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2011年2月18日 (金)

ももちどり



 「春の闇木の又にある巣箱にも」 おたま
  (ハルノヤミキノマタニアルスバコニモ)

                    (季語:春の闇/春)

夏の闇・秋の闇・冬の闇はありません。
「闇」は春にだけ季語として存在します。
春の夜の暗さというものに独特の情感があるのでしょう。

漆黒の闇ではなく、
目を凝らせばほのかに明るい。
湿り気があり、重さのある闇。
なにかが始まり、動き出す闇。
あたたかく、柔らかく、けだるい。

桂枝雀(小米)の「鷺とり」のアタマに雀を捕まえる話がでてきます。
あれが好きで、何とか捕まえたいと試みておりますの。
落語では男が「こぼれんめ」(こぼれ梅)を撒きます。
こぼれんめは味醂の搾りかすで、現在の製造方法では搾りかすが出来ないらしく、この、ほろりと甘いお菓子はお宮の参道あたりに行かないと買えません。

「こぼれんめを撒く」そのことだけで、なにか長閑であたたかい春の気分です。

おたま、撒き餌してるのに全然懐かないねんよ。
彼らの辞書には「友情」という文字はないみたい。

今朝は、チュンタロはん。チュン子はんが去んだあとに
なにやら奇妙な鳴き声

あれはね、あれはね・・・
ウグイスのリハーサル。
「初音」です。

「笹鳴」は聞いていたのですが、いよいよ本格デビューのようです。
春の訪れです。鶯は「春告鳥」とも呼ばれます。

鶯は年がら年中鳴いているのですが、この季節は里へやってくるので「春」の季語になっているのでしょうね。
夏になると山へ帰り、俳句では「老鶯」「夏鶯」と詠みます。

こちらへ越してきた時、春でしたがウグイスの声に起こされたものです。
楽しんでいたのも最初だけ、そのうち「ジャカーシー」と思うようになります。

夏が兆すと、朝も昼も夜もあらずホトトギスが鳴き始めますます
漢字で「時鳥」って書きます。
ホトトギスって本当に、笑ってしまうくらい夜中も鳴いています。
とりとめの無いとりです(洒落です。ついてきて下さい)

おたまね、十一の声を聞いたことがあるのですよ。
別名、慈悲心鳥。本当に「じゅーいち」って鳴くのです
嬉しかったわ。
深い深い山の中でした。

で、ウグイスですが
姿を見るのは難しいといえます。
その点、見た目のいいメジロは姿をよく見せますが悪声です。

庭にはそのほか色々なキレイな鳥がやってきます
昔ほど来なくなりました。
雀でさえ、めっきり減りました。

ちょっと公園へ鳥を探しに行ってくることにしませう。

チッチ、ここ止まれ
チッチ、ここ止まれ
止まらんチッチは飛んでいけ。

そうそう、「こぼれんめ」作戦に失敗した男は2案として、自分の体に緑色の塗料を塗り、木になりすますことを思いつきます。

なかなか、エエ発想や。

検討の余地はあるな。

 



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コメント

枝雀はおしまいのころは、鬼気迫るものがあったなあ。志ん生の域にはもう少しやったのに・・・。
鳥は数々おるうちでは、何といってもコジュケイやな。ちょっとこい、ちょっとこい、ちょっとこい♫とうるさいんやが、だんだん力を失っていくその声の脱力感に、耕していた鍬もシャベルも放り出したくなりますでー!
しかし鴉をからかうのが、一番可笑しいかな?!

投稿: NANTEI | 2011年2月18日 (金) 15時09分

NANTE兄さん。コジュケイは、そんなこと言ってるのですか。ここらあたりでも良く鳴いています。知ったからには、そうとしか聞こえなくなるわ・・・
番頭はん・・コン松ちょっと来い。ちょっと来いって・・。

まだ。髪の毛のある小米さんがKBS京都でラジオ番組持ってはって、よくスタジオに遊びに行きました。5・6人も入ったらいっぱいの部屋で、私ら歌を歌って放送してもらうねん。
どんだけイチビリのみ~は~か。
小米(枝雀)さんのこと思うと、胸がいっぱいやわ。兄ち~ゃん。

投稿: おたま | 2011年2月19日 (土) 09時37分

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