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2011年1月

2011年1月31日 (月)

おたまカンゲキ!



「吉野の枯れ」が大変なことになっているのです。
奈良県は桜の「吉野」のことです。

高齢化で山の手入れの後継者がいません。

関西で俳人協会に属している結社が60ほどあるそうですが、今、どの句会場でも、小さな缶が廻っていることでしょう。

発案者は茨木和生氏(「運河」主宰)

一円玉から500円玉まで、「ちゃりん」と音を立てて缶が廻ります。

・・・・・・・と、チャリン募金のことを宣伝しようと、ココまで書いて「あんれぇ?」
確か、こんなこと書いたぞっ。
辿りますれば一年前の3月13日。でした。

一年間、こつこつ続けてエライゾ。私たち!
昨年は結構まとまって寄付できたそうです。
著名な先生方は色紙や短冊で協力されているそうですよ。

ついでに前日3月12日のブログ読んだら、切羽詰って梅を見に行ってる。
毎年、同じようなことでフーフー言うてるんやな。

進歩してへんのにトシだけとった

さよなら、一月。

あと、4・5日もすれば、もう「春」なのですね。

では、一月の総括をいたしましょう。

今月見た「きれいなもの」

119_015 119_014

今月の出会い

131_008 一年一度の御開扉

北向山不動

(京都市伏見区)

 「ふるまひの善哉熱き初不動」 おたま

今月のプレゼント

131_012_copy

制作:平凡氏&真綿嬢

諸般の事情によりモザイクをかけております。
ブルーの箇所はおたまの本名「さゆり」

「かん○きっ」の○部分は、もちろん

    「げ」  

なら、モザイクかける必要ないって?
      

こくちゃんがお友達にプレゼントしたのを見て
ああ、いいなあ、あんなの欲しい
と言って作ってもらいました。

かぶったら、やけに似合っていて怖いよ~



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2011年1月29日 (土)

道可道、非常道



一月もあと3日。
一年の十二分の一が終わりました。
ホンマに月日の経つのって早い。

子どものころに感じる時間の速度と、大人になってからのそれって、10倍くらいの違いがあるのと違いますか。

「いつになったら、小学校卒業するんやろ」って思ってましたからね。

なんや、計算式があるんやてね。

かしこい人は何でも「式」にしはる。

128_001

128_002_3 今日の空は、こんなにきれいなのに、外には誰もいません。

 「名も知らぬ大樹にもたれ冬ぬくし」 おたま

のんびり空を見上げている「今」も、
すぐに「過去」になる。
「道」(タオ)とは「時」。

ドラえもんの「四次元ポケット」で老子を読むと、とても解り易い。

この間、次男明星が帰ってるとき、ちょうど「成人の日」だったのです。
ラジオで大学教授兼作家の偉い先生が新成人に「大人とは・・」という話をしてはった。

「自分以外の人に思いやりを持てる人が大人だ」というようなことを言うたはった。

明星がポツンと言いました。
「何でも説明しようとするのが大人やな」(笑)

明星は口数の少ない子ですが、面白いことをいいます。

「大人になるのは理屈じゃないねん。
ただ、やりたいようにやれば、いいねん」

「指標は何?」

「自分にとって善なることやな。思いやりとかは結果やねん。
それに従ってやればいいねん。そうすることが自
分にとって一番やねん。」

「えらいな。 (←親ばか)

「でへっ」

順調とばかりではなかった彼だけど
なんとか、「道」を歩き始めたようで、
なんだか、嬉しかったです。



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2011年1月28日 (金)

検診結果



お寒うございます。
風邪など召されてはいらっしゃいませんか?
ワクワクドキドキ・ハラハラ・・・

アナタ様の健康をいつも気遣うナイチンゲールおたまが
年末に受診した「健康診断」の結果が返ってきました。

保健婦さんが白い軽自動車でやってきて
「いい、お話ではありませんのよ」
って、目をぎらぎらさせながら、玄関まで入ってきて、後ろ手でドアをしめた・・・・

という、経験はございませんか?

ございますのよ。
もう、20年近く前ですがね。

「これなら。いつでも切ったげるよ」と、散髪屋に
お医者様に言われ、
20年、生き延びておりますわ。おーほほほっ

ポリープの一つや二つ、皆様もお持ちでしょ。
おたまね、この自慢のわが子と共に生きるつもりでおりますの。
だって、「切っても切らなくてもいい」って言われたら、「切らない」を選択するのが賢明じゃござんせんか。

124_002
庭のやぶ蘭を卓に飾ってみました。
根っこごと、ギュと押し込んでいます。

藪蘭。花言葉は「忍耐」
わが化身かと思い、愛でております。

で、今回ですが、ポリープの要観察以外は
性格と顔以外「異常なし」 ですってよ。

パチパチパチ。

一つ、気になると言えば「骨粗しょう症」の結果。
「年齢相応」ということなんだけど。

アナタにおたまさんの本当のトシがわかるのですかっ!っていうハナシですよ。

えっ?自分で記入してる?

それは、あくまで「公称年齢」です。
親が、あんたは19※※年に生まれたっていうから、そう書いたまでで、自分では覚えていないんだからね。

ひょっとしたら、アタクシは、狼に育てられていて、見つかったときに8歳くらいかなあってみんなは言ったけど、実は3歳だったかもしれない。
だとしたら、5歳も若いことになるねんよ。

どうしてくれる!

よほど抗議しようかとおもったけど

保健婦さんがやって来て、白い車でどこかに連れて行かれたらいやなので、我慢しました。

せっかく「異常なし」って言われてるんだもんね。



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2011年1月27日 (木)

読書しましょ



このブログ「書籍のカテゴリー」も作ってたんやわ・・
と、今更ですが思い出しました。

次男が帰省したとき、
「なんか、おもしろい本ない?」と聞いたら
教えてくれたのが

 「取次屋栄三」 岡本さとる著

池波正太郎ファンのおたまと知っての推薦です。

アマゾンで165円だったけど、「本は買わない」と決めたので、図書館にいってみようと思っています。

「本じゃないけど、これもお奨めやで」と言ったのが
東方神起の「ミロティック」

今、本のハナシしてんねんけど・・・

うなってしまいました。かっこよすぎる
それも、メチャンコ。バリクソかっこいい

小さな親切心。↓↓↓

皆さんにも覚えていただくため、
「振り付けVer」を貼りつけました。

足腰に自信のある中高年の皆様。
是非ともご一緒に。
キレのあるところをお孫さんにでも、見せ付けてあげてはいかがでしょう。

プロモーション用やライブVerもユーチューブで見ることができますので、よろしければご覧下さい。

日本のアイドルグループとラベルじゃなかったレベルが違うなあと思いました。

そうそう、本のハナシでしたね。
おたまは、小説はあまり読みません。
評伝物が好きです。
一部をのぞき、あくまでもややフィクションとして読んでいます。著者が情報をどのように取捨選択するかで、大きく変わるからです。娯楽活劇みたいな気分で読むのは怪しからぬかしらね。

