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2010年7月

2010年7月31日 (土)

キャスティング

「我れは求め訴えたり」

「我が求めに答えよ! エロイムエッサイム!」

ゲゲゲの女房、好調ですね。ありがとう、ありがとう
ウチの娘 も喜んでいます。

いつから娘になったんだか・・。

それにしても「悪魔君」実写版の放映は1966年ですから、おたまは○歳なんだけど、見てましたねえ。
特に、吉田義夫のメフィストフェレス。怖かったわ。
東映時代劇の悪役の頃も強烈なインパクトだったけど、メフィストははまりにハマっておられた。あんな個性の俳優さんは少なくなりましたね。

最近は、中途半端なイケメンばっかりでね。

「悪人」・・・妻夫木聡と深津絵里なんですってね。
う~ん。イメージちがうなあ。演技力でカバーなさるのでしょうが・・

吉田修一の新聞小説、面白かった。自分が住んだ町の名前が出てくるのでよけいにね。

あんな切ないハナシにお坊ちゃま系の妻夫木君かあ。
ま、映画観てからのハナシやね。

どんだけ、上から目線なんでしょ。

でも。配役は当方に任せて欲しいよ。って思う。

「悪魔君」放映と同じような時期に

見たテレビの印象が強すぎて、その後の学問(?)の邪魔や助けになったキャスティングを書きます。うろ覚えだけど、間違っていたら誰かおせーて下さい。

光の君・伊丹一三(後の十三) 藤壺・桐壷の更衣・小山明子
六条御息所・岸田今日子    紫の上・富士真奈美
葵の上・丘さとみ          弘徽殿の女御・小暮美千代
夕霧(柏木だったかも)・田村正和,or山本学 

 明石の上・吉村実子            夕顔(たぶん)・中村玉緒 
女三宮(だったような)・藤村志保

 末摘花(ひょっとしたら)・黒柳徹子
朧月夜・思い出せない

 

監修は映像美の巨匠 あの 市川崑でした。

/////追加記事/////8月2日

 

匿名希望さんが調べてくださいました。
あたくしの、記憶違いだったのは

 

頭中将・山本学 夕顔・藤村志保
空蝉・中村玉緒 女三宮・加賀まり子
夕霧・田村正和 内府の典侍・黒柳徹子

その他の出演者は

池内淳子(紫式部)、高橋幸治(藤原道長)、森次浩司(→森次晃嗣)、津川雅彦(左馬頭)、河原崎長一郎(柏木)、本間千代子(玉蔓)、ミヤコ蝶々、細川ちか子、九重祐三子(雲居の雁)、浜村純、野川由美子、山本豊三、高森和子、内田朝雄(右大臣)、大辻伺郎(惟光)、大泉滉(源良清)、石崎二郎、利根はる恵、川口敦子、河上一夫、春川ますみ、楠義孝、長瀬正典、桜田千枝子、吉田義夫、飯沼慧、土佐林道子、山村宏一、蔵悦子、池田弥三郎、中村真一郎、山本健吉、柳永二郎、2中村鴈治郎(明石入道)

語りは東山千栄子

ああ、すっきりした。ありがとうございました。
末摘花は誰だったのかしら・・・

それにしても、豪華です。


 

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2010年7月30日 (金)

妹背山婦女庭訓・2

恋の苧環(おだまき)くるくると・・・

苧環は糸巻き。このお芝居の重要アイテムです。

橘姫の衣に留め付けた赤い糸。
この糸を手繰って追いかけてきたのは、青っ白男の求女(もとめ)。歌舞伎ではいい男はみんな「顔色が悪い」真っ白けです。
そんな求女の衣に白い糸を留め付けて、やってきたのは、酒屋のお三輪ちゃんでありました。

アナタ ナゼ アタシカラ ニゲル アル カ !

「憎い」は「恋し」の裏返し。

「も~。求女ちゃんったら。私と約束したくせに、ちょいときれいなお姫さんをみると、コレだ。めっけたら、言ってやるんだ」

「びびびびび~~」 (アッカンベー)

そんな一途な町娘の前に立ちはだかるのは

あんた、そんな格好してるけど絶対、おっさんやろ。
イヤ、おっさんに違いない・・

まるで・・・

マツコ・デラックスのような御殿官女の集団。
ひーふーみーよー・・・・怖いよう。色んな意味で。
松の助さん。ええわ~。ど迫力。

ここからがこのお芝居の見どころです。

男のいけず(意地悪)はみっともない、女のイジメは見苦しい。
オッサンのような官女たち、お三輪を虐めまくります。

恋しい男に会いたい一心で耐え抜くお三輪のいじらしさ・・
「ささ、詠うてみや。詠うてみや~」と胸元を小突かれた、孝太郎(お三輪)の目から涙がぽろり・・

 

  いいぞうっ!  松嶋屋っ!

