« 齢も忘れてしまいたい忘年会 | トップページ | たそがれの御堂筋・その1 »

2009年12月12日 (土)

葬式を考える年の暮

baseball

昨日、忘年会の終了近く電話が鳴ったtelephone
ご近所の方が亡くなられて、葬儀日程の連絡だった。

亡くなられたご主人様に面識は無いが、夫人とは以前
一緒に絵手紙を習ったことがある。

で、お葬儀に参列してきました。

thunder

皆様はこのような話を聞かれた事がおありでしょうか?
book
幼子を亡くした若い母が冷たい子の骸を抱き
子どもの病気を治す者はいないかと尋ね回った。
町の人々はこの気の毒な母をどうすることもできず見送るだけであった。
ある人が釈迦の元へ行くように勧める
釈迦は「この子の病を治すには芥子の実がいる。町に出てもらってくるがよい
しかし、その実はまだ一度も死者の出ない家からもらってこなければならない」と言われた。
母は、どこにも芥子の実を求めることができず、釈迦の言葉の意味をさとり、釈迦の元に戻り弟子となった

book

死は日常の中にあり生と隣り合わす。
受容しなければ一歩も動けず立ち尽くすばかりだ。

昨年「おくりびと」という映画が話題になった
おたまは見ていない。見なかった。
いくら礼節を尽くしてもらっても所詮他人様だもの。

愛する人は100%の思いを込めて送ってやりたい。

結婚して、三つの葬儀を出した。
舅(おじいちゃん)・・・親戚が皆まだ元気だったので、若嫁おたまはちょろちょろするだけ。

姑(おばあちゃん)・・・葬儀の希望は元気なうちに聞いていた。
いい、葬式だった。連絡しなかったおいちゃんに後で叱られたけど・・。アレでよかったと思う。

夫(ひっちゃん)・・・彼が満足してくれる。
           その一点のみで行った。

彼は一人っ子だったが兄弟のような友人が山のようにいた。

thunder

葬儀屋さんに後日

長い間、この仕事をしてきたが
ああ、こんなお葬儀があったのかと驚かされました。

勉強させていただきました

と、言われた。

おたまは、えばって言うわけではないが
あったりまえっだよ・・・と思った

いろいろな考え方や事情や条件があるが
個人的には葬儀はやってよかったと思っている

のこった人が元気に生きていくために・・

自分にとって大切な人の死を悼み嘆き涙してくれる人の存在にどれほど慰められることか・・・





子等も勉強したようだ

ミスター平凡が言った
「おばあちゃん、お父さんと経験したから、
次はきっとうまくやれると思う」

ミスター明星も大きく
「うん」とうなずいた。

あのう・・次ってどなたのことでしょう・・・?

大事にしましょう生き仏
孝行するなら今のうち
手伝おう大掃除
大目に渡せお年玉
早く孫の顔を見せてくれぃ!

辛気臭いハナシ。読んで下さってありがとうございました

にほんブログ村 シニア日記ブログ 団塊の世代へ
にほんブログ村


|

« 齢も忘れてしまいたい忘年会 | トップページ | たそがれの御堂筋・その1 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1270741/32571347

この記事へのトラックバック一覧です: 葬式を考える年の暮:

« 齢も忘れてしまいたい忘年会 | トップページ | たそがれの御堂筋・その1 »