思い出すままに・・・並べてみます。

「壇」 沢木耕太郎著 壇一夫の妻を語り手とする

「トニー谷ざんす」「ヤスケンの海」 村松友視著

「釈超空ノート」 富岡多恵子著 折口信夫へのミーハーの、「ごめんなさい」の動機から読み始めたが、腑に落ちておもしろかった。個人的には「謎解き」。

「そして風が吹きぬけていった」 植田沙加栄著 天才ジャズピアニスト守安祥太郎の評伝。戦後の空気が伝わる。ぼろくそに書かれる秋吉敏子他、実名がどんどん出てきておもしろい。ジャズファン必読。

「笑わせて笑わせて桂枝雀」 上田文世著

「われ弱ければ・矢嶋楫子伝」 三浦綾子著 「女子学院」初代院長の評伝。あの時代にとんでもない「不道徳」に生きた女性のどこまでがホンマやったんやろ。とミーハーレベルで興味が尽きない。もう私トシやしアカンと思っている女性にお奨め。

・・・・・・まだまだあるけど、又。

瀬戸内晴美の評伝物が面白くてたくさん読みましたが、これも次の機会にご紹介いたしましょう。

いやーっ。(他人の)人生っておもしろいですねっ。



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2011年1月25日 (火)

映画・わが心の歌舞伎座



今朝、ゴミ出しに行ったら、50メートルほど先の突き当たりのお家の前に、おまわりさんが3人立ってました。
3人もよ

ワクワクしちゃって、走り寄ろうとしたけど
                      ・・・・・・・・・・・

この間、京都の堀川通りを歩いていたら
「前の車、止まりなさい」ってえらそうにパトカーが横をすり抜けて行ったので、さりげない早足で近寄って、
「スピードですかあ~?」て聞いたのに
ポリ公 おまわりさんったら「そういうことは言ってはいけないことになっています」ってぬかすのよ。
善良な市民に知る権利はないのか!おたまに知られて困ることをやってるのか。ケーサツ!

それを思い出して、すっごく、気分悪かったから
今朝は我慢しました。

今日の夕刊、待ち遠しいわ。うふっ

ってなハナシは置いといてっと。

124003_convert_20110124184523_copy 今日のお花

水仙/尊敬

花器・徳利
明治初期

ちょっと前になるけど
「わが心の歌舞伎座」を見てきました。
今年の初映画です。

どんだけ、歌舞伎好きやねん。

水仙の花って玉三郎みたいやね。
逆やな。玉三郎が水仙みたいなんや。

この映画見て思ったんやけど
玉三郎の阿古屋も観た。
志寿太夫の美声もこの耳で聴いた。
雀右衛門の葛の葉も観た。
猿之助の四ノ切も観た。

ぜいたくな、ことやったなあ・・・って。

そんなに遠くない時期に海老蔵の謹慎も解けるでしょう
なんてったて、興行第一やもんね。
彼がほんまの役者になれるかどうかは「今」に掛かっている。
死に物狂いでお稽古しときなはれ。

生まれ持っての「華」を実力と勘違いしたらあかん。
今の彼は、発声も、台詞回しもまだまだ。
踊りも粗い。
ただ、その「華」が期待されてる。
本物になってほしいと歌舞伎ファンは思ってる。
役者は「人間性」がモロにでる怖い商売や。

天才は99パーセントの努力って、エジソンも言うてはる。
頑張りなはれ。     byアンタ何様のおたま師匠

映画は歌舞伎座さよなら公演のドキュメンタリーです
稽古の様子。楽屋風景。製作スタッフの現場を興味深くみることが出来ました。

先般なくなられた中村富十郎丈が幼いお嬢さんと手を繋いで楽屋口を出られる姿に手を合わせました。

閉場式の舞台に勢ぞろいした俳優の中に猿之助を見て胸がいっぱいになりました。映画の中では猿之助の黒塚・渾身の鬼女の舞が流れます。これを観ておきたかった・・・・。

ただ今、目をつけている、若手が二人。
彼らを見届けるために
生きるぞ

って、他に楽しみ無いんかいな、おたまちゃん。



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2011年1月24日 (月)

初めて食べたのは・・



海鼠(なまこ)を食べながら考えた。

誰が最初にこんなもん食べてみようと思ったんやろ

ちっちゃな頃からナマコ好き
酒によう合うねん。
でも、最初の最初はどう思ったんやろね。
2・3歳の頃やから、覚えてないわ。

色んな野菜や果物が出回り、食生活も変わったわね。

ゴーヤ初めて食べたのはこの4・5年のこと。
だって、ひっちゃんに食べさせた記憶がないもの。

アボガドもその頃かなあ。
キーウィはもう少し前から食べていました。

よそに御呼ばれしたとき、大きな蜜柑を半分に切ってスプーンが出てきてビックリしたのは、ひっちゃんが20歳のころ。グレープフルーツだったんです。

水菜。関西ではハリハリ鍋なんかで古くから食べていたけど、料理番組で山田邦子さんが。「何という野菜ですか?」って聞いてはったのが7・8年まえかな。

ピーマン食べたのは、小学校の頃。
青唐辛子の親分扱いで網に乗せて焼いて、かつお節をのせて、お醤油たらして食べました。
カリフラワー。これも小学生の時、誰かのお誕生会だった。
甘酢につけてありました。

ブロッコリーの記憶はないけど、うんと小さい頃は食べていない。
缶詰じゃないアスパラヤングコーン・・・・・・

逆に今は口に出来ないものは
国光(りんご)。長十郎(なし)。
まくわうりは道の駅に時々でています。

それに、種のあるぶどう。ピレーネくらいの大きさの
あれも、お店に出ていません。

鯨のコロは高級品になってしまい、気安くオデンなどに入れるわけにはまいりません。

もう20年も昔、ある編集者に聞いた話です。
ケーキ屋さんを取材をしました。
阪神間で知る人ぞ知るお店のご主人でした。

九州から下着の入ったカバンひとつで東京に出た少年は、縁あって関西に来ます。ある日、仲間の少年達と社長さんの家へよばれ、そこで奥さんが出してくれたのがシュークリームでした。
甘いものといえば、よその塀から突き出ている柿を失敬して食べた経験しかない16歳の少年は「天と地が引っくり返るくらい」の衝撃をうけます。

この世にこんな美味しいものがあるのか。
その感激を胸に、彼はケーキ職人となります。

その後百貨店にも進出。お菓子好きの女性ならご存知の超有名店になりました。

今では年商20億円ということです。

初めて食べたものに感激して、ケーキに心を込める職人にならはった。

エエ、ハナシやねえ。

おたまも、ナマコ食べるのが、もうちょっと大きくなってからやったら、
今頃・・・・

ドエリャーことになってるかも、知れへんね



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2011年1月23日 (日)

初春歌舞伎・夜の部



(昨日の記事の続きです)

夜の部。座席は最前列の上手でした。
ここって、いいようで悪いんですよね。
ちょうど、花道の七三が見えない。前のめりになると右側の人に悪いしね。

「八陣守護城」(はちじんしゅごのほんじょう)
艶やかな御座船という大掛かりな装置で、やっと「初春やな~」と気分も高揚。「やっと」というのは昼の部がちょっと地味だったからね。

