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2010年9月18日 (土)

思春期の入り口3



いつものように会い、私は熱いレモネードを飲んでいました。彼は、珈琲だったとおもいます。

「死のうかとおもってるんや」と彼がいいました。
口にすることで考えを整理しているようでした。

吃驚しました。
なぜなら自分が思っていることと一緒だったからです。

それで、「私も、死のうかと思ってる」といいました。
(正確に言えば「死んでもいいな」と思っていました)

そこで、「じゃあ、一緒に死のう」ということになりました。

それで、「次に会うまでにお互い≪方法≫を考えておこう」ということになりました。

一月の寒い日だったとおもいます。

あちらの抱えていたものが何だったのかは詳しくききませんでした。又、こちらの持っているものも詳しくはなしませんでした。

 

若さとは、乱暴なものです。
今ならわかりますが・・・
未熟さゆえにそれしか無いとおもってしまう・・

幸か不幸か、不幸か幸か、それからしばらくふたりは出会いませんでした。

再会したのは春の初め。私が18歳になった頃だったとおもいます。

「生きてた?」「生きてる、生きてる」といって笑いあいました。

彼はすごく明るい表情になっていました。上の学校に進んでいたのですが
「ヤメタ」と言いました。

「今、あそこで働いてる」と言って、近くの公共機関を教えてくれました。

私の方は、相変わらず夢も希望も無かったけどそれなりに進んでいました。

その頃、高校生同士の心中事件が新聞紙上に取り上げられていました。
大人たちは、どろどろした話を作り上げていたけど、「ふつーにあることじゃないかなあ・・」って感じていました。

利用する沿線の乗り換え駅や電車の中で、

それからも、「おうっ!」「よっ!」と出会う感じで月日がながれました。

あるとき、彼が「俺らも(付き合いが)長いなあ・・」といいました。

出会って、7・8年経っていました。
20年そこそこしか生きていないうちの7.8年ってながいですよね。

 

それで、今度どこかへ遊びに行こうということになり
私の連絡先を教え

信じられないけど、ココで、初めて、お互いの名前を名乗りました。

それまで、名前を言うでもなく聞くでもなくいたのです。
あんなに、身近にいた人なのに。

これから、どう変って行くのかなあ。今までのような「トモダチ」の関係というのはムリなのかなあとぼんやり思いました
年頃の男女だもんなあ。

幸か不幸か、不幸か幸か、お互いの都合がつかず計画倒れとなりました。

1・2年が経ちました

 

私は地元を離れ、それぞれの社会も広がり、会うこともなくなったころ、
ある日、駅で電車を待っていました。久しぶりに利用する懐かしい駅でした。

其処へ急行列車がホームへ入ってきて
私はその電車をやり過ごすつもりでぼんやり乗降の人を見ていました。

 

視線を感じたその先。
彼が赤ん坊を抱き奥さんらしき人と電車に乗り込むところでした。

初めてであった日のように心底おどろいたような顔で私を見ていました。その目の奥が笑っていました。

電車とホームのすれ違い。
私は一生懸命に手をふりました。

それが、最後の出会いです。

ながながと話を聞いてもらってありがとうございました。

13歳と14歳

トキメキとか、恋心を育てるには、あまりにも幼すぎる出会いだったけど
指の一本も触れないままの、付き合いだったけど

私の思春期の入り口にいた
とてもとても、懐かしい人です。

まっすぐに目を見て話をする人でした。
「キミ、〇中の子やろ?どこから来てるの?」

 

私が、こうして思い出すように、あちらも私のことをたまには思い出してくれているんじゃないかと、勝手に考えています。

匿名希望さん。甘い話でなくてゴメンナサイ。

 

 


 

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ちびたま時代」カテゴリの記事

コメント

ああ、おたまちゃん
私も時々思う。
私がこうして、おもいだすように、あちらも、思い出すことがあるのかな~?って。

思い出さないでしょうね。


反対に、私が忘れている誰かが、ときどき私を思い出してくれていることが有るかしら…・それもないな。思い出してくれたとしても、きっと、変なやつだったな~って、笑ってるわ。