 

可憐で小さい、たった一人のお三輪に対し
どデカイ官女の集団。虐めの激しさが、お三輪の一途さを際立たせます。
計算されつくした演出です。

御殿侵入もママならぬ、お三輪の耳に入ってきたのは「求女と橘姫の婚礼」話
しかも。本日。

えーっ。ウソやろ。んなあほな・・・
わたし、裏切られたの???そんな・・

「しどい!」 モトイ 「ひどい!」

嫉妬の形相すさまじく御殿に乱入していくお三輪。

そんな彼女には、更なる悲劇が待ち受けているのでありました。

このあと、芝居はもうひとつの見どころにはいります。
ここでは、歌舞伎の力強い様式美をたっぷり堪能できます。
ま、お三輪ちゃんには気の毒だけどね。

だって、彼女、見ず知らずの男に無惨にも殺されてしまうのよ。
その、理由たるや・・・・・・

 

     ・・・・・・・・言わないよ・・・・

 

お三輪・孝太郎     橘姫・春猿
求女・段治郎      官女梅の局・橘三郎
官女桜の局・松之助  おむら・翫雀
金輪五郎今国・愛之助

 

もひとつの演目「御浜御殿綱豊卿」ですが
江島役の笑三郎さんがそれはそれは美しく、気品があってうっとりしました。

 


 

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2010年7月29日 (木)

妹背山婦女庭訓・1

アヂ~よ~。

あられもないお姿で、舌呼吸をしていらっしゃる皆様
暑中お見舞いもうしあげます。

 

唐突ですが、あなたは の為に

 

      死ねますかあ~~

 

数多の失敗と後悔を繰り返し、本日ココに至るあなたの教訓を、主人公お三輪ちゃんに語ってあげて欲しかった・・・
なら・・・あんな深追いはしなかったのに・・・

と、いうことで松竹座は七月大歌舞伎・昼の部をみてきました。

「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていくん)
  三笠山御殿の段    でございます。

男と女は追いつ、追われつ。追われつ、追いつ。
じゃれあっているうちはいいけれど、
お三輪ちゃん、彼氏にマジ逃げられた

追えば遠のく、じれったさ。 いや~ん待って~

追いかけて, 追いかけて,すがり付いてやる

・・・・・・

こんなこともあろうかと、彼氏の着物の裾に白いカタン糸の40番を縫い付けておいたんだ・・・。
この糸を手繰り寄せればいいって寸法さっ!

間奏曲・「天国と地獄」(J・オッフェンバック)
な、わけない。

 

着いたところは荘厳な御殿の前。
なんとココは彼氏が打倒計画を立てていたターゲット(蘇我入鹿)のお家。

お三輪に追いかけられていた彼、実は彼もまたノーテンキに美女を追っかけていたのですが、なんと、その美女こそ件のターゲット・入鹿の妹、橘姫でありました。

酒屋の看板娘から高貴なお姫様まで、ストライクゾーン広々の、この青っちろい男の正体やいかに。
・・・自信満々の彼は橘姫に打倒計画を打ち明けます。

「しぇ~~~」と驚いてみせたものの、
「いいよ。私がお兄ちゃんを仕留めちゃる!」
「いいの?」
かめへんかめへん。まかせといて
 その代わり、暗くなったら忍んできてね。うふっ

 

こ・こわいよ。姫

 

恋のためなら、何でもありだっ!

アニキの命いくつあっても足りないわ。

ハイ。こちら現場。御殿入り口から中継です。
ここはどこ?ボーゼンとたたずむ、お三輪ちゃん。

彼女の運命は・・・いかに。   続きは又ね。

片岡孝太郎のお三輪。
おきゃんで、元気いっぱいの町娘の登場から
恋しい男会いたさのいじらしさ、嫉妬、無念、驚愕
そして安堵の死まで、変化をみせて結構でした。

死なんでちゃ、よかろうもん。って思うばってんがね。

 


 

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2010年7月28日 (水)

道頓堀界隈

「夏旺ん道頓堀の大看板」 おたま
 (なつさかんどうとんぼりのおおかんばん

20102_001_2

ども。かに道楽のカニ君です。

このあいだまで「食い倒れ」の太郎君と二人で真夜中のクリーンアップ作戦をしてたんやけど、彼は最近全国遊説で忙しいからね。カニ一人、いや、一匹でがんばってるねん。
そうそう、ケンタのカーネルが投げ込まれたあそこや・・

もう、観光客のひと!
ゴミは持ち帰ってよ。引っかけ橋(戎橋)のうえ、ゴミだらけやないの。

グリコの看板も「お手上げや」ってゆうてまっせ。
うまいこと、言いまっしゃろ。カニやのに。

20102_003  20102_004

で、法善寺のお不動さんに、ほめてもらいました。
「早よう、立派な板場はんになりや・・」ゆうて。

ああ、それは、「こいさんのラブコール」でしたわな
いや、ちゃいます。「月の法善寺横町」ですわ。

もうちょっとで、包丁一本晒に巻いて 強盗 旅に出るとこやったわ。ハハハ。(by カニ君)

20102_012

おたまは、以前から一度入ってみたかった喫茶店に入りました。
以前から・・・ってどれくらい以前でしょう。
40年前からやて。早くはいれよ!ってハナシやわ。

カフェでもコーヒーショップでもない。
紛うかたなき「喫茶店」

ええ、雰囲気やわ。1951年創業ですって。

「禁煙」? そんな器のチッセーこと言うわけない。
どのテーブルにも灰皿が乗っかってます。

タバコを吸っている、お客さんはいなかったけどね

それで、おたまちゃん、このクソ暑いのに道頓堀へなぜ行ったの?ってことですわね。

歌舞伎よ。松竹座よ。又行ってきちゃった。
そのハナシは次回ね。


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2010年7月26日 (月)

ファンでもないのに

この暑さで、ウチのお母ちゃん、溶け出したり、干からびたりしてはいないかと実家に行ってみた。

母者人は原形をとどめ、
テレビの前でタイガースグッズなんかを、打ち鳴らしていました。

20102_006 母の私物

 

なんか、この人が叩くと新興宗教みたいだ。

あんまり暑いから溶けていないかと思ってね

やめてよ、なめくじじゃあるまいし・・・

チョコレートやアイスクリームなら解るがナメクジというのは微妙に間違っていないか?