このハナシにはモデルがありまして豊臣の幼き二代将軍を守らんとする加藤清正が徳川家康に「よろしいな、豊臣にはこの子が居りますねんで、大きな顔してたらあきまへんで」とあいさつに行った際、毒を盛られるという伝説があるのでございます。
芝居では毒の効きが悪いのか、清正が元気モノなのか、
毒飲まされての帰り道(船上)敵方の使者が様子を見に行くけど「お変わりなし」。
さらに刺客を遣わすけどやっつけちゃう。

でも、ほんまは清正さん、いっぱいいっぱいやねん。
それを見せずに、船はゆくゆく波乗り越えて・・・
というお話です。

佐藤正清(清正):我当 雛衣:秀太郎 斑鳩平次:進之介

動きの少ない芝居で隈取我当、演じ抜かれました。
椅子で演技する先代仁左衛門を思い出しました

「吉田屋」
も~う。こんな男、絶対、いややわ。
ふにゃふにゃ、うじうじ、煮え切らない。
お金持ってるだけが取り得やのに、親に勘当されてすっからかん。
それというのも女の尻ばっかり追い掛け回して、商売なんかさらさらヤル気があらへん。
だから、紙の着物着てなあかんねん。それやのにプライドばっかり高くて、こんなところ(吉田屋)にノコノコやってきた。

和事はキライじゃないねんけどなあ・・・

金持ちのわがままな若旦那
あんな男と思ってもなぜか憎めぬ愛らしさ・・・

その、はんなりした、おかしみを、昔の鴈治郎で堪能させてもらった。何度も何度も。
それが・・・
ちゃうねんなあ・・・
「やつし」の花道の出では、零落した中の若旦那の気品や、店内に入れてもらう時のいそいそとした可愛らしさ、あんな男やけど「応援しちゃるぞ」と客に思わせるような・・・・・そんな見せ場を藤十郎では見られへんかった。

数年前「夕霧」の藤十郎にもそんな感想をもった。

藤十郎はご自分がお好きなのだろう。ご自分のお役やと思ってはるから、それでいいのだろう。でも、みているこっちにビンビンこない。
お歳なのかもしれない。
あんなに「かいらしい男」やったのに。

右隣の母娘も左隣の和服のご夫婦も寝てはったで。

和事はキライじゃないねんけどなあ・・・という声を帰りのエレベーターでも聞いたで。

「江戸宵闇妖鉤爪」(えどのやみあやしのかぎづめ)

ちょっと、ココから書く気力が・・・
走ります。

前半、テンポがあったが、その後は冗長。
松本幸四郎の大仰さがこちらに響かない。
見世物ショーの場面は要らんです。
衣装・装置工夫はあったが、脚本・演出。歌舞伎として練りこむにはまだ時間がかかるのではないか。
怪奇の世界に曳きずり込まれることはなかった。

おたま、くじけない。
二月。楽しみにしてるよ。



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2011年1月22日 (土)

初春歌舞伎・昼の部



正月気分で浮かれているうちに早、20日過ぎ。
この調子じゃ「あっ」という間にトシとるわ。
もう、取ってるって?ほっといてくれる?

大阪松竹座で公演中の「寿初春大歌舞伎」ですが
4日に昼の部、「土屋主税(ちから)」「男の花道」
20日に夜の部「八陣守護城」「廓文章」江戸宵闇妖鉤爪」(えどのやみあやしのかぎづめ)を見てきました。

ちょっと、気力が萎えてるねん。

さあさ皆さん寄っとくれ。聞いておくれって気分じゃ・・・ないねん。
わくわく、うっとり、満足のお芝居とは言い難かった
おたま個人の意見やからね。
覚書のつもりで書いておきます。

初代鴈治郎得意の「土屋主税」。
ハナシは忠臣蔵外伝で、吉良さんちの、お隣のお旗本が主人公。苦労知らず(たぶん)でまっすぐなボンボンを翫雀が演じます。
ぼんぼん、ご馳走ばかり食べてるのか呑気にコロコロしてはるところが任といえば任やね。ゆうても、討ち入りの第三者やからね。切羽詰ってないわね。

大高源吾の句に討ち入りを察知し大喜びする場面ですが、おたま、前から6列目にもかかわらず、オペラグラスのでっかいので翫雀の表情をとらえる。

だって、ここが一番の見せ場やもん。
止めた息をぱっと抜く瞬間、晴れやかな笑顔、艶っぽい目元・・を期待したのですが。わりと、あっさりやったです。

成駒屋ありきの演目で忠臣蔵は悪くないけど、去年の初春みたいに通しやったら、華やかな部分も楽しめると思うけど、外伝ですからね。
「明日待たるるその宝船」が新年らしいでしょ・・・ですか?う~ん。

創作劇「男の花道」
一世一代の二枚目、長谷川一夫が舞台、映画で、あるいは新国劇とのコラボで大当たりした人気作です。

ハナシは当代随一の名女形となった歌右衛門(藤十郎)と彼の命の恩人である蘭医、玄碩(幸四郎)の男の友情(見た目は男と女の友情)がテーマ。

この場に歌右衛門が駆けつけなければ玄碩は切腹。というシチェーション。
それって、「走れメロス」やな。
見どころは劇中劇。舞台上の歌右衛門が劇を中断する詫びと説明を実際の観客にするわけです。この場面は観客も芝居の一部に参加しているみたいでおもしろかった。
無骨な玄碩やけど、幸四郎、力みが強く、見ていてしんどい。(ま、好き好きやけど)この場に歌右衛門を呼んで見せようという時の、懊悩がもひとつ浅いねん。止むに止まれぬという男の面子がみえないねん。

ここでも、翫雀さんのお役は
お金持ちの権力者。ぼんぼん育ちのわがままもん。

笑ってしまうのは劇の間間のBGM。
あれは興ざめです。曲がひどい上に、音がでかすぎる。

おたまとしては、
消化不良の今回の初春、昼の部でした。
やはり、初春らしく様式美あふれる華やかなものを取り上げてほしい。
異色作は冒険でっせ。松竹さん。

役者より客を大事にしてくれぃ。

それは、夜の部にも言えるのですが

気力が残ってたら、夜の部レポートします。



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2011年1月21日 (金)

突っ張りはいらんです



今日のお花

119_003_2 チューリップ
    恋の宣言

カスミソウ
    清い心

そして・・・

見上げる白兎

固いつぼみです。
14・5歳の少女っていうところかな

それに比べてコレ

119004_convert_20110119204832 シンビジウム

・・・・・・・・

満開です。

お立ち台でブイブイのバブル嬢みたいやね。

おたまね、自分を花に例えたらサイテーな花やって思うねん。
サイテーな花ってないわなあ、
だったら、ムリに花に例えんかていいんやけど。

たまたま画像貼り付けたから、関連したこと言うといたほうがエエかいなって思っただけのことやけどな。

どこがサイテーかと言うたら、まあ仰山あるけど
最近ではアレやわね。

呑み会で京都に行ったでしょ
あの時、西本願寺さんで「報恩講」やってはってん。

3回忌とか33回忌とかいうレベルとちゃうねんで。
750年忌やねんよ。
親鸞さんの恩に報いる儀式をやってはるわけや。

ささ。そこや。

お坊さんがメチャたくさん、いてはったんよ。
ありがたいこっちゃな。

ところが、てんこ盛りの坊さんを見たとたん。

おたまな、最近トシかなあ。空耳やと思うけど
聞こえるわけよ。幻聴っていうんかなあ・・・

最初は小さく・・・だんだん大きく

「坊さんが屁をこいた・・・」「坊さんが・・・・」って
ささやきが・・・

ありがたい場所やのに・・・

トシちゃんが「どないしたん気分悪いの?」
って聞いてくれたのに、「坊さんが・・・」といったきり、もう少しでアワ吹いてたおれるとこやった。

お坊さんの姿に、ビックリ、妄想してしまったんやわ。
純情やろ

ずっと昔、テレビ、探偵ナイトスクープで、
「ほんまに、坊さんは屁をこくのか」という実験をしてはった。あらゆる宗派を越えて、一晩かけて。それはそれは感動のドラマやった。