投稿: いっこにこ | 2010年9月18日 (土) 08時53分

おたまさんの文章力に引き込まれました。
青春のドラマの一場面を見させていただきました。
甘酸っぱい佳い話でした。

投稿: スマイル | 2010年9月18日 (土) 09時46分

読み終わってふうーと、ため息をつきました。
なんかすごく懐かしく、私の記憶の奥底にも、同じような光景が、あったような気がしました。
昭和の少年少女は、皆、純情可憐でしたよね。
メールや携帯なんてないもの、偶然をつくる機会を狙ったりしてね・・・・・
ほのぼのとしたお話、聞かせてくれてありがとう

投稿: reiko | 2010年9月18日 (土) 12時25分

「死のうかと思っている」の箇所でドキッとしましたよ。
でもね、実はうばゆりも10代の時は
死にたい病にとりつかれていました。中学生の時に太宰治にのめり込み、色々青い悩みもあり、早く死にたいとそればかり願っていたのです。
二十歳を過ぎてからはその思いは薄れ、
子供を持ってからは考えたこともありません。
メデタシメデタシです。
これから死にたくない病にとりつかれるのが恐いです。年を取ったら順番に~がいいですね。

投稿: うばゆり | 2010年9月18日 (土) 23時10分

いいお話でした。毎度のことながら感動しました。でも、チョットいつもと趣きが違いました。
カルピスにサイダーを混ぜて飲んだような爽やかさ。ダンボより一回り以上お若い(はず)おたまさんの話がダンボの琴線に触れました。
娘が良くいいます「父ちゃん、女はな~別れた男の事なんかコレッポッチも未練もたへんし覚えてへんで、未練たらしいのは男やで」やっぱり、娘は世代の違う宇宙人です(古くさっ)
おたまさんのお話毒消しになりました。ありがとうございます。

投稿: osダンボ | 2010年9月19日 (日) 00時08分

いっこにこちゃん。
昨夜食べたものは思い出せないのに、昔のドーデモいいことって覚えているものですよね。
で、人間って都合よく思い出を塗り替えてるかもしれない。美しくね。

だから、いっこにこちゃんも、色んな人の中で、美しく生きているはずです。

塗り替えなくても、美しかったわね。
ごめんやす。

投稿: おたま | 2010年9月19日 (日) 10時52分

スマイルさん。
あの時もし、こうだったら・・・

いわゆる、「たられば」ですが、それは意味のないことだと、今回書いてみて思いました。

で、はっきりしたのは、あの頃の自分は本当に努力をしない人間だったということです。
でも、もし努力をしてたら・・・ということを思ってみても仕方の無いことなので、
今の自分のままで、居直ることにします。

投稿: おたま | 2010年9月19日 (日) 11時05分

reikoさん。
流れる時間がゆっくりしていましたね。
今回の話の場合、恋愛感情にまで至っていなかったかも知れませんが、時間をかけて育んでいたものは間違いなくあったと思います。

時間や会話って心を触れ合わせるのに必要だと、思うのだけど・・・

今の人はもっと効率的なお付き合いをしているのでしょうね。

指でダイヤルを廻して、戻ってくるまでの「間」に色んなことを思う・・
そんな、悠長な時代にいたと、しみじみ思います。

投稿: おたま | 2010年9月19日 (日) 11時33分

うばゆりさん。今は、あんなに雄雄しくていらっしゃるのに・・・
そんな時代を経ておられたのですね。

ソ・ソ・ソクラテスもプラトンもみんな悩んで大きくなった・・・うばゆりさんはアニーになった。(ローンレンジャーでしたっけ)

うばゆりさんは、やっぱり、深いお方やわ。

投稿: おたま | 2010年9月19日 (日) 11時45分

ダンボさん。
娘さんのおっしゃる事は真実です。
でも、おたまは常に男性の味方ですので、それを、「未練」といわず、「ロマンチシズム」と申し上げておきましょう。

そして、女は男のことなど覚えては居りませんが、自分につごうの良い思い出は覚えております。というか、作り替えています。そんなもんです。女って。

ダンボさん。もうこうなったら、「真心」というものは、「わんこ」に求めるしかないのではないでせうか。

投稿: おたま | 2010年9月19日 (日) 11時57分

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