不安がよぎる・・

おたまちゃん、台湾行ってきたんやろ?おみやげは?」

まだまだしっかりしてはる。ご心配には及びませぬ

それにしても、野球の応援風景。どうなんでしょうね。

オクチョーココロヲイツニシテー
声打ち揃え、一糸乱れぬこの様は・・

某国の祝賀記念行事に見えちゃう。

野球は,さっぱりわからない.
さして、好きでもない。9回表裏は長すぎる
4・5回でいいんじゃないの?

長くやるから裏切られたり(逆転)する。

そんなこと言ってるけど

おたま、スコアの記入ができる。
(だって、元野球部マネージャーだもん)

ホント、あの応援風景って暑苦しい、やかましい
ジャカーシー

そんなこと言ってるけど

球場に行けば見ず知らずの人と、
泣きながらハグしたりするんだけどね

 

どないやねん。

 

尻目津烈・・いや、支離滅裂

暑さで溶け出してるのは。
ハイハイ。わたくしでございますよ。


 

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2010年7月24日 (土)

きのうの出来事

もおー!早く言ってよね(ブログ再開のこと)って

 

匿名希望№1さんからコメントをいただいた。
申し訳ないことでした。ペコリ。

で、何処に言えばよかったのかしら・・・

熱心におたまブログを応援してくださった方です。
「ボッチ。ボッチ。ボッチはどこよ・・」

 

・・・・・・・・・・

思えばブログ村バナーを目立たせろ。とアドバイスを下さったのもこの方。
最初はこっぱずかしかったけど慣れって怖い

堂々の「ここ押せ」表示だったわね。てへっ。

・・・・・・・

 

でも。このスタイルでいいかもね・・・・
と了解してもらう

きっと、№1さんは、当方に深い思いがあってのことだと思っておられるだろう。

でへ。ポリシーなどあるわけない。
メンドーなだけよ。つーか貼り付けが出来ないのよ!

 

もう、そっとして置いて・・・
これでいくんだから・・ウェ~ン 

 

・・・・・

2010_002
ホント、我ながら写真がヘタだねえ。
今日の我が家

昨日はお葬儀に参列してきました。
参列者、数百名、弔電200通。てな規模だったけど

故人を知る人は一握り。
喪主であるご長男がまだ現役なので、大方会社関係。

でも、あの方のことだから息子さんを立てることが出来て喜んで居られるかもね。

ワタクシ個人としては良いお別れができました。

 

しかし

喪服の背中のファスナーがあがらない。
ネックレスが付けられない。

(四十肩の痛みはとれたけど、まだ手が不自由)

 

おたま、老いたり・・・

 

葬式に行く前から泣いちゃったよ。

 

 「炎天や警笛ながく柩発つ」 おたま

 


 

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2010年7月23日 (金)

えーっ・それって・・

我が家の「火付盗賊改方」は夫だったので、
世帯主になったものの、そこのところが身についていない

だから、戸締り用心・火の用心を忘れる。
今朝も馬鹿息子が二階から降りてきて

え~っ 下(の部屋)開けっ放しやん」とぬかす。

その「え~っ」ってどういう意味?
非難GO/GOってわけ?

(ゴーゴーダンス)

ごうごう=物音が激しくとどろくさま。

非難轟々と書く。車が3×2台
     

昔だったら馬×6 だわね
     

 

え~っ」ってこちらが言いたいわ。

 

それって、あちくしの仕事?
お姫様育ちの・・・

 

愚かな息子に言い聞かせてやろう。

昔、この国の人は善人だらけで人を疑わなかったの
だから、人々は「蚊帳」を吊るし戸を開け放しても、安心して眠りについたものよ。母は戸締りを忘れていたわけではない。せめてあの頃の心を取り戻そうと・・・・

おたまちゃん、悪いけど、朝忙しいねん」と、シャワーに行っておしまいになった。・・・・・・誰が水道代払ってると思ってんだろ。

朝飯を食いながら鬼の首を取ったようにのたまひける

だからな・・・心配で家を出られへんねん

嘘こけ、
また女の子に振られたくせに

 

(本日コーフンのあまり汚い言葉遣いをしてしまいました。
          こんな、可愛い口元から・・・反省しています)

 


 

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2010年7月22日 (木)

違い棚を考える

ここのところ、思索にふけっている。

「物事はすべて全方向から見よ」

このことは我が師から徹底的に叩き込まれた。

テーマは「違い棚」だ。

違い棚は床の間の脇にある棚で、筆やすずりなどを飾ったものであるとされているそうだ。
そのため棚の端のストッパーは
筆がころころ転げ落ちないためのもので

これを、「筆返し」と申す・・・・どやっ!

しかし、あたしは解せないのだ。
なにが?どこが?と訊ねられても困る。

この世の真実は天才の困惑から解明されてゆく

あっ。そうだこんな時はあの人に聞こう!