昔、某ブログコメでそんな話が出たことがありました。
「だるまさんがころんだ」をどういうかって話。
そのとき、このテレビ番組のこと言うた。
「信じられん」という声無き声に耐え抜く、おたまやった。

だから、最近、お寺は「鬼門」やねん。
坊さん見たら笑けるねん。笑うたらアカンと思ったら油汗がでてくるねん。

坊さん、まさかこんな可愛いおたまがそんなこと、思ってるとは露知らず、にっこりお辞儀してくれはるんねん。

坊さんみて「屁」をおもう・・・・。
なんとかせなあかん。

ねっ?サイテーやろ。

「百の説法屁ひとつ」
長い間苦心して積み上げていたものが、些細な失敗で崩れてしまうこと。

別の言い方 「アジャパー」

上品で鳴らしたおたまのブログも
この、記事で「アジャパー」やったりしてね。
 



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2011年1月20日 (木)

ヨーコさんへ



119_005_2 119_006

 兎の登坂・・・持ち前の力を出すこと。

東京のヨーコさんから電話をもらった。
声を聞くのは3年ぶりくらいだろうか。
息子達。平凡が結婚したこと、明星が東京へ行った事を年賀状で知らせたためだった。

・・・・・・・・・・・・・・

おたまは不思議に「ママ友」がいない。

ある日、小学校の参観日に、親しいT子さんが同じ教室にいて驚いた。もちろん、同じ歳の子どもがいるのは知っているが、クラスメイトだとは思わなかった。
そんなふうに、子どもを通じて親しくなることはなかった。

ココへ来る前に住んでいた大阪のマンションでは新築に同世代の人がわっと入居したのですぐに親しくなった。
皆、同じような小さな子を抱えていた。

「ママ友」と言えるのはその頃の友人だけだ。
その中でも、ヨーコさんと、おたまんちは、共働き家族で、保育所も同じだったので何かと協力しながら子育てをした。
専業主婦の友人達にもそれはそれは良くして貰った。

子ども達もどこが我が家かわからないくらい行き来して遊んだ。

長男が小学校入学の前日に我が家は今のところに越してきた。

前置きが長くなったが、前述のヨーコさん。

彼女と知り合った頃、「まっすぐ前を見ている人だ」と思った。

非常に優秀な人で、思う存分に仕事をしていた。
乞われて東京へ移ったが、彼女の能力を生かすには、仕事以外のところで厚い壁があり、思うように力を発揮できるステージに立つことさえ難しいようだ。彼女をつぶすなら、あの組織はたいしたこと無いとおたまは、思ってしまう。勿体無い。

そのヨーコさんが
平凡が結婚したことを、「お父さん(ひっちゃん)がいたらどんなに喜んだことか」と言って電話の向うで泣いていた。
お互い乳飲み子を抱えて、忙しさに押しつぶされそうになりながら頑張っていた頃がよみがえった。

夫の死を知らせたのは、その年の暮。「喪中欠礼」の葉書だった。
すぐに東京から飛んできた。
彼女がどんなに忙しい人かを知っていたので申し訳なさでいっぱいだった。
彼女の夫さんも「兄弟みたいな付き合いと思っていたのに水臭い」と言って怒った。

彼女はおたまのことを「強い人」という。
「きっと、いつもきらきらしてるんだろう」という。

そんなこと、無いんだよ。

でも、貴女にそう思ってもらいたいから、そうする。

ヨーコさん、
おたまも貴女ほど「強い人」は知らない。

そう信じてるから、困難を跳ね除けてほしい。

「私流でやるしかない」って年賀状に書いてたね。
貴女らしく頑張ってほしい。

貴女がともだちであるのは私の誇りだから



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2011年1月19日 (水)

おおかみなんか怖くない。



昨日、「声が掛からない」ってハナシをしましたが、
そうそう、思い出しました

「掛からない」わけがない(出た!ビッグマウス)

かの、戎橋(通称・ひっかけ橋)でナンパされたのです
そんなに古いハナシではありません。イエィ
去年のクソ暑い、夏の昼下がりでした。

ここで、清く正しいウバユリさんの為に補足説明です
ナンパ:面識の無い異性に路上などで声をかけデートに誘うこと

松竹座の歌舞伎の開演には少し時間がありました。
寄り道予定で少し早めに出てきたものの、ソコが閉まっていて、どないしょうかなあ、中途半端な時間やなあと、橋の上から下を見下ろしていた時

「お姉ちゃん 時間待ちか?」

お・お・お姉ちゃん。・・・なつかしきその響き。
えっ?おたまのこと?アナタはだあれ?みのもんた?

見れば、昔のお兄ちゃんのニコニコ顔。

その方も開演待ちで、川で涼もうと思ったけど、あまりの暑さで
「そこで、ちべたい(冷たい)もん飲んで待ってよか」と面識の無い異性、おたまに声をかけたのでした。

全世界に向けて申し上げるけど、
おたま、貞操観念はカチンカチンに固い。

「貞女は二夫にまみえず」(by「史記」)

おたまの座右の銘は↑コレでございます。

しかし、「そうしましょう」とあっさりオッケー

どないなってますねん。危し!おたまちゃん。

あまりの、暑さのせいか!はたまた・・・

このお兄ちゃん
人生長いから、ハナシも面白い。

戦争に二回も行かされたんやで。
イラク戦でもなければベトナム戦でもありません)

仕手で大もうけをしたけど、子がいないので後はどうなるんやろな。

趣味は旅行。クリスマスから正月はベルリンフィル聴くのが楽しみや
現地でです。)

家内は新聞記者で文芸担当やったから、いつも宝塚(歌劇)に張り付いてた。ワシの歌舞伎好きも家内のおかげや。
(某タカラジェンヌと俳優のロマンスをスクープしたのは奥さまだそうで。)

幕間でも、コーヒーをご馳走になった。

「歌舞伎はな一日でも早うから見ときや」

お元気な87歳。
ジーンズを穿いておられた。
粋でおしゃれなそのいでたち。

背筋を伸ばして颯爽と歩かれる。

ふつう、一人でお出掛けしない、お年じゃないの?
しかも、
炎天下

で、別れの言葉が
「元気で生きてなはいや!」

お辞儀をしながら心の中で言いました

お兄ちゃんもね

一期一会。こんな出会いもあるねんね。

「男はみんな狼よ」ってママが言ってたけど、
ううん。そんなことない
おたま、びびってないで、誰にでもついていっちゃおう

かな?



