。左利きでマンガが上手でお姫様の絵をいっぱい描いてもらいました。
でも、この日本のどこかの学校で同じような経験をしていたなんてね。それも2人とも可愛い子だったなんてね。

投稿: おたま | 2011年2月27日 (日) 09時30分

感動のブログでした。涙腺が弱っているので困りました。
元教師として怖いブログでもありました。

感受性の鋭い子に、自分のしてきたことが合っていたか間違っていたか?
今でも、思い出して「ウヮ~」と声が出そうになる時があります。

素晴らしい春海先生との出会いでしたね。春海先生もおたまさんから、沢山得たものがあるに違いありません。

投稿: osダンボ | 2011年2月27日 (日) 19時50分

いつもはおたまさんのブログで笑っているのに、
今日は胸にじ~んときました。

子供の頃の素敵な出会いは宝ですね。

投稿: うばゆり | 2011年2月27日 (日) 22時20分

僕の記憶にあるのは小学校1年の時の担任だったI先生です。
僕のなかでは「二十四の瞳」の大石先生(おなご先生)みたいなイメージの先生で、現在もご存命ですからそれこそ当時は学校に赴任したばかりの若い女性教師だったはずです。

僕はたぶん泣き虫で弱虫の変わり者の子供で、I先生にぴったりくっついていたような気がする。
その頃のことはもうよく憶えていなかったのですが、二十歳代の頃に僕の方から電話番号を調べてI先生の自宅に電話をしたことがありました。

先生のお父さんが僕の父親と親交があった関係で、I先生は僕のことをよく憶えてくれていて、「あなたはこんな子供だったのよ」とかいろいろ話をしてくれました。

「過ぎてしまった過去は、すべて思い出か、それともただの無」
僕が以前に読んだ誰かの本に書いてあった言葉ですが、ひとの世は「一期一会」だと思います。

投稿: ふぁらんくす | 2011年2月28日 (月) 02時07分

ダンボさん。
幼い子どもにとって大人は絶大で絶対の存在です。それが親や先生ならなおさらでしょう。だからといって大人がカンペキであるわけはなく、又その必要もないのだとおもいます。
なぜなら、子どもはある日「大人が全て正しいわけじゃない」と気づくからです。

越し方を思い「わーっ」と叫びたくなることは、大いにあります。今更ですが今度子どもを持つ機会があれば、彼の三歳以降は親としてではなく、人対人で付き合いたいと思ったりします。
九州での子ども時代ですので懐かしい先生やともだちに逢うことはありません。
ダンボ先生がいつまでも慕われていらっしゃるご様子をいつも、うらやましく思っています。(生徒の立場として)
先生の存在というのは、瞬時に幸せだった懐かしい子ども時代に立ち返らせてくれます。いつまでもお元気で居てあげてください。

投稿: おたま | 2011年2月28日 (月) 07時51分

うばゆりさんの子ども時代を書かれた過去記事も読ませてもらいました。
共に過ごしたわけではないのですがなぜか懐かしく、切なく、可笑しい。
また、思い出される機会があったら書いてください。
あっ!今忙しいですよね。

投稿: おたま | 2011年2月28日 (月) 07時57分

ふぁらんくすさん。
自分の記憶に無い自分の話はおもしろいですよね。2人の子が家を出る時、それぞれ保育所時代の日誌を見せました。先生と親の連絡帳なのですが、日々の出来事が綴られています。
意外にもすごい関心を示して熱心に読んでは大笑いしていました。
自分の知らない時代を埋めることで自分を肯定(おおげさですが)するような。
数冊のノートですがとっておいてよかったと思いました。

投稿: おたま | 2011年2月28日 (月) 08時13分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 春の海:

« ききみみずきん② | トップページ | 逃げる二月 »