そっかあ・・そかそか。そういうことか。さすが、権威。

・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・

 

いや、違う・・・何か別の真実が・・
コレを見ていただこう。

2010_037 某家

 

江戸時代の手法で再現したふすま(七十万円)に隠れて解りにくいが
左右から伸びる二枚の板が中央で海老束(えびつか)により支えられている。

あたしが、こだわるのはこの二枚の板の微妙な傾斜(中央に向かって低くなっている)と、天袋はあるが地袋がないことだ。

この、お家、昔は庄屋さんだったが武家でもあった
時、まさに室町から戦国にかけて・・・
首級を挙げることが武功であった時代

どやっ!

っと、戦利品を飾ったのではあるみゃあか

海老束の真下には血受けの甕なんぞを置いて・・

おうっ! ぶるぶる~~

ああ、だれか、それは

 

     思いちがいだな・・・・

 

って言ってちょうだい。

 

 


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2010年7月20日 (火)

ごあいさつ

少し、お休みをしていました。
(備忘録のつもりが下書き保存を失敗して公開ちゃったけど再開のつもりではありませんでした)

どっちでもいいわよね、そんなこと・・・
でも、気分の問題だから。

二ヶ月前、ブログを休む時は
一身上になんでこんなに色々あるかなあ・・
トホホ。と思ったけど

今、こうやって呑気に書いています。

神様仏様、キリスト様、天国のダーリンありがとう。

こういうのを人間万事塞翁が馬のおケツっていうのね。

急なことで、色々御心配おかけして申し訳なかったです。

み~んな、私が悪いのよ

概ね、元の暮らしに戻ったということでご理解くださいませね。

ま、頑張る。

ブログを通してお世話になった方、仲良くしてもらった方と、永遠のお別れかとマジで思ったけど、こんなに早く戻ってきちった。

生きてりゃ、何が起きるかわかんないし、色々あるけど、まばたきほどの人生だもん、今、この瞬間が一番と思ってやっていくわ。

まだ、少し(再開するほどの)元気が無かったので、備忘録なんて言ってお茶を濁していたけど、こんな感じで書いて行こうかなって思っています。

だって、身の回り、おもろい事ばかりやねんもん。

この間、たくさんコメントをいただきました。
お返事もせず、ご無礼しました。

・・・・

前から思っていた「タイトル変更」もしたいし、テンプレートも変えたい。
それはぼちぼちやるわ。

未亡人ってワードを残したいけど、どうしようかな・・
だって・・「未亡人のオ・マ・タ」って検索だよ!

助平なおっちゃんたち・・
私は、おたまです。

ブログランキングは多分参加しないと思う。
メンドクセーから。 
流れ者に帰る港なんかありゃしねえさ 

ご縁があって遊びに来て下さったかたに読んでもらえればうれしい。

未亡人倶楽部設立の野心は消えました。
ハナから、無かったけど・・

などと、今は思っています。

いろんな方。色々とありがとうございます。

よろしければ、また、読んでね。

 


 

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2010年7月16日 (金)

宝塚吟行・2

鍛錬会なんだから、1日目夜。翌朝。2日目昼。と最低3回は句会をしなくっちゃねと申し合わせていたのに、2日目梅雨の晴れ間でカッと暑くなったこともあり、(コレを五月晴れというのですよ。こいのぼりが泳ぐ頃の晴天は五月晴れっていわないのよ。ブブブー)

それで、「小浜宿」を少し歩いたので、みんなヘロヘロになり、2日目は誰も句会の「句」の字を言い出さない。
とりあえず、宝塚に出てお昼を食べましょう。ということになりました。
そこで、おビールを飲んだのでまたまた、ヤル気が失せる。そして暑い。

もう帰る?
せっかくだもの大劇場と手塚治虫記念館にはいっとこ

花の道も変ったわね。
わたくしが友人に引っ張られて宝塚通いをしたのはベルバラブームの前だものね。

トップは、甲にしき。上月昇。古城都。
鳳蘭が星組トップになったころだったっけ?
スータン(真帆志ぶき)は専科だった。・・素敵だったわ

 

2010_051
スターに変身できるフォトスタジオです

あこがれは,頭の中だけにしときはった方が、よろしんやないですか?
大きなお世話ですか?すんません。

・・・・おつぎは

 

2010_060_2
ハーイ。アトム君のお出迎えで~す

 

2010_061_2  2010_062_3 

トイレの前の壁も、エレベーターも手塚ワールド。

手塚治虫少年時代の資料を見るだけでもココに来た価値があるというもんです。ガキンチョ お子様の多い夏休みを避けてゆっくり見てみたいです。

・・・・

童心に帰った我々は結局句会をせず帰路へ。
いやね、やろう!って言ったんですよ。約2名が。
でも。若くておとなしい、あたくしに発言力はない。

指導者不在の句会は、ゆるくっていけないわ。

だから、東京の先生に「みんなを叱って下さい」と本日
チクッておきました。


 

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宝塚吟行・1

年に一度は一泊鍛錬会をしようね。
ということで宝塚へ行きました。

宝塚は我が家から目と鼻の先にあり「おとまり」する距離ではないのですが、今回はメンバーであるクリスチャンのY御夫妻のお世話で教会の施設を使わせていただけることになりました。

駅から2・3分のところなのに信じられないくらい大きな森があります。
森の中にあるその施設はマザーテレサも宿泊されたことがあり、誰がその部屋を割り当てられるか、行く前からワクワクしていました。
全部で36室もあるのですよ。