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2011年1月18日 (火)

河内弁



今さらやけど、
「パッチギ」って「バチキ」のことやってんね。

 

「バチキ」って知ってはる?
でぼちんとデボチンでごっつんこすること。やねん。
「でぼちん」って知ってはる?
おでこのことやねん。

 

ああ、じれったい。
頭突きかます、ことですがな。

 

 

映画「パッチギ」を見たのは、2006年の今頃でした。
ひっちゃんが亡くなった後なのでよく覚えています。

 

映画館で見ました。
長男と大阪に出掛ける用事があり、その帰りでした。
オッサンになったわが子と映画やなんて・・・
色々な手続きやらで行動をともにしてくれました。

 

 

今さらやけど、
あれが、沢尻エリカ様だったのね。
なんか、顔立ちの整った性格悪そうな子やなあって思った。

 

映画を見終わって、近くで働いているMちゃんを呼び出して、お茶をした。息子に「おたまちゃんのこと頼むで」って言ってくれてたっけ。

 

 

ああ、そんなしんみりしたこと、言うてる場合とちがいます。
けふは、関西文化の誇りである、河内弁の展望について考察するはずやった。

 

頭突き=ばちき にハナシを戻しましょう。

 

「パッチギ」じゃなくて
「バチキ」って言うてくれたら、ようわかったのに・・

 

「バチキかましたろか」「バチキほりこんだろか」
なんて、お下品なことばが常時飛び交う、わが10代の生活環境でした。

 

だって、河内の子やもん。

 

待ち合わせを→「マッチきる」
目と目があう→「メンチきる」
おしゃれする→「ナリをきる」

 

もちろん、女の子はこんな言葉は使いませんが、男の子は何でもかんでも「きって」ましたわ。

 

ヤンキーという言葉も全国区になり、当節、茨城県にお株をとられたけど。
我々の時代は河内弁の「やんけ」言葉を使いつつ、
「ヤンキーファッション」とよばれるズボンを腰で穿く男の子のことを指しました。

 

中学の生徒手帳には「ヤンキーベルト禁止」って書いてた。

 

だから、今の使われ方(ヤンキー=不良)には違和感がある。

 

ウィキペディアで見たらやはり、「やんけ」言葉から発生したみたいなことが書いてあったわ。

 

で、その「河内弁」の「やんけ」を使う人も少なくなっているみたい。
特に若い人のあいだではね。寂しいこってす。

 

 

中学の担任は河内のど真ん中出身。
「おまえら、宿題もさらさんと、何さらしてけつかんねん。この、どあほぅが」
って、これ国語教師でっせ。後に校長になり、教育委員会のえらいさんにならはったけど。

 

そんな風に教育されたから、河内弁大好き。
ガラが悪くても下品でも。

 

 

次男・明星が初めて東京に行く時、ひっちゃんがはなむけの言葉をおくりました。

 

「明星、ええか。東京弁になって帰ってきたら
                  家に入れへんぞ」

 

もっと、言うことあるやろ

 

我が家の子は、ここ育ちなので、河内弁は使えない。
そういう、ひっちゃんも大阪市内育ちなので、河内弁ではない。

 

 

河内弁の消滅を危惧するおたまは調査に乗り出すつもりでおます。

 

で、道頓堀は戎橋あたりを10往復するんだけど

 

掛からないわねえ。お声が。

 

 「ねえちゃん。
     ちゃぁ、しばかへんけ?」

 (お嬢さん、お茶でもいかがですか?)

 

やっぱり、河内弁を使う若者が減ってるわ。

 

危うし。河内弁!


 


 

 

 

 

 

 

 

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2011年1月17日 (月)

1月17日



1月17日。
あの朝の静けさを、覚えています。

大地も人も静まり返った地震(なゐ)の後。

全てが沈黙してしまう。
そのような天変地異でした。

Kosi_002

信号も街灯も消えた真っ暗な道路。
「闇」というものを初めて知りました。

悲しんだり、怒ったりするのは、ずっとずっと後になってからです。

皆、闇の中をただただ歩くだけでした。

 「飯握る熱き手のひら阪神忌」 おたま

闇の中に光があるとすれば、それは「人」です。
人は人の為に「動く」ということを知りました。

阪神淡路大震災のことを書くには少しエネルギーがいります。
今日はただ、6千余の御霊と、それに連なるたくさんの方々の安らぎと幸せを祈りたいとおもいます。



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2011年1月15日 (土)

をんな正月



「あけましておめでとうございます」
やれやれ、おたまにもやっとお正月がきましたよ。

ボケてんのと、ちゃいまっせ。

1月15日は小正月です。
女正月(めしょうがつ)(おんなしょうがつ)ともいいます
旧仮名遣いでは、「をんなしやうぐわつ」と書きます。

元日から七日までの大正月を男正月といい、
松の内は、何かと忙しくしていた女達に&いつも男に虐げられている女たちに&いつも日陰で泣いている女たちに・・・
やっとお正月がくるのです。

なんだ坂・こんな坂・「おんな坂」

円地文子の「女坂」お読みになりました?
ひどい話でしょ。おたま、本を引き裂いて大暴れしそうになりましたよ。

お三味線の師匠から「をんな正月をしましょう。遊びにいらっしゃい」と電話がありました。

Kosi011_convert_20110114190914

諸般の事情でお稽古はもう半年もお休みです。
でも、時々、おしゃべりをしに行きます。
「おたまちゃんが来てくれたら笑うことがあるわ」って言ってもらいます。

Kosi_015 Kosi_016

ウサギちゃんたちのお出迎え。
今年は卯年。元気に跳ねませう。

師匠のお家からは池が見えます。
鴨がたくさんやってきています。

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徳利をぶら下げているのが、おたまです。
                      (嘘やで)

「おぜんざいをしたので、お昼は簡単よ」と
ご馳走になったのが・・・

Kosi_012 小どんぶりに入った
ちらし寿司

具沢山お汁は
葛でとじています

お手製甘酢生姜

もちろん、おぜんざいも完食。

オオイシカッタ、キラマケタ。
ウマカッタ、ウシマケタ。

優しさもいっぱい、およばれして、とってもいい一日でした。



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2011年1月14日 (金)

本願寺界隈



今日のお花

Ako_041b

シンビジウム/高貴な人。飾らない心。

友人Kさんからのプレゼントです。
嬉しい

年明けから出掛けることが多くて、おんやまあ
ビックリのもう、14日なのですね。

昨日は呑み会仲間の初例会。
幹事・トシちゃんの発案で今年親鸞聖人750年大遠忌を迎えた、京都は浄土真宗総本山・西本願寺へ行きました。

おたまんちは浄土真宗だから、それはそれは有り難く、意義深いお参りでした。
アコさんは臨済宗。スミちゃんは曹洞宗。言いだしっぺのトシちゃんは、浄土宗だそうです。

みーんな、お釈迦さんにたどりつくからエエんとちがうの?とトシちゃんは言いますが、よくわかんない。

近松のお芝居では、心中する前に宗旨替えするのよ
(男女の宗旨を揃えるのです)
だって、せっかくあの世で一緒になろうってことなのに、
くもの糸をたどっていった先が違う所だったら、
死に甲斐がないじゃん。

