« 盛り上がるハナシ | トップページ | 懐かしの給食 »

2010年11月30日 (火)

脱脂粉乳



脱脂粉乳の飲めない子どもでした。

明るく素直な良いお子さんですが、ミルクを飲めるようになりましょう。
時々忘れ物をしましたが、早く、ミルクの飲める子になりましょう。
もうすぐ2年生。頑張ってミルクを飲みましょう。

ううぇーん。もうやめちくれ。田中センセ。

給食が済んだ子から、運動場に遊びに行けるのに、
休み時間の間、ミルクの入ったコップとにらめっこでした。

あの頃、コップ持参でした。
給食袋の中は敷物,お箸箱とミルクを入れてもらうコップ。

親に頼み、すごく小さい赤いコップを買ってもらいました。

牛乳は飲んでいました。幼稚園では牛乳のおかわりもしました。
でも、脱脂粉乳は全くダメでした。

小鳩くるみちゃんの、ミルクのみ人形がうらやましかった。

その日、みんなが帰ったあとも、教室で一人、赤いコップとにらめっこのおたまでした。ミルクは1センチくらいしか入っていないのに。

先生は澄ました顔で教卓で仕事をされていました。

どれくらい時間が経ったでしょう。
先生がそばに来られました。

「おたまちゃん。センセ。負けました」と言って頭をさげられました。

やっほー 無罪放免です。

「アメリカの豚のえさになるもんなんか、飲めんでちゃ、よか。よか。」と近所のおじさんは言っていましたが決してそんなつもりではなく、本当に飲めなかったのです。

二年生になるとき、クラス替えは無いのに担任の先生が替わることになりました。なぜか田中先生は隣のクラスの担任でした。

全く覚えていないのですが、おたま暴れたそうです。

    

「田中センセがよか~。田中センセばいっちゃん(一番)好いとお。
ダテ先生はイヤ~。ダテ先生、いっちょん(少しも、全くもって)好かん~。」って。

田中センセとダテ先生は仲が良かったらしく、いつも一緒におられました。
学年があがって、小学校を卒業するまで、ダテ先生からは

「ダテ先生。好かん。すかん。いっちょんすかん。って言いよらしたばってんが、ダテ先生も、まあまあ良かろうが?」と、よく聞かれました。

そのたびに、「うん。すいとう(好きです)」と言っては、頭をぐしゃぐしゃに撫でてもらっていました。

 


 


| |

« 盛り上がるハナシ | トップページ | 懐かしの給食 »

ちびたま時代」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 脱脂粉乳:

« 盛り上がるハナシ | トップページ | 懐かしの給食 »