静かに黙想をしたり、睡眠をとるための部屋です。

2010_017 2010_020

四畳半くらいの個室には簡素なベッドと机と作りつけの小さな棚。
壁にはマリア様の御絵と十字架。

マザーテレサが宿泊された部屋には自筆のメッセージが残されていました。

この部屋が当たった(?)のはS子さんでした。

今年はマザーテレサ生誕100年ということで、この吟行に先立ち10日ほど前に近くの教会で上映された彼女のドキュメンタリー映画(米・制作)をみてきました。

映画によれば、きわめて平凡な修道女であった彼女を大きく変えたのは、カルカッタの現実をその目で見たからだといわれているが、そうではなくて、ある日(列車に乗っているとき)神の啓示(英語でどう言っているか忘れた)を受けたから・・・ということでした。

彼女の思想・行動は非常にシンプル。
神の御心のままに・・・それだけなのです。

・・・・・・

二ヶ月ほど前、ある街を歩いていて真っ白のまるでお城か要塞かという風なお家を見つけました。何処からどこまでがこの人の家なんだろ。塀の端っこがかすんで見えないくらいです。

ため息まじりに「どうして世の中にはお金持ちとそうでない人がいるんだろう」と大きな独り言をいいました。

同行していたYさんがマザーテレサの言葉として教えてくれました。
「分かち合わないからよ」

 

明快です。

・・・・・・

 

2010_011_4

隣接の女子修道院です

こちらにも宿泊施設があります。

祈りたい時、休みたい時、学びたい時・・
信者さんでなくても利用できますよ、との事でした。

夜は85歳の神父様を囲み楽しい時間を過ごしました
シカゴから13日間の船旅で来日して54年だそうです。

 

 殉教史の金の背表紙梅雨夕焼 

 

 教会の書架に歎異抄あり涼し 

 


 

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2010年7月13日 (火)

引窓・その三

「放生」(ほうじょう)とは仏教用語で、捕らえた生き物を逃がし供養とすることです。

だからと言って「カミツキガメ」や「ブラックバス」や「アライグマ」をめったやたら逃がしてはいけません。外来生物が人間の勝手でボヘミアンになっている。
S子ちゃんちの家庭菜園でアライグマの夫婦がランチしている!おかしいやろ。それって。

壊すな生態系。守ろう国土。ニッポンチャチャチャ。

 ハナシを元に戻します。

 

「八幡放生会」(やわたほうじょうえ)は仲秋の季語にもなっている、有名な行事。陰暦八月十五日に行われます。
八幡は全国の八幡宮の中心となる、京都の岩清水八幡宮(男山八幡)のことで「徒然草」にも出てくるのよ。

 

そういえば、ブログを書く人って「徒然」ってフレーズが大好きね。
「つれづれなるままに・・」とか「○○のつれづれ日記」とか。

おたまも、ブログのタイトルを変えようと思って(ってヤル気満々じゃん)色々見てみたけど、「つれづれ」の花盛りだったわ。

こうなったら、向うを張って「すれすれ日記」ってどうよ。
すれすれ、ぎりぎりのハナシをするの。ネタには事欠かないわよ。

ああ、ブログを再開するかどうかも決めてないのに、又調子こいてる。
えっ?コレ? これは美貌の未亡人の備忘録よ。

 失礼しました。ハナシを戻します。

 

 

「双蝶々曲輪日記」・引窓の段

 

放生会
仲秋の名月

この、二つのキーワードを押さえておかなければいけません。

「八幡」には前回お話しました、濡髪長五郎の生みの母、お幸が住んでいます。

同居していますのは、家長・南与兵衛
この人、人を殺めて(世間にばれては、いないねん)実家に帰ったのち、オヤジの後を継いで代官(お役人)に出世しました。

そして、妻・お早。実は彼女、濡髪のひいき筋である山崎屋与五郎の愛人、吾妻の姉さん株であった、遊女・さんです。
色々、あったけど今はシ・ア・ワ・セ

この、ほのぼの家族のところにやってきたのが・・・

ドスコイ男の濡髪長五郎

「おかあちゃん、ボク、えらいことしてしもうてん。
 もう、こうなったら、お詫びのしるしに腹切って死ぬ!でも、脂肪が邪魔して死亡でけへん・・・この期に及んで、うまいこと言うやろ」・・・・・

これから、先の顛末は・・・

「言わぬが花」

 

エーッ!? それは無いやろ・・ってか。チガヤさん。
ここまで、ひっぱっておいてねえ・・・

でもね、言ってしまえば楽しみ半減。

幼い頃に手放した実の息子は犯人
血のつながりの無い先妻の子は役人。

ねえ、いったいどうしたらいいの・・おせーて・・
そんな、母の苦しみを今宵の満月がじっと見つめている。

十五夜という、シチュエーション
「引き窓」という最高の道具立てがドラマのキーを握っているのです。

窓からこぼれる月の光

月は何でも知っているのでありました。

 

南 与兵衛・仁左衛門   都/お早 ・孝太郎
濡髪長五郎・    山崎屋与五郎・之助
吾妻・春猿          母お幸・竹三郎
放駒長吉・翫雀       長吉姉おせき・吉弥

 


 

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2010年7月11日 (日)