だから「えっ?おたく、大日はん(大日如来)でっか」
「いや、かなんわ。うち、阿弥陀はんですわ」

ああ、聞いといてよかった。
じゃあ間違わんようにな、この紅白の糸でっせえ~~

どっぼ~~~ん    てな、感じかしらね。

本願寺界隈は仏具屋、法衣屋、数珠屋。もちろんお寺もたくさん。
独特の門前通りの雰囲気です。

Kosi_001_3 Kosi_009_2

写真左は、東本願寺別邸・渉成園の塀です。
メチャ。長い。
写真右のお数珠屋さん。ご主人は17代目。

堀川通りを挟む総門の正面に
巨大な「西本願寺」(ちなみに世界遺産)。

その裏手が、豪奢な隆盛を誇った花街・島原っていうのも、人間・親鸞らしくて、結構でございます。

お参り前に腹ごしらえをしました。
「湯葉料理」をいただきながら、お酒は、「久保田」と「八海山」をチョイス。

ほんのり、ピンク色で本願寺へ参りますと、
「報恩講」の真っ最中でありました。

Kosi_010

この、おお馬鹿もんが !

でも、門徒おたまには判ります。
親鸞さんの願いは「世の中安穏なれ」

ほろ酔いおたまを、喜んで御招きであります。

浄土真宗のご本尊は阿弥陀如来。

阿弥陀様。どうぞ、おたまに
太目のくもの糸を垂らしてくださいますように。

「報恩講光て黒き床の冷」 おたま



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2011年1月13日 (木)

友への手紙



思えば恥多き人生を歩いてきた。
わが未熟さゆえに、どんなに、貴女を

ズタズタにし、
ボコボコにし、
メタメタにしたことでありましょう。

穴があったら入りたい。

穴がなければ、
ボーリングして1500㍍ほど穴を堀りたい。
温泉でも掘り当てたら・・おおもうけや。

そして、温泉に入りたい。

・・・・・・・・・ありゃりゃ?

「わが心の友へ」

貴女は誰よりも、おたまのことを一番に考え、進むべき道を指し示してくれました。
その、善意にあふれるあなたの声を、決してわすれません。
それなのに、不肖おたま、いつもいつも逆らい。無視し、耳に栓をしてきたのです。

貴女を信じることができなかった・・・
わが、度量の小さきがゆえに。

心の底から信頼関係をむすぼうとしなかった・・・
愚かなワタシ・・

今頃、貴女の素晴らしさに気づいたけど、もう遅い。
貴女に変なあだ名をつけたり、言ってはいけない言葉を投げつけたこと、本当にごめんなさい。

貴女を紹介してくれたディラーY君にまで、「あの子、頭、悪いんとちゃう?」って毒づきました。許してください。

本当にゴメンネ。  「ナビ子」

貴女が「Uターンしてください。」って言うたびに直進したわね。
何度も何度も「Uターンしてください」って言う貴女に、
「じゃかーしいわい。だまっとれ」と、貴女の口を封じたこともあったけ。

それなのに、貴女は文句も言わず・・・去っていった。
時代遅れと笑われながら。

今、
従姉妹の「ナナビ」ちゃん。良くやってくれています。

おたまが、調子こいていたら
「そろそろ、休憩しませんか?」ってささやいてくれる

変なところに停めようとしたら、「盗難多発地域です」って注意を促してくれる。

そのたんびに、おたま「ありがとう」っていいます。
もちろん、「ナビ子」の分までも。心をこめて。

それから、これも、申し添えておきましょう。

きっと、貴女の親戚だと思うので今では、
彼女達にも「ありがとう」「ありがとう」って言ってます。

「お風呂が沸きました」って知らせてくれるお姉さん。
「扉が開いています」って言う冷蔵庫姉さん。

「起きんかい!起きんかい!」
ちょっと、ムッとするけど、めざまし姉さんにも。

           涙で前が見えない、おたまより



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2011年1月12日 (水)

赤穂へ



てなわけで、次男坊殿下は我が家に3日間滞在し
東京に戻られたのでございます。

赤穂銘菓。
かん川本舗の「塩味饅頭」を職場へのおみやげに。

何ゆえ赤穂みやげ?
はい。赤穂に行って来ましたです。

3日間のうち
一日はおばあちゃんち。
一日は地元の友人と朝まで遊んで、
一日は、おたまの一人吟行のお付き合いをしてくれました。

「どこに行きたい?」というので
「赤穂」とテキトーに言いました。
どこでもよかってん。別に行かなくても良かってんけど
きっと親の喜ぶ顔が見たいのだろうと、おもんぱかり
そう言いました。

「赤穂」は先日初春歌舞伎で忠臣蔵関連のお芝居を見てきたしね。(今月,もう一度夜の部を見るので、あわせて記事にしようと思っています)

Ako_016_2 赤穂岬

大石見返りの松

ほんまかいな!

  「沖光り春の気配の誕生日」 おたま

Ako_019 大石神社は

ほぼ、テーマパーク化
しております。

Ako_020 Ako_022
Ako_023
チームリーダーの大石さん以下47名のメンバーの像が建ってるんやけど、
なんだかなあ・・。

帰りの車の中でずーっと、赤穂浪士の話を言わされて
もう、おたま、喉がカラッカラ。

明星ってなーんにも知らん子やねん。
ほんで、「わかるように、説明せえ」って言われても、おたまも、そのときに生きていたわけじゃないし、
ハナシをしたら、「そんな、あほな」って突っ込んでくるし。

「浪士」を「労使」って思ってた人に説明するのって、大変でっせ。それで、文句言いやる。

 まるで、おたま、「傘屋の小僧」やわ。

骨折って、叱られる・・・ってか。ちゃんちゃん。

まあ、楽しかったです。



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2011年1月11日 (火)

何も文句ないです



おたまの気持ちをわかってくれるのは

この広い地球上に、この人しかいない・・・と思う。

それは、

   ひろやんヨメ奥様だ。

次男、明星が東京から帰ってきました。
そのオハナシは一昨日させていただきましたわね。
忘れちゃいやよ。

そうそう、(30人乗りの)フェラーリで帰ってきたのよ!

彼は家へ着くと真っ先に、おとっつあんの仏壇にお線香をあげました。
そして、「おばあちゃん元気?明日、おばあちゃんちに行くわ」といいました。

「おうおう、そうかそうか そりゃあ、おばあちゃん喜ぶわ」

ま・ま・仏さん。そして、おばあちゃんが順番やわなあ。

さて、お次は・・・・

おたまちゃん・・・・・・

            腹減ったわ

「おうおう、そうかそうか お母ちゃんが今美味しいもん、こさえたげるさかいにな。」

そこへ、
兄平凡がやってきて、新居へ案内するという。

ま・ま・そうやわな。まだ、ヨメにも会ってないしな。でも、真綿嬢は今日はしごとやけどな。とりあえず、家だけでもな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ひょっとして、もしかしたら、
いや、たぶん。パハップス。

 忘れてる ?!?母の誕生日

イヤ、それは無い。ありえへん。

 うちの子はひろやんと違う。

やはり、カレンダーにハナマルをつけて目立つところに掛けておくべきだったのか。鼻歌で「ハッピーバースデー」とさりげなく聞かせるべきだったのか。
海鼠(ナマコ)を買いに行くべきか。(誕生日にはこれを食べるならわしですねん。おたまのバースデーなまこ!)

ああ、でも「えーっ!本人でさえ忘れてたのに、ちゃんと覚えてくれてたんやあ・・・」って言いたいやんかいさ。

ねえ?ひろやんの奥さま。

打ちひしがれているところに、明星クンがら電話

「誕生日やろ?プレゼント一緒に見たほうがいい?ボクが勝手に選んだほうがいい?」

で、明星氏に選んでもらうことにしました。

な~~~~~んか。わざとらしい。
あれ、兄、平凡にきいたんやで。絶対。

この、声の調子・・・  忘れてやがった

でも、ええねん。
帰ってきてくれただけでエエねん。
プレゼントなんかいいのに・・・。

フェルト生地のなかなか可愛いジャケットを買ってくれました。

で、記念撮影もしてくれました。

「このカメラ精度がエエから ぶっさいくに写るわ」

と言われても、嬉しい限りのおたまでござりまする。



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2011年1月 9日 (日)

いざ鎌倉



日本全国津々浦々のみなさま。
水の地球。奇跡の惑星にお住まいのみなさま。

お早うございます。

ふっふっふっ

かえってきますの。もどってきますの。
税金還付金でもなければ、エコポイントでもない。

我が家の輝く希望の星。ナイスな次男坊殿下。
小学二年生まで指をしゃぶっていた、

明星が。

東京からフェラーリ夜行バスで帰ってきます。

お休みがとれたそうです。お正月の替わり?
ううん。違います!違いますとも。

おたまの誕生日だからに決まってます。

そうに違いない、そうだ。それしか考えられない。

彼は今はビンボーたれですが、いつかきっと
そのうち必ず、母おたまを

湘南レディ にしてくれるそうです。

鎌倉あたりの老人ホームを探してくれるそうです。
(えっ!老人ホームなんや

ま、ええわ。
鎌倉っていえば東京の文化人が文筆活動に専念するために住むところじゃないの?永遠の処女がひっそり暮らすとこじゃないの?

おたま、作家でも、女優でもないけど、なんとなく「お似合い」って感じじゃございません?

今年のベベちゃんとの旅は「下見」も兼ねて鎌倉を予定していますのよ。
お~ほっほっほっ。
なんてったって、大仏さんと源頼朝しか知り合いがいないのでね。

兵庫県のみなさま、さようなら。
おたま、もうイノシシと暮らすの飽きました。
神戸は素敵やけど、洋菓子が美味しすぎて体に悪い。

甘いもんのことを、いつからスウィーツって言うようになったのでしょう。
けったいやなあ。
ケーキもクッキーも洋菓子でヨウガシ

うふっ
うれしくって、オオボケかましちゃった。

ああ、早く帰ってこないかなあ・・明星ちゃん。

 「誕生日生まれ変われるなら海鼠」 おたま



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2011年1月 8日 (土)

たこ焼き考



No1_001_2

大阪・道頓堀にて

道頓堀の「大タコ」がモメにモメて結局、営業再開しています。
ハナシをかいつまんで申しますと、

道端でこじんまりやってたたこ焼き屋台が、超有名になってしもて、ガイドブックには載るわ、行列はデキルわ。
でも、ソコ市道やで、そんなトコで商売してもろたら「どんならんな」と大阪市が口を挟みだしたんが、営業開始から40年もたった、今頃や。

同じとこ(場所)でたこ焼き焼くのは、あかんねんで。屋台って言うねんからウロウロしてもらわんと。

ほなら、チョットだけ動くわ。と数メートル移動した。
(子どものケンカか!)

(この先の成り行きは省略)

結局は道頓堀を愛する色んな方の肝いりで、形をかえた営業再開になったわけです。

いわば、社会のルールを守らん人に肩入れするのも、
それが、「たこ焼き」やったからにほかなりません。

これが、ワッフルやクレープの店なら、とっくに

強制代執行やわな。

(強制代執行・公園のレゲエのおっちゃんのテントを撤去したりすること)殺生でっせ。あんじょう手配りしてから頼みまっせ。

なんで、みんなたこ焼きがすきなんやろ。
前の大阪府知事は「たこ焼き」みたいなお方やったし。
今の知事もだんだん、たこ焼き顔になってきてる。

ま・彼は「タコ」やねんけどな。

一家に一台「たこ焼き器」がある。というのは、ほんまのはなしです。

もちろん、おたまんちにもあります。

No1_002
大阪ガス謹製。たこ焼き器。21穴。
1973年製。

「これが、使えなくなる」

ただ、その一点のみの理由で、オール電化を躊躇する、我が家でございます。

で、昨日の話の続きやねんけど。
≪初たこやき≫

元日の夜から「たこ焼きパーティ」でした。
我が家はたこ焼きというより「明石焼」に近い感じで、「おだし」につけて食べます。二杯酢に一味唐辛子を入れてもおいしいです。

新妻・真綿ちゃんの手際のいいこと。
人間はおっとりしているんだけど、食べることに関しては「機敏」です。

たこ焼きをやく段取りとか手順とかは、幼い頃からあちこちの店の最前列でじーっと観察して大きくなった関西の子ということがよく判ります。

うまいこと焼いてくれました。

「おお、おお。よかヨメじゃ」

おたま、ごきげんな、初たこ焼きでございました。



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2011年1月 7日 (金)

初づくし



≪初夢≫

おたま、チャーハンを作ってました。

大勢で旅をしているんだけど、民宿のおばさんが、すごく忙しそうなので、チャーハンを作りました。卵を入れるの忘れました。あれは、「おたま劇団」かもしれない。

なんと、東京の友人エンジェルも、初夢で中華なべを振り回していたそうです。

どゆこと?

≪初読≫

「寒山拾得」(森鴎外

年の初めに、己を省み、恥じ、戒める。
そして・・・・・そのことを・・・・、すぐ・・・

    忘れる         あかんがな

≪書初め≫

今年の目標「捨てる」を広告のウラに書く。
えーっと、どこに貼ろうかな。
そや、まずこれを捨てよう。
なんて、書いたっけ?・・・・もう、

   忘れてる            あかんがな

母おたまは、こんな風ですが
かしこい次男坊・明星ちゃんは毎年、お書き初めをしました。
では、作品の数々をお見せしましょう。

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小学5・6年生の作でございます。
「綿棒」字が間違っております。お笑い下さい。
この子の学力ではいっぱいいっぱいです。

「猪木ボンバイエ」我が家のギャラリーに
貼っておりましたので端が破れております。

素晴らしい! ブラボーでございましょ。

意味がわからん?まあね。

≪初昔≫

俳句には趣きのある言葉が多いです。

つい最近であった前年を振り返ると、
それはもう昔であるなあ、という気持ちで
「初昔」(はつむかし)という季語を使います。

どんどん忘れないと、時間に追いつかれてしまいますわね。
ああ、そういう意味ではないのか。

≪初たこやき≫

あっ、これは又、今度にしますわ。



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2011年1月 6日 (木)

悼・中村富十郎



長谷川櫂の新春詠に驚いた。

 「海老蔵の切った張ったや花の春」 長谷川櫂

もし、この、海老蔵が当代のことであるならば
「冗談はよしこさん」と言わせてもらう。
どこが、花で春であるもんか

酔っぱらいのチンピラがボコボコにされた。
人間国宝を自称する大うつけである。

人間国宝が名前だけでなれるなら、
わしゃ税金はらわんぞ!