引窓・その二

綺麗な女は罪作り。
爪先立てて海辺を歩いただけで、
男達がころり、ころりとひっくり返る。

かつて、歩くキンチョールと言われたおたまにゃあ、
遊女・さんと遊女・吾妻さんの辛さが身に沁みる・・

なんて、ウソやけどね。

このお二人、姉妹のような仲良し×

吾妻さん。彼女は主人公、濡髪をひいきにしている与五郎さんの愛人なんだけど、恋敵に拉致されそうになる。
「待たんか~い。ドスコイ」と駆けつけた濡髪は張り切りすぎて、拉致犯2名を「殺っちまう」のでありました。

なんで、人の恋路の為に殺人犯になるかなあ・・・

これこれ、今頃この場にやってきた与五郎さんよ。彼女といちゃいちゃしている場合ではござらんよ。(難波裏の場)

かたや

都さんは、人を殺して(原因はもちろん都よ)逃亡者となった恋人、南与兵衛を捜し求めてどっかへ消えていたのだけど。今はちゃっかり与兵衛さんと夫婦になり、ワケのワカランことに与兵衛さん、村の代官様になっちゃったりしている。

さらに、さらに「んな、アホな。」と思うのは与兵衛の母、お幸は実は後妻で先夫との間に子がいる。その子が

なんと! ぬあんと!

「濡髪長五郎」その人でありました。

しぇ~!!! 

イヤミ氏のシェーは歌舞伎からきているのですよ。ご家庭でご使用なさるときは、海老ぞりになったあと、畳に後ろ手をついて下さいね。)

さあ、いよいよ、クライマックスにはいりまっせ。

「何の因果で罪人(とがにん)に~~」
「死ぬるばかりが男じゃないぞえ~~~」

愚かなる息子の母の心情。他人事じゃないわ・・
気分はすっかり舞台の上の坂東竹三郎(お幸

ぃよっ! たーや! (音羽屋)

 

 

ハイ。では、このつづき最終回は又ね。


 

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引窓・その一

「引窓」続き書いておきます。

あこがれのタカラジェンヌにプレゼント攻勢をかける。
「ありがとう

スターさんはそれだけでいいのだし、
ファンもそれでいいの
見返りなんて滅相もない。

 

2010_054_2
(宝塚音楽学校そばの喫茶店)

 

・・・・・・・・・

 

ところが、ところが、お相撲の世界はそうではないらしい。

「歌舞伎・双蝶々曲輪日記」

 

ひいきの取立てに恩義を感じ、
一旦緩急あらばご自慢の怪力で立ち向かうのです。

パトロンにとっては、用心棒的な存在だったのね。
義理と情と面子が絡めば単純なハナシも面倒になる。

今回登場の濡髪さんも、色男・山崎屋の与五郎さんの頼みを二つ返事で引き受けたばっかりに、人は殺すわ、親は泣かすわ、義理の兄ちゃんの手柄は、おじゃんにするわで、えらい事やってんよ。ドスコイ。ドスコイ。

アチキがいい女なばっかりに男のあいだに争いが絶えないんだわ。

(おたまも、身に覚えが・・・・・・・・・無いわ。)

遊女・都の身請けがらみで相撲取り同士が、あわや土俵外乱闘。「ヒガシ~濡髪」「ニ~シ放駒」
もちろん、遊女・都を取り合ってるのはそれぞれの後ろ盾。金はあるけど、力はない旦那たち。(井筒屋の場)

さてさて、この放駒の長吉さんですが、実家は米屋さんでしっかり者のお姉ちゃんと二人暮らし。
ケンカ沙汰ばっかり起こしてるゴンタな弟を諌めようと、死んだおとっつぁんのお仲間ウチを総動員して一芝居打ちます。

ホンマに長吉ったら、家が米屋だからといって飯を食わせすぎちゃった。
おかげで、あんなにコロコロしちゃって
、(翫雀さんのこと言ってるんじゃないよ)不良仲間とばっか、付き合って・・・姉ちゃんが、ヤイト(お灸)すえたる!」

で、前出のおっちゃん、おばちゃんたちにあらぬ嫌疑を掛けられる長吉に、姉ちゃんがここぞとばかりに叱責の雨嵐。
このピンチを救ったのが、(井筒屋の場)の決着をつけにきていた濡髪さん。
「お姉さん。コイツはこんなにコロコロしているけど、決してそんな奴じゃありませんぜ」

あんたがココで出てきたら話がややこしくなるっちゅうねん。

 

ま、そこは、そう、お芝居。
改心させんがため芝居を打ったこともわかり・・
長吉も心を入れ替え、おまけに自分をかばってくれた濡れ髪と義兄弟になったのでした。(大宝寺町米屋の場)

そして、お話は「山場」に向かいますが、
続きはまた。

 


 

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2010年7月 9日 (金)

引窓・仕切りなおし

「仕切りなおし」とは相撲の立会いで、両力士の呼吸が合わず、再度やり直すことです。
不調法とされているのね。
「待った」を掛けた力士に対し審判の親方から怒声が飛んでいます。

で、今の角界に世間は怒声を浴びせているのかネエ。
大きな声では言えないけれど・・ってここに書いてりゃ世話無いけど
バクチ・・別にいいじゃん。って思う。ま、遊びのうちはね。

メンコ(博多ではパッチンといった)はバクチの始まりって大人は目を三角にしてたけど。結構うまくてね。
東千代介やら伏見扇太郎やら持ってたよ。

それとこれとはチョット違う?