真の人間国宝の訃報が飛び込んできた。

中村富十郎

30年前、歌舞伎っておもしろいなあと思わせてくれた人だ。
ごっつい、おっちゃんが「かむろ」になれば、童女としかみえないのである。

「おたまちゃん、どの役者さんが好きなん?」
と聞かれたら、迷わず「富十郎」と答えた。

歌舞伎チケットは当時(今でも)主婦のお小遣いで、まかなうには高額だった。
映画なら何本も観れる。食事もできる。お茶も飲める。
だから、「損」をしたくなかった。

富十郎なら、安心して「元をとれる」
満足させてもらえた。
「この人が出るなら見ておきたい」そう思わせる役者であった。

息の使い方、継ぎ方、台詞回し。目の使い方。

もう、25年くらい前になるか、「円熟期」の勧進帳・弁慶を見ておけたことは幸せだった。

しばいは勿論のこと、踊りのうまさにもひきつけられる。
見ている間は時間が止まっているような感覚に陥った。

松竹座杮落としの寿三番叟。

勘九郎(当時)との共演であったが、踊りの名手と言われる勘九郎が「罰ゲーム?」と気の毒になるくらいであった。
若々しさ、ダイナミズム、楽しさ・・・格が違った。

実力では歌舞伎界の頂点に立つと言われながら、この世界いろいろござるらしい。
傘下・一門に加わらずとも本領を発揮できる役者はそういない。
逆もまた真で、実力も無いのにマスコミ人気で番付に上がる者もいる。興行の世界だから仕方無いのかもしれないが。

中村富十郎

非門閥でありながら際立つ実力で人間国宝となった。

海老クン。人間国宝って、そういうことなんだよ。

おたま、ホントに寂しい。



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2011年1月 5日 (水)

買い初め



 「初市や跼(しゃが)みて選ぶ福寿草」 おたま

新年に初めて開く市を「初市」と言い、初めて物を買うことを「買初」(かいぞめ)・「初買」(はつかい)といいますのよ。
皆様の、今年のお買い初めは何でしたか?
別に返事はいらないです。
社交辞令で聞いてみたのですってば

元旦から開いている店が多いので、店のシャッターに「謹賀新年」の貼り紙を見る風景も少なくなりましたね。

2日の「初荷」にのぼりを立てて走るトラックも見かけなくなりました。
注連飾りをつけた自家用車も、ほとんど走っていません。


おたまんちは、つけています。
セレモニー好きのひっちゃんの遺志を受け継ぐのであります。
「もう、恥ずかしいからやめようよ」と言っていた妻子も、今は黙ってつけています。
たとえ、この日本国土に、そんなもの つけているのが我が家だけになろうとも、守りぬく、所存です。エイエイオー

お正月の「おめでたい感」がどんどん薄れていく中、「おめでたい」人間が、それをしなくて、なんとしましょうぞ。

我が家の「初買」はいつも、京都の東寺さんと決まっていました。
元日か2日の夜に実家に泊まった帰り、京都へ廻ります。お参りはかたちばかりに、お目当ては、境内の骨董市です。

 「神さんとみれば拝んで初詣」 おたま

香炉・小さな火鉢・九谷焼のお雛様・大正ガラスのグラス・古布・汁膳・・・・

毎年、一つだけ買い物をしました。

古布で姑が作ってくれた座布団は、まるで、明治のおばあちゃんがちょこんと座るような味わいです。

京都の料亭で使われていたのでしょうか、汁膳10枚組は明治時代の新聞紙に包まれていました。

でもでも、年々、出店の数が減り続け、初買いの楽しみもなくなりました。
「買い初め」は別の場所に移りました。

 「買い初めや鏡上向く帽子店」 おたま

何かひとつ。今年の幸せを予感させてくれるもの。心がほわっと喜ぶようなものを、ひとつだけ選びましょう。

で・・・今年の買い初めはこれで、おまんねんやわ。

帽子と、違います。

201101_005_4

ケイトスペードの
お財布

中を開くと真っ赤なノエル柄がカッコイイ。
これで、おたま、今年は

ニューヨーカーってわけでおまんねん。

「おまんねん」って言う時点で関西人やけどね。

アウトレット価格のさらに、
新春プライスやってん。

って、「いかに安く買えたか」を自慢するのも

関西人やね。

 



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2011年1月 4日 (火)

おめでとうございます



今日のお花

201101_001_2 あけまして

  おめでとう

   ございます

昔は若松を七・五・三に生け、水引を掛けて床の間に。
万年青(おもと)も同じく七・五・三に葉組して玄関に。
それぞれしつらえたものでございます。

いかん、いかん。

姑がいないということは、ヨメを堕落させるのでございましょうか。

ええ、これではいけません。なりませぬとも。
おたま、今年は姑元年
ビシバシやったんねん。

 ふぁふぁ・はっ・はっはっ・はっ(初笑)

正月早々、失礼、こきました。

最近、独り言が多くって。

正月?やってきましたよ!、おたまんちにも。

さくさく、こなす恒例行事。

「大荒れ」の天気予報に朝寝を決め込んでいた元旦。
前日より泊り込み食い放題の長男平凡が

「おたまちゃん、晴れてるで」

と起こしに来たのが6時00分。
「ひえ~。ほんまかいな。そうかいな」と慌てて下へいきますと。真綿嬢は顔の突貫工事中でありました。

トンテンカンテン、パタパタパタ。

「これで、大丈夫でしょうか」「ウン。イケテル、イケテル」と新婚カップルの美しい夫婦愛や。

本日の日の出は7時06分。

大急ぎで「墓参り」のお支度です。

 「初日の出夫の墓より拝みけり」 おたま

何ということでしょう(ここ、ビフォーアフター調でお願いします)

きれいな初日の出を見ることができました。

まるで・・・・そう・・・

Drスランプあられちゃんの「朝~~~」みたいな。

  

オット、忘れちゃいけない墓参り。
ご先祖さんにヨメをば、紹介せねば。

聞くところに寄れば、平凡はまだ一度も真綿嬢を墓に連れて来ていないそうです。
おたま、こっぴどく叱ってやりました。

 「韓国ドラマやったら、
      とっくに連れて来てるで  」

お餅やら、お酒やらを供えて、おせちを一口ずつよばれて、
帰る頃には、雲がでてきました。
日の出と墓参りの時だけ、素晴らしい空だったのです。

これもひとえに・・・・おたまの・・

ま、皆まで言うのはやめておきませう。

そんなこんなで、今年のスタートです。
良い一年になりますように



  

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