一昨日は

歌舞伎メモを書いておこうと思って、脱線しました。
七夕の日くらい、地上の明かりを消して天空を見上げればいいと思うのに、
ナニを考えてんねん。OSAKA(アホか!)と思ったから、いらんこと書きました(反省)

あっ、反省してないのに、反省って書きました
(反省の反省)

ヘルさん。七夕・・・そしてめぐり合い
おばちゃん二人、気持ち悪かばってん、ありがとう。

・・・・

で、松竹座は七月大歌舞伎・夜の部を見てきました。

「夏芝居」

江戸っ子の夏は祭りとケンカで忙しいんだ。てやんでぃ

上方の夏はタイガースの応援で忙しおまんねん。

なによりも

このクソ暑い最中に
「芝居なんかやってられるかい」と中心役者は休む。

だから

「夏芝居」といえば若手台頭のチャンスでもあったのです。

それも今は昔のお話。

ダイキン・うるるとさららは、うちの子だけど
館内ひんやりと心地よき当節は、大看板もお出ましです。

まずは「双蝶々曲輪日記ふたつちょうちょうくるわにっき

なんて、タイムリーな演目。
主人公は今、野球賭博で揺れている「すまふとり」
相撲取。角力さんだよ。

濡髪長五郎・放駒長吉という、二人のチョーさんが、(八時でもないのに)出てくるので双蝶々ってわけでさあ。ねえさん。

市川染五郎演じます濡髪はプロフェッショナルの大関です
中村翫雀演じます放駒は素人相撲でブイブイいわしてる米屋のボン。

もう15・6年前かなあ。今はなくなりましたが、道頓堀の中座
に楽屋入りする染五郎ちゃんを見たけどTシャツにジーンズの細い細い男の子でした。
それが堂々たるお相撲さん。
黒地に土俵回しを染め抜いた、山本寛斎もびっくりの衣装といい、ド派手な白黒縦縞といい、大きく見せて結構でした。

それに比べりゃ翫雀さん。綿入れ無用。自前の肉襦袢でコロコロしてはります。

このハナシ全部で九段もに分かれる義太夫狂言なのですが、クライマックスというか、眼目は八段目の「引窓」。
アタシが、テレビを録画して繰り返し観ていたのも「引窓」の一幕もの。(濡髪・中村吉右衛門1990)

今回、三段目「井筒屋」、四段目「大宝寺町米屋」、五段目「難波裏」と通しの上演だったので、ハナシのいきさつが良くわかりました。

ガッテン・ガッテン・ガッテン。

同じ演目を繰り返し観て面白い?ってよく、聞かれるんだけど

・・・オ・モ・シ・ロ・イ。

観るたびに発見があるし役者さんで全然違うし20年前に見たのと10年前に観たのと今ではそれなりに自分も変わってきているので見方も違ってくる。

今回知ったのは「八幡の放生会」に事寄せていたこと。
へへ。わかんないでしょ。
おたまも、俳句してなかったらきっとわからないままだったわ。

ハナシの中身は又書いておくつもりです。

 


 

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2010年7月 7日 (水)

引窓

 「無茶な願いは聞けまへんで」 by織姫

今日、七夕。大阪は天満橋から中ノ島にかけてLEDを使ったイルミネーションボールを大川に一斉に流すそうだ。
その数五万個を予定。コンセプトは「みんなの願い。エコへの想い」

名づけて「平成OSAKA天の川伝説」

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バカじゃない?

 

御堂筋の銀杏並木のイルミネーションといい、
何か、違うぞ。ゾワゾワゾワ・・

はしもっさんのことを散々に言う私に友人は笑って答える。
「ええやん。何もせえへんより・・
 それに、何も実現してへんし・・
 今度、(知事選に)立ちはったら?入れるで。
 おもろいやん。
 うちら、横山ノックを知事にした大阪府民やで
 クソ度胸で生きてるねん」

「おたまちゃん、兵庫県民やろ。ホットイテくれる?」

・・・・・・

あっ!歌舞伎「引窓」の備忘録のつもりで書き始めたのに、また、いらんこと書いてる。

 


 

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2010年7月 6日 (火)

夏越の祓

テキトー人間だけど、一応ブログ公開に当たっては
文責おたま。ってことであやふやなことは調べたりしてたのよ。これでも。

ちゃんと体裁も整えて、すべりまくるオチも考えてね。

でも、今しばらくは備忘録です。間違い、勘違い、思い違いはございますとも。(ココで威張ってどうすんねん)
そこらへんのところお含み置きください。

って、誰に向かって書いてんだろ。

ブログ再開のつもりは当分なく、。・・・と思っていますの。

でも、身辺おもろいことだらけ、書きとめておかなくっちゃ忘れる。
で、メモ代わりの備忘録・・・下書き保存をしたつもりが・・・

というわけなんだしゃ。いっこにこちゃん。

 

 

 

・・・・・・

「休みます」といっているのに時々のぞきに来てくださる皆様。
右から左に読み流しヨロシク。

コメントも嬉しく読ませていただいています。

おばあちゃんの祥月命日にお寺さんが来られた。
殊勝にも、阿弥陀経の練習をしていたもので、カンドーして(?)勤行聖典を置いていかれた・・

ごめんなさい、その場限りの人間で。

今週はカトリック教会の施設にお泊りして牧師さんの説教を聞き、黙想することになっとります。(これは俳句の吟行です)

その前に、6月30日は夏越の祓えで、わが身の穢れを祓って清めて・・・

ということで、近くのお宮さんの夏越行事に参加してきました。

 

・・・みたいな

神さん。仏さん。キリストさん。皆様のお世話になっています。

これは節操が無いのではなく、素朴な人間の証拠。
あたくし、自分にはすごくやさしい。

信じられな~い厄難は過ぎ去りました。

 

なので。

・・・時々自分のためのメモ(備忘録)を書いていると思います。
ときどき覗いて帰っておくんな!

 


 

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2010年7月 2日 (金)

うすさま明王

しばらく、お休みしていましたが「お出掛け」の備忘録
を書いておきます。

巷では「トイレの神様」という歌が話題になっているらしいです。

ばーちゃんがトイレは綺麗にして置きなさいって言ってた
・・・・見たいな歌をテレビでチラリと見ました。
あんまり長い歌なので「紅白歌合戦」は無理やね。

エミリーと京都の高雄にある「八部山・大龍寺」へ行って来ました。
ここは、正真正銘「トイレの神様」である、烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)をおまつりしているお寺で「うっさん」と言って親しまれています。

「腰より下の病」わずらうことなく守ってくださいます。

ちょっとね、「おしも(下)の病」でお困りでね・・・
あたしじゃないっす。エミリーです。
断らなくてもいいけどね。

このお寺は山の急斜面に建てられていて、山門からの急な階段を上ると、「明王堂」。またまた階段を登って「鐘突き堂」。またまた登って「本堂」となっています。

明王像はお前立ちでした。お参りを済ませてお札をいただきに行きました。

ご住職の話では、像は秘仏で前回は昭和53年の御開扉だったとのこと。
御開扉は何年に一度と決まっておらず、「時が満ちた」そのときに。と文書に残されているそうです。だから、寺の改修でお金が必要だからとか、有力者をはじめとする「声」が高まっても時が満ち無ければ御開扉はないのです。

質問その一
お札はトイレのどの方角に貼ればいいのですか?

須弥山は北にある(北の方角に神・仏がおられる)という考えから、
「北に対峙しない」という法を守りなさいということです。

質問その二
お札(神仏)にお尻を向けてもよろしいのですか

めっちゃいい話をしてもらったけど、上手に文にできない
ま、一言で言えば「原則をまもれ」ってことね。

・・・・

いい話をたくさんしてもらったので忘れないうちに書いておきます。

小僧のころ先代住職(明治19年生まれ)に言われていたこと
お参りとかでよそのお家に行く機会が多いでしょ
まず、玄関を拝見しなさい。一歩身を引いて見直したくなるような玄関であるか。
次に床の間を拝見しなさい。床の間が床の間として尊ばれているか。
最後に用は無くともご不浄を使わせていただきなさい。

この三箇所があるべき姿で整えられている家なら、間違いない人が育まれているお家だから、心からお付き合いできる・・・というようなことをいわれたそうです。

・・・

うすさま明王をおまつりしているお寺は数がすくなく、
山城(ここのこと)・美濃・江戸に三大うすさま明王が居られるそうです。

・・・

おとなえについて
「オンクロダナウンシャク」
「オンシュリマリ ママリーマリ、シュシュリーソワカ」
「オンバサラ、クロダーマカハラ、カナウカフンジーフン、ビキツビマナゼー、ウジンボクロダウン、ウン、ハッター、ハッター、ハッター、ソワカ」

うすさまさんを研究しているM新聞の記者に聞いた話として
日本海側・・出雲から山陰北陸・以北を調査したところ、この咒文が地域ごとに変化して伝えられているそうです。

ある地域では、子を身ごもった女性は座敷いっぱいにばら撒いた「大豆」を
このし咒文(オンクロダノウ・・)を唱えながら拾い、後にご不浄の掃除をしたそうです。
お産が楽なようにトイレの掃除をしなさいとは我々もよく言われました。

昔のことだから咒文は口伝えで、伝言ゲームじゃないけど、途中で「よっこらしょ」と言ったのがそのまま伝わっているケースもあるそうです。
もちろん、方言もあったでしょうね。
生み出す命が「おしも」からであること、ご不浄とのかかわり、民間信仰の伝わり方・・・面白いお話でした

・・・・

民衆の信仰のハナシでもっと面白かったのは

この大龍寺は元々京都四条河原町にあったのですが、
時は室町時代、キリスト教が京の都に入ってきます。

どういう紆余曲折があったのか、なんと、大龍寺のウスサマ明王と、キリスト教の天主様が結びついてしまいます。
後のキリシタン弾圧に抗して隠れ蓑化したのかどうか、はっきりしませんが
今でも四条木屋町のどこかに「うっさんとイエス」の合体像の祠があるそうです。

あっ。今ひらめいたんだけど
「うすさま」→「えすさま」→「イエス様」となったのでは・・
おたま学説。

いやーっ。歴史って面白い。

そうそう、歴史っていえば「歴史的社会実験」の治験者になってきましたよ。
本当にご大層な言い方ね。

国土交通省が全国36ヶ所の高速道路で無料化の「社会実験」をするといって、6月から始まっているのだけどね

ソコを通ってきました。
ゲートは下りているので一旦停止して赤いボタンを押します。
ごたいそうなこって・・おおきにありがとさん。
通行券はありません。

高速道路無料化を公約に掲げていたんだから「社会実験」なんて
純情な国民を煙に巻くようなこといわないで。

来年三月以降も無料にしてくれるんだかどうだか・・
実験で利用者の態度が悪かったら元の木阿弥なのか・・
治験者おたま。すっごく緊張したわ。  ウソ。

 


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